クレアモンドの手紙には、こう書かれている。
『明後日の一の刻(一時ごろ)、クリスティーア侯の臣下のラヴィア子爵の国に、一台の護送馬車が通ります』
このマラガ城の城主ランバードこそが、そのラヴィア卿。クラリスの父のクリスティーア侯の配下で、馬車襲撃のあったラヴィアの土地を治める人物。
ランバードとリデルたちにかこまれて、ルカとクラリスはロビーから続く廊下を歩いた。廊下の左右を白く太い柱が何本もつらなっていて、その先から細い束が放出されて、天井に花模様をつくっている。
長い廊下の向こうにステンドグラスの大きな窓があった。窓は黒いわくが一面を六枚に分割していて、サクラメント(秘蹟)を行う人々の場面がうつっている。六枚の絵にはどれも白面の美男子が描写されていた。
廊下の右側に、五体の石像がなべられていた。右手に聖書をもち、左手を前へと広げる聖者ミシャルの像が中央にあって、さらに彼に追従するように四枚の翼を広げた四人の天使が左右にならべられている。左から書物を読む天使、巨大なハープを座って奏でる天使、水瓶をかかえた天使、長い剣と盾をもつ天使と続く。
「すばらしい石像ですわ」
クラリスは石像を見て感嘆した。
「これは、フリージアの彫刻師につくらせたものです。左から学問の神グロリエル、音楽と芸術の神ラズリエル、全知全能の神ミシャル、治癒と子宝の神アリエル、戦争の神メーメルでございます」
リデルは左手をかざして、自慢げに言った。
「父は敬虔なミシャル教の信者ですので、城に無骨な剣や鎧などは置かず、聖者ミシャル様をまつってるんです」
「そうなのですか」
ペラペラと語りはじめるリデルに、クラリスは何度もうなずいた。
教会の力が強いディオーネ王国では、貴族たちの中にも信者が多い。城内では剣や鎧を飾るのが普通だが、ここマラガ城のように宗教一色にそめられた城も珍しくない。が、一般的には非難される。
「これ! やめんか」
ランバードはリデルを叱りつけて、クラリスに向きなおった。
「クラリス様、申しわけありません。息子はこのように口が軽くて、いらないことばかりいって客人を困らせます。どうか、おゆるし下さい」
「いえ。リデル様は私を気遣って、わざわざ説明してくれたのです。それを怒ったりはしませんわ」
「それはありがたきお言葉です。城内には、あのような像をあちこちに置いています。興味がありましたら、お食事の後に案内いたします」
ランバードはまた立ち止まって頭を下げた。
ルカとクラリスは広い客室に通された。客室の壁には金の刺繍がしてあり、中央の長いテーブルには純白のクロスがしかれている。クラリスが部屋奥の上座に座り、ルカはその左どなりに座った。
侍女たちが部屋に入り、ルカたちの前に白い皿を置いていく。ルカとクラリスは皿の上に盛られたパンや肉をいただいた。
「……クラリス様。話は全てうかがっております。御身を汚されての長旅、さぞお疲れのことと存じます」
料理がなくなってきたころに、ランバードがそう話を切り出してきた。
「ラヴィア卿は、こたびの馬車襲撃を知っておられたんですか?」
ルカは背筋をのばしてランバードに問い返した。ランバードは静かにうなずいた。
「はい。クレアモンド殿より密談を受けて、われわれは影でお二人を見守っておりました。お二人が盗賊たちにねらわれているというのに不忠きわまりありません」
ルカはにやりと笑った。
「いえ。不意に行動すればラヴィア卿にまで危険がおよびかねません。……問題には私があたりますので、どうか、話の経緯をお教え下さい」
ランバードもわずかに頬をゆるめた。
「されば。……さることアリエルの月三月(二月)に、北方の大国ブロムベルクからクリスティーア侯へ縁談がもちかけられました」
「縁談ですか?」
「はい。ブロムベルクは野蛮な国といわれていますが、それは彼らがフリージア王家と誼をむすぶ機会がなかったため。そしてわが主のクリスティーア侯は、そんなブロムベルク卿の本心を知り、今回の話を承諾されたのです」
ブロムベルクというのは王国の北にある国で、爵位は子爵。ブロムベルク子爵は先々代の国王フリードリヒ21世から爵位をたまわれて、諸侯の末席にくわえられた。
ブロムベルクは北の異民族たちがまとまった国で、強兵をたくわえているという。だが、中央の諸侯たちは彼らを蛮族と小ばかにしている。ブロムベルク卿は以前に武力におごって、王を称したこともあるからだ。
つまり、ブロムベルク卿というと『王位を奪おうとしている危険人物』というイメージが強いのだった。
「ですが、あのクレアモンド卿は今回の縁談をよく思っておりません。それゆえに、例の馬車襲撃を企てたのです」
「なるほど。クレアモンド殿は、悪名高いブロムベルクとの縁談をこわそうとしてたのか」
言い終わって、ルカはテーブルに置かれたリンゴのひと切れつまんだ。ルカの口からシャクっと歯切れのいい音がした。
ランバードは話を続けた。
「クリスティーア侯は中央の政治の腐敗に胸をいためており、ブロムベルク卿の強大な軍事力を求めておいでです。が、ブロムベルク卿のうわさは、ルカ殿も知っておりましょう。クレアモンド卿は蛮国の手下になどならないと言いはり、私たちの意見に耳も貸しませんでした」
「それでクレアモンド殿は、私や盗賊たちを使ってクラリス殿を拉致させたんですね」
ルカは静かに腕を組んだ。
――主のクリスティーア侯は蛮国と手をむすぼうとしている。クレアモンド殿はそれを阻止するため、私に馬車を襲わせた。
ランバードがこくりとうなずく。
「左様でございます。クレアモンド殿はクラリス様を娶って侯を退けて、クリスティーアを奪うつもりなのです。ルカ殿は帰ったが最期、陰謀を知る者としてすぐさま口を封じられてしまいましょう」
「そんな」
突然のおどしにクラリスが悲鳴をあげた。ランバードは身をあらためてクラリスを見つめた。
「クラリス様。あなた様はクレアモンド殿からいろいろと指示されていると思いますが、信用してはいけません。全て、クラリス様の純粋なお心を利用した佞臣の計略でございます」
ランバードもテーブルのリンゴをつまんだ。ルカは横で消沈するクラリスを見て、ため息をついた。
「ラヴィア卿。クラリス殿は長旅に疲れております。過激な発言は、ひかえていただきたい」
「申しわけありません。私としたことが話に熱中して、度を越してしまいました。しかし、全てはクラリス様とルカ殿の安全を想ってのこと。おゆるし下さい」
ランバードはテーブルの上に両手をついて頭をさげた。
「話が変わりますが、ラヴィア卿はサンタレムのモードレットという者を知ってますか?」
「サンタレムのモードレット!?」
ランバードががく然と血相を変えた。
「ルカ殿。モードレットのことをだれから聞かされたのですか」
「クレアモンド殿の配下の馬車襲撃を行った人間たちからです。配下といっても、低俗な盗賊たちでしたが」
ルカは少し皮肉るように言った。
「モードレットのことは私がお話しましょう」
ランバードの横に座っていたリデルが、不意に口を開いた。
「まずサンタレムとは、ラヴィアとクリスティーアの間にある渓谷のことです。ルカ殿とクラリス様がおられた森の山道を逆にのぼっていくと、サンタレムへつながります。サンタレムは岩はだをかこんだ天険の要害でして、魔物もよく出没します。なので、このあたりの人間はサンタレムをさけて、谷を迂回するコースをつかうのです」
「わざわざ遠回りをするほどとは、まさに魔の谷ですね」
ルカはそうつぶやいてから、ふとクレアモンドからもらった地図をとりだした。その地図は、クリスティーアの都ラスと馬車襲撃のあった岩場を丸い半円でつないでいる。
ルカは地図をテーブルにおいて、リデルにわたした。それを見て、リデルはすぐに手を打って半円の中心を指した。
「このラスの都と赤い印の中間がサンタレムにあたります。それで、このサンタレムに最近になってやってきたのが、かのモードレットです。やつは流れ者の盗賊で、配下を連れて村を襲い、われわれを困らせてるんです」
「最近になって、ですか」
ルカはうつむいて、顎に右手をあてた。
「モードレットは凶悪な男でして、やつと盗賊団によって滅ぼされた村はかなりあるそうです。クレアモンド殿がやつらの黒幕だったとすれば、彼の反意はいよいよ言い逃れできないことになるでしょう」
ルカの想いをリデルが代弁してきた。だが、ルカは返す言葉が思いつかなかった。
◆国紹介-2◆
アンダルシア=王国中央に君臨する大国。領主ギルメールの妹は、フリージア王太后。五年前に王都を攻め、先代のフリードリヒ二十二世を抹殺した。爵位は侯。
ラヴィア=クリスティーアの配下の国。領主ランバードは、敬虔なミシャル教信者。爵位は子。
ブロムベルク=王国北東部を支配する国。もとは異民族の国で、フリードリヒ二十一世によって爵位を賜った。中央からは蛮国とさげすまれる。爵位は子。
※各国の位置
――――――――――
ブ
ラ
ク
フ
ア カ
リ
ド
――――――――――
フ:フリージア
カ:カテリーネ
ア:アンダルシア
ク:クリスティーア
ド:ドロテニア
リ:リエージュ
ブ:ブロムベルク
ラ:ラヴィア
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