ルカとクラリスは山道を歩いてゆっくりと下山した。あたりの木々が減り、不意に見上げた空は赤かった。
曲がり道を曲がったところでルカは足を止めた。
「ルカ様、どうかされましたか?」
不審がるクラリスの口をルカは左手で隠した。
「とりあえず、あちらの木の影に隠れて下さい」
ルカはわきの木を指す。クラリスはこくりとうなずいて木の裏手にまわった。ルカも木の裏に隠れた。
「あれを見てください」
ルカは顔の半分を出して、木の幹から向こうを見つめる。クラリスも同じように見つめて、すぐに絶句した。
山道の麓に人だかりができている。彼らはぼろぼろの汚いシャツを着て、右手に木の棒を持っている。棒の先端にひとにぎりの石がついていて、石斧になっているものもあった。
ルカが馬車襲撃のおりに仕とめた、盗賊たちと同じなりをした人間たち。細い山道をたむろし、地面に座って大笑いしている。声は聞こえてくるが、話の内容までは聞きとれない。
「こんなところで盗賊とはち合わせになるとは。……聖者ミシャルもよほど、いたずらが好きだとみえる」
「あの方たちは、あんなところで何をしてるんですか?」
「たぶん、仲間の仇討ちでも考えてるんでしょう。盗賊たちの社会は任侠の世界といいますから、狙いは恐らく私でしょうね」
「でも、あの方たちがいたら私たちは先に進めませんわ。どうしましょう」
クラリスがルカの袖をつかむ。ルカは顎に手をあてた。
「やつらに見つかるわけにはいきません。先ほど、左右に分かれた道があったでしょう。あそこまで戻りましょう」
「わかりました」
ルカとクラリスはこそこそと後退した。
ルカとクラリスは山道を迂回した。盗賊たちを殲滅したいところだが、疲労している今の状態では返り討ちに遭う可能性が高い。強行突破は得策ではないと、ルカは思った。
(あの盗賊たちもモードレットの手下たちなのか。こんなに早くあらわれるとは、やつらは私の所在を見抜いてるのか)
ルカの背中に冷や汗が流れる。敵の意外な俊敏さに舌打ちせざるを得なかった。焦りと苛立ちをおさえて、ルカは山道を歩いた。
そこで突然、左右の木かげがかさかさとゆれた。
(ここまでか)
追っ手の襲来にルカはついに観念した。
「だ、だれかいらっしゃるのですか!?」
クラリスはルカの背後でふるえ上がる。彼女の細い声に反応して、暗い木かげからひとつの影があらわれた。
「何者だ!」
ルカが大喝する。相手の男は仰天し、半歩下がった。
「も、申しわけありません。このようなところで、まさか人に会うとは思ってなかったもので……」
相手の男はタキシードのような白くきらびやかな服を着ていた。長くきれいなブロンドの直毛を後ろでひとつに結い、左肩に矢筒をかけている。
「リデル様! いかがいたしましたか?」
狩人の背後から、貴族の衣装をまとった男たちがぞろぞろとあらわれた。両手をあげている主人に目を丸くしていた。
(近隣を支配する貴族か)
ルカは安堵のため息をついた。
「うかがうところ、近隣の領主かその子息だと思われるが、名を名乗ってもらってもよろしいか」
ルカの整然とした言葉にリデルは息を呑んだ。
「私はラヴィア子爵ランバードの長子で、リデル・メイフィールドと申します。あなた様は崇高な魔術師様とお見受けしますが、よろしければご尊命をお聞かせ下さい」
「私は巡回者のルカと申す者。後ろの者はクラリスという者です」
「えっ! クリスティーア侯のご息女のクラリス様ですか!?」
リデルが狂喜して舞い上がる。ルカの眉間がぴくりと動いた。
「私をご存知なんですか」
不安がるクラリスの足もとに、リデルがひざまずく。部下たちにも一斉にひざまずいた。
「大恩あるクリスティーア侯は、わが父ランバードの主であり、転じて私の主でございます。私たちにとって主のご息女であらせられるクラリス様も、また主でございます」
リデルが両手を地面につけて頭を下げる。クラリスは胸の前に右手をあてて、リデルたちを見下ろしているルカを見あげた。
「ルカ様。どうしましょう……」
「わかりました。ここは私におまかせを」
ルカはそっとため息を漏らす。身を正してリデルたちを見下ろした。
「リデル殿。あなた方の大げさな挨拶に、姫は当惑しておられる。配下の者たちに面を上げるように、言っていただいてもよろしいか」
「は」
ルカの言葉を受けて、リデルは臣下たちに起立をうながして、自身もまたゆっくりと立ち上がった。
「それから、初めての顔合わせで申しわけないが、姫は先日に盗賊と魔物に襲われて食事もままならない一日を送られた。よろしければ温かい食事を用意していただきたい」
「いろいろと事情がおありのようですね。……わかりました。せまい家ですが、ご案内します」
リデルは両手を合わせて会釈した。
リデルに従い、ルカとクラリスは森を抜けた。リデルから一頭の馬をもらった。ルカはクラリスを前に乗せて馬を走らせ、前をはしるリデルたちに続いた。
ルカとクラリスは夜の乗馬をしばらく楽しんでから、いっこの城へ着いた。城は石の積みかさなった頑強な壁にかこまれていて、城門もルカの身長の二倍以上の高さがある。門には家紋らしい紋章があり、ゆいしょ正しいたたずまいをしていた。
広い中庭をすぎ、城の手前にきたところで馬から降りて、リデルに続いてルカとクラリスは城内へ入った。
城内にはまっ赤なじゅうたんがしかれていて、広いロビーのわきには石像やらつぼやらがずらずらとならべてあった。
ロビーの中央に純白の法衣を着た中年の男が立っていた。ルカとクラリスを見て、両手を合わせておじぎした。
「ようこそおいで下さいました。私は不肖ながらもラヴィアを統治しております、ランバード・メイフィールド・ド・マラガと申します」
城主ランバードの丁寧なあいさつを受けて、ルカも両手を合わせて会釈した。
「ご丁寧な挨拶、恐れいります。私は、アンダルシア侯配下グリムス男爵の長子で、ルカ・アスタモールと申します」
背後にいたリデルたちが一斉に腰をぬかした。
「ルカ殿は、あのご高名なアンダルシア侯の臣下だったんですか?」
アンダルシア侯とはディオーネ王国の国王フリードリヒ23世の伯父で、中原の大国アンダルシアを支配している。アンダルシアは、エスピナの戦いで勢力を広げたボードウィン侯にまさる権力をもっている。
アンダルシア侯は、かつて悪政をしいた前王のフリードリヒ22世の命を奪うほどの力の持ち主で、その名はクリスティーアにもとどろいているようだった。
「これ! 貴人にはしたない言葉をかけるでない!」
ランバードがリデルをしかりつける。すぐにルカとクラリスに向き直り、ぺこりと頭を下げた。
「ルカ殿。そしてクラリス様。城内にあって長々と立ち話をするものではありません。すぐに夕食を用意しますので、どうか部屋へいらして下さい」
ランバードはうやうやしく言うと、ルカとクラリスを一室へまねいた。
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