未来の小話 宵の明星に思う。
北の強国シレジア王国。
白き
鷲を連れた青年が、見晴らしの良い丘の上からゆったりと流れる河を見ていた。
時は夕暮れ時だ。
茜色に染まる夕日は、シレジア王都ホルムガルドへと流れる河を光彩陸離に映ゆらせる。
そして若者が身につけている服も高価な
深緑色のマントも、ほんのりと
緋に照らして、それが一層、この均整の取れた青年の身体と美貌を引き立たせていた。
その姿を。
もし此処に民人がいれば、彼が只者ではないと気づく事だろう。
今となってはトレードマークとなった白鷲を連れたこの青年、それが他ならぬ自国の王太子セネリオであることに。
それほど今の王太子は、シレジア王国の国民の英雄だった。
それは異国から来たこの王太子が、何年もかけてシレジアの為に尽力した賜物だ。
もしこのまま未来も、彼の振るまいが今と変わることなく続くのなら、きっとシレジアの民は国王となったセネリオを仰望していくことだろう。
さてそんな、シレジア国民の期待を一身に背負う王太子はというと、河の様子を眺めひとまず安堵していた。
「どうやら、ここはもう問題ないようだ」
三ヶ月前に起こった大雨で
水嵩が増して氾濫した大河。
家も畑も船も、船乗り場さえも木っ端微塵に押し流したというその河は、今ではそんな荒姿を忘れたかの様に実に穏やかな流れを作っていた。
「駆けつけた当初は、酷い有様だったが……」
セネリオは呟きながら、この三ヶ月間の事を思い出した。
過去に何度も人家を飲み込んだという大河の氾濫。
当時セネリオはその報告を受けてから、河の様子を気遣い、わざわざ王都ホルムガルドから惨状を見に駆けつけたのである。
その後は直ちに舅王の勅令の名の下に復興の指揮を自ら執った。
それは一日や二日で終わる公務ではない。
その間セネリオはほとんど王宮に戻る事無く復興に費やした。
その為王宮に残して来た妻子とは離れての単身生活。
一度だけ国王自らが被災地の慰問と復興の視察に来て、その時一緒に同行して家族揃ってやって来たので再会を果たせたが、それ以外は手紙のやり取りで近況を知らせ合う日々を送った。
だがその甲斐あって工事は順調に進み、つい先日新しい堰が完成したのである。
王太子自らが復興作業を采配した効を成したといえるだろう。
これで当分河の氾濫を抑える事が出来るだろう―――。
堰が完成した時、そうセネリオは胸を撫で下ろしたものだ。
しかしまだ終わった訳ではない。
堰が出来たとはいえ、被害にあった河川沿いの街の復興はまだ続いているのだった。
完全な街の復興には、まだかなりの期間と人夫、そして莫大な費用がかかる事になるだろう。
だがそれでも、此処に暮らす民の生活を再生する為ならば惜しくはない。
―――そうセネリオは思う。
何故なら国民こそが国にとってのもっとも大事な資産である。
国の王は何代わろうとも。
それこそこのシレジアが、今保有する国力を遙かに上回る第三国によって攻められ王朝が斃れようとも、国民全てが消え去る事はない。
国を最後まで守るのは国民達だ。
権力無き民一人一人の小さな力が、やがて集まり最後はまた国を興す。
それを忘れるな。
そうセネリオに自覚させたのは―――
知識だけではない。
祖国にいる兄皇太子や舅でもあるシレジア国の伯父王でもなく。
他ならぬ此処で暮らす国民達が教えてくれた。
たとえ戦火に見舞われ焼かれようと。
災害に見舞われようと。
その命に立ち上がる力と誇りがある限り。
「さあ、帰ろうかヘスペリス!」
≪はい、主!!≫
晴れやかな笑顔を向けたセネリオに、翼ある聖なる従者は軽やかに応えて翼をはためかせた。
空には一足先に夜を告げる一番星が、暮れかけた空に輝き始めた。