ルカたちが部屋で口論を続けているころ、執事のアランは屋敷の外で一通の手紙を受けとった。封をされた手紙の裏には、『モーリス』と名前が書かれている。
「だれからだ」
「叔父様からです」
アランの言葉に、アマルガンはチィッと舌打ちした。
それから、オルフェリン家の人々は一階の広い居間に集まって、モーリスの手紙を開けてみた。クラリスは客人の身でありながら同席を強く望んだが、ルカの姿は居間になかった。
モーリスがしたためた手紙には、こう書かれていた。
◆ ◇ ◆
まず、卿らの健勝を祝します。
次には、先日に高貴な客人を招いたと、息子のモリアンスから聞いております。
オルフェリン一族の長として、私には客人を接待する義務があると、つよく想っている次第です。
今夜、われわれの館にて簡単な宴を開こうと思っていますが、亡き兄メリオンの子息である卿らにも、ぜひ参加していただきたいと存じます。
高貴なるお客人にも、当然ですがよろしくおつたえ願います。
それでは、オルフェリン家の信望を崩さぬよう、くれぐれも遠方の客人に粗相のないように。また、本日のご対面を心待ちにしております。
一族の永劫の繁栄が続かんことを。
「モーリスからの挑戦状ってわけね」
手紙を一読して、長女のジェシカが吐きすてた。明らかに上から目線で書かれている手紙の内容に、ジェシカは早くも怒り始めていた。
「しかしジェシカ。叔父様の誘いを断るわけにもいかないだろ。どうするんだ?」
「どうするも何も、断るに決まってるじゃない」
夫ランベイルの注意も、ジェシカはひと言で跳ね返した。
「宴席には私が代表して行こう」
そう言ったのは、意外にも気難しい長兄のアマルガンだった。その表情は険しかったが、どこか兄弟の長たる威厳があった。
が、妻のグレースはとたんに奇声をあげた。
「あなた! 何を言ってるの? わがままな叔父に礼をつくす必要なんてありませんわ! どうせ今ごろ、叔父は赤ワインに毒を仕込んでるんでしょうから」
「しかし、一族の宴会にみながこぞって欠席するわけにはいかないだろ? 料理に毒を盛るっていうんなら、何も口にしなければいいんだ」
「それはそうですが、そんな安直にかまえていていいのかしら」
グレースは夫アマルガンの決意を聞いても、まるで納得していないようだった。
「クラリス殿はどうなさいますか?」
居間のはしっこに座っていたブラモアは、となりのクラリスに声をかけた。クラリスはしばらくうつむいていたが、やがて意を決してふり向いた。
「私もご一緒させて下さい」
「しかしクラリス殿。モーリス様の息子のモリアンス様は、非常に女性を好むお人です。その、言いにくいのですが、クラリス様のようにお美しい方はまっ先にモリアンス様に狙われるかもしれません」
その言葉を聞いて、クラリスの顔が青くなった。彼女の脳裏ではオルフェリン家を訪問したばかりの、あのモリアンスのねっとりとした視線が今なおクラリスの肢体をなめまわしていた。
「この話は、断ってもだれも恨みませんよ」
ブラモアはクラリスを心配していったが、クラリスは首を横にふった。
「主人のルカにかわって、不肖ながら私が参加します」
「そうか。客人の君にいらぬ気苦労をかけてすまないな」
居間の上座で話を聞いていたアマルガンが、意外にもクラリスに優しい言葉をかけた。
その日の夜、クラリスはアマルガン夫妻とブラモアにつれられて、モーリスの屋敷へと向かった。モーリスの屋敷はアマルガンらの屋敷から少し離れたところに建っていて、同じように森を切りぬいた場所に土地をもうけている。
屋敷につくと、クラリスはまずその大きさと豪華さに目を奪われた。屋敷は茶褐色を基調とした石の壁にかこまれていて、中庭にも色とりどりの草花が植えつけられている。そこに小鳥たちがたくさん集まって、あたりにまかれたエサを元気につまんでいた。
敷地の手前の門には黒い服を着た執事が待っていて、クラリスたちは丁寧に屋敷の入り口まで案内された。
(モーリス様って、思ってたよりもまともなお方ですのね)
と、クラリスはひそかに安心していた。
屋敷の扉を開けると、ロビーのまん中にひとりの紳士が立っていた。男の顔はたくさんのシワがあって、その頭からは火山が噴火したみたいに白髪が天をついていた。
見た目の印象は、五十代の歳相応な老人だった。
「みな様。今夜はお忙しい中お越しいただいて、まことにうれしく思います」
紳士の男、屋敷の主人のモーリスは穏和な老人という仮面をつけて、うやうやしく礼をした。アマルガンも続いて挨拶した。
「叔父上。まことにお久しゅうございます。となりに住んでいながら、これまでろくに挨拶へ向かわずに申しわけありません。しかし、相変わらず健やかにしておられる姿を見れて安心しました」
「ハハッ。アマルガン君こそ、家中の騒動にすっかりやせてしまったのかと思っていたが、思ってたよりも元気そうで安心したわ」
「死霊の騎士の件については、犯人のめぼしをつけております。事件の解決はもうじきかと思われます」
「それはよかった。……さ、立ち話も難だから、早く中へあがってくれ」
叔父のモーリスと甥のアマルガンは意外にも親しくしていた。が、クラリスはその様子にみょうな違和感をおぼえた。
忌み子とさげすまれ、またオルフェリン家の疑心を一身に集めるモーリスじきじきに案内されて、クラリスたちは宴席についた。ダイニングの長い木目のテーブルには、こんがりと焼きあがった鶏肉やサラダがならべられて、透明なコップのわきには一本の赤ワインが置かれていた。
クラリスたちは、部屋の奥の上座に座らされた。向かいの下座には、まるでクラリスたちと対面するようにモーリスたちがずらずらとならんだ。モーリスの横には、好色でうわさのモリアンスがいやらしい目つきでクラリスの肢体をなめ回している。
「ところでアマルガン君。例の貴人は、そちらの美人のことかな?」
宴会が始まってすぐにモーリスがそう言いだした。
「ええ。西の国のオーブからいらしたクラリス殿です」
アマルガンの代弁を聞いて、クラリスが浅く会釈した。が、モーリスはすぐにニヤッと笑った。
そのうち、モーリスが身をのり出して言ってきた。
「クラリス殿は魔道をこころざしておられると聞きましたが、どのような術を習得しておられるんですか?」
「え、ええと、四元魔術です」
「四元魔術とはどんな魔術になるのかな? 魔術を知らない私に、少し教えていただけますかな」
モーリスのしつこい質問に、早くもクラリスは回答に困った。横でアマルガンたちもハラハラしながらクラリスを見ていた。
(ああ、ルカ様……)
クラリスはルカにすがる想いで、その姿を必死に思いうかべながら答えた。
「……四元魔術とは、火をあつかう魔術ですわ。呪文をとなえて火を呼び、敵を焼きつくすのです」
モーリスはそれを聞いて吹き出しそうになっていた。彼は口に手をあてて、笑うことを必死にこらえている。それから横に座るモリアンスの顔を見て、嫌な含み笑いをうかべていた。
モーリスは、うすら笑いながらいった。
「ほほう。それではクラリス殿は、死霊の騎士を火葬するおつもりなんですな。不死の悪魔を焼き殺すとは、なかなかいいアイデアですな。……ですが、魔界におちた存在とはいえ、デュラハンはもともと聖なる精霊――。うかつに攻撃したら危ないのではないですかな?」
「いえ、そんな、別に焼き殺そうと考えてるわけでは……」
「でも四元魔術は、炎だけ、をあつかう魔術なんでしょう? 焼き殺さないというのなら、どんな方法で退治するというのかね?」
「そ、それは……」
クラリスはいよいよ返答に困って、うつむいてしまった。
「アマルガン君たちが招いた客人は、とても魔術におくわしいようだ! すばらしい話が聞けて、このモーリス、うれしく思いますぞ」
モーリスは赤面するクラリスの顔を見つめて、手を叩いて笑った。
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