◆2部 登場人物紹介◆
ルカ=南方の国リエージュの魔術師。執事のブラモアに招かれて、オルフェリン家の屋敷に滞在している。
クラリス=東の小国クリスティーアの令嬢。ルカと同じくオルフェリン家に招待される。
メリオン=オルフェリン家の先代。ひと月前に謎の遺書を残して自殺した。
アマルガン=オルフェリン家の四兄弟の長男。寡黙で用心深い性格。
ジェシカ=オルフェリン家の四兄弟の長女。夫ランベイルの亡き姿を目撃して悲しみにくれる。
アゼル=オルフェリン家の四兄弟の次男。皮肉屋で嫌味な性格だが、魔術に関する知識が豊富。
マルク=オルフェリン家の四兄弟の三男。遺産を相続した直後に恋人が突然死したため、相続を放棄した。
クラリスたちのいないオルフェリン家は、いつもの静寂をたもっていた。
ついに身内の犠牲者が出てしまったオルフェリン家の四兄弟はいよいよ疑心をつのらせて、お互いに会話をしなくなっていった。アマルガンも、ジェシカも、アゼルも、マルクも部屋にこもって、もんもんとした午後をおくっていた。
「じきに嵐がくるな」
ルカは部屋の窓から空をながめて、暗雲の中にかがやく閃光を見てつぶやいた。
やがて憂うつな曇天から、ポツポツと雨が降ってきた。一滴、二滴と落ちてくる雨のしずくは、時間とともにはげしさを増していき、数分のうちに豪雨へと変わった。
沛然と降る豪雨は雷を呼びおこす。それはまるで天界の神が怒っているかのように、はげしい音を発して雷鳴が天地にこだまする。
稲妻のまぶしい光が屋敷の窓からもれて、その廊下にひとつの影をうつした。細長いそれは手にリング・ダガーをにぎって、狂気にゆがんだ口もとから恨みつのった相手の名を何度もブツブツととなえて、黒い呪いをかけている。
そして、それは空いた左手をつかって一室のとびらを、ゆっくりと開けた。
「だれ」
室内でくつろいでいたマルクは、不意に開かれた戸口に問い返したが、雨の降る午後の影は暗くて、そこに人がいるのかすら判別できない。
マルクはその気味悪さにゾクゾクと背中をふるわせたが、勇気をふりしぼって空いた戸の奥へむかってみた。
そこで、彼女のもつリング・ダガーの切っ先がひかった。
「死ねェェ!」
雷の音とほぼ同時に、彼女のまがまがしい刃がマルクの胸もとを目がけて襲いかかった。マルクはとっさに身をひるがえして、暗殺者の急襲をかわした。
一方、暗殺者は突進の勢いが強すぎたのか、むかいの壁に激突して、しばらく激痛にたおれて動かなかった。……が、必死になって立ち上がる彼女の顔を見て、マルクはさらに仰天した。
「姉様! どうなさったんですか!?」
そう叫ぶマルクを見て、暗殺者のジェシカは床に転がるリング・ダガーをにぎり返して、また突進してきた――!
「黙れ! あんたが私の夫を殺したんだろ!」
「ち、違う! 私は知らない! ランベイル義兄様を殺したのは、私じゃない!」
「だまれェ!」
マルクは、姉ジェシカの凶器をかわしながら必死に説得してみたが、とち狂った姉に届かない。それどころか、ジェシカは一心不乱にリング・ダガーをふり回して、あたりの棚をたおした。部屋にたくさんの本が散らかる。
「何ごとですか!?」
その騒音を聞きつけて、やがてルカとアランが部屋へ入ってきた。そして、目をつり上げて恨みつのる、悪魔の形相ですごむジェシカを見て、二人も身を固まらせた。
アランも必死に前へ出て言った。
「ジェシカ様! 落ち着いて下され。マルク様は犯人では……」
「うるさい! 邪魔をするっていうんなら、お前たちもまとめて殺してやるゥッ!」
ジェシカはもはや怒りにわれを忘れて、ルカとアランにもかまわずに襲いかかる。ルカは彼女のつたない剣さばきを何度かかわして、ふところに入った。
そして、
「ごめん!」
ルカの右拳がジェシカのみぞおちにヒットして、ジェシカは身体をくの字に曲げて昏睡した。ルカはぐったりするジェシカの身体をアランにあずけて、それから床に転がるリング・ダガーを拾った。
「お怪我はありませんか?」
ルカはマルクを気遣って声をかけたが、マルクからの返事はなかった。ふり向いてみたら、マルクは部屋の壁ぎわに力なくくずれていて、突然の出来事に茫然としていた。
しばらくして、豪雨にまんまとふられたクラリスとブラモアが屋敷へ帰ってきた。
「まさか今日にかぎって雨が降るなんて、思いもしませんでしたわ」
クラリスはそうグチをこぼすと、雨水にぬれた全身を見てみた。クラリスの着ている白のローブは水に透けていて、インナーの青いワンピースがくっきりとうつっている。
こんないやらしい姿を好色なモリアンスに見られたりしたら、と、クラリスは恐ろしいことを考えたりもしていた。
「クラリス殿。すぐに着がえをお持ちします。そこで少しお待ち下さい」
ブラモアは、自分がずぶぬれになっていることなんておかまいなしに、ロビーの奥へ消えていく。
と、ちょうどそこへ折り悪く、ルカがマルクの部屋から出てきた。
「あっ……!」
クラリスは二階の廊下を歩くルカと目が合うなり、顔を赤くして透けた身体を隠した。……が、ルカがまた無愛想にやりすごすものだから、クラリスはムッとした。
着がえを終えたクラリスは、ロビーの客席でジェシカの異変を聞かされた。精神的に不安定になっているジェシカにはしばらくアランが看病にあたり、ブラモアたち他の執事たちもまた、これ以上騒ぎを広げないようにと。
クラリスやルカが来てから、オルフェリン家は確実に悪い方向へむかっている。クラリスたちの責任ではないけれど、できることなら、何とかしてあげたい。
しかし、魔女エルの説得に失敗したばかりで、クラリスに思いつく策はない。ルカみたいに利口に動けたらと思っても、そう簡単に動けるわけもない。
今さらルカに相談することもできず、クラリスはひとり静かなロビーの客席でため息をついていた。
そこで、クラリスは不意にだれかの視線を感じた。クラリスはハッとして階段を見てみると、手すりの棒の部分をにぎって、こちらをジッと見ているレイチェルの姿があった。レイチェルはしばらくクラリスと目をあわせていたが、やがて踵を返して階段を駆けあがっていった。
「あっ、待って!」
クラリスはすぐに立ち上がってレイチェルの後を追う。人見知りのはげしいレイチェルはクラリスの追跡におどろいて急いだが、途中に階段で足をくじいて転んでしまった。レイチェルはぐずって唇をヒクヒクさせた。
「レイチェルちゃん、だいじょうぶ?」
今にも泣きそうなレイチェルを、クラリスは温かくつつみこんであげた。すると、レイチェル小さくうなずいた。
クラリスは泣きべそをかくレイチェルの小さい手を引いて、ロビーで手当てをしてあげた。クラリスの誠心誠意に看てくれる様子に、レイチェルはやがて涙を止めて、またジッとクラリスを見つめていた。
「……ありがとう」
「フフッ。どういたしまして」
クラリスは、泣き止むレイチェルの頭を軽くなでてあげる。するとレイチェルも嬉しそうに、ニコッと控えめな笑顔を返してくれた。……が、レイチェルはすぐに言葉が出なくなって、黙りこんでしまった。
レイチェルはポケットからあるものをとり出して、無愛想にクラリスにわたした。
「これ」
「ん、どうしたの?」
クラリスは首をかしげながら、レイチェルから差し出された品を受け取った。それは、黄金に輝く丸いペンダントだった。
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