クラリスと無事に再会したルカたちはマラガ城で一夜をすごして、翌朝にいそいそと出発した。
ブロムベルク卿の間諜の目をあざむくため、クレアモンドたちクリスティーアのメンバーは影に隠れていないといけないのだが、ラヴィア卿の謀反が発覚した今となってはもう手遅れだろう。
クラリスはクレアモンドたちに厳重に守られながら、その日の夕暮れごろにクリスティーアの古城に着いた。
城内は宗教色を全面につけたマラガ城とくらべると、悲しいくらいに簡素だった。あたりはチリやほこりにまみれて汚かったが、中をかざる鉄の剣や鎧が、伝統ある城の荘厳さを静かに語ってくれた。
そして、赤いじゅうたんがしかれたロビーに、白髪をまじらせた壮年の男が立っていた。男の後ろには、勇ましい若者たちがずらっとならんで、厳かにルカたちを出迎えた。
「お父様!」
壮年の男を見るなり、クラリスは少女にかえって男の胸にとびついた。男もまた、クラリスをだいて涙を流した。
「オオ、クラリスや。初めての長旅は辛かっただろう。私もお前のことを思うと夜も眠れなかったぞ。国を守るためといえ、お前にはすまないことをした。ゆるしてくれ」
壮年の男――クラリスの父のクリスティーア侯の涙を見て、クレアモンドたちももらい泣きしていた。それは、うれし涙だったのか。それとも悲しみの涙だったのか――?
すすり泣くあたりの声を聞いて、ルカの枯れた涙腺もかなり刺激されていた。
「ブロムベルクは、われわれが軍事力にとぼしい弱小国なのをいいことに、再三の脅迫をしてきた」
しばらくして、クレアモンドがそうつぶやいた。
「やつらは中央の諸侯たちに対抗するため、わが国の鉄鉱資源をねらってた。だから、強大な軍事力を背景に何度も理不尽な要求をしてきて、われわれの反感をあおってきたんです」
「ブロムベルクはクリスティーアに戦争をけしかけて、この領土ごと侵略しようと企んでたんですね」
ルカの相づちにクレアモンドがうなずいた。
「ええ。やつらの要求の中には、われわれの降伏をにおわす勧告状にほど近いものまでありました」
「しかし、それらをあなた方が器用にかわすものだから、ブロムベルクもついに躍起になって今回の縁談話をふっかけてきたんですね」
クレアモンドは、あらたまって言った。
「この縁談話は一読しただけではわかりづらいのですが、こちらがどのような処置をとってもやつらの侵入をゆるしてしまう、実に狡猾で周到な罠だったんです」
「周到な……?」
ルカは眉をひそめた。
「いいですか? 今回の縁談の対処方法は、以下の三者に大別されます。――まず、縁談を承諾した場合。次に、いやそんな話は承諾できないと拒否した場合。そして、承諾も拒否もせずに無視した場合の三つです。承諾すればルカ殿の言う通り、クラリス様を人質にとられてやつらの要求を断れなくなります。でも、拒否なんてしようものなら、私たちに敵意ありと見なしてブロムベルクはいよいよ武力行使してくるでしょう」
「そして、無視した場合も拒絶した場合と同じ、ということですか」
ルカの言葉を聞いて、クレアモンドはため息をついた。
「侯は、やつらの暴挙に胸を痛めてました。そこで私は一計を進言したんです。縁談に承諾するとみせかけて姫を外から襲って命を奪い、縁談を中止させるというものです。が、実際にはクラリス様を殺害することなんてできませんので、敵に気どられづらいルカ殿を起用したんです」
「なるほど。その策が成功すれば、ブロムベルクの侵入をうまくかわすことができる。モードレットの起用が馬車襲撃の信用性をあげるためといってたのは、そういうわけだったのか」
「はい。ブロムベルクとてばかではないので、われわれが素直に縁談に応じないと思ってるはず。クラリス様を手もとにおくまで、しつこく間者を送りこんでくるでしょう。私とて、モードレットみたいなやつと通じたくはなかったんですが、仕方なかったんです。ですから、やつらがクラリス様とルカ殿を襲いはじめたのを見たときは、思わず心臓が止まりそうでしたよ」
「あの護送馬車を護衛していた騎士たちは、あなたたちだったんですね? 盗賊に簡単にやられたフリをして私の危機をジッと見てただなんて、あなたはやはり人が悪い。私は、あそこで危うく命を落とすところだったんですよ?」
ルカはいつもの調子にもどって意地悪を言ったが、クレアモンドは急にニヤニヤした。
「あの日の夜なんて、君とクラリス様がイチャついてたモンだから、思わず飛び出してしまいそうでしたよ」
「な……!」
クレアモンドにからかわれて、ルカは思わず赤面する。
「ま、騎士の礼節を知る君のことだから、私は君を信じて疑わなかったがね」
「まったく、国のためとかいっておきながら、君も悪趣味な男だな。姫をそこまでつけ回すだなんて、陰険な男は女に嫌われるぞ」
「ホホ。そんなこと言っても無駄ですよ。この間は縁談なんて断るとかいっておきながら、実はまんざらでもなかったんでしょ? クラリス様が好きなのなら、素直にそういってしまいなさいよ」
だんだん調子にのってきたクレアモンドに、ルカは冷や汗をかいて負け惜しみするしかなかった。
「やれやれ。危ないところを何度も助けてやったのに、友をねぎらう言葉を君は知らんのか? 君のその、無駄にふざける性格は昔から変わらんな」
「ハハッ! いいじゃないか。クラリス様のお言葉じゃないが、こうして無事に帰還できたんだから、少しくらい遊んだっていいだろ?」
それを聞いて、ルカは自分の用心深さにあきれたのだった。――こんな冗談が好きでお気楽な友を今まで疑っていたというのだから。モードレットに頭がおかしいといわれても仕方ないのかもしれない。
クレアモンドはしばらく笑っていたが、やがて気を落としてうつむいた。
「だが、ラヴィア卿の反意には全く気がつかなかった。彼がブロムベルクと通じてひそかに縁談を成功させようとしてただなんて、全くもって誤算だった」
「それは仕方ないだろう。国外に気をとられてたら、国内に隙が生まれるのは当然だ」
「それだけではない。私はモードレットの存在を軽視しすぎていた。やつらが暴走するのなんて少し考えればわかるはずなのに。……私は、参謀失格なのかもしれないな」
「君は考え方が大げさだと、この間言ったばかりじゃないか。失敗などはつきものなんだから、細かいことにこだわる必要はないだろ」
ルカのなぐさめか説教かわからない言葉を聞いて、クレアモンドはたまらず苦笑した。
それからルカはクリスティーア侯への目通りをゆるされて、城内の広間へ案内された。
広間の長いテーブルの向かいにクリスティーア侯とクラリスが座り、ルカはクレアモンドと並ぶ形で座らされた。
「ルカ殿。挨拶が遅れて申しわけありません。私は、不才ながらもクリスティーアを統治しているガレス・ベランジェール・ド・レーリアという者です」
クリスティーア侯ガレスの丁寧な挨拶に、ルカは両手を合わせて礼した。
「ご丁寧な挨拶、恐れいります。私はドロテニア侯配下リエージュ伯爵エクターの次子で、ルカ・アスタモールと申します。このたびは侯との面会をゆるされて、とても光栄です」
ガレスもまたルカの勇ましい表情を見て、しきりに笑みをこぼす。その表裏なく人のよさそうなところが、どことなくクラリスと似ている。
ガレスは優しく言った。
「あなたのことはクレアモンドから聞いています。何でも、この間のエスピナの戦いではカテリーネ公の大軍を退けて、主のドロテニア侯へも手腕をふるわれているそうではないですか。全く、あなたのような方に恵まれて、ドロテニア侯がうらやましいばかりです」
「そんな、滅相もありません。ドロテニア侯は私のようなつまらない者が部下について、あつかいに困ってばかりいます」
「ハハッ。これはまたずいぶんと謙遜されますな。まあ、そんなことはかまいません。とても質素な城ですが、ささ、どうかくつろいで下さい」
「は」
ガレスの優しい気配りにルカはすぐに返事した。
それから、侍女が紅茶をもってきてくれた。ルカはティーカップをひとついただいて、かわいた喉をうるおした。
ころ合いを見はからって、ガレスが話を切り出してきた。
「さて、このたびは私の依頼を受けて、また娘の世話までしていただいて、まことにありがとうございます。それから、道中に臣下のラヴィア卿の謀反まで発覚してルカ殿にいらぬ苦労をかけてしまったことを、ここにお詫びいたします」
ガレスの丁寧な言葉に、ルカもかしこまって返事した。
「私こそ他国の身でありながら、立場をわきまえずに迷惑をかけてしまい、申しわけありませんでした」
「いえ、そんなことはありません。今回の件はルカ殿がいなければ成功しなかったと、私は思っています。それと、悪臣ラヴィア卿がいらぬ言葉をはいてルカ殿をだましたと聞いていますが、そこにいるクレアモンドの身の潔白は私が責任をもって証言します」
その言葉に、クレアモンドが静かにうなずいた。ガレスは言葉を続けた。
「それでは報酬の話になりますが、縁談のさいに娘に着させたドレスをルカ殿にさしあげます。あれは国外の上等な素材と宝石でつくらせた一品。売れば、小さい国の二つや三つは買える代物です」
「ありがとうございます。しかし、申し上げにくいのですが、あのドレスは魔物の襲撃にあったときに小屋に置き忘れてしまったんです。今から急いで取りに戻っても、もう手遅れかと」
ルカは苦々しく言ったが、ガレスはそれを一笑した。
「ホホッ。それでしたら問題ありませんよ。クレアモンドに全てまかせているので心配ありません」
ガレスにうながされて、クレアモンドが口を開いた。
「ルカ殿。あのドレスでしたら私の部下が確保してますから、ご安心ください。裾に少し汚れがついてますが、価値は全く損なわれていませんから問題ありません」
「そうですか。私のような人間にそこまでしていただいて、まことに恐縮です。ありがとうございます」
ルカは感きわまって、ガレスとクレアモンドに何度も礼をした。ガレスもまた、若いのに礼儀正しいルカの姿を見て、目を細めてほほえんでいた。
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