「ルカ殿。いきなり何をするんです?」
ルカが剣先を向けたのは、反逆の容疑がむけられているクレアモンドではなく、あの真面目で厳格なランバードだった。ランバードはいきなりルカに剣をむけられて、顔を青くしていた。
「フフッ、ラヴィア卿。あなた方の行いは全てがわざとらしすぎるんですよ。そのような下手クソなやり方では、私の目をあざむくことはできませんよ」
ルカは妖えんな笑みをうかべて、パラッシュを静かに鞘へおさめた。反対に後ろにいるクレアモンドは、わけがわからずに困惑しながら言った。
「ルカ殿! 君はラヴィア卿の悪事を見ぬいてたのか」
「クレアモンド殿! あなたは珍しくも頭に血をのぼらせて、今は冷静な判断が下せますまい。ここはひとまず私を信用して、剣をしまって下さい」
ルカの言葉に、クレアモンドと部下たちは黙って剣を鞘へしまった。
「ルカ殿、あなたもクレアモンドと通じてクリスティーアをまどわす佞臣のひとりだったのか。私は失望しましたぞ」
一方のランバードは消沈しながらも、両肩を小きざみにふるわせている。だが、ルカはそれを見ても眉ひとつ動かさなかった。
ルカは言下に言った。
「それでは聞きますが、リデル殿はどこにいるんですか?」
「これは、急に何を言われるのかと思えば。リデルのやつはさっきから姿が見えないものだから、城内をくまなくさがしているところでしょう?」
「では、モードレットの襲来によって私たちが出払った後に、城内に残ってたのはだれとだれでしたか?」
「ルカ殿は、クラリス様を拉致したのが息子のリデルだと言われるのか?」
ランバードの問いにルカは答えずに、ただすました顔を返した。その高慢な態度に、ランバードの顔がとたんに赤くなった。
「だから! クラリス様を誘拐したのは、そこのクレアモンドがつかわせた盗賊たちだとさっきから言ってるだろうがッ! 物わかりの悪いやつらが、いい加減にわからんか!」
ランバードのヒステリックな叫びを聞いて、クレアモンドはすぐに腰を落として身がまえた。それをルカが左手を出して制した。
「ほゥ。あなたは、クラリス殿の誘拐をあくまで盗賊のしわざと決めつけるのか。しかし、いっこの村を無残に焼き払うほどの盗賊がやったにしては、城内に争われた形跡がありませんね」
ルカは平然とランバードの主張の矛盾をついた。ランバードの表情が、くもった。
「それは、クラリス様がほとんど抵抗しなかったからだろう」
「何ッ!? すると留守番をしていたリデル殿は、自分が恋してるクラリス殿が拉致されるところを指をくわえて見てたと言われるのか?」
ルカはわざわざ大げさに驚いて、ランバードに問い返してみせた。ランバードは明らかに返答に窮していた。
「そうではない。……そうだ! リデルめは城外まで盗賊を追跡しているんだ。真面目なリデルのことだ、そうに違いない!」
「ほほう。するとラヴィア卿は、バルログなどの凶悪な魔物に大事な息子が殺されるかもしれない状況下にありながら、こんなところで長々と無用な口論を続けてるのか。さっきは村が焼き払われて涙を流してましたが、あれは演技だったんですか?」
「そ、それは」
ルカの止めの一撃に、ランバードはついに返す言葉をなくしてしまった。
「まず、みなさんに謝らなければいけないことがあります」
しばらくしてルカがそう言った。突然の謝罪にラヴィアの面々は困惑した。
「ルカ殿は客人でありながらも、先ほどはわれわれと生死をともにしていただいた方です。そんなルカ殿が何を謝罪されるんですか?」
ランバードの後ろでジッと立っていた背の高い臣下が、丁寧にルカに問い返した。その男は先ほど村でともに戦った人間のひとり。ルカはその言下に答えた。
「それは私がここへ来たときのことなんですが。私はあなた方にアンダルシア侯の配下と名乗りましたが、あれはまっ赤なうそです」
「何ですって!?」
背の高い男は目を見開いて驚く。その後にクレアモンドが静かに言葉をつけくわえた。
「ルカ殿は、南方の大国ドロテニアの臣下であらせられるリエージュ伯爵のご子息でございます」
「するとルカ殿は、最初から私たちに疑念をだいていらっしゃったのですか」
男はルカの思惑を知って、がく然とするしかなかった。
「私があなた方に疑問をもったのは、リデル殿を初めて見たときです。彼は森で私とクラリス殿に会ったとき、私がクラリス殿の名前を言ったとたんに驚いたんです」
「その場には私もご一緒していましたが、それのどこに不審点があるんです?」
今度は上唇にヒゲを生やした中年男が口をはさんだ。その言葉にルカはうすく笑った。
「普通、貴族の娘の名前なんて他国の人間は知らないんですよ。私には妹がひとりいますが、妹はクラリス殿と同じような深窓の令嬢です。国の外へなんて一歩も出たことのない人間ですから、国外で妹の名前を知る者はいません。まして、どんな顔かなんて知るよしもありません。クラリス殿も私の妹と同じなんじゃないかと仮定してみたんです」
言い終わってからルカは後ろのクレアモンドにふり返った。クレアモンドはそれに気づいて、あわてて言った。
「はい。ルカ殿のおっしゃる通りです。男子は政務にかかわるため近隣諸国に出向いて挨拶をしますが、女子には不必要なこと。しかも主のクリスティーア侯は早くに奥方様を亡くされて、一人娘のクラリス様を溺愛しておられます。だから、クラリス様は宮殿の外に出たことがないんです」
「なるほど。だから、クラリス殿はあんなに外界に興味をもたれてたんですね」
クレアモンドの話を聞きながら、ルカはクラリスと森を迷ったときのことを思い返していた。村の風景をもの珍しげにながめて、あからさまな毒キノコすらも見ぬけなかった彼女の姿が、ありありと脳裏にうかんできていた。
クレアモンドは静かにうなずいた。
「確かに、私たちはラヴィア卿にクラリス様のことを『侯のご息女』としか言ってません。それは、侯がそうしろとおっしゃったからです。なのに、ラヴィア卿はどうして。ルカ殿の言う通り、リデル殿の言動は少し不自然ですね」
「ええ。まして、ドレスも着てない軽装な姿のクラリス殿を、少しも疑わずに侯の娘と断定するのはやはり不自然です。そして、城内では私たちを待ち受けていたようにラヴィア卿が待機してました。突然の訪問者への対応にしては、少し準備がよすぎではありませんかな」
ルカのその言葉に、ヒゲの中年男は眉をひそめて閉口してしまった。
そこへ、またランバードが息をふき返して激怒した。
「ならば、モードレットの件はどうなる!? やつの手下からクレアモンドとのつながりを聞いたと、貴様はこの前に言っていただろうが! それも、実は間違いでした、なんて言うんじゃないだろうな!?」
「その件に関しては、クレアモンド殿自身が認めてたでしょう。それをまたむし返すおつもりか?」
「フン! しらを切っても無駄だ。私は、貴様らと盗賊が手を組んでいるところを、この目でしかと見届けているんだからな」
ランバードは、クレアモンドの最大の弱点といえるモードレットの一点を集中させて攻めてくる。そのしつこさに、ルカの冷静な心の底から怒りの感情がわきおこってきた。
「あなたのおっしゃられる通り、クレアモンド殿はモードレットと通じて今回の馬車襲撃を実行にうつしました。それは私も、かのモードレット自身も証言してます。……しかし! モードレットは先ほど、クレアモンド殿との共謀は今回だけだと断言し、目的も馬車の金銀だったといった! さらにその言葉をいぶかしむ私を、やつはばか者とまでいった! それを知らないとは、言わせませんぞ」
「そんなことは、わかっているとも! 馬車襲撃で金銀をとれなかったモードレットは、あろうことかわが領土を侵略して無実な民を傷つけたのだ! さらに! モードレットはそれにあき足らず、クラリス様を拉致して金品をゆするハラなんだ! そうだ、そうに違いあるまい!」
「ほう。ならば貴様は、クラリス殿を拉致したモードレットの手下が、城の金銀財宝には目もくれず、主人からの命令だけをまっとうしたといわれるのか。貧村の穀物ひとつを武力にものをいわせてカッさらっていったやつらが! そのような回りくどいやり方で金銀の強奪を企ててると、そう言いたいのか!?」
「う、ア……! そ、それは」
ルカの容赦ない言葉は、またもやランバードの退路を断った。絶対なる神の代行者は歳半ばもいかない若者に負けて、もはや開いた口を閉じることもできなくなってしまった。
ルカはまたパラッシュをぬいて、その暗愚な口もとに処断を下した。
「ランバード! そんな子供だましは私には通用しないぞ!」
後ろで黙っていたクレアモンドは、ルカの壮烈な姿に頬をゆるめていた。
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