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  エメレトン 作者:ミミズ

◆2部 登場人物紹介-2◆


モーリス=自殺したメリオンの双子の弟。魔女を呼んで死霊の騎士を召喚させている……?

モリアンス=モーリスの息子。いとこのオルフェリン家に動物の死体を送りつけて、嫌がらせをしている。また、とても好色。

ブラモア=オルフェリン家にやとわれた執事。気弱だけど、とても優しい人。

アラン=オルフェリン家の執事。最年長で、ブラモアの上司にあたる。口数が少ない。

グレース=アマルガンの嫁。恐妻家でブラモアを叱る場面が多い。

レイチェル=アマルガンのひとり娘。まだ五歳で人見知りがはげしいが、クラリスのことが気になっている……?

ランべイル=ジェシカの婿むこ。だれかによって首を切られてしまった最初の犠牲者。

エル=紫紺しこん色の魔女。最近になってモーリスの屋敷の近くに住みついた。死霊の騎士を召喚している……?



12 ルカとマルク



 突然にふり出した雨は、いくらか勢いが弱まってきた。だが、空をおおいつくす暗雲はピリピリと雷光が光っていて、今にも落っこちてきそうだった。

 ルカはその暗くて不安定な空をながめて、陰うつな気持ちをさらに暗くしていた。

(私は、どうしたらいい)

 急変するジェシカの顔を見たときには、ルカも背筋を凍らせてしまった。だが、人が変わるのはジェシカだけなのだろうか。もっと、これから芋づる式に凶悪化していかないか。

 ルカは他国出身ということで、マルクの依頼を断った。国はそれぞれ政治や法律が違うので、他国の人間が出ばるとかえって問題を悪化させることになりかねないからだった。

 それと、もうひとつ気がかりなのは、死霊の騎士の正体が……。

「ルカ殿、入りますよ」

 そこで不意に声がかかった。ルカが部屋の扉にふり向くと、三男のマルクが静かに入ってきた。それから力なく会釈えしゃくした。

「さっきは危ないところを助けていただいて、感謝いたします」
「いえ。偶然に妙な音を聞いただけですから。礼にはおよびませんよ」
「そうですか」

 ルカのあっさりした返答を聞いて、マルクはテーブルの向かいに腰かける。……が、気が動転しているのか、マルクは何も言わずにただ茫然としていた。

「ご気分はいかがですか」

 ルカの気遣いに、マルクは首を横にふる。

「あまり優れません」
「そうですか。今日はとんだ災難でしたね」

 ルカは相かわらず無責任に言ってのける。マルクは、その普段と変わらないルカの態度に苦笑するが、しばらくして首をかしげた。

「ルカ殿は私のことが怖くないんですか?」
「はっ? なぜです」
「なぜって、私はランベイル義兄様を殺した第一の容疑者なんですよ?」
「それではマルク殿は、自身に容疑が向いてるからといって私の首を斬るおつもりなんですか?」

 ルカが平然と反問したので、マルクは絶句してしまった。そして、軽くふいた。

「まいりましたッ! ルカ殿には、とてもかないません」
「第一の容疑者といっても、それはまだ可能性の話です。なのに、それを無駄にあおったりしたら、その人がほんとうの容疑者になってしまうかもしれません。ここの人たちは何もわかってないようですね」
「はあ、ルカ殿はお強い方なんですね。心服しました」
「いえいえ。聖者に説法ですよ」

 ルカも肩の力をいくらかゆるめた。




「ルカ殿。私に魔術をお教え下さい」

 会話がとぎれてしばらくたってから、マルクがそう言ってきた。その決然とした姿にルカは驚いた。

「これはまた、やぶから棒に。魔術なんて習得しても、ろくなことになりませんよ」

 ルカはとっさに拒否する。マルクも唖然とするルカを見て、ハッとした。

「申しわけありません。ちょっと無粋でしたね」
「魔女を討伐されるおつもりですか」

 ルカの言葉に、マルクは静かにうなずいた。

「私は、ランベイル義兄様の殺害に例の魔女が関係してると思ってます」
「魔女に召喚されたデュラハンによる犯行だと」
「ええ。死霊の騎士は深夜に屋敷へと侵入して、寝室で休んでいたランベイル義兄様の首を狩り、それから、見せしめとして裏の庭へ死体を置いていったんです」

 マルクはやがて聡明な顔を取り戻して、ルカと議論をし始めた。マルクの瞳には炎が燃えあがっているみたいで、心の底から死霊の騎士を憎んでいるのがわかった。

 マルクは、かしこまってルカに土下座した。

「ルカ殿がやらないと申されるのならば、私がやります。魔術には怖ろしい反動や副作用があると聞いてますが、誰かが実行しなければ、私たちの滅亡はまぬがれません。ルカ殿にもいろいろと事情があると思うので、これ以上の無理強いはしません。……どうか、無知な私に魔術の手解きをして下さい」

 ルカは目をつむって、マルクの必死の想いに耳をかたむけた。本来ならば、魔術を素人に伝授してはいけないが……。

「わかりました。そこまで言われたら、私にはもう断る言葉が思いつきません」

 ルカは部屋のすみに置いていたアルマデールのグリモワをとりだして、テーブルに広げる。そうしてマルクに解説した。

「まず、あなたの願いを叶える精霊、または天魔をグリモワから探して、彼らのシジル(印)を作成して魔法円を描きます。シジルは正四角形の白紙に書いて、魔法円はケイこく白星はくせいなどの砂をつかって描いて下さい」
「ケイ惑や白星とは何ですか?」
「魔法円の描画びょうがにつかわれる特別な砂のことです。これらは教会に行かなければ入手できませんが、今回は私のもってる分をいくらかお分けしましょう」

 言下にルカは袖口そでぐちに隠した小袋を取り出して、マルクにわたした。袋をマルクが開けてみると、まっ白な、特に変哲のない砂が入っている。

 ルカが言葉を続けた。

「精霊の召喚は、期日を守った方がよいでしょう。また、香をたいて場を浄化することを忘れずに。……精霊召喚の条件が全て整いましたら、いよいよ儀式を開始します。あなたは魔法円の中央に立って、暗記した精霊召喚の呪文をとなえて下さい。まずは強制力の弱い呪文をとなえて、精霊が意固地に出てこない場合は徐々に強い呪文をとなえていきます」
「呪文は、必ず暗記せねばならないんですか?」
「ええ。グリモワを片手に持ってたら精霊にあなどられてしまい、儀式は必ず失敗してしまいます。だから、呪文は必ず暗記して下さい。……それから、人間に気質や性格があるように、精霊たちにもそれぞれ性格が違うので、決して無礼なことはしないようにお願いします」

 マルクはひとつのグチもいわず、途中で質問をしながら、とても真剣にルカの話を聞いている。ルカも、こんなに熱心に話を聞いてくれる弟子をもってほほえましい気分だった。――今度、クラリスにも教えようか、なんてことを考えたりもした。

 ルカが続けて言った。

「精霊があらわれたら、あなたは威厳に満ちた態度で命令し、彼を使役させるのです。それが終わったら、あなたは退去の呪文をとなえて精霊を解放し、魔法円のロウソクの火を消して、儀式を終了させて下さい」
「精霊召喚の儀式というのは、わりと長々としてるんですね」
「これが古来より伝わる地上と異界との伝統ですから。それから、儀式が終わるまで魔法円の外を出てはいけません。魔法円はあなたを守る結界ですから、出たが最後、あなたと精霊の立場は逆転して、あなたは精霊の強い魔力に支配されてしまいます」
「わかりました。気をつけます」

 ルカの長い講義が終わって、マルクは肩の力をぬいて息を吐いた。ルカもまた、マルクの素直な様子に思わず苦笑した。




「マルク殿。私からもひとつ質問をさせて下さい」

 それではとマルクが出ていくところを、ルカが呼び止めた。マルクは眉をひそめてルカにふり返った。

「死霊の騎士は欲深い人間の首を狩っていくと、前に言ってましたね」
「ええ。……それがどうかなさったんですか?」
「いえ、叔父おじのモーリス殿やモリアンス殿が死霊の騎士の性格を悪用して、遺産を三等分したオルフェリン家の人たちを脅してるのはわかりますが、その犠牲者がどうしてランベイル殿だったのでしょうか」

 ――死霊の騎士は、オルフェリン家の遺産をとり巻く強欲な人間に裁きを下さんと、深夜にあらわれてはオルフェリン家の人たちをしつこく脅迫してきた。

 ならば、死霊の騎士の刃は、遺産を相続してもまだ満足していないオルフェリンの三兄弟――長兄アマルガン、長女ジェシカ、次兄アゼルの首もとに集中するのが自然な流れだといえる。

 なのに、そこをあえてジェシカの夫のランベイルを狙ったというのは、少し回りくどくはないか。

 マルクはフッとため息をついた。

「ランベイル義兄様は、かつて多大な借金をかかえてたそうです」
「借金ですか」
「ええ。あの方はお優しい方でしたが、裏では賭博とばくに熱中して姉様をたびたび困らせてたんです」
「……だから、死霊の騎士がそれをかぎ取って、裁きを下したというんですか?」

 マルクは静かにうなずく。

「精霊の知識のない私には、彼らの意図することなんてわかりませんが。……今朝のランベイル義兄様の遺体を目の当たりにして、私はとてつもない恐怖を感じました。魔界の悪魔は、きっと私たちのことなんて全て見通してるんです。地上を生きる大罪なる人間がいくらあがいたところで、暗黒魔王ガラシャのしくむ混乱と欺瞞ぎまんから逃れられないのかもしれませんね」

 悲しげにいうと、マルクはやがて部屋を出ていった。