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  水鏡の術師 作者:ミミズ
2章 死霊の騎士
16話 急死
 翌日、オルフェリン家の屋敷は早朝からまたドタバタしていた。朝早くなのに二階の廊下ろうかがドタドタと音をたてて、屋敷の人間たちを安らかに眠らせてくれない。

 ルカは寝起きのぼんやりとした頭をかきながら、手前をいそいそとよぎっていくブラモアを呼び止めた。

「ブラモア殿。何だか騒がしいみたいですが、どうかされたんですか?」

 ブラモアは血相を変えていたが、ルカを見てゆっくりと礼する。

「ルカ殿、おはようございます」
「また、事件でも起きたんですか」

 ルカが少し皮肉るように言うと、ブラモアはすぐにポケットからハンカチを取り出して、額の汗をぬぐった。

「はい。いよいよ事件が起こったんですよ。それもかなり重大な……!」
「ハハハ。ブラモア殿は、おっしゃられることがいつも大げさですが、今日はいつにもまして大げさですね。そんなに重大なんですか?」

 ルカは半分あきれながら返すが、ブラモアのその顔は真剣そのものだった。

「ルカ殿! 笑っていられる場合ではありませんぞ! 昨夜に、モーリスの叔父おじ様が急死なされたんですから」
「何だって!?」

 思わぬ報を聞いて、ルカも白い顔を険しくする。ルカは、あらためてブラモアに向きなおった。

「その情報はどこから仕入れてきたんですか?」
「モリアンス殿からですよ。モリアンス殿が今朝にお見えになって、私たちに言って回っているんです。……ほら、あそこでアマルガン様がお相手していらっしゃるのが見えるでしょう」

 言下にブラモアは一階のロビーを指して、ルカもその一点を見下ろしてみる。すると、ロビーのわきの客席でアマルガンとモリアンスの二人が、朝から何か口論をしているのが見えた。

「だから! ほんとうなんだって! 頼むよ、アマルガンの兄貴! 俺を助けてくれよ!」
「これまで散々と嫌がらせをしてきておいて、今さら何をいう。どうせ、また例の死霊の騎士を使って、われわれを脅迫するつもりなんだろう。貴様の言葉なんて信用できるものか! とっとと失せろ!」
「違うよ! 今回のはほんとうなんだよ! 一生のお願いだから、頼むってば!」

 モリアンスはもう死にもの狂いでアマルガンのそでにしがみつくが、それをアマルガンが冷たく突きはなして――を、ふたりは口論しながら続けているようだ。

 それにしても、今日のモリアンスの豹変ひょうへんぶりは尋常ではなかった。顔中は汗まみれで唇まで青くして、身体中をガタガタふるえさせていたのだから。

「よろしければ、私がお話を聞きましょう」

 ルカはゆっくりと階段を降りて、モリアンスに優しい言葉をかける。すると、モリアンスの表情がとたんにパァっと明るくなった。

「だれかと思えば、この間の魔術師じゃないか。ありがてぇ!」
「何ッ!? この間の魔術師だと」

 そのひと言に、ルカは袖口そでぐちで口もとを隠して、眉を険しくした。

「失敬な……! 私にはルカという尊名があるというのに、貴様は妙なあだ名で軽々しく呼びやがるのか。礼をわきまえない無礼者が、貴様のことなんてもう知らん」

 ルカは急に高飛車な態度をとって、すぐにモリアンスに背を向ける。すると、モリアンスは必死にルカの左足をとって、その場で土下座した。

「ま、待って下さい! ルカ様。私としたことが、とんだ無礼をはたらいてしまいました。この通りでございます! どうか、私をお助け下さい!」

 モリアンスの物乞いのような姿に、ブラモアとアマルガンはそろって絶句していた。モリアンスの情けない本性を見て、ルカは袖の影であざ笑った。

「わかり申した。言ってごらんなさい」
「ははっ! それでは……。私が今朝がた、父モーリスを起こしに寝室へ向かったところ、寝室に鍵がかかっていました。父は用心深い人なので、普段から部屋に鍵をかけてるんですが……。今日は私がいくらノックしても、父は目を覚ましませんでした」
「それは、たんに寝坊しているだけじゃないのか?」

 アマルガンは、なかばあきれた様子で言うと、モリアンスがはげしく首を横にふる。

「そんなことはない! それから不審に思った俺は、扉をこじ開けて父が死んでるのを確認したんだ!」
「モーリス様は、首を切られて殺されていたのですか?」

 今度はブラモアが口をはさむが、モリアンスはその言葉を聞いたとたんに肩の力をぬかして放心した。

「いや、父は、首を切られてなかった……」
「えっ? それはおかしくないですか」

 ブラモアはすぐに声をあげたが、モリアンスはその両肩を強くつかんで、はげしく上下にゆさぶった。

「そんなの俺が聞きてぇよ! 昨日まで親父は元気だったのに、いきなり鍵のかかった密室の中で死んでたんだ! ……いったい、何がどうなってんのか、俺にはわからねぇよォ!」

 モリアンスのわめきに、あきれていたアマルガンとブラモアもどう結論づけたらいいか、わからない。ふたりは顔を見合わせて、モリアンスが伝える違和感と新たな恐怖に青ざめるしかなかった。

 ルカはモリアンスの両手をとって、ブラモアから強く引き離した。そのままルカは、モリアンスの胸ぐらを強くつかんでもちあげた。

「貴様、今すぐ屋敷に案内しろ」
「わ! わかった! わかったから手を離してくれ!」

 モリアンスは、ルカの鋭い剣幕に思わずわなないた。




 ルカはアマルガンとブラモアをつれて、すぐにモーリスの屋敷へ向かった。屋敷の中は騒然としていて、ルカたちを出迎える人間はいない。突拍子のない事件の後の姿を、ルカたちにさらしていた。

 ルカたちは屋敷にあがると、モリアンスの案内にしたがって後についていく。モリアンスは階段をあがって三階のフロアにつくと、ルカたちを扉の開いた一室へ案内した。

「こ、これは……!」

 室内の惨状を見て、ルカも思わず息をのんだ。

 モーリスの寝室と思われる部屋は、凄惨なまでにあらされていた。茶色のすき通った床は本が散らばっていて、さらに割れたガラスの破片まで飛び散っている。ベッドのシーツも引っぱられていて、四角いテーブルなんかは、まっ逆さまに横転させられていた。

 そして、部屋のどまん中に無雑作におかれた物体。それはうすい茶色の布がかぶさっていて、布の下を細長い人型にもりあがらせている。

 ルカはそっと近づいて、布をゆっくりとめくった。その中には、青白い顔面の老人が目をつむっている。彼は白髪を床へたらして、物いわぬしかばねと化していた。

「このお方がモーリス殿ですか?」

 モーリスと会ったことがないルカは、モリアンスに軽く問うた。それに、モリアンスはもちろんのこと、アマルガンとブラモアも一斉に無言でうなずく。

(なるほど、これはひどい……)

 冷静なルカの顔も、このときばかりは青くなった。モーリスのその姿は、とてもだまそうと思って死んだふりをしている様に見えない。口に軽く手をあててみたが、息づかいはない。

 モーリスの死体のまわりには、細い引っかき傷がたくさんついている。それは、あたりを散るガラスの破片にごまかされてしまっているが、屍の最期の抵抗をひそかに暗示しているように思えた。

 それからルカは、散らかった室内を見わたしてみた。部屋の奥には木の机があって、その上も本や紙切れで散らかされている。整理整とんがまったくされていない。ルカは机の引き出しを開けてみたが、入っているものはペンなどの日用品ばかりで、とくに目立ったものは見あたらない。

「叔父は、毒をあおって自殺したんじゃないか?」

 いそいそと部屋を検分しているルカの背をながめて、アマルガンがそうぼやいた。

 ルカはその言葉をよそに、部屋についた窓に手をつける。だが、窓には鍵がかかっていて、そのままではとても開きそうにない。窓を開けられた形跡もない。

「いや、これは他殺でしょう」

 そう言うと、アマルガンが顔をしかめた。

「しかしルカ君。モリアンスの言葉だと、戸に鍵がかかっていたそうじゃないか。しかも、そこの窓にも開けられた様子はない。それにガラスの破片が散らばっていることからして、叔父がワイングラスに入れた毒を飲んで、こうなったんだろう」
「なるほど! アマルガン様のいわれる通りですね」

 単純なブラモアは、すぐにアマルガンの考えにうなずく。しかし、ルカは腕を組んでうなった。

「確かに、これをモーリス殿の自殺と決めつけるのが、いちばん簡単です。しかし、自殺と断定するにはいくつか不自然な点があるのです」
「不自然な点とは何かね?」

 アマルガンが静かにうながすと、ルカは布をめくってモーリスの死体を出した。

「こちらを見ていただけるとわかると思いますが、モーリス殿の近くの床には引っかき傷がたくさんあります。死を決意した人間が、このようなみにくい抵抗をするでしょうか?」
「毒があまりに強すぎて、思わず悶絶もんぜつしただけではないのかね?」
「まあ、そういう見解もありますが……。それとモーリス殿が自殺されたこの部屋は、あまりに散かりすぎてます。しかも、彼が自殺されたというわりには、遺書が見つからないんです」
「部屋が散らかっているのが、そんなにおかしいんですか?」

 今度はブラモアが口をはさんだ。ルカは静かにうなずく。

「死を決意した人は、自室をきれいに掃除するのだそうです。身辺整理をすることで心を落ち着かせ、現世に対するいを少しでもなくさせたいからです」
「では、遺書が見つからないというのは」
「ブラモア殿。遺書をひと言でいったら、何になりますか?」

 ルカにいきなり反問されて、ブラモアは腕を組んでうなった。

「死ぬ人の最期の言葉、になるんでしょうか」
「そうです。だれだって、現世に悔いはあります。それは、自殺を決意した人間とて同じこと。悔いと言っても、家族や友人への礼から、この世への復讐ふくしゅうまで内容は様々ですが、その人が思い残したことがつむがれるということに変わりありません」
「なるほど。確かに、ルカ殿のおっしゃられる通りですね」
「ええ。そして、遺書はなるべく目立つところに置かなければいけません。机の上とか、自分のすぐわきとか、遺書は現世の人たちにあてた最期の願いなんですから、すぐに見つけてもらわなければダメなんですよ」
「そんなの、君の言い分じゃないか」

 アマルガンはやや怒り気味につぶやいた。

 さらに、ルカは部屋のすみでひざをかかえてふるえているモリアンスを見て言った。

「それから、オルフェリン家の遺産の横奪を企てていたモーリス殿に、自殺をする理由がうかびません。だって、そうでしょう。死霊の騎士の悪行に苦しんでたのは、われわれの方なんですから」
「ではルカ君! 叔父はどうやって暗殺されたというのかね」

 アマルガンの苦々しい返答を受けて、ルカもそこで口を止めてしまった。それからルカは、また死神に魂をぬかれたモーリスをながめた。

「……ついに、あらわれてしまったようですね」

 死神となったモーリスは、かたまった右手で胸のまん中を強くしめつけていた。


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