次の日の朝、ついに事件は起こった。
オルフェリン家のダイニング・ルームでは、いつものように朝食がならべられていた。その日は早くからアマルガンやアゼルたちが顔を出していて、久しぶりに兄弟そろってのだんらんとなる。
はずだった。
「ジェシカ様。ランベイル様はどちらへ行かれましたか?」
そう聞いてくるブラモアに、ジェシカも顎に手をあてて困惑した。
「さあ、寝坊してるだけだと思うけど」
「では、私が起こしてまいります。みな様は先にめしあがっていて下さい」
ブラモアはすぐに部屋を出ていったが、一同はかまわずに食事を始めた。
「モーリスの野郎は、何か言ってやがったのかよ」
アゼルはすぐに昨日のことをたずねたが、アマルガンとグレースは、聞いてすぐに顔を青くした。昨夜のデュラハンの姿が目に焼きついているのだろう。
グレースは声を裏返して言った。
「それどころじゃないのよ! ついにあらわれたのよ。死霊の騎士がッ!」
「何だって!?」
その言葉にマルクが勢いよく立ちあがった。テーブルがゆれて、手もとのスープが少しこぼれた。
「何をあわててンのよ。そんなやつがほんとうにいるわけないでしょ?」
ジェシカは面倒くさそうに返すが、グレースのとなりにいたアマルガンも、苦々しい表情をうかべながら言った。
「……しかし、例の悪魔なら私も見たぞ。うわさに違わぬ首なし男だったぞ」
「それ、ホント!?」
口数の少ないアマルガンが言うと、妙な説得力があるなと、ルカは思った。
(しかし、ほんとうにデュラハンが出るとはな)
昨夜にクラリスから話を聞いて、ルカは冗談だとばかり思っていた。が、ダイニングの様子を見ると、あながちうそでもなさそうだ。ルカはテーブルの隅っこで、緑色のスープをすすった。
「ハッ! そんなの、モリアンスあたりのつまらない自演なんだろ? 何静まり返ってンだよ! やつらのはったりなんか、うのみにしてンじゃねぇよ」
戦慄する一同の中で、ひとりアゼルはいきがっていたが、それに応えるものはいなかった。
それから、血相を変えたブラモアがあわてて室内に飛びこんできた。
「みな様! 大変です!」
ブラモアは額に汗をにじませて、息を切らせながら叫んでいた。その早朝にそぐわない騒がしさに、鬼嫁グレースが怒った。
「うるさいわよ! 大人しく食事できないじゃない!」
「グレース様! 失礼ですが今はそれどころではないんです! みな様、お食事を中断されて私についてきて下さい!」
必死に頼みこむブラモアの姿に、一同は仕方なく食事をとめた。
ブラモアのわがままに、わずらわしい思いをしていた一同だったが、屋敷の裏手に案内されてすぐにその顔色が変わった。
裏の草むらにあったのは、いつもの首なし死体だった。それはぶしつけに置かれていて、オルフェリン家の人たちを怖がらそうとしているのが見え見えだった。
だが大きい肌色の手足をもったそれは、明らかに猫や犬ではなかった。
「あ、あなたァァ!」
ジェシカはハッとして斬殺死体に飛びつき、嗚咽の声をあげる。死亡したその人が場に居あわせていないランベイルでしかないことを、わかってしまったからだった。
ついに出てしまった身内の犠牲者に、アマルガンもアゼルも色をなくしていた。まさか、ほんとうにデュラハンが欲深い人間の首を狩っていったというのか。
ルカはそっと死体に近づいて、その斬られた首もとを観察した。その首もとは、まっすぐに骨まで分断されている。斬ったときに血が飛び散ったのか、あたりの草に黒い血のかたまりが付着していた。
「遺体の様子を見ると、死後にだいぶ時間が経ってるみたいですね。でも、昨日の夕食の席にはランベイル殿の姿があったので、その後に殺されてしまったんでしょうね」
ルカの推測を聞いて一同は冷汗を流しながら、それぞれの顔を見あわせた。そして、まずアマルガンが先頭に出てきた。
「……私は、君たちも知っていると思うが昨日の夜は叔父の屋敷に行っていた。もちろん、妻のグレースとブラモア、そしてクラリス殿もいっしょだ」
その言葉に、クラリスは横のグレースと見あわせて、力なくうなずいた。それから次に、アゼルがオドオドしながらルカに言った。
「お、俺は! 昨晩にあんたと一緒にいたよな。それで、身の潔白は証明されるんだろ!?」
「ええ。アゼル殿は私の部屋を訪れて、魔術に関する話をしました。あなたの潔白は私が証言します」
続いて、寡黙な執事のアランがルカに歩みよった。
「ルカ殿。私は昨夜、そちらのジェシカ様としばし職務を忘れて、居間で世間話をしておりました」
「そのとき、ランベイル殿はご一緒ではなかったんですか?」
「はい。昨夜はランベイル様のお姿が見えなかったので、私もけげんに思っていましたが、まさか、このようなことになってしまうとは……」
老人のアランも低く渋い声をはりあげてうめいた。
かくして、それぞれの証言を得たルカは、一人とり残された男を見やった。
「マルク殿。あなたは昨晩、どこで何をされていましたか?」
ルカの冷徹ななじりを受けて、疑惑の目がいっせいにマルクへとむけられた。マルクは返答に困った。
「わ、私は、ひとり部屋にこもっておりました」
「それを証言する人は、おりますか?」
「いえ、残念ながら……」
マルクは意外なほど素直に白状したが、自分と距離を置き始める兄弟たちに、両手をふって否定した。
「ち、違う! 私じゃない!」
「マルク、お前、もしかして……」
「アゼル兄様! 待って下さい! だいたい、私にはランベイル義兄様を殺害する動機がない。だって、そうでしょう。私は遺産を放棄した人間なんですから」
マルクは、必死になって言いわけしたが、一同の目は確実に彼の犯行を認めてしまっている。ルカは、ひとりため息をついた。
「私の推測は、みな様の証言からえた憶測にすぎません。それに、犯行はアマルガン殿たちが帰宅された後ということも考えられます。そうなれば、誰も自身の不在証明をおこなえるものはいません。むろん、それは私も同じです」
「つまり、昨夜に屋敷にいた私たち全員が殺人の容疑者だというのかね?」
アマルガンの冷静な言葉に、ルカはゆっくりとうなずいた。それから言葉を続けた。
「考え方によっては、外からの犯行、例えばモーリス殿やモリアンス殿が深夜に不法侵入してきて、ことにおよんだとも考えられます。それから、例のデュラハンによる犯行とも……」
ルカの遠まわしな脅迫を受けて、問い返したアマルガンは恐怖に口を閉ざしてしまった。第一の容疑者となってしまったマルクも、歯を食いしばって目の前の事実を受け止めるしかなかった。
だが、一同の中でクラリスとジェシカの右拳だけが、かたくにぎりしめられていた。
「待て!」
解散してからクラリスは、部屋でいそいそと外出の準備を始めた。それをルカがあわてて呼び止めた。
「クラリス! これ以上、他国の人間に干渉するのはやめておけ」
「どうしてですか! ルカ様はあのような残酷なものを見せられて、何とも思わないのですか」
クラリスがいつになく強い口調でなじったから、ルカはその勢いにのまれてしまった。
「そうじゃない。ランベイル殿のことは痛ましいことこの上ないが、他国の君が本腰をあげて調査する必要はないと、言ってるんだ」
「……ルカ様はひどい人です。オルフェリン家の人たちにはよくしてもらってるのに、屁理屈をこねて力を貸してくれないんですから。私は、昨日まで健やかにされてたお方が突然に亡くなられたのを目前にして、ルカ様みたいに平気ではいられません。私はルカ様に失望しました!」
クラリスはそれまで心にためていたもの全てをルカに注ぐと、強い足音を立てて部屋を出ていく。それから廊下で待っていたブラモアとしめし合わせて、どこかへ外出してしまった。
ルカは、ブラモアとともに馬にまたがって消えていくクラリスの姿をながめて、力なくうつむいた。
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