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  水鏡の術師 作者:ミミズ
1章 謀略の花嫁
2話 苦心する友
 料理屋の少女を追い出してから、しばらくして戸口が開いた。昼下がりのまぶしい陽の光を背に受けて、ひとりの男が姿をあらわした。

 男は青いパンツの下にまっ白のタイツをはいている。長いブロンドの髪を水色のリボンで留めて、腰につけた赤い剣帯には黄金の剣が下がっていた。

 ルカに負けないほどの派手な衣装を着る男――クレアモンド・アグラヴァイン卿は、ルカを見つけて小走りで駆けてきた。

「ルカ殿、お久しゅうございます。リエージュからの長旅は大変だったでしょう」

 クレアモンドはルカの前で両手を合わせる。ルカも両手を組んで会釈えしゃくした

「クレアモンド殿こそ、つつがないようで安心しました。でも、突然の手紙だったんで驚きましたよ」

 苦笑しながら、ルカは差し出された手をにぎる。往年の親友クレアモンドと両手で握手あくしゅをかわした。

「さて、クレアモンド殿。例の手紙の件だが――」
「しっ! ……ルカ殿」

 クレアモンドは右手の人差し指を出して、そっと口もとにあてる。まわりで唖然としている農奴のうどたちの目を見て、顔をこわばらせた。

「ルカ殿、ここは人目がはばかります。お疲れのところで申しわけないが、場所を変えてもいいかな」

 ルカは静かにうなずいた。




 クレアモンドは料理屋を出て、外の往来を歩く。歩調は普段よりいくらか早い。歩くというより小走りに近い。

 ルカはクレアモンドの背中を追いながら、並みならない違和感を覚えていた。

(この男はどうして、他国の人間である私に依頼してきたんだ?)

 ルカの祖国のリエージュは遠い。親友とはいえ、外交的なつながりのないクリスティーアから依頼が舞いこむことは、常識ではあまり考えられない。

 クレアモンドは中央通りのわき道を抜けて、近くの公園に入った。お昼すぎの公園は、幼い子供たちが無邪気に走りまわっている。すみっこでは母親らしき女性たちが話こんでいる。人通りはあまり多くない。

「ここならいいでしょう」

 クレアモンドは公園中央の噴水をながめて、歩く足を止めた。ふり返り、後ろでたたずむルカの目を見つめた。

「私が送った手紙を見て、ルカ殿はさぞ困惑されたことでしょう。ですが、ことは急を要します。ルカ殿にとある方を助けていただきたいのです」
「とある方とは、だれのことです?」

 ルカがそう問い返すと、クレアモンドは背を向けた。

「……申しわけないが、今は話すことができません」
「それはどうしてですか? わけを教えてください」

 ルカは目を細めて友人の背をにらめつけた。

「今回の話は、内密にことを運ばなければいけないんです」
「それで自国の配下でなく、他国の人間の私を呼んだんですか」

 ルカが言葉をつなげると、クレアモンドはふり返って腰に手をあてた。

「手紙でも書きましたが、明後日の一の刻(一時ごろ)、クリスティーア侯の臣下のラヴィア子爵の国に一台の護送馬車が通ります。……ですが、護送馬車は盗賊によって襲われてしまいます」
「襲われる……?」

 ルカは眉をひそめた。

「正確には、私の配下に馬車を襲撃させるのです。ルカ殿は私が遣わした配下にまぎれて馬車を襲撃し、合間をぬって馬車の中の要人を助けてきてほしいのです」
「要人というのは、政争で失脚したあなたの友人かだれかですか?」
「申しわけありませんが、それはお話できません」
「護送馬車で中央に輸送されるということは、よほどの重罪を犯した人間なんでしょう? あなたはフリージア王家に刃向かうつもりなのか」

 フリージア王家とは、ここディオーネ王国の王家で、二十三代にわたって王国を治めている。重罪人は中央に輸送されて、王家によって裁かれる。

 ルカの背中に冷や汗が伝う。親友の依頼と言えども、軽々しく引き受けるのは危険だと、ルカは思った。

「……クレアモンド殿。あなたが何を考えてるのかわかりませんが、情報がなければ私とて行動にうつせませんよ。それでも、あなたはやれと言うんですか」
「ルカ殿がこの話を不審に思われるのは承知の上です。ですが、この話は他国の知り合いで信頼できるルカ殿にしかいえない話なんです。……どうか! あなたの機智と手腕で、私をお助け下さい。この通りです!」

 クレアモンドは両膝をついて、ルカに土下座した。色あざやかなパンツに砂がついて、両手の袖も土に汚れた。

 親友を見下ろして、ルカは返す言葉が思いつかなかった。

「そこまで申されたら、断る言葉も思いつきません。私の凡才でよろしければお貸ししましょう」
「聞き入れて、いただけますか」
「あなたのたっての願いとなれば、仕方ありません。それと、成功したときには、それ相応の礼をいただきますよ。いいですね」
「その点なら抜かりありません。とびきりの報酬ほうしゅうをご用意させていただきます」

 クレアモンドが満面の笑みで飛び上がる。ルカの手をとって、「ありがとう」と何度も言った。

 ルカは顔を引きつらせながら、うわべだけの笑みを返した。


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