chapter2 次郎@兵庫県の山
京都に到着する時の車内アナウンスで、僕は熟睡から目覚めた。
それから新大阪までの十数分の間に、朦朧とした頭を呼び起こし、
新大阪駅で重たい体を引きずりつつ、神戸方面に向かう在来線に乗り換えた。
列車はすぐに兵庫県に入り、阪神間と呼ばれる平野の駅で電車を降りる。
そこからは、バスで山に向かった。
終点近くの停留所まで登っていくのに要する時間は、三十分程度だ。
たったこれだけの距離なのに、車窓の風景は街並みから住宅街、
そして自然豊かな山道に変わっていき、空気が澄んでいくのが分かる。
その頃には、頭も体もすっかり目覚めた僕は、停留所でバスを降りて、
その辺りの様子が子供の頃と変わらないことに驚いた。
幾つかの住宅や小さなマンションが増えたようだ。
防空壕跡と言われていた洞窟を塞ぐ大袈裟な扉は、
若干は腐食が進んだだろうか。
変化の激しい東京では、あっという間に過去の面影が消えていくので、
タイムスリップしたような気持ちになった。
これでこそ、わざわざここまで来た甲斐があるというものだ。
停留所からは、歩いて山を登ること二十分。
春真っ只中のこの季節、ちょっと汗ばみながら歩いている間、
この山独特の神聖な空気に浸る。神がかり的な雰囲気が漂うのは、
相変わらずだ。
到着すると、沼と表現した方がしっくりくる三つの小さな池、
その周りを囲む山頂付近の公園には、あの頃と変わらず人気がない。
やや小奇麗に整備されていたが、そう言えば、この山では僕が子供の頃に
概ねを焼き尽くす大きな山火事があったのを思い出した。
植林からやり直した結果だろう。今では焼け跡といった面影は殆どない。
あちこちに露出している巨大な岩に残る僅かな黒ずみが、
知っている者だけに山火事の記憶を伝えるに過ぎなくなっていた。
木々も大きく育っていた。
そりゃそうだ。もう二十年になるのだから。
しかし、辺りの岩の巨大なことってどうだろう?
子供の頃に大きく見えた物が、大人になって見てみると随分と小さく
感じられることってよくある。
なのに、ここの岩ときたら今でも巨大なままだ。僕の身長の二倍はある。
そんな岩がゴロゴロと露出する特異な風景や沼っぽい池も、
神聖さを醸す一つの要因なのかもしれない。
僕はひとつの岩に登ってみた。
多分、昔登ったのと同じ岩だ。
岩の上から側面を覗き込んで確認してみる。
やっぱりあの岩だ。
『田中次郎』と名前が彫ってある。工事現場で拾った五寸釘で、
自分の名前を彫ったのだ。
ここからは、大阪の市街地から大阪湾、空気の澄んだ冬だと対岸の
和歌山まで見渡せるのだが、
”いずれはここから見える範囲の全てを俺がパラダイスにしてやる”
と意味も分からずに考えたものだ。
この名前の掘り込みは、そんな王様気取りだった僕の証。
懐かしい思いがこみ上げた。
反面、遠くに見える都会の風景が随分と風変わりしていることに、
二十年という月日の重さを改めて知った。
ここから見ると小指の先っぽ程もない大阪都心部の高層ビルは、
周囲に増殖を繰り返してちょっとした小山の様相だ。
埋立地は海に向かって大幅に広がっているし、アーチを描いた橋が
それらを繋いでいる。
新たに高速道路網が整備されたのだろう。
一面を覆う人工物がその密度を増した感じだが、
その中では無数の人達がそれぞれの生活を送っている。
その生活感が、ここからは見えない。
伝わってこない。
一つ一つの生活がかけがえのないもので、何物にも替え難いものなのに、
無機質な構造物郡だけが視野を占める。
これが現代文明の象徴なのか。
政治や経済というものは、全体感や総合論の元で、
こういう無機質な実体だけを見て、営まれているんじゃないだろうか。
ここの風景を見て、そんな感慨を持つ自分に可笑しさを感じながら、
僕は山の空気を胸一杯に吸い込んでみた。
ここの空気は自然に満ちていて、旨い。神々しささえも感じる。
子供の頃に親父がよく言っていた。
「空気が汚いと、身体の中も汚れる。」
文字通りの意味なのか、何かを含んでいたのか。
既に親父が他界した今となっては確かめようがないが、
思い返してみると、いつも理不尽と戦っていた彼のこと、
自らは潔白で清潔でありたかったのだろう。
だから仕事上は不便でも、この山の近くに家を構えたのだ。
お袋と兄貴と僕。
家族をこよなく愛し、曲がったことが嫌いで堅物そのものであり続け、
実直な人生こそが幸せと信じて疑わなかった親父。
結局、病魔という不公平で理不尽な要素が彼の人生を閉じさせてしまったのは、
皮肉というにも口惜しいが、本人は満足だったのだろうか。
残された母の悲しみは痛々しく、見るに忍びないものだった。
長男として気丈に振舞う未だ高校生だった兄貴からは、
悲しみだけではく、病気への憎しみのような感情が見え隠れした。
当の僕も悲しかった。
そして、親父の潔白さへの拘りを無駄と決め付け、同じく平凡ではあっても、
刹那的な人生を歩んだのだった。
拘りを持って生きても、いつ死んでしまうか分からないんじゃ、
意味がないじゃないか、と。
しかし、親父は単に拘っていたのではない。志を持って生きていたのだ。
内容はどうであれ、志を持ってこそ人生だ。
これを教えていたということに、今になってやっと気付いた。
波風を立てない会社生活と、夜の歌舞伎町。
息子のこんな姿を、親父は決して望んでいなかったはずだ。
汚れていることではなく、無気力な生き方を軽蔑したことだろう。
正す気概が無ければ、人の世は際限なく乱れ、
理不尽がまかり通る狂気で埋め尽くされてしまう。
それを停められるのは、一人ひとりの生き方なのだ。
残念ながら、今の世の中は理不尽だらけだと思う。
失敗は誰かのせいにする。
成功すればそれは自分だけの成果と言い張る。
後から何とでも言えるように、伏線を張ることには余念がなく、
その為に費やされる労力が最も重要だと考える。
こういうことに、何の躊躇いも恥じらいも感じない感性。
始めから皆がそういう訳ではないのに、半ば強制的にそう育てられていく。
おかしい、
と声を上げたり、馴染めない人間はふるい落とされてしまい、
発言することすら認められない存在に甘んじることになる。
誰も戦おうとしない。
これを狂気と言わずに何と形容できようか。
僕だって、そんな狂気を受け入れて来たのではないか。
「このままでいいはずがない。」
人工構造物や、成果を現す数値。
これらは無機質であるが故に、とても分かり易い。
しかし、そんなものが評価されるのは、
ただ邁進するだけで成長できた時代の話だ。
成長を持続させる為に、自ら考えることを求められた前世紀末。
〝『結果オンリー』という言葉は過去のものだ〝と云われた。
〝大切なのは、プロセスだ。
プロセスの吟味や精査が、成功を再生産し、失敗の再発を防ぐ。
これが成長のサイクルである。〝
そんなことは、偉い人が声高く唱えなくても、皆が分かっていた。
何を考え、何を感じ、何をしたいか、という人間の生き方に根付いた
志こそがプロセスであって、構造物や数値というのは、
所詮は一部の結果しか現さない、と。
なのに、変わる事を求められ、その必要性を知りながら、
何も変わらない現実。
必要と知りながら、血の通った本当のプロセスへの無関心を装う無責任。
それを覆い隠す為に、無機質をプロセスと置き換えた愚考。
本質を誤魔化し、表面を取り繕う気質が生み出した本末転倒だ。
「こんなの、パラダイスじゃない。俺が是正してやる。戦ってやる。」
僕の初心とは、これだったんだ。
おぼろげな思念が、形を成すのを感じた。
「歪められた本質から理不尽が生まれるのは、当たり前じゃないか。」
一つの決意を胸に、僕は山を降りた。そして、意識の中のあの娘に問う。
「久美子、こういうことなんだろう?」
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