第7話 帝国の『不文律』
第7話 帝国の『不文律』
季節は早くも移り変わり、此処『北』の大国シレジアは本格的に秋が訪れていた。
北国といっても気候はさまざまである。
ここシレジアもまた同じ。
冬期は雪と氷で覆われる大地でも、その時の気候と地形で摂氏30度を超す地域もある。
一方で同日同時刻の国内で摂氏10度に届かぬ地域もあるのだ。
(2009/05/09の「北海道」参考 真冬は【流氷砕氷船】で有名な「紋別市 30.1℃」、一方霧の港町こと「釧路市 8.7℃」 これは本当にこの日の「最高気温」だ!! 閑話休題)
そんなシレジアで、今では『名実共』にシレジア王太子になったセネリオ。
あれから2週間が経った。
ここのところの彼は新王太子になるために多忙である。
シレジアの国内情勢、王家のしきたり等をしっかり学ぶ傍ら、未だ途切れぬ『求婚者』の相手をしていたからだ。
素敵な『花嫁』を持つ事になった男の勲章か?
いや違う、これは国内の有力貴族共の『嫌がらせ』に他ならない。
何故なら挑んでくる相手は全て『代理人』を立てて来るのだから。
それもセネリオが聞いた事あるような『名うての』者達である。
迷惑、鬱陶しく、そして疲れる事この上ないが、それでも相手をしない訳にはいかなかった。
そして見事に勝っていた。
(時には『剣』が折れて冷や汗をかいた対戦もあったが、戦いようによっては勝ててしまうのが『剣術』である。)
【異議ある者は訴えよ、そしてかの者より武勇に優れていれば、改めてその者を我が
一人娘の『婿候補』、そして『次代のシレジア国王』とする】
そう国王ユーリー二世が発した『布告』がまだ有効である限りは続くのである。
しかしその布告もまもなく効力を失う。
何故なら新『王太子』が、現国王の娘であるシレジア王女と『正式に結婚すれば』である。
そしてその『華燭之典』も、シレジアの『収穫祭』に合わせて行う事が決まっていた。
そんな中で、セネリオにはある一抹の不安があった。
祖国フィンダリアから何の音沙汰がないのである。
これにはシレジア王家側も首を傾げていた。
――― 一体何故なのか?
シレジア王国側は確かに使者を送り、セネリオ皇子を養子に迎え入れる事、並びにシレジア王女との婚約を告げた、結納金付きでである。
それにも関わらずにである。
そしてフィンダリア帝国に向かった使者もまた、どういう訳か未だ帰国の途についていなかった。
だがセネリオには思い当たる節が無いわけでは無かった。
それは―――『聖獣』である。
この事についてセネリオは、伯父王と二人だけの時に密かに打ち明けていた。
それは『婚前交渉』を行った翌日の…夜の事である。
――― これはこの時の会話である。
「伯父上、真面目な話『シレジアで布告を出したからはい王太子!!』って、はっきり言ってそんなに簡単な事じゃありません……特に【フィンダリア】ではね。恐らくもめますよ……」
これはある意味伯父王への『自分をハメた事』に関する文句も込めていたが、セネリオの本心である。
しかし受けた当のユーリー二世は、のほほ〜んとしていた。
「まぁ、そう考え込むなセリー。全ては成るように成るものだ」
「何を暢気な…理由があるから言ってるんです!」
「ほえ?」
伯父王は間の抜けた感嘆詞を声に出した。
セネリオはため息をつくとその『理由』を語り出した。
「私は『聖獣』持ちでしてね、そのために色々と『制約』があるんです。本来なら軽々しく国外に出てはならない身分だったのですが……それにこの国に『王太子』として来てしまったら、もれなく『聖獣』も一緒です。何故なら『彼女』は私からは離れない。そうだろう、『ヘスペリス』?」
<是>
セネリオの肩に留まった『鷲』は答えた。
のほほ〜ん王様は動じなかった。
「それの何処がいけないのだ、セリー?」
「フィンダリア帝国ではこの『聖獣』は『国外不出』!!勿論私の持つ『ヘスペリス』とて例外ではないんです!!」
そう皇室の秘密を力を込めて告白したセネリオ。
しかし国王は、お目々をパチクリして素直に驚いただけであった。
「ほぉ〜?」
「『ほぉ〜?』じゃありません。伯父上もご覧になったはずです。ほんのちょこっとだけ…『ヘスペリス』の『力』をね」
「おお!あの時のか!?」
国王は思い出した。
それは昨日の『御前試合』で『聖獣ヘスペリス』が『剣』に姿を変え、それを振るったセネリオが相手を『消滅』させた事を。
伯父王の反応見てとったセネリオは頷いて続けた。
「そうです。この『力』を他国に利用されないためにね」
―――それ故に『聖獣』は、フィンダリア帝国より『国外不出』。
―――そして『聖地』で厳重に管理されている。
万が一奪われて、その『力』を使われないように……
だからこそセネリオは祖国の対応が気がかりだったのだ。
祖国が、どのような対応をするかを……。
そしてセネリオは架せられている『制約』の一部を伯父王に話した。
「本当の事を言いますと…『私』は帝国内で居住しなければならないんです。例えば『聖獣』持ちの皇女は、今では原則一族以外の結婚は認められていないし、国外から縁談が来たら全て却下。皇太子以上に『自由恋愛』なんてありませんね……」
もうすぐ『息子』になる甥の告白に、国王ユーリー二世はその態度を変える事無く聞いていた。
「―――成るほどの〜、いや確かに実に便利だからの〜、その『獣』は」
<我をただの『獣』扱いするな!>
すかさず『ヘスペリス』は抗議した。
「あいや、済まぬの『聖獣』殿、そう怒らんでくれい」
<……分かればよい>
国王も直ぐに非礼…(?)を詫びたので、『鷲』はそれ以上は何もしなかった。
祖国の対応が気がかりでならない甥に、『【北】の居眠り獅子』という異名で畏れられる国王ユーリー二世は、その姿をほんの少し垣間見せた。
「安心いたせ、そう重大な事には成らん。予がさせん。それにセネリオよ―――」
「はい」
「やり逃げるのか?」
「!!」
「それだけは絶対にするさんぞ、『父上』は!!」
グワっと表情を変えてユーリー二世はセネリオに喰ってかかった。
すぐさまセネリオも顔を赤らめて反論した。
「あ…当たり前ですよ伯父上!!今更もうシレジアから出ようとは思いませんよ、それにリーケは捨てません!!だから……!!」
「ん?」
「抱いたんです……」
ボソリと赤面してセネリオは『本音』を漏らした。
初恋の女性を諦める事が出来るくらいに、ただ今年上の『花嫁』に惹かれている少年であった。
それを聞いて国王ユーリー二世は大いに満足した。
そんな形でフィンダリア側の対応についてはひとまず話は終えた。
やがてセネリオはもう一つの本音を伯父王に訊ねた。
「伯父上、何故私を『王太子』となさったのですか?シレジア国内の王家の縁戚筋ではなく、何故異国の皇子たる私を?」
「お前が予の一番濃い血を、『ソフィー』の…『妹』の血を引いていたからだよ………」
「!!」
そう息子に恵まれなかった国王は寂しげに答えた。
『ソフィー』―――それは今は亡きセネリオ達の母の愛称。
本名をソフィア・アンジェリーカ=リューリク=シグルフ、嫁いでからは更に『フィンダリア』の姓を賜っていた。
(母上の子だったから?)
困惑して驚くセネリオに、国王ユーリー二世は今回の作戦…『婿養子包囲網』の真の理由を語り出した。
シレジア王家は『一夫一婦制』、例え国王が愛妾を持ちそんな女達の間で子を、男子を得ても彼らに『王位継承権』はない。
男子も女子も庶子として成長し、一生臣下で終わる。
それ故に『世継ぎ』の問題が生まれたとも言えるが、『余計な王位継承者』を切り捨てる側面もある。
よって『庶子』を認めないからこそ、王家の『尊き存続』を望む時は、正統なる『嫡子』のある『遠戚筋』を持って継続するのが理であった。
国王ユーリー二世が望んだのも、偏にこれであった。
亡き妹の息子、そしてフィンダリア帝室の『嫡子』たる第三皇子に。
―――まぁ中には『庶子』を遠戚筋に『養子』に出して遠戚筋の『嫡子』にし、改めて『王家の養子』として迎え入れる事もあった。
しかし国王ユーリー二世には『庶子』はいなかった。
王后イリーナのみである。
(愛妾を持たずに偉い、偉い!…『浮気』はしたかも知れないが……閑話休題)―――
勿論次代を託す以上、ユーリー二世はセネリオの持つその才能も見極めたかった。
直ぐに『養子』の話を持っていかずに『仮』王太子としたのもそのためだった。
そしてこの二ヶ月間、ユーリー二世はセネリオと過ごし『彼』を見てきた。
―――本当にこの国の『王太子』として相応しいのかと。
まず会って直ぐに好感を持った人柄―――
人当たりの良い性格は、異国から来た『王太子』が、此処で生きていく以上重要になるだろう、処世術として。
何故なら『異国』の『臣下』を従えていくのだから。
次に『言葉』―――
甥にとっては『異国語』である『シレジア語』を難なく通常会話として使える事。
これもまた『異国』の『臣下』を束ねていく事に必要不可欠だ。
意思の疎通がままならい『王太子』、そして『国王』などは国民の支持など受けられないだろう。
そして『才』・『見識』―――学識と性格、そして物事の考え方、政治感覚、軍事的才幹。
甥は幼少より余程知識を学んでいたのだろう、良く物を識り、そして自身の考えを、政治にしても軍略にしても良く述べる事が出来たのだ。
(これは、セネリオ自身が敬愛する同母兄に、必死に追いつこうとした努力の賜物である)
そして武芸の腕を…(中世まではこれが重要視されていた)
武芸については申し分ない、何故ならあれほど『御前試合』の挑戦者達に対して、無敗を見せたのだから。
あと見ていないのは『実戦』である。
これは戦が起こらないと、残念ながら見る事は出来ない。
戦術論は会得していても、指揮能力は別物である。
しかしシレジアは幸い『軍事力』は高いので、多少は軍才が乏しくとも周りの優秀な『軍指導者』と『精強な武器』のある『軍隊』が助けてくれるだろう。
そうユーリー二世は結論づけた。
その結果。
国王たる彼の『仮王太子』の評価判定は、『合格』であった。
それも『大花マル』『大金星』『大当たり〜♪』である。
だからこそ『作戦その2』―――別名『さっさとフィンダリア帝国に、甥の知らぬ間に勝手に【養子婚姻縁組】をするからね宣言』作戦を決行したのだった。
その話を打ち明けられたセネリオは…照れて恐縮した。
「伯父上……」
「改めて頼むセネリオよ。どうかこの国を治めて欲しい。予の後継者として…また、娘の婿として」
「分かりました、私の力の及ぶ限りこの国を支えます」
セネリオの決意を受け取り、国王は破顔した。
そんな伯父王にセネリオは、笑顔を見せつつも少しやれやれとこぼした。
「―――しかしあなたは私を買いかぶりですよ…伯父上。私にそんな器量はない、兄上とは…フィンダリア皇太子とは違ってね」
「そうかの?お前さんは少し自分をもっと評価せよ。何せこの予が…【『北』の獅子】が見込んだのだからの」
「『居眠り獅子』でしょう、伯父上……?」
苦笑してそうセネリオは訂正した。
甥の苦笑に伯父王は笑って答えた。
「おおそうじゃ、余り気張ってばかりでは疲れるぞ、セリー。程よく『ハメを外す』のがよいのだ……周囲を、他国を欺くためにも…の」
これこそが『腹芸』と言わんばかりのシレジア王。
未来の『舅』に対してセネリオは破顔した。
「そうですね」
「『国王』としての処世術じゃ、良く覚えておくがよい」
そう言ってもうすぐ『息子』になる少年に、ウィンクする国王ユーリー二世であった。
セネリオは思うこのシレジア王家を。
生家フィンダリア皇室とは違う、そこは温かみのある世界だった。
何時しかセネリオは―――祖国の皇室よりもその温かさに馴染んでいた。
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同じ頃、フィンダリア帝国
帝都パレスにあるフィンダリア帝城。
そんな温かみのあるシレジア王家そして宮廷の雰囲気とは違い、ここフィンダリア宮廷では―――第三皇子の『入り婿騒動』でさまざまの不穏な空気が流れていた。
それは余りに突然の『波紋』。
フィンダリア帝国の第三皇子のシレジア王太子決定。
次期皇太子にと求められていた皇子。
その矢先の出来事を変える事態に―――。
そのフィンダリア帝城本宮内の中にある荘厳さを誇る一室。
そこは、御前会議を行う言わば『閣議の間』である。
ここに現皇帝マチス・ガルボ三世を始めとした主立った閣僚が、『第三皇子の今後』について話し合っていた。
既に連日の事である。
何の変哲の無い『皇子』であるのなら特に問題なく、万々歳の『シレジア』の申し出。
しかしそう言うわけにはいかない。
フィンダリア帝国の第三皇子は『真の帝室者』なのだ。
『聖獣』を他国に渡す事態である。
―――その巨大無比の『力』の存在を。
そして遂に彼らの長きに渡った決議に終止符が拍たれる事になる。
現皇帝マチス・ガルボ三世は、改めて居並ぶ者達に冷厳なる裁可を下した。
「我が偉大なる帝国の不動なる栄光と未来永劫の繁栄のため、我が息子フィンダリア帝国第三皇子セネリオ・レグランドを粛正し、並びに『聖獣』を奪還、あるいはそれが叶わぬならやむを得まい…『聖獣』を始末せよ!!」
その非情なる宣下を―――。
「聖獣」により起きた、今までのつじつま合わせ(?)フィンダリア帝国の「闇正史」を。
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