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  水鏡の術師 作者:ミミズ
1章 謀略の花嫁
1話 紅の魔術師
 一面の青空に太陽がのぼっている。あたたかい日の光は街を照らし、にぎやかな市場に活気をあたえている。

 ルカは人の集まる市場の中央を歩いていた。市場は茶色やベージュのシャツを着た小汚い農奴のうどたちばかりで、どこかせわしい。左右から人々の怒鳴り声が聞こえて、とてもうるさい。

 レンガでできた地面に灰色のシートがしかれている。リンゴやオレンジがならべられて、味気ない地面を彩っていた。

「そこの方、ちょっと見ていかないかい。いいものがあるよ」

 後ろからの声にルカがふり向く。視線の先にはぼろぼろのシャツを着た男が座っている。シャツは肌色で、えり袖口そでぐちが少しほつれていた。

(他国の行商か)

 ルカがじっと凝視ぎょうしすると、行商の男ははっと口をつぐんだ。ルカの着るあざやかな紫のマントや赤いローブを見て息を呑んでいた。

 歩を進めると、前から別の男がぶつかってきた。灰色のボロ雑巾ぞうきんのようなシャツを着た男は、人の多い往来のど真ん中で尻もちをついた。

「痛えな! てめえ、どこ見て歩いて――」

 その男もまたすぐに言葉を失った。見上げた先の赤いローブのあざやかさに、農奴の男はガタガタとふるえ始めた。

 ルカは男を冷然と見下ろした。

「そこに座られたら前を歩けないではないか。どいてくれないか?」

 農奴の男があわてて起き上がる。とっさの勢いで足をくじき、わきの木箱にぶつかった。騒然とする市場を尻目に、ルカは前を歩いた。




 市場の往来をすぎて、一軒の建物の前についた。民家をふたつ合わせたような建物は、壁や扉が木でできている。壁を触ると、じわりと湿り気が感じられた。

 ルカは扉を押し開ける。中をのぞくと、土の地面の上に円形のテーブルがところせましと並べられていた。

「あら、いらっ――」

 店の看板娘らしき少女がやってきて、すぐにのどをつまらせる。ルカの派手な衣装を上から下までくまなく見つめて、あわてて腰を降ろした。

「よ、ようこそ、おいで下さいました」

 ルカは静かに足もとを見下ろした。

「私はルカという。ここでクレアモンド卿と待ちあわせてるんだが、もうおいでかな?」

 言いながら、ルカはせまい室内を見わたす。中は小汚い服を着た農奴たちばかりで、じろじろとこちらを見ていた。

「アグラヴァイン様と、ま、待ちあわせされてるのですか。アグラヴァイン様は、えっと、二の刻(二時ごろ)にいらっしゃるそうです」
「わかった。クレアモンド卿がいらっしゃるまで、席をひとつ借りるぞ」

 肩をふるわせる少女を無視して、ルカは近くの椅子に腰かける。紅い袖口そでぐちから二つ折りにされた紙をとり出して、そっと裏返す。紙面には、『クレアモンド・アグラヴァイン』と黒い字が書かれていた。

(こんなものをよこしてくるとはな)

 ため息をつきながら、ルカは手紙を広げる。手紙には、

『わがクリスティーア侯の臣下ラヴィア子爵の国に、一台の護送馬車が通るから、馬車の中の囚人を助けてほしい』

 と、ひと言がつむがれていた。

 何てそっけない手紙なんだ、とルカは思う。しかし、短い文章には護送馬車や囚人などと書かれている。味気ないが、火急を知らせる内容とも感じられる。

 看板娘らしき少女が、びくびくしながらやってきた。トレイに乗せたコップの中で、水が大きくゆれていた。

「君。いくつか聞いてもいいかな」

 コップの水を置いたところでルカが呼び止めると、少女はびくっと背筋をまっすぐにのばした。

「そんなに怖がらなくてもいいだろう。クリスティーアは豊かな国のようだが、クリスティーア侯はいい政治をおこなってるのかな?」
「はっ! クリスティーアでは、鉄鉱石てっこうせきがとれるのです」
「鉄鉱石――?」

 少女の威勢のいい言葉に、ルカは少し首をかしげる。鉄鉱石は鉄の原材料となるもので、剣や鎧をつくるときに使われる。

「なるほど。クリスティーア侯は鉄を財源にしてるのか。それを求めて行商たちが行き来する。だが、治安がよくなければ行商は他国から来れないんじゃないのか?」
「はっ! その通りです」
「盗賊や追いはぎは出ないのか?」
「いえ。クリスティーアでも昔から盗賊が出没しまして、近隣の村がよく被害にあってます」

 少女はおどおどしながらも、ルカの質問にちゃんと答えてくれる。農奴の娘にしてはよくできた方だ、とルカはひそかに思った。

「なるほど。では最近になって、だれかが捕まるようなことはあったかな?」

 ルカの突然の言葉に少女はぽかんと口をあけた。

「そんな話は、うかがったことがありませんわ」

 少女は身体ごと首をふる。ルカは少しがっかりして頬づえをついた。少女はきょとんとして目をしばたいた。

「クリスティーア侯のお姫様に縁談が来てるという話なら、聞いたことありますが……」

 縁談、という言葉にルカの眉間がぴくりと動く。

「どうせ臣下との政略結婚だろう。君はそんなどうでもいい話を、他国の人間にするのか」
「も、申しわけございません! どうか、お許し下さいませ!」

 ルカの軽い脅しを真に受けて、少女はすぐに土下座し始めた。ルカはすぐに少女を許して、自由にしてやった。


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