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流れ星のメロディ
作者:よぞ
グループ小説「二人称」小説に参加。しようと思ったんですが、残念ながら二人称にはなりませんでした。
「やや」二人称小説です。どうぞ(^^;

 三十路を超えたこの年になって、思い出すのはもう昔話かしら。
 うっすらと面影だけが残るかつての同級生達。皆変わってしまった。きっと色んな恋をして、挫折をして、絶望をして、それでもなんとか歩き続けてきたんだろう。影を背負った大人達の顔がそこにはあった。
 二十数年ぶりに会う同窓会で、ほんの一時少年時代の笑顔を取り戻したのは、きっと私もあなたも同じ。
 時間と言うのは不思議なものね。
 あなたがこの小さな居酒屋に現れた時、私の胸は小さく鼓動しました。
 もちろん、今までたくさんの恋をしてきたし、あなたの事なんて思い出しもしなかった。それなのに、あの頃と同じ少女のような淡い気持ちに胸を高鳴らせていたのです。まるで古い蝋燭に火が優しく灯るように。
 大きく伸びた背。
 声変わりして太くなった声。
 今は会社員? スーツが良く似合ってる。
 でもね、笑った時に見える八重歯はおんなじ。
 もう世間からはおばさんなんて呼ばれてもいい年になったけど、お酒にだって飲まれたりもするけども、今一時、あの頃の思い出に浸りたい。
 ね、約束覚えているかしら?


 埃を被った古本の、ページを一つ一つ捲るように記憶を辿る。
 ああ、そうだ。あの日は街が陽炎にぱくっと飲み込まれてしまったかのような、暑い暑い夏休み最終日だった。
 あなたは緩く長い上り坂を自転車で駆け上ってきたの。私はそれを坂の頂上でぼんやり眺めていたわ。
 最初は豆粒のようだったあなたが、だんだんと大きくなっていった。ついには私の目の前まで辿りついて、肩で息をしながらその場に自転車ごと倒れ込んでしまったの。
 すごいなあ。そんな単純な事を考えていた気がするわ。
 その日、私は凄く嫌な気持ちで家を飛び出したの。明日から新学期が始まるっていうのに、凄く凄く嫌な気持ちだったわ。
 でも冷房の効かない外はとっても暑くて、なんだって私がこんな目に合うんだろうって悲壮感に捕われていた。そんな時ね、坂を駆け上ってくるあなたが目に入ったのは。
 押して歩けばいいのに。
 そう思いながらも何時の間にか私は拳を握り締めて、がんばれ。って応援してたのよ。良く分からないけど、負けるな。って。
 途中何度も止まりそうになりながら、あなたはついに上りきった。
 だからやっぱり、すごいなあ。って思っていたのね。
 そして最初にあなたが口を開いた時にも驚かされた。
 私の目をみて、額を汗に濡らして、荒い息を整え終えるまで待てない様子で座り込んだままあなたは言ったの。
「流れ星を拾いに行かない?」
 なんの事だか考えもしなかったわ。私は間を置かずに返事をしてしまったもの。
「行きたい」
 あの夏の日に溶けてしまうかのように、あの時のあなたは綺麗だった。光と影をはっきり区別する夏の日差し。時折木々を揺らす風。雲の影が流れて眼下に広がる街が光に包まれたの。まるで物語りが動き出すかのように。
 ――そして私はあなたに恋をしました。
 

 今思えば大した距離じゃないのよね。
 池袋から埼京線で九十分。東京から群馬なんてそんな距離だもの。
 でも小学生の私達にはすごい冒険だった。電車に乗るのだって緊張したのを覚えているわ。
 改札を抜ける時、駅員さんに切符を見せるのを怖がっていた私の手をあなたが引いてくれた。まだ幼い手で、それでも力強く。早足で先を行くあなたの後ろ姿に見とれていた。とくんとくんと胸が苦しかった。
 電車であなたの隣に座る時、恥ずかしくてちょっと離れて座ったの。あなたはずっと私の手を握っていたのよ。本当はもう握っている必要なんてなかったんだけど、黙っていたわ。
 ふふ、思えばその頃からもう私は女だったのかもしれないわね。好きな人の手を離したくなかった。
 群馬に着く頃にはすっかり日も傾いて、空もあかね色に染まってた。
 気付くとあなたは私の肩に頭をのせて眠っていた。
 あなたは気持ちよさそうに寝息を立てていたけども、私は大変だったのよ。心臓は爆発しそうだったし、手に汗掻いてしまわないかも心配だった。何より夏だったから、私も汗臭くないか何度も自分の匂いを嗅いだりしてね。
 到着のアナウンスであなたが目を覚まして、私はほっとしたのと残念だったのと両方だったのを覚えているわ。

 目指した先は星の降る山。
 なんていう名前だったかしら。あなたも知らなかったと思うわ。
 とにかく流れ星が落ちるという山を私達は目指したの。バスに乗って、すごく長い間歩いたのを覚えている。
 そのうち日も暮れちゃって、辺りが真っ暗になって。足が痛い、お腹が空いた。そんなことをぶつぶつ言いながら歩く私に、あなたは頑張れ、もうすぐだから。と励ましながら歩いてくれてた。
 車もたまにしか通らないような暗い山道で、二人手を繋ぎながら歩いたね。街灯もなくて真っ暗で、あなたの持つ懐中電灯の明かりだけが道を照らしていたの。私怖かった。風で木が揺れる音や、明かりに照らされる一つ一つがお化けに見えて、私達を食べようと襲いかかってくるんじゃないかって不安でしかたがなかった。
 あなたもきっとそうだったでしょう?
 気付いていたのよ、気付かないふりをしていたけれども。
 そこ、足場悪いから気をつけて。
 大丈夫? 怖くない?
 ほら。引っ張ってあげるから。
 いつもより口数が多かったのは、きっと私を安心させるため。繋いだあなたの手が震えていたのは気のせいよね。自分の為に頑張ってくれる男の子を見て、可愛いと思ったのはその時が始めてだったわ。
 そのうちに月明かりが明るい場所に出たの。
 そこだけ木が生えていなくて、ぽっかり開いた広場みたいになっていた。くたくただった私達は、その場にドサリと倒れ込んだわ。
「ここがそうかな?」
 私が聞くと。
「わからないけど、ここならきっと掴めるよ」
 あなたが言った。
 草の上に寝転がり見上げた夜空は、今まで見たことも無いほどたくさんの星が瞬いていた。厚い雲が月の光に照らされて、ゆっくりと空を流れていく。
 ここなら流れ星も掴めそう。
 私達はじっと流れ星を待っていた。
 昼間からの疲れもあって、眠りそうに目を閉じかけた時、あなたは唐突に切り出したのよ。
「ねえ、人を好きになったことある?」
 あんまりにも突然で心臓が壊れちゃうんじゃないかと思ったわ。
 どくんどくんと胸の音がうるさいぐらいに大きく聞こえて、指先一つ動かすこともできなくなった。唾を飲んだら、ごきゅんって変な音がして、顔から火が出るくらい恥ずかしかった。
 何も答えない私の代わりにあなたが話し始めたの。
「僕、転校するんだ」
「え?」
「引っ越すんだ。九州に」
 高鳴る胸を握りつぶされるような思いだった。始めて人を好きになった日に、その人を失うなんて耐えきれなかった。
 私はあなたの手を手探りで探して、握り締めた。強く強く。行かないでって口にできなかったから。そう気持ちをこめて。
 あなたも握り返してくれた。
「その前にどうしても言っておきたかったんだ」
 あなたの目が私を見ていた。私も、あなたの目を見つめたわ。溶けるような熱を含んだ目。私はどう見えていたのかしら。
「高橋さんが好きだった」
 あなたが体を起こして顔を近づけてきた。
 私は半分パニックだったのよ。後にも先にもあんなに突然迫ってくる男の人はあなただけだったわね。
 キスだ。
 そう思って目をぎゅっと瞑ったの。もしかしたら口にもぎゅっと力を入れていたかもしれない。そうだとしたら間抜けなキスシーンだわ。
 しばらくそのままでいて、唇になんの感触もないのを不思議に思ってそっと目を開けたの。目に映ったのはあなたの無邪気な笑顔だった。
「見つけたよ、ほら!」
 握り閉めた拳を開いて見せてくれたのは、透明なビー玉。あんまりにも嬉しそうにはしゃいでいたからなんだろうと思ったわ。
「流れ星だよ!」
 数秒、どういう意味だかわからなくてそれをビー玉を見つめてた。気付くのと私が吹きだすのと同時だったわね。
「嘘つきだね」
「本当だってば!」
 必死になるあなたがおかしくておかしくて愛しくて。私はずーっと笑っていたわ。あなたもずーっと本物だって主張してた。
 ついに折れたのは私の方。
「わかった。それは本物の流れ星」
「うん」
 はい。と差し出されたそれを受け取った。
「くれるの?」
「うん」
「じゃあ――お返し」
 あの時のあなたの顔、面白かったわ。
 ふいをついてあなたに抱き着いて、ほっぺにキスをしたのよね。まだちゃんとしたキスをするのは怖かったから。
 照れて言葉にならないあなた。私も恥ずかしかったけど、なんだろう。すごく気持ちが良かったのを覚えてる。
 そのまま二人で朝が来るまで色んな話をしたわ。
 それがどんな内容だったかはもう記憶の中に溶けてしまったけど、とても素敵な時間だった。
 それからは断片的な記憶だけど、すごい山奥だと思っていたそこが実は民家のすぐ側だったり、喧嘩していたはずの両親が一緒になって私を叱ったり、新学期の学校に行くとあなたは転校の挨拶だけしていなくなってしまったり。
 あの時両親の離婚の話がなくなったのは、きっとあなたのおかげだと思うの。嬉しい反面、あなたに会えない寂しさで落ち込んでいた時期もあったけれど。
 それも、次の恋をするまでだったのよ。ほんの少し悲しいけど。
 そうそう、あの星の降る夜に一つ約束をしましたね。
 あなた、もう忘れてしまっているみたい。


 ウーロンハイを飲み干して、ため息まじりに一人で笑った。
 今更こんな昔話を思い出して何を期待していたんだろう。
 もう三十ニ歳。子供はまだだけど、結婚して三年にもなるというのに、今更初恋の人の思い出なんてないわよね。
 携帯にメールが届いた。夫からだ。
 晩御飯が黒焦げだから、助けてくれ。
 思わずふき出した。一人じゃご飯も作れない人なんだから。
「ごめん、そろそろ帰るね」
 かつての仲間達にそう声をかけて居酒屋を出た。
 懐かしい顔達に名残惜しさは感じたけれども、いつまでも引きづられるわけにも行かない。
 外は雪だった。
 ここ数年積雪がなかった東京にも、久しぶりに雪が積もった。
 電車は動いているだろうか。
「高橋」
 声をかけられ振り返る。立っていたのはあなた。
 何? と声をかける間もなく、あなたがつかつかと歩み寄り、私の肩越しに手を伸ばす。目の前にあなたの胸があって、抱きしめられると思った。
 胸がとくんと弾んだ。
 しばらく息を止めて、ゆっくりと鼓動を落ち着けた。
 あなたが私から離れて、無邪気な笑顔を向けている。
「ほら、流れ星」
 開いた掌の上に、小さなビー玉があった。あの時と同じ。
 数秒口を開けたまま何も言えなかった。得意げなあなたの顔を見て、なんだか可笑しくなって声を出して笑った。
「嘘つきだね」
「嘘じゃないさ」
「約束覚えてたんだ?」
「約束?」
 どうやら忘れていたみたい。でも、あなたは変わっていなかったのね。
 じゃあ私だけでも約束を果たそう。
「ね、ちょっと屈んで」
「なんだ?」
 同じ高さまであなたの顔を下げて、その唇にキスをした。
 もしも十年後に忘れていなかったら、ちゃんとしたキスをしようね。
 ちゃんと十年で出会えていたら、女子大生の唇が奪えたのに。残念ね。
「こんなおばさんじゃ、あんまり嬉しくもないわね」
 少年の瞳をしたあなたに背を向けて、ふふ、と笑いながら歩き出した。
 あなたの顔は見なくても覚えているわ。きっとあの時と同じ顔をしているんでしょう?
 じゃあな! あなたが遠くでそう叫んだ。うん、ばいばい。
 シャクシャクと雪を踏みしめて、今日は歩いて帰ろう。
 家でお腹を空かせて待っているあなた。少し、わがままさせてね。


おわり


一応恋愛、のつもり。
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