そのときに突然、あたりの暗がりからポッと赤い光がともった。
「な、何だ!?」
不意にあがった人魂みたいな炎に、手下のひとりがわめいた。
それは夜の森の暗闇の、右から左に、後ろから前へと次々にともっていき、赤く燃えさかる柵がじょじょに広がっていく。
松明の炎はモードレットたちを取り囲む。盗賊たちはしばし大軍の襲来を予期して、背中に冷や汗を流した。
「そこまでだ! モードレット」
突然にモードレットを呼ぶ者があった。モードレットが声のした方向を見やると、暗闇の中を左右の松明に照らされて二人の男の姿がうつっていた。
ひとりは赤ローブことルカ、そしてもう一人は黒金の甲冑に身をつつんだクレアモンド。
「ひ、姫サマァ!」
クレアモンドは、モードレットに両手と口もとをふさがれてるクラリスを見て、仰天して叫んだ。モードレットはうすら笑いを取り戻した。
「これはちょうどいい。今からてめえらに、仕事の報酬を請求しにいこうと思ってたところだ。俺の命令に従わなければどうなるか、てめえらならわかるよな」
「ば、ばかなマネはやめろ!」
クレアモンドは顔面蒼白になって、恐る恐る一歩を踏みだした。それをモードレットが怒号して制す。
「近づくンじゃねぇ! この女の細首なんざ、いつでもへし折れるんだぜ。……さァ! この女を助けたけりゃ、城からありったけの金銀を積んでこいや!」
「くっ……!」
モードレットの狡い要求にクレアモンドは歯ぎしりして、それ以上踏みこむことができなかった。
ルカはしばらく黙って、その緊張する場を見守っていたが、やがてその高慢な態度を前面におし出して言った。
「貴様、悪いことはいわん。死にたくなければクラリス殿を離せ」
「ア!? てめえ、さっきの話を聞いてなかったのか!? てめえが少しでも呪文をとなえるような素ぶりを見せたら、この女をぶっ殺すっていってンだよッ!」
モードレットは凄味のきいた声でルカを大喝したが、ルカはどこふく風といわんばかりに受け流した。そして、わざとらしくため息をついた。
「そうではない。貴様がいつまでもクラリス殿の身柄を確保してたら、いずれ大国に殺される、と言ってるんだ」
「な、何ッ!?」
思わぬ脅迫を受けて、モードレットの声が裏がえった。が、すぐにわれに返ってルカにわめき散らした。
「法螺をふくンじゃねぇ! 適当なこといって俺をびびらそうったって、そうはいかねぇぞ!」
「ほほう。あくまで私を疑うというのか。ならば仕方がない、教えてやろう。貴様も参加したあの馬車襲撃は、大国の侵入を阻止するための謀だったのだ」
「大国の侵入を阻止するための謀、だと?」
ルカの意味ありげな言葉に、モードレットが眉をひそめる。それを交渉の余地ありとふんで、ルカは言葉を続けた。
「先月、北方の大国ブロムベルクから、クリスティーア侯へ縁談が持ちかけられた。つまり、ブロムベルクの長男とクラリス殿を結婚させて外交するためだが、それは、あくまで体裁をたもつための建前にすぎない。ブロムベルク卿がほんとうにほっしているのは、クラリス殿の身柄だ」
「この女の……?」
「蛮国ブロムベルクは、かねてよりクリスティーアの鉄鉱資源をねらってる。だが、武力にものをいわせて侵略すれば、他国の敵対心をあおってしまう。……ここまで説明すれば頭の悪い貴様でも理解できるだろう」
「ブロムベルクも、俺と同じことをしようとしていた、ということか」
モードレットはだんだんと説明を聞いているうちに、力なく焦燥してきていた。蛮国ブロムベルクの悪名は、彼ら盗賊たちの間でもいろいろとうわさをよんでいるのかもしれない。
モードレットの意外な頭のよさにルカは安心し、さらにたたみかけた。
「こたびの縁談は、ブロムベルクによって仕組まれた陰謀だ。それを貴様が私心をもって阻害したとあれば、貧弱な貴様らの末路なんて見えてるだろう。いっておくが、やつらは王を勝手に名乗るほどの賊国だぞ。それこそ、自分たちを邪魔だてする貴様らをとっ捕まえることなんて、わけないだろうな」
「くっ……! てめえ……!」
まるで他人ごとのように言うルカに、モードレットは反論の言葉が出なかった。
ルカは、モードレットをにらんで言った。
「さァ! いっときの小銭ほしさに滅亡するか、クラリス殿を素直に手放して命をつなげるか。好きな方を選べ!」
「くっ、くそがァ……!」
モードレットは敗北をさとって地団駄をふんだが、それは、むなしく夜空にとけるだけだった。後ろの手下たちは話の内容なんてわからないものだから、あたりを囲む松明にびびるばかりだった。
「赤ローブ、ひとつだけ約束しろ」
「何を、だ?」
モードレットの力ないつぶやきに降参の意図を知るが、ルカはとぼけてみせた。
「この娘はてめえらにくれてやる。その代わりに包囲を解け」
「な、何だと!?」
それを聞いて、今度はクレアモンドが叫んだ。
「貴様ら盗賊が何をほざくか! クラリス様にいらぬ恐怖をあたえた罪でもって、貴様らはここで一網打尽にしてくれる!」
クレアモンドはいきりたって剣をぬいたが、ルカが手で剣をおし出した。
「わかった。すぐに包囲を解こう。だが、クラリス殿の解放が先だ」
「ルカ殿!」
ルカの判断にクレアモンドは怒鳴ったが、ルカはそれを無視してモードレットへ迫った。モードレットはそれがわかったのか、くやしく舌打ちした後にクラリスを手前に放った。
解放されたクラリスにクレアモンドたちがかけつけたのを見て、ルカも左手をあげて、松明で盗賊たちを包囲しているラヴィアの臣下たちに合図した。
「クラリス様! お怪我はありませんか!?」
クレアモンドは、もう必死になって叫んだ。クラリスはニコッと笑顔を返した。
「ええ、何ともありませんよ。助けてくれてありがとう」
クラリスは、まるで領主が部下をねぎらうように言った。だが、クレアモンドはそんな優しい言葉を聞いて、逆に力なくうつぶして涙を流した。
「私は愚鈍きわまりないばか者です。国家の大計ばかりに気をとられ、侯の大事なクラリス様をあやうく失うところだったのです。このような失策ばかりを進言していては、参謀を言いはる資格はありません」
クレアモンドの涙は、ポタポタと地面に落ちて土を軽く湿らせる。彼の両手足につけた鎧も、地面の土がついて汚れてしまった。
クラリスは、目の前で涙を流すクレアモンドに少し戸惑っていたが、やがてしゃがんでクレアモンドのふるえる肩に優しく手をのせた。
「学のない私には政治のことなんてわかりませんが、クレアは、私や父上のことを思って今回のことを実行したんでしょ? 私も何度か怖い思いをしたけど、結果的に何もなかったんだから、いいではないですか」
「し、しかし、私は……」
クラリスのゆるしの言葉を聞いても、クレアモンドはまだ自責の念が消えてないようだった。クラリスは、クレアモンドの極端な忠誠心に困っていたが、彼が落ち着いてきたころにひとつ尋ねた。
「クレア。ひとつだけ答えて」
「はい、何でしょう」
「ラヴィア卿は、あなたが父を裏切ってクリスティーアを奪うつもりだっておっしゃってたけど、そんなのはうそでしょ? 父に忠誠を誓うあなたが、そんなことを企んだりはしないわよね」
「はい。それは断じてありません。このクレアモンド、一生を捨てて侯とクラリス様をお守りすることを、天地神明に誓います」
「フフッ……。ありがとう、クレア」
クレアモンドの大げさな言葉に、クラリスは苦笑した。それから立ち上がって、後ろで風にすずんでいるルカを見た。
「ルカ様は、策略家のクレアを信じすぎるのは危険だとおっしゃってましたが、私はそうは思いませんわ。例えクレアの流した涙が父や私をあざむく策だったとしても、私はこれまでと変わらずにクレアを信じますわ」
「そうですか」
クラリスの決然とした言葉に、ルカは適当な相づちをうった。
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