ルカとランバードたちがマラガ城に帰ったのは夕方ごろだった。マラガ城の白い壁はオレンジ色の夕日にてらされて、美しくもどこか物悲しい情景をうつしていた。
城へ凱旋した一同だったが、その表情に笑顔はなかった。だれもが馬の首に上体をもつれさせていて、ゾンビのようにぐったりしていた。
それはルカも同じで、モードレットと盗賊たちに命を奪われた村の人々を思うと、とても喜べる気がしなかった。
その疲れきった一同をあざ笑うように、城内では次なる異変がおきていた。
「リデル。リデルはいるか」
ランバードは留守番をしていたリデルを呼んだが、返事はなかった。ランバードはイラついて、それから何度も呼んでみたが、その声は広い城内にひびくだけだった。
「どうかされましたか?」
言いながらも、ルカもまた不気味に静まりかえる城内にただならない気配を感じた。
「リデルに留守番をさせていたはずなんですが、いくら呼んでも出てこないんです」
「ちょうどトイレに行かれてるだけなのでは?」
「そうだったらいいんですが。……リデル! いたら返事しなさい! クラリス様! クラリス様ァ!」
いよいよ城の異変を察知したランバードは、後ろでぐったりする臣下たちの尻をたたいて城内を捜索させはじめた。
ひとりロビーにとり残されたルカも急いでクラリスの部屋へむかった。もう胸の鼓動は波うっていて、何も考えられずに頭の中もまっ白になっていた。
クラリスをつけ狙う悪者がルカたちの留守をねらって、ついにその悪だくみを実行にうつしたのか。ルカのまっ白な頭の奥には、思いつく最悪のシナリオが映しだされていた。
ルカは部屋の扉を押し開けた。そして、ズケズケと室内へと入っていったが、中はものけの空だった。
(肝心なところで私は何をやってたんだ! 私はばかだ……!)
ルカはひとり膝をついて思った。それから拳で石の床を叩いて、まんまと敵の罠にはまってしまった自身の愚かさを悔いた。
「ルカ殿! クラリス様はおられましたか!?」
それからすぐに、ランバードも額に汗しながら駆けてきた。だが、その必死の表情は、室内で寂しくたたずむルカの姿を見てすぐに消沈へと変わった。
ルカは力なく立ち上がってランバードに言った。
「ラヴィア卿。リデル殿は見つかりましたか?」
「いや、臣下に城内をくまなく探させているんですが、いくら探しても出てこないんです」
「リデル殿はクラリス殿と一緒に消えてしまった、ということですか」
そのひと言に、ランバードは腕を組んでうなった。
「こたびのクレアモンド卿の陰謀にてらし合わせれば、クラリス様には重大な価値があります。ですが、私の不肖なひとり息子に政治的な価値なんてありません。それがどうして」
そう苦悩するランバードの言葉を聞いて、ルカもただ閉口するしかなかった。
そこへ次なる声が届いた。
「ランバード様! クリスティーアよりクレアモンド卿がお見えです!」
「何だって!?」
ルカとランバードは顔を見合わせて、ともに飛び跳ねそうなくらい驚いた。
「ルカ殿。いち大事でございます」
クレアモンドは突然に姿をあらわしたかと思うと、物々しく全身に鎧をつけて、後ろに数人の部下までつれてぞろぞろと部屋に入ってきた。そしてルカにそう言った。
ルカはクレアモンドをきつくにらみ返した。
「クレアモンド殿。あなたは一体どこからやってきたんですか? クリスティーアからここまでの距離は、馬をいくら走らせても一日では着きませんよ」
そのひと言に、クレアモンドは汗を流して後ずさりした。それから、反逆の容疑のかかったクレアモンドをランバードたちがすぐにとり囲んだ。
クレアモンドはまわりに恥じることなく、すぐに土下座した。
「ルカ殿、申しわけありません! 私たちはクラリス様が心配だったので、ずっとおふたりの後をつけてたんです」
「何と! それでは、あなたは私に仕事を依頼しておきながら、私を少しも信用してなかったというんですか?」
がく然と失望するルカの言葉に、クレアモンドの顔はさらに青くなった。
「残念ながら、そう言われても私は何も反論できません。ルカ殿を決して疑ってたわけではありませんが、クラリス様はわがクリスティーア第一の御仁。もしものことがあったら、私は首を斬ってわびなければなりません」
反論ができないと言っておきながら、クレアモンドは必死になって言いわけをしていた。
そこに次の声があがった。
「このさい、君がどこにいたとか、そんな細かいことはどうでもよいわ! 君は今ごろになって、どの面を下げてここにやってきたのか。私にも納得のいく回答をしていただきたい」
ルカの横で早くも肩をふるわせているランバードは、口あらくクレアモンドに迫った。だがクレアモンドは、何食わぬ顔でランバードに一礼した。
「これはラヴィア卿。こたびの件では、あなた様にまでいらぬ苦労をかけてしまい、まことに申しわけありません」
「心ない謝罪などいらンわ! 君は何をしに来たのかと聞いてるんだ!」
ヒステリックに叫ぶランバードにクレアモンドは首をかしげたが、そのまま言葉を続けた。
「されば、お話しましょう。……今日も私たちは、マラガ城に滞在なされているクラリス様とルカ殿を見守り、城外の木かげにひそんでおりました。が、時間にしてお昼ごろだと思いますが、ラヴィア卿はルカ殿を連れて外出されましたね?」
「ああ、そうだ。それがどうしたというんだ」
「いえ、それをおかしいと言いたいのではありません。お二人の留守中にクラリス様が、何者かによって連れ去られてしまったんです!」
「何だって!?」
ランバードとルカは目を合わせて驚いた。一同からも、ザワザワとどよめきがはしった。
続いてルカが問うた。
「クラリス殿を連れ去った者の正体はおわかりなんですか?」
「いえ、それが、申し上げにくいんですが、私たちもたびたびの監視に疲れてたので、そのときは気がぬけて油断してたんです。いきなりの出来事だったので、相手の姿はほとんど把握できませんでした」
「それは仕方ないでしょう。でも、少しでも犯人の手がかりとなる証言はないんですか?」
「そうですね」
クレアモンドは、ルカのしつこい尋問に顔をしかめた。
「クラリス様を連れ去ったのは、白い服を着た男だったと思います。馬に気絶したクラリス様をのせて、城外へ走っていきました。しかし、それがだれだったかと言われても。……さて、だれだったんでしょう」
いってから、クレアモンドは後ろの部下たちを見やった。部下たちもまた腕を組んで『うーん』と、うなるばかりだった。
「なるほど」
ルカは、その証言を聞いてひとり何度もうなずいていた。一方、ランバードはついに怒りをあらわにした。
「クレアモンド殿! しらじらしいにも程がありますぞ! クラリス様を拉致したのは、君の配下の盗賊たちだろう!」
それを聞いて、クレアモンドは仰天して目を丸くした。
「いきなり何を言われるんです!? まさか私が盗賊などと通じて、クラリス様を拉致したと言われるんですか!?」
「まだ白を切るおつもりか! 君は今回の件でモードレットとかいう、ふざけた男と、いや大親友に指示して馬車襲撃を企てたんだろう!? 君と盗賊たちとのつながりは、ここにいらっしゃるルカ殿が証明してくれたわ」
しつこく責め立てるランバードに、クレアモンドもついに眦を見開いた。
「確かに私は悪名高いサンタレムのモードレットと通じて、ことにおよびました。しかし! それは、あくまで馬車襲撃の信用性をあげるためであって、モードレットと以前から共謀してなんておりません!」
クレアモンドはランバードをきつくにらめ返して、室内がたちまち殺伐とした空気にかわる。彼らの臣下たちもまた左右に分かれていがみ合い、腰の剣に手をあてている。
その中央で、クレアモンドはランバードを指した。
「そもそもラヴィア卿! 今回の馬車襲撃の件は私から全て話をしたはずだ。それを無用なたわごとで邪魔だてするとは、どういうわけか。理由によっては天誅も禁じえませんぞ!」
「黙らっしゃい! 貴様こそ盗賊たちと通じて私の国を汚し、下らない野望のために無実な市民を巻きこんでいるではないか! 貴様のような悪人は、聖者ミシャルの名の下に私が成敗してくれるわ」
「何と! それは失言ですぞ。あなたは公然と主に反逆するおつもりか!」
「まだ法螺をふくか、この悪逆非道な謀臣め! 貴様こそ主のごぜんで平然とあぐらをかき、それにあき足らずに大逆まで企てる逆賊であろう。……ええい、だれかいるか。この悪人のへらず口を斬り落としてしまえ!」
ランバードの大喝に、いよいよ臣下たちが長剣をぬいた。その白刃がまがまがしく光る。
渦中にあって、第三者のルカはひとり静かに両者を見くらべていた。だが、しばらくしてルカは両者の間に割って入った。
クレアモンドが奇声をあげてきた。
「ルカ殿! そんなところにいては危険ですぞ。後ろに下がってなさい!」
「黙られよ! クレアモンド殿。あなたの考えなんて全てお見通しですよ」
「何ですって!?」
ルカの強い反論に、クレアモンドは色をなくしていた。ルカは親友を無視して、しずかに目をつむった。
「クラリス殿を拉致し、クリスティーアにいらぬ騒乱をもたらそうとする人間は、ここにいる」
そしてルカは、その炯眼をカッと見開いた――!
「それは貴様だ!」
ルカはパラッシュをぬいて、その剣先をひとりの男へ向けた。
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