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  水鏡の術師 作者:ミミズ
◆1部 登場人物紹介◆


ルカ=南方の国リエージュの魔術師。親友のクレアモンドの依頼を受けて、クラリスを保護する。

クラリス=東の小国クリスティーアの令嬢。縁談によって、他国のブロムベルクへ送られる途中に盗賊団に襲われるが、ルカに保護された。

クレアモンド=馬車襲撃の依頼人で、ルカの親友。あるじのクリスティーア侯に対して、反逆の容疑が向けられているが……?

ランバード=ラヴィア卿。クリスティーア侯の臣下で、馬車襲撃を影で見守っていたが、ルカとクラリスを見つけてかくまっている。

リデル=ランバードのひとり息子。森の中をさまよっていたルカとクラリスを見つけ、城へ案内する。

モードレット=馬車を襲撃した盗賊団のリーダー。凶悪な男として恐れられる。クレアモンドと通じている……?
1章 謀略の花嫁
12話 つたない暗殺者
 ルカは、ランバードとリデルを相手に世間話をして重たげな食卓をもり上げたが、クラリスの顔に笑みはなかった。長旅に疲れたクラリスを休ませると言って、ルカは寝室へと切り上げた。

 寝室へつくとルカはマントを脱いで、しばらくくつろいだ。だが、ランバードの従者から用意された衣服にはそでを通さなかった。

 しばらく休憩して、ルカはクラリスのいる寝室へと足をはこんだ。

「ルカです。入りますよ」

 ルカは、とんとんと軽くノックしてから部屋に入った。クラリスは律儀に白い法衣を着ていた。うすい法衣が彼女のふくよかな胸や尻のラインをくっきり出していて、逆に色気を引き立てていた。

「ご気分は、いかがですか」

 ルカは気遣うように言った。

「身体が少し重く感じますわ」

 クラリスはベッドに座って、ぼうっとしている。

「クレアが私たちを落しいれようとしてるだなんて、考えもしませんでしたわ」
「ラヴィア卿の言葉を気にされてるんですか」
「クレアは、今回の縁談が仕組まれたもので、父と私をはめるわなだと言ってたんです」
「ブロムベルク卿のことですね。確かにけいは以前に王を名乗った逆賊です。が、この縁談はクラリス殿のお父様が望まれたものなんでしょう?」

 言下でたんたんと言い返すルカに、クラリスは首を横にふった。

「私は、他国の方と縁談することになった、としか聞かされていませんので、くわしいことはわからないんです」
「それは、クレアモンド殿から聞かされたのかな?」
「はい。相手は異民族の国で、私たちに危害を加える無礼者たちだから、途中で遣いを送る、と。クレアの家族は先祖から代々クリスティーアに仕えてるから、私はクレアを信じてたんですが、私にはもう、どうしたらいいのか……」

 クラリスは赤い唇をふるわせながら、涙を流した。

 クラリスは宮廷の奥で今まで何不自由なく生きてきたせいなのか、人を疑うということを知らない。彼女は人がよくて、とても穏やかで優しい女性なのだが、だれの言葉でもすぐに信用してしまう。

 策略家のクレアモンドからすれば、利用しやすいことこの上ない。

 ルカは顔をしかめて言った。

「クラリス殿。策略家は表面をとりつくろって人をあざむき、知恵と陰謀をつかって国をまもる人間たちです。クラリス殿はさぞクレアモンド殿を信用してるようですが、その言葉の全てをうのみにするのは危険でしょう」
「ルカ様も、クレアが私たちをだましているとおっしゃるんですか」

 クラリスの涙目を見て、ルカは両手を横に広げた。

「さあ、どうでしょう。クレアモンド殿が反逆をたくらんでるといっても、その証拠を見たわけではないので何とも言えませんね。先ほどは話のつじつまが合っていたので、うなずいてただけですよ」
「それでは、ラヴィア卿がうそをついてるとおっしゃるのですか?」
「はて、そうなんですかね」

 とぼけるルカを見て、クラリスはムッとした。

「ルカ様は、どちらのお味方なんですか!?」
「おっと、これは失礼しました。クラリス殿があまりに素直なので、ついつい、からかってしまいました。ははは」
「私はどうせ、国の外を知らないばかな女ですわ!」

 クラリスはとたんに声をあらくして怒ったが、その様子を見てルカは頬をゆるめた。背筋をのばして身をあらためた。

「クラリス殿、気をしっかりともたれるのです。どちらが正しいか判断に迷ってしまったときは、自分がほんとうに信じる道を思い浮かべるのです」
「えっ……?」

 ルカの一変して生真面目きまじめになる姿をみて、クラリスは間のぬけた表情を浮かべた。

「ラヴィア卿の話には納得のいくところがありますが、それは卿の一方的な考えであって、全てが真実だと決まったわけではありません。状況判断が難しく迷われてしまわれるのは仕方ありませんが、自棄やけになってはいけませんよ」

 ルカはやや難しめな言葉をならべた。ほんとうは、もっと暖かい言葉をかけたかったのだが、自身の発想の堅さにルカはうんざりするばかりだった。

 それでも、なぐさめか説教かわからない言葉を受けて、クラリスは笑顔を取り戻した。

「ルカ様は、あのような話を聞いても全然平気なんですね。さすがです」
「いや、全く平気ってわけではないですよ。私は用心深い方なんで、人の話をうのみにしないんです。人の言葉は個人の思想が入りまじって、結局は事実をねじ曲げてしまいますから」
「そうなんですか」
「ともあれ、ラヴィア卿やらの相手は私がするので、クラリス殿は後ろでどしっと腰をすえていて下さい」
「わかりました」

 ルカの言葉にクラリスは愛想よく返事した。




 そのあとルカは自室へ戻らず、城外へ出て夜風にあたっていた。夜の風は冷たくルカの身体をブルブルとこごえさせるが、疑心にわく胸の中をそっとしずめてくれる。

 クラリスを安心させるため先ほどは平然とした態度をみせたが、ルカの内心もおだやかではない。クレアモンドに対する猜疑さいぎの芽は、ちゃくちゃくと育ちつつある。

 それはクラリスと会う以前からあったのだが、どこか友に対してひいき目があった。そのルカの信用を、ランバードの言葉がまんまとくずしたのだった。

 ルカは広間の中央にあった噴水の近くに行った。噴水はもう止まっていて、水上が静かに波紋はもんをひろげている。暗い水面にうつったのは、満天の星空とルカのうつろな表情だった。

 ――クラリスをつれて帰れば、殺される。それも、信頼していた親友に。

 ルカは、水面に浮かんでいる月を右手につかんだが、満月は水面といっしょにゆれて、ルカの手につまらろうとしない。まるで悩むルカをあざ笑っているかのように。

「私は、どうしたらいいんだ……!」

 前進すれば、死あるのみ。ならば、残された道は後退か迂回しかないが、クリスティーアとラヴィアのほかに頼るところはないし、左右にそれたところで結末が変わりやしないだろう。

 自国のリエージュへ戻ればいくらでも頼るところはあるが、クラリスを拉致らちして国外へ逃げるだなんて盗賊と同じやり方だ。

 ルカは夜の静かな城外でひとり、案を出してはそれを消し、空の星々の失笑をかっていた。

 その、人が寝しずまっているはずの夜の城外で、不意に木かげがゆれた。その音にルカは驚いて、すぐに背後をふりむいた。

(何っ……!?)

 あらわれたのは、夜空に隠れたひとつの影。それは、明かりのない広場でどうどうとロングソードをふるってきた――!

 ルカはかろうじて剣をかわして、すぐに地面をけって下がった。

「何者だ!」

 ルカは、はげしく怒号するものの、暗殺者はひるまずに斬りかかってきた。上段にふりあげた剣先がまがまがしく光る。

 だが、彼は剣の腕がにぶいのか、なかなかルカに傷をつけられない。暗殺者は斬りこみをルカにかわされるたびに、よたよたと足をつまずいていた。

 ルカはアミュレットをとり出し、詠唱えいしょうを始めた。

(これは、やはり)

 ルカの頭に、ひとつの確信が生まれた。そしてルカは、呪文をとなえるのを止めた。

 一方の暗殺者は何度も転びそうになりながらも、それでもあきらめずに斬りかかってくる。

「ちっ!」

 暗殺者が大きくふりかぶり、ルカの頭上をねらって空ぶりした。そこを、ルカがパラッシュを素早くぬいて斬りつけた。暗殺者の左腕にひと筋の斬り傷がついた。

 その一撃に暗殺者はたじろいで、やがて足早に木かげへと逃げていった。ルカは暗殺者を追わずに、あえて見逃してやった。


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