13 小細工
すぐに帰国したら危険だというランバードの言葉にしたがって、ルカとクラリスは翌日もマラガ城に滞在した。クレアモンドの話に消沈していたクラリスは、あれからすっかり元気を取り戻して朝食の席で笑顔をみせていた。
リデルは、ランバードが部屋を出ていった隙にクラリスとお姫様ごっこを始めた。
「ああ、クラリス様。あなたはほんとうにお美しい……。あなた様の美貌の前には月下の花々もはじらいましょう」
それからリデルはクラリスの白い手をとって、手の甲にそっとキスした。
「まあ、リデル様は女性を口説くのがお上手ですのね」
クラリスは嫌がりもせずに愛想よくしている。
その背後で、ルカは席を立たずにアルマデールのグリモワを読んでいた。ほんとうならば、自室にこもって読書にふけりたいのだが、これも仕事のうちだから仕方ない。そんな気をさっしてくれたのか、城の侍女が紅茶を注いでくれた。
――昨日の話し合いによって、クラリスの縁談の相手がブロムベルク卿だとわかった。そして、クレアモンドとランバードと、そしてクラリスの父のクリスティーア侯は、ブロムベルクをどう扱うかによって意見がわれている。
まとめると、ランバードがブロムベルク肯定派、クレアモンドは否定派、そしてクリスティーア侯は肯定派、ということになる。
北方の蛮国ブロムベルクは、王を自称する逆賊だから、彼と交流をもちたいという国はあまり多くない。が、その軍事力はあなどりがたいものがあるという。
(クリスティーアで、いったい何が起きてるんだ?)
ルカは窓から差す朝日をながめながら、クレアモンドの姿を思い描いていた。気のいい友人が、ほんとうに反逆をたくらんでいるのだろうか。
「いえ! 私は冗談で言ってるのではありません!」
ルカの憂鬱をよそに、リデルは顔をまっ赤にしていた。もう、胸から赤いバラでも差し出すのかという感じだった。
「クラリス様。父には内緒にしていましたが、私はクラリス様を一目見たときからずっと一緒になりたいと思っていました。……私と、結婚して下さい!」
リデルはついに意を決したように言った。大人しくて押しに弱そうなクラリスだったら、その勢いにのまれてしまいそうだが。クラリスはわずかに嫌そうな顔をして、リデルの熱い視線をそらした。
「せっかくのお言葉ですが、私には心に決めた方がいますので……」
「そ、そうですか」
まさかの玉砕に、リデルは肩の力を落とした。その後ろで、ルカと侍女は必死に笑いをこらえた。
お昼近くになってルカは席を立った。リデルを警戒してそれとなくクラリスを見ていたが、いい加減にバカバカしくなってしまった。
「ルカ様。待ってください!」
ルカがリビングを出たところで、クラリスは後を追ってきた。
「おや? リデル殿のお相手をしなくてもいいんですか」
そう皮肉るルカをみて、クラリスは口をとがらせた。
「いじめないで下さい。私は二心をいだいだりしませんわ」
「ほほう。さっきは心に決めた方がいるとおっしゃってましたが、それはクレアモンド殿のことかな?」
「えっ、それは……」
それを聞いて、少しムッとしていたクラリスの表情がとたんにこわばってしまった。ルカはハッとして頭を下げた。
「これは、とんだ失言でしたね。申しわけありません」
「あ、いえ、そんな……」
廊下でそんなやり取りをしているうちに、今度はランバードから声がかかった。
「クラリス様! ルカ殿! 退屈していませんか? よろしければ、これから城内を案内しようと思うのですが、どうでしょう」
「案内ですか」
ルカはやる気まんまんなランバードを前にして、あいまいな返事をするしかなかった。これから、自室で一人の時間を満喫しようと思っていたのだが。
ランバードはルカとクラリスを連れて、ロビーの方へ歩きながら言った。
「ルカ殿は、魔術を学ぶために教会へ入られたと言っておりましたな」
「はい。敬虔なラヴィア卿にはまことに申し上げにくいですが」
「ハハッ。私は怒ったりしませんよ。人々の自由と平等を主張したのは、だれでもない、ミシャル様ご自身ですから。ミシャル教の信者でルカ殿をせめる人間はいませんよ」
ランバードは、いかにも信者っぽいことを言った。それから言葉を続けた。
「ミシャル教には神聖なるメタトロンのグリモワがあるといわれてますが、ルカ殿はもっておられるのかな?」
「ええ。背信の身ですが、運よく入手しました」
そういって、ルカはふところから灰色の聖書を出してランバードに手わたした。ランバードは、そのページをペラペラとめくって感嘆した。
「これがミシャル様の聖なるお力、聖印術をしるしたメタトロンですか。すばらしい……」
「メタトロンには聖印のつくり方しか書かれてませんので、聖印術を習得するためには、メタトロンに従って聖印をつくっていかなければならないんです」
「なるほど。学問の神グロリエルに祈念して勉強しなければ、身につかないというわけか。魔道の世界もとても奥が深いんですね」
二人は、うしろのクラリスをよそに、石像がならぶロビーの前で話しこんでしまった。ルカは魔術がとても好きなためか、その日はいつになく多弁だった。
――そこを、
「ルカ様、危ない!」
突然にクラリスの悲鳴があがって、ルカは驚いてうしろをふり向いた。
――そこに、何とルカの頭上を目がけて、大天使メーメルの石像が倒れてくるではないか――!
ルカは、あわててそれをよけた。倒れたメーメルの石像は首がもげてしまい、細かい破片ごとじゅうたんに散らばってしまった。
「ルカ殿! ご無事ですか!?」
「え、ええ……」
ランバードは声を裏がえして言ったが、返事したルカの声もまた裏がえっていた。
その後は特にもめごともなく昼夜をすごした。昼はランバードの城内案内に付き合わされて、ルカもクラリスも辟易するばかりだった。しかし、ルカはいちおうミシャル教の信者なので、ランバードの趣味に付き合わないわけにもいかなかった。
そんなルカの存在は、ランバードのかっこうのヒマつぶしだったに違いない。自分の崇高な趣味をさんざんに語れる相手なのだから。結局、ランバードは息子のリデルの口が軽いといっておきながら、自分もかなりの口達者で迷惑者なのだった。
城内を案内されているうちに日が落ちて、ルカとクラリスは夕食をいただいた。朝昼夕と三食をいただいて身体のすみまで歓待されたら、当初の目的をすっかり忘れてしまいそうだった。
――そのあと、城内の明りが消されたころ合いに、ルカはこっそりと部屋から出た。闇討ちにあった後だったから、ルカは燭台をもって暗い廊下をキョロキョロしながら歩いていく。
ルカは城内に人気がないのを確認しながら、忍び足で二階の階段をおりた。その下は、あの天使たちの石像が置かれるロビーになる。
ルカは石像たちの前にくると、膝を曲げてしゃがんで、あたりを物色しはじめる。それも、さっき転倒したメーメルの像のあった場所ばかりを、入念に。
メーメルの石像は首がもげて使い物にならなくなってしまったので、ランバードの配下が物置にもっていってしまった。だから、その場所には細かい石の破片が散らばっているだけだった。
(おや……?)
そこに、一本のロープが落ちていた。縄目のロープは短くカットされている。その切れ目はまっすぐで、自然にほどけたようには見えない。
ルカはそのロープを袖口にしまうと、次に外の物置へ向かった。マラガ城は広いから物置まで距離があるのだが、部屋に帰っても特にすることはない。
やがて物置につくと、ルカは他に目もくれず昼に運ばれたメーメルの石像を調べた。像は頭がとれて、右手にもっていた剣も刃が欠けてしまっている。偉大で厳かな天使なのに、なんと無ざんな姿だろう。
それを、ルカはまるで気にもせず、ひょいっと像の生首を両手でかかえた。見てみると、ボロボロになっているメーメルの首がかぶっている冠の後ろに小さな穴があった。それは細いロープ一本を通すくらいの大きさだった。
ルカはそっとメーメルの生首を置くと、今度は像の足もとを見てみた。像の足もとは正五角形の台座になっていて、それを四本の足が支えている。なのに、そのうちの手前の二本が、どうしてか削りとられてしまっていた。
「やはりか」
ルカはつぶやいて、燃えさかるロウソクの火に不気味な笑みをうつした。
◆魔術紹介◆
四元魔術=世界を構成する土、空気、水、火の四大元素 (エレメント)をつかう魔術。高位の術は精霊の召喚におよぶため、長い修練が必要になる。
聖印魔術=聖なるシジル(印)を描いて奇跡をおこす魔術。シジルに型はなく、全て自分で編み出さなければいけない。
ペスタ六星魔術=人を呪い殺す呪術の最高峰。魔界ペスタから伝来したといわれる。アニミズムと呼ばれる邪教徒たちが好んで使用する。