ルカたちがマラガ城で議論しているころ、リデルは気絶したクラリスを馬の首にかけて、夜の森を走っていた。
リデルはしきりに後ろをふり向くが、案の定、追っ手の姿は見えない。
「ヘヘッ、うまくいったようだな。あのルカとかいう小僧も今ごろ城内で泡でも食ってるだろうぜッ」
リデルはにやりとしながら、ルカの悪口を言い放った。
「だいたい、父上もルカとかいう小僧を警戒しすぎなんだよ! アンダルシアの配下だか知らねェが、他国の人間がクリスティーアの問題に干渉してくるなってんだ! 名家の出身だか知らんが、思い上がりもはなはだしい!」
ルカを小ばかにしているリデルだったが、ルカのあの何ともいえない不気味で謎めいた様子に恐怖しているみたいで、何度も背後をふり返っては赤い色の出現にびびっていた。
そこに、ふと気絶するクラリスの白いうなじが目に止まって、リデルは不意に手づなを引いた。そして、クラリスをわきの草かげに放り投げた。気絶するクラリスのスカートがめくれて、白くてきれいな腿がおしげなく露出されてしまった。
リデルは、鼻息をあらくした。
「私には心に決めた方がいるから、俺の誘いは受けられねえ、だァ? この俺を迷惑者みたいにあつかって、あんなうす気味悪い魔術師なんかにおべっか使いやがって。俺は、前からこの高飛車な女が気に入らなかったんだ」
言うや否や、リデルはズボンの紐を解き始めた。そして、さらに顔をゆがめた。
「魔術の取り得しかない野郎なんかよりも、このリデル様の方がすばらしいということを、その処女膜を突き破って思い知らせてやるぜ! ヘヘッ、深窓の令嬢様に真の男というものを、いちからたたきこんでやろう」
するとリデルはクラリスに乗りかかり、いよいよ乱暴をしようとした――!
そのとき、
「おうおう。暗闇にまぎれて女を強姦たァ、関心しねぇなァ」
突然の皮肉に、リデルはあわててふり向いた。
「だれだ! そこにいるのは――」
リデルは言ってすぐに口をつぐんでしまった。気がつけば、前後左右を盗賊たちに取り囲まれていたのだから。
盗賊たちは黒い人影を木かげにまじらせて、ヘラヘラとうすら笑っている。さらに、その影たちの中央をひときわ大きい影がじんどっている。それは身体に炎を宿して、恐怖するリデルの顔をまんまと映しだしていた。
「だ、だれだ! お前たちは!?」
あまりの恐ろしさに、リデルの口が回らなかった。それに盗賊たちはいっせいに笑い転げて、腹をかかえた。
影の中央に男が出てきて、すまして言った。
「俺は、この辺一帯を支配するモードレットってモンだ」
「モ、モードレット……!?」
リデルは脱ぎ捨てたズボンをはくことすら忘れて、その名前に色をなくしていた。
一方のモードレットは、リデルの着る上着の透明感にほれて、すぐに狡猾な笑みをうかべた。
「昼間のラヴィアの連中といい、今日はやけに貴族と遭遇するな。――って、ンなこたァどうだっていい。おい、お前。美女を寝かせて何をしようとしてたんだ? 低俗な俺らにも理解できるように、とくとくと解説してくれよ」
モードレットの皮肉に背後の三下たちがどっと沸いた。ある者は腹をかかえて山道を笑い転げるほどに。
その様子に、リデルも怒りをあらわにした。
「だ、黙れ! 礼節を重んじる貴族の行いに、悪党どもが口を出すなッ!」
「オオ! 気絶してる女を一方的に嬲ることが、高貴な貴族様の礼節だってのかい。そりゃねぇだろ!」
モードレットの追い討ちに三下たちはさらに爆笑した。リデルの顔は、いつぞやに食べたリンゴの皮みたいに赤くなっていた。
「貴様ラ! それ以上私を愚弄すると、ただではおかんぞ!」
「ア? てめえ、何を法螺ふいてやがンだ?」
モードレットはリデルを相手するのがあきたのか、後ろのバルログにリデルの頭をつかませた。リデルの恐怖が最高潮に高まる。
「ヒッ! や、やめッ……!」
「おっと、火はふくなよ。せっかくの貴族の衣装が台なしだからな」
主の指示を聞いて、従順なバルログはリデルの頭をひと揉みににぎりつぶしてしまった。
リデルの断末魔の悲鳴を聞いて、気絶していたクラリスが重い瞼をあげた。そして、あたりを取り囲むモードレットたちの姿に、すぐにことの異変を察した。
「あ、あなた様方はどなた様ですか!?」
クラリスは自分の持てる力をふりしぼって叫んだが、盗賊たちは一歩も引かなかった。男たちはヘラヘラと笑いながら、少しずつ近づいてくる――!
「へへっ、とんでもねぇベッピンだぜ。お頭! この女をさっさと犯しちまいやしょうゼ」
「ああ、そうだな」
興奮する手下たちにモードレットは適当な返事をしてから、顎のヒゲを何度かさわった。そしてモードレットは何を思ったか、クラリスに声をかけてきた。
「その身なりからすると、あんたも貴族だろう。あんた、何モンだ?」
「わ、私は、クリスティーア侯の娘のクラリスと申します。あなた様方こそ、どなた様ですか!?」
「何ッ!? クリスティーア侯の娘だとッ?」
聞いたとたん、モードレットは奇声を発して叫んだ。それから思わず顔をこわばらせた。
「お頭ァ! どうなさったンです!?」
「おっと! てめえら、その娘に手ェ出すなよ」
モードレットは右手を出して、手下たちを突然に制止させる。それに手下たちは困惑するが、モードレットの顔はそれ以上に困惑している。モードレットは腕を組んで、さらに顎に手をあてて考えこんでいた。
「確か、例の依頼をしてきたクレアモンドとかいうやつは、クリスティーアの騎士とか言ってたよな」
しばらくしてモードレットが言葉をもらした。クラリスも訳がわからずに、進退に困った。
「クレアは私の父の臣下です。どうしてあなた様が、クレアのことを知ってるんですか」
もう、頭の悪い手下たちにはわけがわからず、とにかくクラリスに触りたくてウズウズしている。『今日のお頭はノリが悪いゾ……?』とか思っているのかもしれない。
モードレットは、そんな手下たちの思いなんて無視して質問を続けた。
「おい。例の赤ローブは、クレアモンドから護送馬車の花嫁の救助を命じられたと、言ってたんだよな?」
「へい。その通りでごぜェやす」
後ろにいた手下のひとりがそう返事をすると、モードレットはいよいよ目を細めてニヤついた。
「おい、てめえら! その女は俺たちの大事なお客だ。うかつに手ェ出すンじゃねぇ!」
「な……! それはどうしてですか!?」
「お頭ァ!」
手下たちはお頭の突然の方針変換に不満の声をあげた。モードレットは頭の悪い部下たちに嫌気がさす思いだった。
「ばか野郎どもがッ。こいつは赤ローブらが大事に、だぁ~いじにしてる人間だぞ。こいつを使ってやつらをゆすりゃ、荷馬車の一台や二台、簡単にいただけるだろうが」
「ああ、なるほど!」
「さすが、われらがお頭!」
モードレットの思惑を聞いて、手下たちは手を打って喜んだ。モードレットもまた、それを見て頬をゆがませた。
そしてモードレットはおもむろにクラリスに近づいて、彼女をはがい絞めにした。
「嫌ッ! 何をするんですか!?」
「……安心しな。あんたに暴力はふるわねぇよ。なにせあんたは、俺らに富と繁栄をもたらしてくれる大事な金の卵なんだからな」
「えっ、それはどういうことですか……?」
クラリスはもう怖さのあまりに、か細い声でわめくしかなかった。
一方のモードレットは、ここ数日間において自身が受けた屈辱をいっきに倍返しできる強力なカードを手に入れて、悪らつな笑みをうかべた。
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