それから、ガレスは何か思いつめたようにルカの顔をジッと見つめていたが、意を決して口を開いた。
「私はクレアモンドの話を聞いてからずっと、ルカ殿に興味をもっておりましたが、想像以上のお方だ。しかも、あなたはとても優秀でありながら、いまだ独身を貫いているそうではないですか。どうでしょう、これも何かの縁。娘のクラリスをもらって下さらんか?」
「はっ……?」
突然にもちかけられた縁談に、ルカはおもわず生返事をした。
それから、とっさにあがった冗談かと思ってルカは苦笑しようとしたが、正面のガレスの表情は真剣そのもので、とても冗談で言っているように見えなかった。
横に座っているクラリスもまた頬を赤くそめながら、ルカの返事をジッと待っていた。
ルカはあわてて言った。
「ガレス侯! 恐れながら申しあげますが、それは後先を考えない暴挙というものです。侯が日々大切になされてるクラリス殿を私のような得体の知れない魔術師にあずけたが最後、クラリス殿は悪魔のいけにえにされてしまいます」
「おや、これはまた存外なお言葉。ルカ殿は、クレアモンドから話を聞いていないのかな?」
「話ですか」
ガレスのみょうな問いにルカは首をかしげるしかなかった。そこをクレアモンドが焦りながら弁明した。
「ルカ殿! この間お酒を飲んだときに話をした、あの話ですよッ!」
「何ですって!? それじゃ、クラリス殿のほんとうの婿は――」
「ルカ殿です」
そう即答したクレアモンドに、ルカは唖然としてしばらく空いた口がふさがらなかった。
「まあ、落ち着いて聞いて下さい。私が他国のルカ殿を起用したのには、二つの理由があったんです。ひとつは、さっきお話しましたがブロムベルクをあざむくため。そしてもうひとつが、名目上お亡くなりになられたクラリス様を他国へ逃がしてもらうためです」
「待って下さい! せっかくの話に水をさすようでまことに失礼ですが、一国の家来にすぎない私が主の許可もなく他国の女性を娶ることはできません」
ルカは、とりあえず断るつもりで言った。クラリスとの縁談は悪い話ではないが、国家間の関係というものがある。だが、クレアモンドたちもすぐには引かなかった。
「しかし今回の策は、クラリス様を国外へ逃がせて初めて成功になるのです。……考えてみて下さい。クラリス様を亡くなられたことにしてブロムベルクの要求をつっぱねようというのに、無事なクラリス様が見つかってしまったら、元も子もないでしょう?」
「そういうことです。それと、われわれは鉄鉱資源を豊富ににぎっています。ルカ殿がクラリスとの縁談を承諾していただけましたら、鉄のいくらかをドロテニアにお分けします。この縁談は、主人のドロテニア侯にとっても決して悪い話ではないはずです」
「それはそうですが……」
クレアモンドとガレスの二重攻撃に、ルカはいよいよ狼狽する。うなずきたいのは山々だが、やはり勝手に話を進めてしまうのはまずい。
やがてガレスは、煮え切らないルカの様子を見て焦り、となりのクラリスに言った。
「これ! クラリス。未来のお婿様に、お前からも何か声をかけてさしあげなさい」
「……お父様。ルカ様がお困りになられてるのに、勝手に話を進めないで下さい。ことを強要するのはよくありませんわ」
「何じゃ、お前も素直じゃないな。最初にルカ殿の話を聞いたときなんか、興味しんしんだったじゃないか。ルカ殿のことが気になってるんだったら、そう素直に言えばいいじゃないか」
「お父様!」
ポロッと白状してしまったガレスに、クラリスは顔をまっ赤にして叫んだ。
「お父様! 変なことを言わないで下さい! ……私は、そんな尻の軽い女ではありませんわ!」
「ホッホッホ。お前も身体ばっかり成長して、心はまるで子供だな。いいじゃないか。ルカ殿のような方は、全国を探してもそう簡単には見つからないんだぞ?」
「もう、お父様ったら。……適当なこと言わないでよ」
クラリスは親ばかなガレスにまだ言い足りないみたいだったが、正面に座るルカと目が合うなり、あわてて目をそらして、すぐに大人しくなってしまった。
ルカは他に返す言葉が思いつかなかった。
「……ここで私が話を断れば、侯とクラリス殿の面目はまんまとつぶれることになります。そんな失礼なことはできません」
「で、では……! ルカ殿はクラリスをもらってくれるんですね!?」
ガレスは遠まわしなルカの承諾を聞いて、思わず叫んだ。が、ルカは顔をこわばらせて言葉を続けた。
「ですが、縁談については主の了承を得なければ回答できませんので、まことに失礼ですが回答はしばらくお待ち下さい」
「しばらく、といっても君のことだから、クラリス様をがっかりさせるようなことはしませんよね?」
クレアモンドはいちおう言葉をそえるが、ルカはそれに黙ってうなずいた。その様子を見て、ガレスはやっと肩の力をぬかして椅子にもたれかかった。
「クレアモンド殿。ひとつ、どうしてもわからないことがあるんですが」
「はっ? 何ですか、いきなり」
ルカの突然の問いに、クレアモンドは顔をしかめた。
「クレアモンド殿は、この間の宴席でガレス侯より誼をいただいてると、言ってましたよね?」
「ええ。それがどうかしましたか?」
「私は、その誼というのをクラリス殿のことだと思ってたんですが、違ったんですかね?」
ルカの神妙な様子に、クレアモンドはさらに不審な表情をうかべていた。向かいに座っていたクラリスは、クスクスと笑い声を出していた。
「違ってたも何も、私のような配下の一人がクラリス様を娶れるわけがないだろう。君はいったい、何を言ってるんだ?」
「では、ガレス侯からいただいた誼とは、だれのことなんです?」
「はっ? 私がいただいたのは、あそこにいる侍女だが。それがどうかしたのか?」
そう言ってクレアモンドが指す先に、ひとりの女性がいた。彼女はさっき紅茶を運んでくれた侍女なのだが、ルカはどこか見覚えがあった。――彼女は、この間のお酒の席でルカのとなりにいた女性だったのだが、結局ルカがそれを思い出すことはなかった。
面会のあと、レーリア城では簡単な酒宴が行われた。ほんとうだったらもっと盛大にいきたいものだが、ブロムベルク卿の存在をふまえたら、とてもそうはいかない。
また、クラリスは明日からしばらくクリスティーアへ帰国できなくなるので、宴席でガレスとクラリスは終始涙をうかべていた。だから宴席はとてもしんみりとしていた。
翌日の夜明け前に、ルカとクラリスはレーリア城を後にした。見送りのさいには父ガレスとクレアモンド、それに城内の臣下や侍女、さらに召使いたちまでが城の裏口にならんで、ずっと手をふってくれた。
「これからは敬語はつかいませんよ」
背後のレーリア城が見えなくなったところでルカはいった。
「周囲の目をはばかるため、あなたはこれからしばらく、私の弟子ということにさせていただきます。よろしいですね?」
「はい。ふつつか者ですが、これからもよろしくお願いします」
クラリスは、いつもの人のよい笑顔で、ルカにそう返事した。
やがてまっ暗な地平線のかなたに朝日がのぼって、まぶしい陽の光でルカとクラリスを照らす。それはまるで、ふたりの新しい旅立ちを祝しているようだった。
――1章 謀略の花嫁 終わり。
2章 死霊の騎士へ続く。
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