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  Gifted. 作者:chappy
chapter8 的場と浜崎
 ツインビルというのが流行った頃があった。
千葉県美浜区。海浜幕張と呼ばれるこの地域の駅前には、
それしか無いと言ってもいい程に高層ビルが乱立している。
鳴り物入りで開発が始まったこの街も、
当然のように最寄駅の周辺から建築され始め、
その頃がちょうどツインビル全盛時だったのだろう。
駅の左右に二組のツインビルが聳え立つ。
後は単独のビルが駅から離れながら建ち続け、今や摩天楼と化している。
この街が計画された当時、これ程のオフィススペースの需要があると
見込まれたらしい。
しかし現実の厳しさは、空きフロアの多さが物語る。
周辺には広大な住宅街も併設され、ショッピングモールも
郊外型を凌ぐ規模であり、ホテルも充実している。
巨大な展示場ではモーターショーに限らず多くの催しが行われ、
近くに球場を持つプロ野球の球団は人気が上昇している。
それでも、東京から電車で小一時間の距離が、
どこか閑散とした空気を漂わせてしまっていた。
お陰でこの街のビルに入居している企業からすると、
当初の設定よりも安価に入居できることとなり、
そういう恩恵を受けている企業は少なくない。
空気を住まわせておくより、安くても空きは埋めておこう、
ということのようだ。
『的場ケミカル』もその一つであり、
駅前の国道側に立つツインビルのショッピングモール側、
そこの二十階に入居していた。
元々は化学繊維の使用促進を目的に、
中堅の繊維メーカーの社員である的場が有志を募って独立した会社である。
残念ながらその方面の思惑は外れたが、豊富な化学系の知識が功を奏し、
ITエンジニアリングの分野で、
食品から化粧品や製薬の分野に渡るソリューションベンダとして、
さしたるライバルも無く躍進した。
社員の数は多くはないが、売り上げ規模は数倍の社員を抱える会社に匹敵している。
社員一人当たりの利益率が極限まで圧縮されているこの業界において、
突出した存在と言っていい。
また、ベンチャー企業にありがちな創業者のワンマン的な色合いは殆ど無く、
それも銀行屋に金を出させることに有利に働いていた。
逆に言えば、社長である的場は既に雛壇に上げられた存在になりつつあった。
彼のオフィスはフロアの北側に位置し、窓からは公園が見渡せるのだが、
景色を眺めている時間が日に日に長くなっているのが実情だった。

 この日も的場は公園を見ていた。
人工的な街であっても、公園の草木は春ならではの青さを醸し出している。
晴れた昼下がりともなると、住宅街から散歩に来ている親子連れや遅めの昼食を
野外で楽しむOL等、様々な人々が集まっているのが見て取れた。
的場はこの景色が好きだった。
人々の日常がそこにはあった。
それも穏やかな側面だけを切り取って持って来たかのようで、
競争に明け暮れた彼の人生を和ませる。
午前中の訪問者が、殺伐とした空気を作って帰って行ったので尚更である。

突然、不躾なチャイムが鳴った。
秘書が的場を呼び出しているのである。
午後の訪問者が来る時間だ。
ビジネスマンの顔に戻った的場は、機械的に応答ボタンを押した。

「浜崎様がお越しですが、お通ししてもよろしいでしょうか。」
秘書の対応も負けじと機械的だが、無駄がなくていい。
訪問してきた浜崎は、『変わりモノ』と言われているが、
アポ無しで訪れることは無いし、時間には極めて正確である。
「二時に来てくれ」
と約束したのだが、今は一時五十五分。
きっと十分前には着いていて、今まで何処かで時間をつぶしていたのだろう。
こんな当たり前のことでも、出来ないのか敢えてしないのかは分からないが、
やらない連中が増えた。抑える所は抑える、という浜崎の姿勢と、
そこから彼の人望が作り上げられたであろうことが伺えた。
「入ってもらってください」
と的場が言い終わるが早いか、かしこまりました、と秘書が応えて数秒後に
社長室のドアがノックされ、的場は自らドアを開けて浜崎を中に招き入れた。
秘書を下がらせる否や浜崎が口を開いた。

「白浜の件は、木野田なんだろう?」
前置きも何もあったものではない。
いきなり会話を始めるあたり、如何にも浜崎らしい。
「間違いない。最悪の結果だ。」
的場も率直に話をするので、この二人の会話はとても効率がいい。
彼らは忙しいのだ。しかし、
「報道の情報は限られていて、詳しいことは分からないが……」
言い淀んでしまう的場の後を浜崎が受けた。
「少なくとも、白浜地区の人々は全滅した。」
頷かざるを得ない的場が、うなだれながら言う。
「どうして、こんなことになってしまったのか……。」
責任を痛感する的場に対して、リアリストの浜崎の興味は他にあった。
「感慨や反省も必要だが、白浜の外に感染が広がらなかった理由、
 それが分からない。」
空気感染するウィルス。
それが、封鎖地区の外に感染が広がっていない事実。
その理由は、当事者である浜崎や的場も分かっていなかった。
「感染が停まった理由は、三浦に解明してもらわねばならないな。
 俺たちが考えるべきことは……。」
的場が視線を上げるのを待って、浜崎は続けた。
「警察が嗅ぎ付けるのは時間の問題だ。的場、お前の方は大丈夫か?」
「もう来たよ。午前中に公安の課長さんが直々にお出ましだったよ。」
「それは興味深い。呼び出されずに先方様が来たってことか。」
「核心には届いていないということだ。俺は容疑者ではないという訳だ。」
「それでいい。心配は無いと見て良さそうだな。」
「当たり前だ。白浜の件は確実に迷宮入りになる。
 だが浜崎、お前の所にもきっと来るぞ。」
「だろうな。公安が次に来る時までに、こちら側の処置を済ませておこう。」
「それで充分だ。そろそろ、そういう時期でもあったからな。」
「俺たちの計画に影響は無く、遅延も無いということだな。」
「ない。」
と応えた的場の表情が再び曇った。
「……木野田のしてしまったことは、取り返しがつかない。
 俺達の責任じゃないのか?」
呟く様に言う的場に浜崎は言葉を失ったが、的場は更に畳み掛ける。
「仕方がなかった、俺達のせいじゃない、という気持ちになりそうだ。」
これには浜崎も応えざるを得ない。
「的場、どうした。そんな無責任な世を正そうというのが俺達の目的だろう?」
「ああ、分かっている。しかし、木野田も白浜の人々も、俺達は救えなかった。」
「責任はある。俺にもお前にも。だからと言って、ここで止めてしまうことが、
 責任の取り方ではないはずだ。」
的場は、充分に理解しているという微笑みを浜崎に返して、会話を区切った。
それを見て取った浜崎が本題に話題を戻す。
「第二の木野田が現れてはならない。
 これは、我々が最低限守らねばならないことだ。」
裏切り者が出ないように、最低限の陣容を構えたつもりだったが、
たった四人の中からそれは発生してしまった。
人間のコントロールに長けていると、自他共に認める浜崎としては、
痛恨のミスであった。
「あとは、たとえ再び誰かが裏切ったとしても、
 白浜のような最悪のケースが再発しないようにしなければならない。
 【封印】しても再発防止にはならない。」
的場も、当然だ、という素振りで続けた。
「可能性を探るのは必要だ。しかし、俺達はテロリストじゃない。」
「そうだ。ビジネスマンという殻を被った者も含めて、
 そういうヤカラとは一線を隔す必要がある。
 三浦にも、その辺りを充分に理解させたい。」
「学者肌だよ、アイツは。だが浜崎、お前の言うことなら聞くだろうよ。
 随分となついているようだからな。」
何とか笑顔を作ろうとする的場を浜崎が制した。
「聞いてもらわねばならん。聞けぬと言うなら、
 裏切ったも同然だ。消えてもらう必要がある。」
的場は、その言葉の意味するところを理解した。
そして、一歩間違えば矛先は自分にも向けられるという、
暗黙の脅迫をも受け取った。
そこにタイミングよく、秘書がコーヒーを持って来た。
コーヒー通の的場だけに、振る舞われるコーヒーも拘ったものだ。
歳相応に食通な浜崎も、これは楽しみにしていた。
「ありがとうございます」
と言う浜崎に事務的な笑みを返して、秘書は下がっていった。

浜崎が初めて的場からコーヒーを供してもらったのは、
的場が未だ繊維メーカーに勤めていた時だった。
彼らが次郎や徹くらいの年代の頃である。
的場の会社が取り組んでいたプロジェクトにおいて、
的場はプロジェクトリーダとして、
浜崎はパートナー会社のマネージャとして参画し、
二人は会ったその日に意気投合した。
的場は浜崎が持つ、大手に属していなければ掴み得ないだろう、
視野角の広さに感嘆した。
浜崎は、的場の中堅企業ならではの情熱の強さに憧れた。
的場の情熱の一つの向け先がコーヒーであり、
このコーヒーには彼の一面が強く現れていると浜崎は考えていた。

〝やはり、旨いな。的場の情熱は、今も燃ええいる。〝

本当にやりたいことを阻む『制約』の数々。
それらの多くは不要なはずだ。
馴れ合いと事なかれ主義、馬鹿げたシキタリと習慣。
保身に固執し、表面を取り繕う為に注がれる膨大な労力。
一方で、本質を求める者は、常識という言葉の下で駆逐されていく。
こんな理不尽が許されていいのだろうか。
そんな浜崎の怒りに、的場は見事に同調したのだった。
盟友を得た確信。
それは何物にも替え難いものだった。
今は社長室に収まっているが、的場の意識は変わっていないのだ。
それを確認した浜崎は、話を戻した。

「今日は、俺からも話がある。」

浜崎が切り出す。
「感染したのは、白浜だけじゃないように思う。
 白浜とは別の感染ルートがあるようだ。生死に関わるような個体ではなく、
 本来の俺たちの目的に適った個体だが。」
「どういうことだ? 
 木野田以外にウィルスを持ち出した奴がいるということなのか?」
「それはないだろう。
 しかしな、ウチの若手が面白いレポートを書いていてな。」
浜崎は、彼の指示で徹が修正する前の『精神作用の物理的効果』を要約して、
的場に聞かせた。
「それは……、確かに感染した結果のように見える。」
的場の目が空を泳いだ。的場なりに可能性を探っている。
「的場、俺たちは細心の注意を払った積もりだったが、
 どこかでウィルスが漏洩してしまったのかもしれない。」
そうであるなら、浜崎よりも薬事に詳しい的場としては、
自分の責任ということになる。
「俺を責めているのか? 俺たちの他にも、
 ウィルスを持つ者がいるのかもしれないじゃないか。」
詰め寄る的場だったが、そんなことは浜崎にはどうでもよかった。
「どこから感染したのかは分からない。
 しかし、今の論点は感染ルートじゃない。」
浜崎の言葉を聞いて、的場は思い直した。
自分達から漏れてしまったとしても、誰かの仕業だったとしても、
計画の達成が急がれることに変わりはないのだ。
「そうだな。感染ルートはいいとしよう。
 それよりも、お前のところの若手のように、
 新種のウィルスであることまでは分からないにしても、
 人間の能力に影響を及ぼす何某かの存在に気付く連中は
 現われてもおかしくはない。」
「そんな連中に好き勝手されたら、第二の白浜が起こり得る。
 計画を無茶苦茶にされることも考えられる。」
「白浜どころでは済まないかもしれない。
 蔓延の後、休眠に移行したウィルスが、
 凶悪な意思に覚醒させられたら……。」
「それこそ、人類の存亡の危機だよ、的場。」
「急がねばならないな、計画の実行を。よし、三浦に会って、
 課題がどの程度克服できているのか、確認しよう。」
「アポは取ってあるんだろうな?」
「大丈夫だ、いつでもいいそうだ。」

二人は、ただちに出掛けた。


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