アマルガンをぬいたオルフェリン家の面々にかこまれながら、ルカたちは夕食をいただいたが、その席はとても閑静としていた。せっかくおいしい料理がならんでいるというのに、食事をはずませる談笑はまるでなかった。
オルフェリン家の人間たちは客人のルカとクラリスの世話を忘れて、みながそろって顔を険しくしている。スプーンをいそいそと動かしてばかりで、彼らははなっから会話なんてする気がないみたいだった。
スープをちょっとだけすすって皮肉家のアゼルがすぐに席をたつと、続くように恐妻グレースが娘のレイチェルの手を引っぱってダイニングから出ていった。
それから、ジェシカ夫妻も青い顔をうかべてすぐに退出してしまったから、夕食の席は数分で人気がなくなってしまった。
「みなさん、お食事を終えられるのが早いんですね」
クラリスは静かなダイニングをながめてぼやいた。すると、初老の執事のアランが紅茶を運んできてくれた。
「ルカ殿にクラリス殿。さきほどは見苦しいものを見せてしまって、どうもすみません」
室内にひとり残ったマルクは、姉弟たちの無礼を代表してあやまった。
「一族のうちわ揉めとは、ゆゆしき事態ですね」
ルカはマルクの気なんておかまいなしに、ありのままを言ってみた。すると、マルクが悄然と肩を落としてしまった。
ルカはため息をついた。
「何か、あなた方をいがませる原因がおありなんですか?」
「え、ええ、まあ……」
マルクは目を泳がせていた。
夕食を終えて、ルカとクラリスはそれぞれ寝室をあてがわれた。寝室とひと言でいっても、部屋についた窓は金ぶちだし、部屋のまん中にある白いベッドも、うす黄色のレースのカーテンで麗しくかざられている。寝室まで無駄に豪華だった。
ルカは金の肩あてを外してベッドに腰かける。すると、肩や腰に分銅をつけたような感覚がルカにおおいかぶさった。長旅の疲れが出たのだろうか。
ここオルフェリンの屋敷には、実にたくさんの人たちが住んでいる。
まず、オルフェリンの血すじを受け継いだ人間が四人。黒い杖をついた気難しい男のアマルガンと、夕食のときにヒステリックに騒いでいたジェシカ。白い服を着た紳士のマルクに、皮肉家のアゼル。
それから、屋敷の外からやってきただろう人物もまた四人いる。執事でルカたちを招いたブラモアと、マルクの後ろにいた初老のアラン。それからジェシカの婿のランベイルと、アマルガンの嫁のグレース。
彼らオルフェリンの一族とそのゆかりの者たちは、何かしらの原因によっていがみあっている。それは、いったい何なのか。
彼らの会話を推察すると、気難しいアマルガンが兄弟の長男ということになる。そしてグレースの毒殺をほのめかす言葉は、彼ら兄弟のつながりが決定的に引き裂かれていることをさし示す。
「ルカ様」
あれやこれやと考えるルカを不意に呼ぶ声があった。ルカはあわてて飛び起きたが、部屋のとびらの前に立っていたのがクラリスだとわかると、すぐに緊張を解いた。
「……だれかと思えば。君も寝られないのか?」
ルカはうす暗い室内を照らすロウソクの火を見つめながら、そうつぶやいた。クラリスはすぐにうなずくと、ルカにそっと近づいてその横に座った。
それから、クラリスは消沈しながら言った。
「はい。その、オルフェリン家の方々のことを想うと、ええと、何といいましょうか……」
「じきに、死者が出るだろうな」
その言葉にクラリスは唖然とした。
「ルカ様! 不吉なことをおっしゃらないで下さい! 親切に宿をお貸しいただいた方に対して失礼ですわ」
「しかし、いかにお人良しな君でもわかるだろ。こんな豪邸に家主がいないのに、横一列に兄弟たちが並んでるんだ。……たぶん、屋敷のばくだいな遺産の相続でもめぐって対立してるんだろう」
「そんな、早急にものごとを片づけないで下さい。屋敷のご主人様はたまたま外出されていらっしゃるだけかもしれませんし。それに、死者が出るだなんて、そんな……」
クラリスは語尾をにごして力なく肩を落としていた。そのとなりで、ルカはかったるそうにベッドに横になった。ふわふわした羽毛の布団がルカの身体をうもらせて、気持ちがいい。
「明日の朝に適当な理由をつけてここを出よう。一族のうちわ揉めには首をつっこまない方が身のためだ」
ルカの消極案にクラリスも黙ってうなずいた。
そこへ突然、だれかの叫び声が聞こえた。ルカは驚いてベッドから飛び起きた。
「な、何ですか!?」
クラリスも、人の寝静まった夜にひびく叫び声にわななく。その絶叫は扉の外の暗闇からひびいている。
「うわさをすれば何とやらだ。行くぞ」
「あ! 待って下さい」
ルカは素早くおきあがると、扉の横にかけられた長いロウソクをもって部屋を出る。クラリスもあわててルカの後を追ってきた。
とびらの外の廊下はまっ暗闇だった。まっ暗な闇以外には、何もない。広い屋敷の中だというのに、生き物ひとつの息も聞こえない静寂と暗黒が支配している。
ルカは固唾をのみながら、呪文をコソコソととなえてロウソクの火をつけた。突然にともった火は、夜中の暗闇を弱々しく照らした。
ルカはクラリスにローブの袖をつかまれながら、おそるおそる屋敷の長い廊下を歩いていく。その足踏みに、廊下の床がミシミシと嫌な音をたてる。
「ルカ殿!」
そこにルカを呼ぶ声があった。ルカが深呼吸してからふり向くと朱色のロウソクの明かりが近づいてきて、やがてジェシカ夫妻の顔が照らされた。
ジェシカは不安げに言った。
「さっきのはだれの声?」
「わかりません。女性の声だと思いましたが」
ルカも残念そうにつぶやいた。
とそこへ、今度は寡黙なアマルガンがやってきた。アマルガンは初対面の無愛想な感じから一変して、額に汗して必死の様子だった。
「君! 私の妻を見なかったかね?」
「これはアマルガン殿。グレース殿が行方不明なんですか?」
「あ、ああ。ついさっき、娘のレイチェルをつれて出ていったんだが……」
「何ですって!? まさか……!」
するとランベイルががく然として、彼は血相をかえて階段を駆けおりていってしまった。妻のジェシカも、あわてて彼の後を追っていった。
その様子をながめて、アマルガンは舌打ちした。
「またアイツか……!」
その恨みある言葉にクラリスは首をかしげた。
ルカはクラリスとアマルガンをしたがえて、ランベイルたちのむかった一階のロビーへと足を運んだ。途中、寝まき姿のブラモアやマルクと合流して、一同は恐怖をふりはらって暗闇の中を進んでいった。
そして一階のロビーについて、娘のレイチェルをだいて全身をふるわせるグレースの姿が見つかった。
「だいじょうぶか!?」
グレースを見てアマルガンがすぐに飛びついた。とりあえず、懸念されていた彼女たちの身に別状はなさそうだ。ルカはひとまず胸をなでおろしたが、やがてロビーの開いた扉を凝視して立ちつくているランベイルとジェシカを見た。
「ランベイル殿。どうかされましたか」
「ルカ殿。あれを見てみなさい」
ランベイルは声をふるわせながらロビーの出口を指した。ルカとクラリスもつられて、その指す方向を見やった。
が、そこで一瞬、身体がかたまってしまった。
「キャァ!」
数秒おいてから、クラリスが悲鳴をあげてルカにだきついた。
開いた戸口にかかっていたのは、一匹の動物の死体だった。それは、細長い尻尾から下へつるされて、ポタポタと黒い血を落としている。
つるされた動物は、小さい身体と四肢についた肉球からそこらのノラ猫だろうと思われる。が、殺され方がむごい。首から先がなくなっている、いや切りとられているのだから。
「し、死霊の騎士だ」
ロビーのかたすみにいたブラモアは、ふるえる声でつぶやいた。アマルガンやジェシカもまた歯を食いしばって、かたくにぎった拳をプルプルとふるわせていた。
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