ルカはランバードとその配下にしたがって、モードレットのもとへ早馬を飛ばした。
それにしても、このタイミングでもっとも怪しい男が自ら出向いてくるとは。だが、この間の森の中で盗賊たちを目撃したのだから、この襲撃は突然に行われたものでもないように思える。
サンタレムのモードレットは何を知り、何を目的として今回の馬車襲撃に参加したのだろうか――? ルカは風を切りながら、強く手づなをにぎった。
馬をしばらく走らせて、ルカたちはひとつの村に到着した。
だが、村はすでに家屋が燃えて、あたりには鍬をもった人々が倒れていた。まわりの木々は切り倒されて、村を囲んでいる麦畑もたくさんの足あとによって踏みつぶされてしまっていた。
(遅かったか)
ルカは滅ぼされてしまったばかりの村をながめて、拳にぎって歯ぎしりするしかなかった。
『モードレットは凶悪な男でして、やつと盗賊団によって滅ぼされた村はかなりあるそうです』
この間のリデルの言葉が脳裏によみがえってくる。まさか、その通りのことが身近で起きてしまうなんて、予想だにしなかった。
「オオ……! 何ということだ」
ランバードもまた、焼け野原と化した村にがく然と両膝をついてしまった。そして、涙をポロポロと流してうめいた。
「なぜだ! なぜ、こんなことになってしまったんだ……! 神よ。天界におわす聖者ミシャルよ! あなたはなぜ、毎日の労役に生きる農奴たちを見放したもうのか! なぜ! その慈悲深いお心で、邪悪なる者の悪行を罰して下さらないのか!」
ランバードは心の底から怒り、無慈悲な天へとなげく。その悲しい叫びを聞いて、薄情なルカの心にもふつふつとこみ上げてくる何かがあった。
「ゲッ! 役人どもが来たぞ」
外の音に反応して、モードレットの手下たちがノソノソと家から出てきた。その両肩には、野菜や穀物の入った袋をかついでいる。
涙をたくさん溜めていたランバードの炯眼が、カッと開いた――!
「貴様ラ! 汗水をたらして、懸命に農地をたがやすわが善良なる民を殺し! さらに食料を強奪するとは何たることか! もうゆるしておけん。聖者ミシャルの名の下に、われわれが貴様ラに天罰をくだしてくれようぞ!」
ランバードのすごみのきいた一喝に、盗賊たちが一斉にたじろいだ。ひるんだ弾みに、彼らの肩から食料の袋がボトリと落ちる。
ランバードの一喝に、ルカと鎧を着た臣下たちの心はおどり、それぞれ得物をもって身構えた。
「てめえら! 取り乱すんじゃねェ!」
返し言葉のように、今度は盗賊たちのうしろからはげしい怒声が響いた。そして声主は、焼けた村の奥からノソノソと、そして図々しく大またで歩いてきた。
その男は、黒のベストの両はしから日焼けしている黒くて太い二の腕を生やして、いかにも悪そうなガタイをしている。――と思いきや、あごに短いヒゲなんか生やして、いやしくも紳士を気どっている。
いやしい紳士はゆっくりと前に出てきて、いきがるランバードをにらめ返した。
「あんたがラヴィア卿だな? 俺はこの辺を支配するモードレットってモンだ」
そのひと言で、ランバードの眉間にピクピクと青筋が浮かびあがった。
「この辺りを支配する、だと? 盗賊ごときがふざけたことを。ラヴィアの大地はわが先祖が代々たがやしてきた神聖な土地だ! 流れ者の貴様ラごときがやすやすと立ち入っていい場所ではないゾ!」
「ハハ! 言うねぇ。ラヴィアの領主は宗教にうつつをぬかす腰ぬけと聞いてたが、大した度胸だ」
モードレットはランバードの罵声をあざ笑った。それから言葉を続けた。
「だがよ。俺だって無関係の人間を手にかけるようなことは、もともとしたくなかったんだ。てめえらが出すモンを出さねぇモンだから、わざわざ出向いてきてやったンだぜ」
「出すもの、だと? いったい何の話だ!?」
モードレットの謎の問いかけに、ランバードは口をつまらせた。その様子を見かねてルカは前に出て、怒りでふるえるランバードの肩に手をおいた。
「ラヴィア卿。やつの対応は私があたりますので、あなた様はお下がりください」
ルカの白面を見るや、モードレットの顔色が一変した。
「その赤いローブは……。赤ローブの男ってのはてめえのことか!?」
「ほほう。下賤の輩のわりによく知ってるな。私が火葬してやったやつらの中に、運よく逃げ出したやつでもいたのか」
突然に怒りくるうモードレットを前にして、ルカはサラッと言ってのけた。モードレットの顔がさらに赤くそまる。
「ふざけんじゃねぇ! てめえのせいで手下たちが殺され、馬車の金銀ももらえなくて散々だったんだ! 俺に喧嘩を売るってことがどれだけ恐ろしいことか、わかってんだろうな」
「いきなり何を言うかと思えば。そもそも喧嘩を売ってきたのは、貴様のしがない三下たちだろうがッ。私はわざわざ忠告までしてやったというのに、やつラが大人しく従わないものだから仕方なく応戦したまでのこと。悪いのは貴様のしつけであって、それを逆手にとって恨みつのるとは片腹痛い。恥を知れ」
ルカの痛烈な言葉の応答にモードレットはいよいよ怒気をあらわにして、額に浮きでた血管がはち切れそうになっていた。
「てめえ、この俺様をここまでコケにするやつは初めてだ。……もうゆるしちゃおけねぇ! てめえの身体を八つ裂きにさばいて、魔物たちの餌にしてやらァ!」
するとモードレットは口に親指と人差し指を入れて、ピューと口笛をならした。その音色に反応して、奥の家がいきなり巨大な影に押しつぶされてしまった。
その影はまっ黒の肌に燃えあがる炎をまとって、背中に翼竜の翼ような筋の浮かんだ翼を生やせていた。とたんにむし暑い魔界の瘴気がただよって、ルカたちの背筋をふるえあがらせた。
「こいつは、俺が今一番にかわいがってるバルログってやつだ。かわいいだろ?」
モードレットのそのひと言に、ルカの顔が青くなった。
「バルログだと? バルログといえば、火炎の魔犬ガルムよりも上位の魔獣ではないか! そんな凶悪な魔獣をどうして貴様が従えている!?」
ルカの一変してうろたえる様子に、モードレットは高らかに笑った。
「ハッハッハ! さっきの威勢はどこにいった、赤ローブ! 俺がこいつらから恐れられんのは、魔界ペスタから召喚された魔物を従える異能を持つ、魔獣使いだからなんだよ!」
言うや否や、モードレットは右手を広げて号令を出して、それとともにバルログが突進してきた――! バルログは、そのするどい爪をふるってルカたちを攻撃した。
「マルドラ、マセルカ、ラザ、ユビデ……」
ルカはバルログの爪をかわしながら、静かに呪文をとなえた。それから六芒星のアミュレットを眼前にかざした。するとあたりの気流がかわって、追い風とともに真空の刃がバルログを襲った。
だがバルログは、その空気魔術をそよ風のように受け流して、まるで微動だにしない。バルログは真空波がおさまったころに、口から炎をはき出した。
「うわァ!」
その火炎放射は赤くやわらかい鞭となって、ルカやランバードに容赦なく襲いかかる――! その業火は、村の地面ごとルカたちを焼き焦がしてしまうのかと思われた。
ルカはとっさにランバードの尻を蹴飛ばして彼を助けたが、臣下の数人は炎にのまれて灰と化してしまった。
「どうだ赤ローブ! バルログの前じゃ、てめえのチンケな魔術なんてただのママゴトにしか見えねぇぞ! ほうら、野郎ども! 豪華な屋敷でブクブクと身体を太らせてる国の役人どもを、完膚なきまでに叩きのめしてしまェェ!」
いきがるモードレットの号令に、うしろの手下たちも喊声をあげて襲いかかってきた――!
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