その日の晩、モーリスの屋敷では、ひそかに酒宴が開かれていた。酒宴といっても、参加している客はたったの三人。屋敷の主人のモーリスに息子のモリアンスと、そして、もう一人が何と、鉄の鎧をつけた死霊の騎士――! 死霊の騎士が左手にかかえている男の首が、嬉々とあざ笑っている。
「私たちの計画成功の前祝いだ。お前たち、遠慮せずにたくさん飲め」
モーリスは、それはもうずる賢そうな笑みをうかべて、ヒッヒッヒと強欲で悪そうな態度をにじませている。
「しかし親父。こうも簡単にアマルガンたちが瓦解していくだなんて、思っても見なかったな。こんなことなら、最初っからやつらに脅迫状でも叩きつけてやりゃよかったな」
モリアンスは足を組んで椅子にもたれかかって、いかにも偉そうにしている。右手にもつワイングラスに入った黒い液体に、これまた悪そうな顔をうつして、ニヤニヤしている。
モーリスは、傲慢な息子の態度を見てニヤついた。
「ハハッ、短気なやつだな、お前は。いきなり脅迫状なんて送りつけたら、われわれの真意が明らかすぎて、世のそしりを受けてしまうじゃないか」
「けどよ。わざわざデュラハンの流言まで流させるなんて、回りくどいゼ」
モーリスはワインを一服してから、モリアンスを見て言った。
「……デュラハンが強欲な人間の枕もとに立つだなんて、遺産相続問題から降ってわいたような話だが、それもずっと繰り返されれば、人はやがてそれが真実だと思ってしまう」
「うそから出た真ってわけかい」
「まあ、そんなところだ」
モーリスのしめのひと言に、モリアンスは手を何度も叩いて大笑いした。一方で、その浅ましい彼ら親子の姿をながめて、死霊の騎士の生首がため息をついた。
「つまり、メリオンの息子たちに遺産を継がせておいて、それからデュラハンのうわさ話で脅しまくり、彼らがあんたたちに遺産を献上してくるのをゆっくりと待つってわけね。何てあくどいのかしら。偉大な兄メリオンの実の弟とは思えない発言ね」
ネルトリンゲンを騒がせているデュラハンは、意外にもかわいらしい女性の声を出してモーリスたちを批判する。モリアンスもまた、死霊の騎士を前にしても少しもおどろかず、むしろ不機嫌になって言った。
「おい、いつまでデュラハンに変化してるんだ。われわれの成功を祝う宴会だってのに、縁起が悪いじゃねぇか。いまいましい姿をさらすな!」
「あら、これは失礼」
デュラハンもまた悪びれずに謝罪すると、やがて彼の足もとからもわもわと灰色の煙があがる。舞い上がる煙は天井にとどく前にパチパチと弾けて、そこに紫紺色の魔女エルの姿があらわれた。
モーリスはエルの顔をにらめつけた。
「よいか小娘。何度も言うが、今回の話は絶対に口外するなよ」
「わかってるわ。私だって、あなたたちの口封じになんてされたくないもの。……けど、あなたたちの悪だくみが成功したあかつきには、しっかりと報酬をもらうわよ」
「ククッ、悪だくみとは心外だな。私は無駄な火の粉を立てずに、不当に奪われた自分の所有物を取り返そうとしているだけなのだよ。むしろ、一族の平和と繁栄を愛する聖人といってほしいものだな」
「フフッ。聖人と呼ばれたい人が、実の兄を毒殺なんてするかしら。しかも、私みたいな悪い魔女までつかって嫌がらせをするなんて、あなたの性根はとことん腐ってるわね」
エルがそう言ってのけた直後に、モリアンスがテーブルを強く叩いた。彼の近くに置かれていたワイングラスが大きく飛び跳ねて、中の液体が床にこぼれた。
モリアンスがほえた。
「おい! 飼い犬の分際でごちゃごちゃ抜かすな! 貴様は黙って俺らの依頼を実行してりゃいいんだよ!」
「あら、私は事実をありのままに述べただけよ。私の言葉が間違ってるんだったら、腹を立てる必要はないんじゃなくて?」
「んだとッ、貴様ァ!」
エルの挑発を受けて、モリアンスはさらに激怒した。が、モーリスがそれを止めた。
「ええい、よさんか! せっかくの宴席をつまらん言い争いで汚すな! すぎたことなんて、もうどうでもよかろう」
「けどよ、親父。ランベイルを殺したやつって、だれなんだ?」
モリアンスは赤ワインを注ぎ直してから、それとなく話題を変える。その言葉にエルも顔をしかめた。
「一昨日の晩に首を切られた男の話? 殺したのはあんたじゃなかったの?」
「そんなわけねェだろ! いくら、アマルガンたちを怖がらせようったって、ほんとうに人を殺したりするかよ」
「じゃあ、男を殺したやつはだれなのよ」
「ええい、いちいちうるさいぞ! 貧乏な魔界の使い魔がずけずけと物言いするな!」
エルのしつこい質問に、モリアンスはまた奇声を発して怒鳴るが、エルは平然としていてそれを気にも止めない。
二人のやりとりを見てから、モーリスがニヤついた。
「メリオンの子供たちの中にも、われわれに帰順する者が出てきた、ということではないかね? 別に議論をするほどのことじゃない。われわれを手助けしてくれるのだから、むしろ喜ばしいことではないか」
「ケッ! だといいがな」
父の安直な答えを聞いて、モリアンスはそううそぶいた。
悪党たちの黒い宴会を閉めて、モーリスは寝室の窓から夜空を見上げていた。今日の夜空もぶ厚い雨雲におおわれていて、夜の星々を隠してしまっている。
「私の計画をくもらす不吉な暗雲め。そんなに兄を殺害したことが憎いか」
モーリスはうっとうしい雨雲を見て、うめいた。
モーリスの双子の兄のメリオンは、自室で服毒自殺した。ネルトリンゲンでは、そう伝えられている。
かつて遺産を独占していたメリオンは、モーリスにとって邪魔者だったが、モーリス以外にとっても邪魔者だった。だから、メリオンの自殺説はだれかの手によって、またたく間に広まった。
「メリオンもばかなやつだ。うまくいっている商売をどうして止める必要がある。ミシャル教の慈愛と平等の教えなんて信じるから、実の息子たちに殺されるんだ」
モーリスは夜空につぶやいて、左手に持ったワインを口に含ませる。ぶどうの渋みが口いっぱいにひろがる。
それからワイングラスを机に置いて、モーリスは両手をついて呻いた。
「……アレはだれにもわたさんぞ。モリアンスにも、メリオンの息子らにもだ。アレは、未来永劫に私のものだ」
モーリスは自身の胸に何度も言い聞かしてから、またワインを片手に夜空をながめていた。その夜の風は穏やかで、さぞ寝つきがいいだろうとモーリスは思った。
そのとき、モーリスの胸のどまん中にしめつけるような衝撃が襲った。
「あ……!」
モーリスの左手からワイングラスがすべり落ちる。グラスは透明な床にはじけて、無数のガラスの破片が床に散らばる。
「かはッ……! く、くる……!」
モーリスは突然に心臓をしめつけられて、全身を通う血液が急激に逆流し始める。鼻と口から空気が吸いこめなくなって、モーリスは胸と首をおさえて、顔をトマトみたいに赤くして、ひどく悶絶した。
モーリスは床に倒れて、ガラスの破片に頬や腕を傷つけられながら、それでも執念をかき立てて床を徘徊して、必死にあがく。
閉められた扉まで、わずか四、五歩の距離――。その距離がすごい長さに感じる。モーリスは動きを止めた心臓を抑えながら、この密室を出てモリアンスを呼ぼうとする。
だが、徐々に両手足の力が……ぬけていく。モーリスの身体は、まるで魔物の毒に侵されて麻痺してしまったみたいに、自由が利かなくなってしまった。
(た、たすけ……)
意識がうすれていく中、モーリスは最期の助けを呼ぼうと必死になって念じた。が、頭もついに麻痺してしまったのか、モーリスはガラスの破片といっしょに床にうつ伏してしまった。
その枕もとに、かつかつと不気味な音をたてる四本足の影が、じっとモーリスの前でたたずんでいた。
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