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  水鏡の術師 作者:ミミズ
2章 死霊の騎士
6話 ルカの選択
「異例の遺産相続者となられたマルク様に、暗殺者の魔の手がのびました」

 突然に口をひらいたのは執事のブラモアだった。その言葉にマルクはうつむいて、拳をかたくにぎっていた。

 マルクにはかつてアリシアという恋人がいた。彼女はネルトリンゲンの平民の出だったが、マルクは彼女の心優しいところを愛し、二人は結婚の約束までしていた。

 だがアリシアは、ある日のモーリスたちを招いた宴席で突然死してしまった。死因は毒殺だったという。

 ブラモアも悲愴ひそうを浮かべて言葉を続ける。

「アリシア様をなくされて失意にくれたマルク様は、遺産を三等分してアマルガン様、ジェシカ様、アゼル様にお譲りされました。そうしなければ、遺産相続問題は度をこしていってしまわれたでしょうから。でも、今度は『死霊の騎士』を名乗る悪魔が出没し始めたんです」
「やつの名は『デュラハン』といいます。ルカ殿はデュラハンをご存知ですか?」
「まあ、月並み程度には」

 マルクの問いに、ルカはあいまいな返事をする。

 デュラハンとは首をもたない騎士の姿をした悪霊で、コシュタ・バワーという首なし馬にまたがった姿で召喚される。デュラハンは、混乱と欺瞞ぎまんを司る暗黒魔王ガラシャのしもべだといわれている。

「世の風評によると、デュラハンは人の強欲を嫌うそうです。ですから、やつが枕もとに立つ人間は欲深い人間だと決まってます。やつは血のしたたる処刑刀でもって、その罪人の首を狩っていくのだそうです」
「そうですか」

 マルクの言葉に、ルカは静かに相づちをうつ。

 昨夜で死霊の騎士の出現は三度目になるらしい。といっても、今のところは動物の首なし死体が出てくるだけで、オルフェリンの人たちに犠牲者は出ていないようだった。




「ルカ殿。私があなた様に声をかけたのには、わけがございます」
「私に、悪魔払いをしろといわれるのですか」

 突然のブラモアの言葉に、ルカはすぐに意図をくんで返した。デュラハンのような魔界の精霊たちは実体をもたないので、ルカのような魔術師か教会に仕える神官に討伐を依頼しなければならない。

「死霊の騎士が出没し始めたころ、先代の弟モーリス様のお屋敷の近くに、ひとりの魔女が住みついたのです」

 マルクはえりを正して、また口を開いた。ルカは少し嫌な顔をした。

「魔女ですか」
「はい。彼女は名をエルといって、ほうきで空を飛んで妖しい魔術をつかい、ネルトリンゲンの人たちに迷惑をかけてるんです」

 ルカは腕を組んで、しかめっ面をした。

「なるほど。ネルトリンゲンの人たちは魔女術まじょじゅつを怖れてたから、扉をかたく閉めてたんですね」
「はい。魔女はやってくるなり雨雲を呼びよせて、森の奥に濃いきりを発生させました。彼女は霧の奥に住んでいて、かの死霊の騎士を召喚してるのだといわれています」
「はあ、そうですか」

 マルクの真剣な言葉を聞いても、どこか気乗りしないルカだった。




 そこに、ある男が部屋に入ってきた。

「また魔女の話をしてやがんのか。お前も物好きなやつだな」

 そう言ってきたのは、そばかすで頬を汚した次男のアゼルだった。アゼルは皮肉の笑みをうかべて、部屋の入り口のところでニヤニヤしていた。

「これはアゼル兄様。いつからそこにいらしたんですか?」

 マルクは真面目な顔をくずさずに言った。が、用心深いアゼルはそのギラギラした目をルカたちに向けながら、ゆっくりと入室してきた。

「お前らはまだ魔女を信じてンのか。あんなのは忌み子の叔父おじが呼んだ詐欺師だって、何度もいってンだろうがッ」
「しかし兄上。兄上は魔術にくわしいから魔女を軽くみてるのでしょうが、私たちみたいな一般人はエルを恐れてるんですよ。ネルトリンゲンの人たちのためにも、魔女は追い払わなければいけませんよ」
「フン! その意気込みは大したモンだけどよ。やつの館は濃霧のうむにおおわれてるから、追い払うどころか会うことだってできないじゃねぇか。こんなところで議論してたって無駄だぜ」

 アゼルはあきらめ口調で吐きすてるが、マルクが真剣な顔で反問する。

「ですから、オーブの魔術師のルカ殿にお願いして、エルに対抗してもらうんじゃないですか」
「ケッ! お前も回りくどいことをしたがるな。素直にモーリスの野郎をとっ捕まえて、首でもしめちまえばいいじゃねぇか」
「兄上! 滅多めったなことをお客様の前で口にしないで下さい! 長く疎遠なさっている叔父様とはいえ、私たちの一族の方なんですから、殺すとかいってはいけませんよ」
「ああ、そうかい。この聖者気どりが! ……まぁ、お前のやりたいようにすればいいさ」

 アゼルは、やがて正面から突き上げてくるマルクの言葉に嫌気がさして、重い腰をあげて部屋を出ていった。が、立つ直前にルカの顔をジッと見つめて、うすら笑いをうかべていた。

「どうやら、亡くなられた先代メリオン殿の弟様に疑惑がむけられてるようですね」

 アゼルの姿が消えてからルカは無機質につぶやいた。マルクは少し気まずそうな顔をしていた。

「ええ。先ほども申しましたが、叔父様はその、昔からわがままな方で、自分のほしいものをとるまであきらめないので、兄や姉は叔父様の容疑を信じて疑わないんです」
「死霊の騎士を召喚している魔女の元じめが、叔父上のモーリス殿だと思われてるんですね?」
「はい。今回の遺産相続問題で、一銭ももうけていないのは叔父様だけです。ですから、叔父様が魔女を呼んで、さらにデュラハンを召喚させて、欲をはる私たちの処罰を暗示している――というんです」
「なるほど。一連の話のつじつまがあいますね」

 ルカは、さも他人ごとのように言った。




 マルクは一連の話を全て終えて、静かに土下座をした。後ろで、執事のブラモアも同じように土下座しはじめた。

「……何のまねですか?」

 ルカは、わざと言った。

「ルカ殿! ここまで長々と話をすれば、私の願いなんて理解できるでしょう! ……私は、私たちを苦しめる死霊の騎士を追い払い、家とネルトリンゲンの騒動を収拾したいんです! どうか、ルカ殿の多彩な魔道と知恵を私にお貸し下さい。どうか、魔界の暗雲に翻弄ほんろうされ続けている私たちをお助け下さい!」

 マルクは額を冷たい床にこすりつけて、誠心誠意に頼みこむ。ルカの横で話を聞いていたクラリスはもう涙目になっていて、マルクとブラモアの悲しい姿に涙を流しそうだった。

 ルカはしばらく目をつむっていたが、やがて青い瞳を見開いてマルクたちを見下した。

「申しわけありませんが、お断りします」

 ルカは冷たく言い放った。マルクたちは、まさかの拒否にがく然とルカを見あげた。

「ど、どうして、私たちのたっての願いを聞き入れて下さらないんですか? 報酬ほうしゅうでしたら、それ相応のものをご用意いたしますよ」
「別に金がほしくて言ってるのではありません」
「で、では、どうしてなんですか。ここまで恥をしのんで頼みこんでもダメなんですか?」

 マルクは冷静に言い返しながらも、肩を少しふるわせていた。だが、ルカはそれを見ずに不意に立ち上がると、後ろの窓をながめながら言った。

「あなたの依頼には、気に入らない点が三点あります。ひとつは私が他国の人間であること。二つにデュラハンの存在が非常にうさん臭いということ。そして最後に、一連の話の裏に遺産相続の臭いがするからです」
「遺産相続の臭い、とは何ですか? もっと具体的に言って下さい」

 マルクの攻撃的な言葉を聞いて、ルカはふり返ってマルクを見つめた。

「あなた方はデュラハンの出どころをモーリス殿ひとりと決めつけて、罪を全て着せようと思ってるみたいだが、はたして遺産を独占したいと思ってるのはモーリス殿だけなんでしょうか?」
「そ、それは……」

 意外なひと言だったのか、マルクは思わず閉口してしまう。ルカは、みなに聞こえるように大きくため息をついた。

「地上をけがすみにくい世俗は、私のもっとも忌み嫌うものです。まことに残念ですが、この屋敷の人たちも例外ではないようですね」

 言い終わって、ルカは静かに部屋を出ていった。一度もマルクたちにふり返らずに――。


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