次の日、ルカとクラリスは朝食をいただいた。ダイニングでは、さぞ昨夜の首なし死体について話しあわれるのだろうと思っていたが、朝食の席はルカの予想よりもはるかに静かだった。
(はて、これはどういうことだ)
ルカとクラリスは、鳩が豆鉄砲を食ったような表情をならべた。
その日のダイニング・ルームはオルフェリン家の一同が集まって、中央の長いテーブルを左右から取り囲んでいる。昨日の夕食のときに姿を見せなかったアマルガンも今日はダイニングにやってきて、左の隅っこの席でパンをかじっていた。
しかし一同の表情は暗く、だれひとりとして会話しようとしない。
「このスープ、おだしが効いていてとてもおいしいですわ」
たまらずにクラリスが話を切り出してみたものの、それに反応する人間はひとりもいない。クラリスは弱ってとなりのルカを目くばせしてみたが、ルカも口をへの字に曲げて、うんともすんとも言ってくれなかった。
「オルフェリン家の人たちは、昨日のことを何とも思ってないのかしら」
朝食を終えて、クラリスはルカの部屋でグチをもらすが、ルカは黙々とメタトロンのグリモワを読んでいて、何も答えようとしない。
そのうちにクラリスがじれったくなって、ルカに言いよった。
「ルカ様。聞こえてないんですか?」
「聞こえてるよ」
そのひと言にクラリスが飛びついた。
「ルカ様。どうしてオルフェリン家の人たちは、昨日の出来事を話しあわないんですか?」
「さあな。他人の事情なんて、私は知らん」
ルカは冷たく言い放って、クラリスの手をふり払う。が、クラリスもしつこくルカの腕をつかみ返してきた。
「ルカ様はあのような惨状を見ても、何とも思わないんですか?」
「あれは人為的な仕わざだ。気にかける必要はない」
「ですが、ルカ様もあの死骸を見て驚いてたじゃないですか」
しつこく気を逆なでするクラリスに、ルカも嫌になってメタトロンの表紙を閉じた。
「無茶をいうな。首切られた死体をいきなり見せられて、おどろかない人間がいるわけないだろ?」
「ですから、その件について話し合いたいんじゃないですか」
「そんなに怖いかね?」
「ルカ様だって、ホントは怖いんでしょ?」
ルカは、クラリスと長々とした口論を始めてしまった。その背後で、ブラモアがニコニコしながらその様子を見守っていた。
やがてクラリスがブラモアに気づいて、ふり返った。
「あ、ブラモア様。いつからそちらにいらしたんですか?」
「ついさっきですよ。いやあ、お二人の仲があまりによろしいので、邪魔してはいけないと思いましてな」
「えっ……」
クラリスはつい赤面してしまった。
「何かご用ですか?」
一方のルカは白い顔でうそぶいた。その姿にブラモアはニコッと笑って、廊下で待機している人間を呼び出した。しばらくして、オルフェリンの末弟のマルクが部屋に入ってきた。
マルクはルカの向かいに腰かけるなり、そのりりしい顔をおしみなく前に出して言った。
「ルカ殿。早朝にいきなり押しかけて、申しわけありません」
「いえ。私は客人の身ですから、マルク殿が気を遣う必要はないでしょう」
ルカとマルクは、ともに丁寧に挨拶を交わしたが、彼らにはさまれた空気は弓形の弦のように張っている。クラリスとブラモアは顔を見あわせた。
「……昨夜の件ですか?」
やがてルカが観念して、力なくつぶやいた。それを聞いて、マルクもわずかに緊張を解いた。
「昨晩の首なし死体について、とても驚かれたことと思います。かの悪魔は死霊の騎士といいまして、最近よく出没して私たちも困ってるんです。やつの正体については私たちも総力をあげて突きとめてるところですが、相手が幽霊のようにエーテル体の身体をもった存在なので、苦戦してるのです」
「死霊の騎士というのは何者なんですか?」
「それについては、まず私たちオルフェリン家のいきさつについて話をしなければいけません」
マルクはルカの反問をおし返して、やがて昔話を始めた。
オルフェリン家は、小国ポメラニアの地方都市ネルトリンゲンに居をかまえる商人の家だった。家は先祖から山でとれる薬草を製薬、売買して生計をたてていたが、今のように裕福ではなかった。
それが先代から一変した。アマルガンたちオルフェリン家四兄弟の父はメリオンといい、商才に長けた名士として知られていた。メリオンはその才能を存分に発揮して現在の財をきずき、一代にして貴族たちをしのぐ財力を手に入れたのだという。
「私の父、先代のメリオンは一卵生の双子の生まれでした」
「双子……!?」
双子という言葉に、ルカはがく然と顔を青くする。
クレシダ大陸、いやミシャル教会の浸透する社会では、双子は災厄をもたらすとして嫌悪されている。その理由はわからないが、それはペスタの魔王たちが召喚される以前から存在する常識なのだという。
そのため、生まれた子供が不運にも双子だった場合は、そのどちらかを殺して双子でなかったことにするしかない。またはもよりの修道院にあずけて、処断をまかせるしかない。そうしなければ、双子の子供たちは忌み子となって親に不幸を招いてしまうのだ。
処分する子供を選ぶ場合、普通は後に腹から出てきた子を選ぶ。そして処分の方法は、一刀による斬殺から断崖に投げ落とすまで、実に様々となる。
マルクはりりしい顔をくずさずに言った。
「父メリオンの弟、つまり私の叔父様はモーリス様といいます。モーリス様は、その、とても嫉妬深い方でいらっしゃいます。逆に父のメリオンはとても欲にうとい人でした」
「双子なのに、ずいぶん性格が違うんですね」
ルカが言葉をつなげると、マルクは静かにうなずく。
「はい。父メリオンとモーリスの叔父様は、とても双子と思えないほどに性格の明暗がわかれていました。だからこそ、ともに力をあわせて今のオルフェリン家をきずいていったのだと、私は思ってます」
「商才あふれる兄と嫉妬深い弟か。なるほど」
ルカは妖しくつぶやいた。
しかし、金の集まるところに争いごとあり。
生真面目な兄メリオンは突如として衣手を返して、利益を独占し始めた。目の前に金の山がつまれているのだから、欲にうとい実業家といっても心変わりしないわけがない。
そして、それにモーリスは異をとなえて、やがて彼ら双子の兄弟はいがみあうようになっていった。
「ですが、父と叔父様の対立はすぐに終結をむかえます。……父が急死なされたからです」
「急死ですか」
マルクの妖言にルカも顔をしかめる。
財を独占したメリオンは毎日酒におぼれて、めっきり仕事をしなくなった。彼は心の底まで変わってしまったのか、書斎にこもりがちになって、アマルガンたち四人の子供たちとも話をしなくなっていった。
アマルガンたちは、父メリオンの異変に不安をおぼえて何度も説得をこころみたが、メリオンはとうとう帰らぬ人となってしまったのだった。
ある日の朝、執事のアランがメリオンの書斎の扉を開けると、あお向けになって倒れているメリオンが発見された。書斎の机には水の入ったコップと白い粉があって、調べるとその粉が毒であることがわかった。
「……机の上には父が書いたと思われる遺書も見つかったんですが、それがまた謎めいた遺書でして、兄様たちの仲を悪化させてしまったのです」
「その遺書はおもちですか」
「はい。ここに」
そういって、マルクはルカに一通の封筒を手わたす。ルカはその中の二つ折りにされた紙を広げて、思わず声を失った。
『私の遺産の全てを三男のマルクに相続させる』
と、紙――メリオンの遺書はひと言のみがつづられていたからだった。
普通、遺産や家督を継ぐのは長男なので、その遺書は確かに謎めいている。いや、むしろアマルガンら息子たちの仲たがえをあおっているように思えてならない。
実際、その遺書を見たアマルガンたちは激怒して、父の毒殺がマルクの仕わざだった、とか、遺書はモーリスによって書きかえられたのだ、とか、とにかく散々に事実を否定したようだ。そうして、オルフェリン家の兄弟たちは互いにいがみあうようになっていった。
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