「ルカ殿。どこで私たちの反意に気づいたんですか? まさかリデル殿のちょっとした言動だけで、私たちを反逆者だと断定したわけではないですよね?」
ルカに舌戦で破れたランバードにかわって、あのヒゲを生やした中年男が口を開いた。ラヴィア卿の臣下たちのリーダーは、落ち着き払っている。
ルカはほほえんで言った。
「ええ、もちろん。実はここマラガ城にきてから、私は何度か命を狙われたんです」
「何ですって!?」
ルカの告白に、後ろに立つクレアモンドが目の色を変えた。ルカはクレアモンドを見て言った。
「蛮国ブロムベルクと通じていたラヴィア卿は、すぐにでもクラリス殿を拉致したかったんでしょう。しかし、その後ろで私が目を光らせてるものだから、彼らは実行にうつせなかった。だから、ラヴィア卿は何としても私を始末する必要があったんです」
「ルカ殿、それこそ反逆の決定的証拠ですぞ! ラヴィア卿はルカ殿を、つまりクリスティーア侯の使者に暗殺を図ったんですから。そのようなことが城内で行われてただなんて、全くもって不覚だった!」
言いながらクレアモンドは膝をついて、右拳で何度も床をたたいた。その拳はつぶれて、手と床に赤い血がにじんだ。
ルカは続けて言った。
「ラヴィア卿は、適当な理由をつけて私たちを城内にとどまらせてる間に、私の暗殺を企てた。でも、それらは不運にも私に逃げられて失敗してしまった。しかも、それに気づいた私が暇を告げてきたものだから、ラヴィア卿はかなり焦ってたはずだ。そこに、思わぬ幸運が舞いおりたんです」
「幸運ですか?」
クレアモンドの臣下の一人が思わず声をあげた。
「ええ。あのモードレットが偶然にも村を襲撃してきたんです。そこでラヴィア卿は一計を案じた。つまり、私を誘導して城外へ出した隙に、リデル殿にクラリス殿を拉致させたんです」
「なるほど。しかし、用心深いルカ殿をラヴィア卿はどうやって誘導したんですか?」
今度はクレアモンドがルカに問うた。ルカはそれを微笑してこたえた。
「どうってことはありませんよ。私の前でラヴィア卿ご自身が馬にまたがって、盗賊を討伐しにいった。ただ、それだけのことです」
「たったそれだけで、人を容易に誘導できるものですか?」
「できますよ。私は客人ですから、死地にむかっていく城主の背中をのんきにながめてるわけにはいきませんので」
「ああ! なるほど」
クレアモンドは手を打って感心した。それを見届けてから、ルカは消沈するランバードに向きなおった。
「失礼ですが、戦いに不慣れなラヴィア卿が、みずから賊の討伐に乗り出す必要はありません。ましてや、クラリス殿の世話をしてる最中なんですから、盗賊のことなんて部下にまかせておけばいいんです。しかしそれでは、私を外へ連れ出すことはできない」
「それでルカ殿は、クラリス様を拉致したのがリデル殿だと目算をつけたんですね?」
そう要言するクレアモンドに、ルカは静かにうなずいた。
「ええ。私は不肖にもその罠にかかり、さらにモードレットにまで命をねらわれました。あのときラヴィア卿は滅ぼされた村を見て涙を流してましたが、内心ほくそ笑んでたことでしょう。だが同時に私は、モードレット本人の口から証言を聞いて、やつらの目的がクラリス殿でないことがわかったんです」
「なるほど。私たちが城外で寝ている間に、いくつもの策略が交わされてたんですね。そうとは知らず、いやはや、面目ありません」
「いえ、クレアモンド殿には表ざたにしてはいけないわけがあるんでしょう? 仕方ありませんよ」
ルカの優しい弁護を聞いて、クレアモンドは安堵のため息をついた。
それまでルカたちの会話を黙って聞いていたヒゲの男が、ついに異論をとなえた。
「そこまでわかっていながら、先ほどは賊の討伐の手助けをしていただいて恐縮するばかりです。……が、こういっては難ですが、証拠がなければあなたの主張は、わが主を一方的におとしめたいための言葉だと思われましょう。あなたの主張を裏づける証拠は、はたしてあるのでしょうか」
ヒゲの男は淡々と言葉を返した。――敵ながら出来た男だと、ルカはひそかに敬意をはらった。
「なるほど。あなたの意見はごもっともです。ですが、私もそうした反論にいくつか用意をしておきました。これをご覧ください」
ルカは言下にこたえてから、ローブの袖口から一本のロープを見せた。それは、この間にメーメルの石像が転倒した場所にあった、短く切断されたロープだった。
ルカはクレアモンドにそのロープの切れ端をわたした。
「この間、メーメルの像が転倒して騒ぎになったんですが、そのロープは騒ぎの後に私が現場から押収したものです。騒ぎとは、像がいきなり倒れてきて、その下にいた私が下じきになり損ねるというものでしたが。そのロープにおかしい点はありませんか?」
「うぅむ、これといって不審な点は。……おや? よく見ると、ロープの先がまっすぐに切られてますね」
クレアモンドの言葉にルカがうなずいた。
「そうです。その切られ方は、剣などの刃物によって切られた跡です。それから、物置にかたづけられたメーメルの石像も調べてみましたが、頭のてっぺんにロープ一本を通す穴が開けられていて、さらに足もとの台座もかなり削り落とされてました」
「するとラヴィア卿は、像の足場を削ってあらかじめ不安定な状態にしておいて、それを上からロープで固定して、ルカ殿が真下に来たところで切断。不慮をよそおって殺害しようとした、ということになりますかね?」
「そう言わざるをえませんね」
ルカの言葉をまとめたクレアモンドに、ルカはうなずいた。
しかし、それでもヒゲの男はまだ納得していないようだった。
「それは事後の推論でしょう。そんなもの、あとでいくらでも捏造できるでしょう?」
「ほほう。これを見てもまだしらを切るおつもりか。……よろしい。それでは、あなた方全員、上着を脱いでいただけますか?」
ルカの突然の世迷い言に、さすがにヒゲの男も顔をしかめた。
「上着を脱がせて何を証言するっていうんですか?」
「ご安心ください。私は間違っても男性の裸などに興味ありません。身の潔白を証明すると思って、私の狂言におつきあい下さい」
そこまで言われては仕方ないと、ヒゲの男と後ろの臣下たちはなくなく全身につけた鎧を脱ぎはじめた。鉄の胸当てや鉄甲は、ガシャガシャと音をたてて脱がされていった。
しまいには、インナーの鎖かたびらやシャツまで脱がされる羽目になり、ラヴィアの面々は貧弱そうな白い肌をさらすことになってしまった。
冷静なヒゲの男もいよいよ不機嫌になった。
「これでいいんですか? ルカ殿」
「ええ。ご協力感謝いたし……おや?」
返事の途中でルカは言葉を止める。ラヴィアの面々の中にひとりだけ、男たちの右はしにいた背の小さい男がシャツを脱ぐことに戸惑っていたからだった。
ルカはほくそ笑んだ。
「あなた、どうなさいました? 早くシャツを脱いで下さい。さもなくば、あなた方は反逆を認めたことになってしまうんですよ?」
「おい、どうした!? 早くシャツを脱ぎ捨てろ!」
とたんに目立たなそうな背の小さい男に白羽の矢が立った。が、その男は仲間たちから散々に文句を言われて、いよいよ判断に困って身動きがとれなくなってしまった。
ルカはわざとらしくため息をついてから、その男に近づいた。そして、男の左腕をおもむろにつかんだ。
「な、何をなさいます!?」
「フフッ。一昨日の暗殺者はあなただったのか!」
いってから、ルカは戸惑う男の左腕の袖をまくった。――すると何と、腕にひと筋の細く長い傷跡が出てきた。
ルカはわざとらしく首をかしげた。
「これは、剣によって斬られた跡ですね? 血がかたまって間もないところをみると、できたばかりの傷だと思われますが」
「そ、それは」
口をつまらせる背の低い男にかわって、例のヒゲの男がまた代弁を始めた。
「騎士はもとより、外敵の侵略から主を守る者たちです。だから敵と剣を交えていれば、そのような傷もできましょう。ましてや、先ほどモードレットたちと戦ってきたばかりではないか! なのに、そんなつまらない斬り傷ひとつで反逆者の汚名を着せられるなんて、納得いきません!」
ヒゲの男はいよいよ怒ってルカに怒鳴った。だが、ルカは表情を変えなかった。
「敵と剣を交えれば、確かにそうでしょう。ただ両者ともに剣をかまえて、鎧などの防具をつけてなければの話ですが」
「そうだ! 私たちはモードレットたちと戦って、賊や魔物たちの凶刃を――」
と、そこでヒゲの男は口を止めてしまった。ルカは静かに代弁した。
「言ってしまいますが、貧乏な盗賊たちは鉄製の剣なんて持ってません。持ってたのは、せいぜいどこかで拾った木の棒です。まして、バルログの太い爪で傷つけられたのだとしたら、こんな細い傷跡にはならないでしょう?」
「しかも、鉄甲で腕を守ってたんであれば、斬りつけられてない鉄甲の下にできたばかりの傷がつくとは考えられない」
クレアモンドの突然の要言を受けて、ルカは静かにうなずいた。
「それと私はここに来てから、あなた方の日常をそれとなく見てましたが、あなた方は剣の鍛練をサボってたでしょう。実戦を模した練習でも行えばこうした傷がつくこともありましょうが、ここ数日でそれを目にしたことはありません。それでも不服だというのなら、失踪したクラリス殿をつかまえて、同じことを聞けばいいんです」
「だから、その傷は彼がルカ殿を襲ったさいに、思わずルカ殿から受けた傷だと断定したんですね?」
「ええ。私も剣の扱いはあまり得意でないのですが、彼も同じだったので助かりました。この傷跡と私の剣を調べれば、おのずと答えは出るでしょう」
それを聞いて、背の低い男は力なくくずれてポロポロと涙を流した。
「その節はルカ殿が聡明な方だと知らず、無礼をして申しわけありませんでした! 私はルカ殿の顔を見るたびに罪の意識を感じていました。……ルカ殿は他国の方なのに私たちを助けてくれたというのに、私は、騎士にあるまじき卑怯な闇討ちであなた様を襲い、その大切なお命を奪おうとしたのです。私は、騎士失格です」
男の涙の告白を聞いて、ルカも膝をついて男のふるえる肩に手をそえてやった。
「騎士失格だなんてことはありませんよ。あなたは主に命じられて私を襲ったんでしょう? そんなあなたを不忠な騎士だなんて、だれも思いませんよ」
それからルカはサッと立ち上がって、一同を見やった。
「思えば、馬車襲撃の後に私とクラリス殿を襲撃したのもあなたたちでしょう?」
ルカが思い出したようにて言うと、ヒゲの男は頭を何度かふった。そして、ポケットから緑色の頭巾を取り出して頭と口もとをおおった。その姿は夜の岩場でルカとクラリスに襲いかかってきた、あの品のある盗賊たちの姿と一致していた。
「まさかここまで見ぬいておられたとは。お見事です」
「さっきも言いましたが、貧乏な盗賊がロング・ソードなんて持ってませんからね。それに、盗賊たちが金品よりも人の身柄の拘束を優先するのは不自然ですから」
「なるほど。私たちも色々と気を配っていたんですが、知らない間にボロを出してしまっていたんですね。ルカ殿、私たちからもその節の無礼を謝罪いたします。どうか、おゆるし下さい」
言下にラヴィアの面々はルカに頭を下げた。
「そんなことはもういいです。……クレアモンド殿!」
「はっ! 何ですか」
ルカの声にクレアモンドはのんきな返事を返した。ルカはかまわずに言った。
「私は他国の人間なので、ラヴィア卿を裁くことはできません。彼らのことはあなたにおまかせします。それからラヴィア卿! 今は一刻を争います。早馬のご用意を!」
それを聞いて、ランバードは力なくうなずくしかなかった。
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