ブラモアの道案内にしたがって、ルカとクラリスはネルトリンゲンの静かな街道を歩く。空は相変わらずくもっていて、ルカたちを憂うつな気分にさせる。
「ルカ殿はどちらからいらしたのですか?」
そうブラモアが口を切ると、ルカはほほえんで言った。
「私たちは西の国のオーブからまいりました。ここポメラニアには有名な霊泉があると聞いたので」
とっさにあがったルカのうそに、クラリスは驚いてルカの顔を見あげた。ルカは気にもせず、手づなをにぎっている。
何も知らないブラモアは、ルカの言葉を素直に驚いた。
「オーブとは、これはまたずいぶんと遠い国からいらしたのですね。道中は大変だったでしょう」
「ええ……。ですが、これも聖者ミシャルが課した苦行だと思って精進にはげんでいます」
「ハハッ。ルカ殿は敬虔なミシャル教の信者なんですね。修行の長旅、ご苦労様です」
その誉め言葉に、ルカはうわべだけで笑った。
ルカたちは人なつっこいブラモアの言葉につられて、笑い話をしながら道中を歩いた。あたりは日暮れどきになって、頭上の雲がオレンジにそまっていた。
しばらく歩くと細い街道が終わって、左右を木々にはさまれた林が目の前にあらわれた。林の中は遊歩道が通っているが、その中はまっ暗で明かりがなくてはとても入れそうになかった。
「おや。もうこんな時間だったのか。困ったな」
ブラモアは悄然とつぶやいてから、肩にかけたカバンから一本の松明を取り出した。
「ブラモア殿、松明を貸していただけますか?」
ルカはブラモアから松明をもらうと、その先を指でなぞりながら小声で呪文をとなえた。しばらくしてボッと赤い火がともり、林の暗闇が明るく照らされた。
その火を見てブラモアが驚いた。
「オオ! これが魔術ですか。初めて目にしました」
「これは、魔道の初歩にあたる四元魔術というものです。火は私の得意分野なので、火起こしは私におまかせください」
「ハハッ! こんなにすぐに火がたけるなんて、これは便利ですね。魔術というと、人をたぶらかす妖術や邪術のたぐいだと思ってしまいますが、そんなことはないんですね」
「魔術も要は使いようですから。……さ、早く行きましょう」
ブラモアは松明をもって、うす暗い林道を歩いていった。それにルカとクラリスが後ろからついていった。
しばらく歩くと、不意に林道がひらけた場所に出た。木の生えていない野辺は周囲を森に囲まれていて、そこだけがはげた場所なのだとわかった。その野原から見あげた空は暗く、時刻はすでに夜になっていた。
「あちらでございます」
ブラモアは、野原のまん中に建てられていた一軒の屋敷を指して言った。それは街の家々と同じく、白い外壁の上に三角形の赤い屋根をつけている。
しかし、大きさがまるで違う。その屋敷は屋根を三つも四つもつなげていて、ネルトリンゲンの家の五、六倍もの幅があった。広大な敷地をもった屋敷は、壁に金銀の装飾までほどこしてあって、見るものを圧倒するには十分すぎるインパクトがあった。
もしや、一国の領主の館にも匹敵するのではないかという豪邸が、そこにあった。
「すばらしいお屋敷ですわ」
その豪邸をながめて、クラリスが感激の言葉をもらした。ブラモアも誇らしげに言った。
「こちらが、ネルトリンゲンを支配するオルフェリン家のお屋敷です。オルフェリン様は先祖から代々薬草をつくって生活をしております」
「そうですか」
ルカは眉間をピクリと動かした。ちょうどそのときに屋敷の左の茂みがカサカサとゆれて、ひとりの男が姿をあらわした。
「ブラモア。こんな夜遅くまでどこを歩いていたんだ?」
出てきたのは、三十代の男性だった。男は髪を後ろでたばねていて、あごに短いヒゲを生やしていた。右手には黒い杖をついて、豪華な屋敷の主という貫禄がにじみ出ているように見えた。
杖の男の後ろには男と同じくらいの年齢の女性と、背の小さい幼女が立っていた。おそらく彼の妻子なのだろう。
ブラモアはあわてて帽子をとって挨拶した。
「これはアマルガン様にグレース様。ご機嫌うるわしゅうございます」
「私の顔を見るなり寝言をはくやつがあるか。後ろの二人はどなただ」
アマルガンと呼ばれた杖の男はブラモアを無視して目を細めて、ルカとクラリスをジッとにらんできた。ブラモアはあたふたしていた。
「こちらは先ほど街でお会いしたルカ殿とクラリス殿でございます。お二人は今日の宿を探しておられたので、私めが声をかけたのです」
言ってから、ブラモアはそっとルカとクラリスに目くばせしてきた。ルカは小さくため息をついてから頭を下げて、クラリスも後に続いた。
だが、アマルガンは舌打ちした。
「フン! ここには客の一人や二人をもてなすくらいの食料はあるから、別にかまわんがな。……マルクの差し金か知らんが、せいぜい、あがいてみるんだな」
アマルガンは意味深な言葉をはいてから、庭の奥へと消えていった。
それからルカとクラリスは、屋敷の中へ足を踏み入れた。
木製の扉を開けると、一面を赤くそめるじゅうたんと茶色のアンティークな階段が姿を見せた。ロビーのわきには鉄の全身鎧までかざられていて、貴族の屋敷さながらだった。
(オルフェリン家というのはポメラニアの領主なのか……?)
ルカはその美しいロビーを見て思った。
「さ、ルカ殿にクラリス殿。ご遠慮なさらずに中へお入り下さい」
ブラモアの優しい言葉に、少し不安がっていたクラリスの顔に笑みが戻った。
と、そのときだった。
「おい! ジェシカ姉さんはどこ行ったんだよ。いとこが遊びにきてやったってのに、つらも出さねぇたァどういうことだよ!」
「いえ、その……。ジェシカは体調が優れないから、ベッドで横になっているんですよ」
「うそつくんじゃねェ! 俺たちが憎たらしいから、顔もあわせたくねぇってんだろ!?」
ロビーの奥から聞こえてくる、ただごとでなさそうな叫び声にクラリスは顔を青くした。
「せ、先客のお方ですか!?」
「いや、あれはお客というより、昔からの知り合いのモリアンス様というお方なんですが……。申しわけありませんが、ここで少々お待ち下さい」
すると、ブラモアはあわててロビーの奥へすっ飛んでいってしまった。その小さく頼りなさそうな背中を見て、ルカはため息をついた。
「……どうやら、とんでもないところへ来てしまったみたいだな」
「はい。私たち、あまり歓迎されてないのかしら」
クラリスも消沈した。
ブラモアが消えてから奥でひと悶着があったようで、何度か男のヒステリックな叫び声がロビーにひびいていた。だが、しばらくして悪態ついてこちらへとやってくる男がいた。
その男は真緑色の色あざやかなシャツを着ていて、一見しただけで裕福な身分の人間だろうことがわかる。が、頭からのびたブラウンの髪はボサボサで、まるで手入れがされていない。
だらしない男のモリアンスは、ルカの顔を見るなり珍獣を見るように目を丸くした。
「オッ! だれだ、あんた。ブラモアが新しく飼った用心棒か?」
「私はルカ・アスタモールといいます。いきなり押しかけて、みな様には大変ご迷惑をおかけしてます」
ルカは低姿勢で言ったが、モリアンスはヘラヘラと含み笑いをうかべて名乗りだそうとしなかった。
モリアンスは、吐きすてるように言った。
「ケッ! 魔術師なんか呼んで俺たちに対抗するつもりだろうが、そんなことしたって無駄だぜ」
「さて、何のことでしょう」
ルカはモリアンスを挑発するようにとぼけたが、モリアンスはまるで興味がないみたいだった。それもそのはず。モリアンスが興味をしめしたのは、
「な、何ですか!?」
クラリスはそのあやしい視線を感じて、すぐに胸を両手で隠した。モリアンスが、クラリスのそのふくよかな胸や白い生足をなめ回すように見ていたからだった。
モリアンスは、しばらくクラリスの美しい身体を見てヘラヘラと笑って、やがて屋敷の外へと出ていった。
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