それからルカとクラリスは、あらためてロビーのおくに通された。
ロビーのおくには客席があって、その長椅子にブラモアとひとりの男が座っている。男は上唇に上品にヒゲを生やしていて、さらにツヤのある黄色のローブを着ていた。
裕福そうな男は、ルカとクラリスを見てすぐに立ちあがった。
「これはお客様。わがオルフェリン家を訪問していただき、まことにありがとうございます。私はオルフェリン家の長女ジェシカの夫で、ランべイルと申します」
ランベイルの丁寧な挨拶にルカとクラリスも礼をした。
「ご丁寧にありがとうございます。私はオーブからまいりましたルカ・アスタモールといいます。となりにいるのは私の弟子で、クラリスといいます」
「クラリスと申します。よろしくお願いします」
それを見てランベイルはほのかに笑った。それからルカとクラリスに上座をうながして、ルカたちは向こうの椅子に腰かけた。
ランベイルはニコニコしながら言った。
「ルカ殿にクラリス殿ですか。それにオーブ伯といえば、先のカンタブリアの変で活躍された英雄ではないですか。ぜひとも、その武勇伝をお聞かせくさだい」
「はあ。それが申しわけないんですが、私はただの召使いなので、この間の戦いに従軍させてもらえなかったんです。だから、ランベイル殿を楽しませることはできません」
「それは残念ですね」
ルカたちが歓談を交わしているわきで、クラリスは首をかしげた。
「ルカ様。カンタブリアの変というのは何なのですか?」
「ああ、六年前に起こった政変のことだ。王領フリージアの都はカンタブリアといってな。政治を省みなかった前王フリードリヒ二十二世は、正室アンダルシア王妃の兄、アンダルシア侯に攻められて、殺されてしまったのさ」
「はあ、そうだったのですか」
ルカの説明を聞いても、クラリスは余計にちんぷんかんぷんになっているみたいだった。ランベイルは右手を口もとにあてて、上品に笑った。
「まあ、国王が変わる事件だったと覚えておけば、だいじょうぶですよ。そしてオーブ伯は、略奪の魔の手からカンタブリアを守った英雄で、国内外に名をとどろかせているお方なんですよ」
「あ、はい。よくわかりましたわ」
上機嫌で言葉を添えるランベイルに、クラリスは生返事をした。
「……あなた。遠方からいらしたお客様がお困りですわ」
客席で談笑をかわすルカたちに次なる声がかかる。その人は、右の階段からゆっくりとした足どりで降りてきた。女性は裾の長いスカートのはしをもって、小さくおじぎした。
「私はジェシカと申します。遠方よりいらしたお客様、わがオルフェリン家一同を代表して、あなた様方を歓迎いたしますわ」
ジェシカという女性は群青の渋めなシュルコーを着ていて、彼女の透き通ったブロンドの髪をみごとに引き立たせていた。
だが、クラリスは首をかしげて言った。
「あなた様がジェシカ様ですか。でも、ジェシカ様は体調が優れなくてベッドに横になってると聞きましたが、体調はもうよろしいのですか?」
「えっ、何のこと?」
クラリスのぶしつけな言葉にジェシカは間のぬけた返事をしたが、彼女は夫のランベイルの顔を読みとってすぐに手を打って笑った。
「ああ! 夫の言葉を真に受けておられるのね。あれは、モリアンスと顔を合わせないための言いわけですのよ」
「モリアンス殿というのは、さっきまでいらした男性のことですね。モリアンス殿はジェシカ殿のいとこといってましたが、身内をそんなふうにあつかってもいいんですか?」
続けてルカも苦々しくいってみたが、ジェシカの表情は険しくなるばかりだった。
「死ねばいいのよ。あんなやつ」
ジェシカの宿怨に外の梢が夜風にゆれた。
しばらくして、執事のブラモアからダイニング・ルームへ案内された。室内では、屋敷の召使いたちがいそいそと手料理を運んでいる。
「まあ! すてきなお料理ですわ」
クラリスはきれいにならべられたお皿をながめて、感激の声をもらした。そしてブラモアの指示にしたがって、ルカとクラリスは部屋の奥の上座にならんで座った。ジェシカとランベイルも続いて入室して、ルカたちの手前に腰かけた。
その後に、白の光沢のある服を着た若い男が姿をあらわした。若い男は、後ろに初老の執事をしたがえていて、ルカとクラリスを見て丁寧に会釈した。
「お客様。挨拶が遅れて申しわけありません。私はオルフェリン家の先代メリオンの三男で、マルクといいます。後ろにいるのは執事のアランです」
マルクと名のった男の挨拶に、ルカとクラリスもすぐに立ちあがって両手を合わせて礼をした。マルクは微笑んでいった。
「話はアランから聞いてます。ルカ殿は、西の国のオーブからいらした魔術師様なんでしょう?」
「ええ。私は国務を忘れて奔放に生きる、火炎公アイニのようなだらしない人間です。今日はブラモア殿の招待を受けてお邪魔してます」
ルカが伝承につたえられる魔王アイニとかけると、マルクはとたんに苦笑した。魔界ペスタの五柱の魔王のひとり、火炎公アイニは怠惰や自堕落を司る。
「ルカ殿が魔王と同じだなんて、これはまたご冗談を。……私こそ屋敷の外を知らない世間知らずですから、ルカ殿の旅のお話を楽しみにしてます」
マルクに続いて、小さい幼女をつれた女性が入ってきた。彼女はきれいなブロンドの髪を後ろに結っていて、着ているドレスや髪かざりに金銀のアクセサリをたくさんつけている。
いかにも品のあるその女性は、屋敷の庭でみた女性だった。その人は、黒い杖をついて用心深そうにしていたアマルガンという男の後ろにいた女性で、ブラモアは彼女の名を、グレースと言っていた。
グレースはルカたちを一べつしただけで挨拶せず、ぶしつけにブラモアを呼んでいきなりしかりつけた。
「ブラモア、夕食の準備ができてるのなら早くつたえなさい! あなたは私たちを餓死させるおつもりですか!」
「はっ! 申しわけございません。お客様の対応に追われておりましたので、連絡が遅れてしまいました」
「そんな言いわけなんて聞きたくありません! もういい、下がって客人の世話をしてなさい!」
「はっ……」
ブラモアは苦々しい表情で退室すると、それを面白がって見ていたジェシカがおもむろに立ちあがった。
「グレース義姉様、兄様とご一緒じゃなかったんですか?」
ジェシカはからかうように言ったが、その調子をあわせるようにグレースが皮肉の笑みをうかべた。
「フフッ。夫は用心深い人ですから、料理に毒をもられるんじゃないかと心配してるのよ」
「なっ……!」
その言葉にジェシカがすぐに立ちあがった。横のランベイルやマルクもまた、がく然と冷汗をかき始めた。ジェシカは立ったままグレースにかみついた。
「義姉様! いくら義姉様でも、言っていいことと悪いことがありますわ!」
「コラッ、ジェシカ! やめないか! お客様の前だぞ!」
ランベイルもすぐに立ちあがって、顔を赤くして激怒する妻をはがい絞めにしておさえつけた。だが、グレースはそれを見ても眉ひとつ動かさなかった。
「――ジェシカ姉さん。そんなにムキになって怒ってたら、ほんとうにあんたが料理に毒を盛ってるんじゃないかと思われちまうゼ?」
不意にそう皮肉ってきたのは、赤のあざやかなシルクを着た男だった。その男は口もとに手をあてて、気持ち悪く笑っている。グレースは男に流し目をおくってから言った。
「あら、アゼル様。珍しいわね。お客様がいらっしゃるから今日は夕食をご一緒されるのかしら?」
「グレース義姉さん、アマルガンの兄貴と一緒にしないでくれよ。俺はいつも一緒に食事をしないけど、別に毒が怖いんじゃないぜ。あんたらと同じ空気を吸いたくないだけさァ」
「失礼ね。それじゃ、私たちが悪名高い魔王の僕みたいじゃない」
「ヘヘッ。同じようなもんだろ?」
アゼルと呼ばれた男は、グレースの冗談を聞いてさらに大笑いする。その気味悪い笑い声がしんと静まりかえる室内になりひびいて、クラリスはまた青ざめていた。
(何なんだ、この兄弟たちは)
いがみあう彼らをながめながら、ルカは思った。屋敷のおくからにおってくる血なまぐささの正体が、彼らの関係にあるのだと。
◆国紹介-3◆
オーブ=王国北西部に位置する小国。五年前に起きたカンタブリアの変で王家を救い、爵位を賜った。爵位は伯。
ポメラニア=2章の舞台で、クリスティーアの隣国。オルフェリン家がつくる薬草は、国の特産物になっている。爵位は子。
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