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第4話 『婿養子包囲網』
第4話 『婿養子包囲網』
フィンダリア帝国の帝都パレス。
そして皇帝のお膝元たるフィンダリア皇城は、『セネリオ皇子のシレジア王国婿養子』の一報で驚愕乱舞の大騒ぎの中。
遠く離れた北国のこちら、別名『騒ぎの供給源』たるシレジアの王宮。
『翡翠宮殿』では―――
『御前試合』の後、姿を消したセネリオを案ずるシレジア国王一家がおりました。
ここは宮殿の奥宮、国王一家の団らんの部屋、言うなれば『居間』に該当する場所である。
「セリーはまだ戻らんのか?」
シレジア国王ユーリー二世は焦燥感を持って近持の者に訊ねた。
「はい、未だセネリオ殿下はお戻りでは……」
恐縮して答える近持の者は、もう一度席を外して様子を見に行った。
その様子を見ていた、娘のフレデリカは躊躇いがちに父王に訊ねた。
「お父様……お聞きしたい事があります」
「何じゃ?フレデリカ?」
「セリーの事…いえあの時、セリーに最後に挑戦した者が吐いた言葉です」
「!!」
落ち着き無く歩き回っていた父王の歩みが止まった。
そして娘の隣に座っていた母后の表情が強ばった。
そんな両親の態度に改めて娘は訊ねた。
「【寝取られ皇太子】とはどういう事ですか?それは一体セリーに何の関係が有るのですか?」
「………………」
「……お父様?」
「お前のもう一人の『従兄弟殿』の罵詈じゃよ、だからその言葉を云っては如何ん」
「【罵詈】?」
「発端はの…フィンダリアの現皇太子殿の哀しい過去じゃ」
そう言って、父王は娘に伝え聞いたフィンダリア帝室の『出来事』を話した。
―――現皇帝の気性と女性嗜好でもたらされた『悲劇』を。
元々複雑なお家柄であるフィンダリア帝室。
『聖獣』とのつながり故に『尊き血』を絶やさぬようにと、かつては近親婚も重ねた一族である。
またシレジア王家には存在しない、入り組んだ『後宮』という世界。
やがて、その話を聞き終えたフレデリカは胸が痛んだ。
そして想う、『セリー』の事を。
そこにはとても『兄』思いの優しい『弟』があった。
だがもう一つ、聡明な王女は疑問が浮かんだ。
―――『何故』従兄弟は、フィンダリアを出国したのかを。
「お父様、セリーは何故此処に…シレジアに来たのでしょうか?あの時は…初めて此処に招いた時は、『亡きお母様の故郷を見たかった』からだと云っていましたが、本当の処はどうなのでしょうか?」
そうフレデリカが直ぐに浮かんだ疑問を投げかけた時に、国王はしばし思慮していたがやがて口を開いた。
「思い当たる節があるが…これは本人に聞いた方が良かろうて」
そう言って、優しく娘を見た。
「お父様?」
「―――フレデリカよ、お前が聞いてみなさい。お前になら心を開いてくれるやも知れん。いや、それが出来ないのなら…お前はセリーとは良き『伴侶』にはなれんよ」
「!!」
「―――この国の将来も大事だが、予としても…そしてお前の母もお前が一番大事なのだよ」
「お父様…?お母様……?」
フレデリカにかける言葉……それは国王としてではなく『父性愛』からの言葉。
そして同じような眼差しで、彼女の隣に座る王后イリーナがいた。
フレデリカは戸惑いを隠せなかった、そんな両親の自分を見つめる瞳に。
顔を伏せた娘に今度は『母』が声をかけた。
「あなたは『セリー』をどう想っているの?この二ヶ月間にあの子に出会ってから過ごしてね……?」
そう母に問われてフレデリカは考え込んだ。
『セリー』の事を―――
きっと嫌いではない、あんなに楽しく過ごせたのだから。
元気で明るい年下の少年。
年下だけれども、自分より背は高いし、そしてしっかりしていて…。
とっても強くて……そして優しい、『聖獣』を連れた皇子様。
才能もあるし、金髪と翡翠の目をした美少年。
『お婿さん』としても十分に申し分ない相手、オマケに父や母のお墨付き。
―――しかし、何か『決め手』に欠ける。
(何かしら?)
つい小首を傾げてしまう、本当はもうこの従兄弟と『政略結婚しないといけない』王女様。
意外に高望みなのか?
しかし、【『政略結婚』でここまで良いところずくめの『お相手』はいないのだよ、お姫様〜〜!!】…と、彼女の両親が思ったかどうかは分からない。
もっとも臣下は思ったかも知れないが……
そんな時、シレジア宮廷の侍従長に先導されて帰還したセネリオが国王一家の前に現れた。
そしてすぐにセネリオは無断で不在にした事と、そして『御前試合』の事について、伯父王に深く謝罪した。
―――『フレデリカ王女の花婿争奪試合』あるいは『次期シレジア国王位争奪戦』と云った別名で呼ばれ行われていた『御前試合』。
ただ今日の『御前試合』の幕引きは異例の形で終わった。
挑戦者の死、それも常軌を逸した『力』で。
セネリオが用いた『聖獣』の『力』で……。
全ての謝罪を聞き終えた国王ユーリー二世は静かに甥に告げた。
「セリーや、あの挑戦者の事は気にせんでよい。あれだけの事をその男はしたのだ。遺族も表だって何も言えん」
「し、しかし……」
躊躇いのセネリオに、伯父王は更にこう諭した。
「セリーや、個人で見ればあれは君への悪罵に思うだろうが、実はそうではない。あれは『何処かの国』とぼかしてはいたが、明らかに『フィンダリア皇太子』への『不敬』だよ。聞く者によってはシレジアが因縁を付けられる可能性がある。だからフィンダリア皇太子の実弟である君が、先手を打ってかの男を掣肘した。両国の和平のために……そういう処分にして欲しい」
「伯父上……」
―――『国家』の対立。
それは時に、本当にくだらない理由で起こる。
国家の一要人への冒涜。
この場合は『フィンダリア皇太子』。
それは―――
『場合に寄ってはフィンダリアと戦争を起こすのか』
聞く者によってはこう受け取られると言う事。
その事を暗喩で国王は云っていた。
たかだか小さな『悪口』が…悲惨な戦争を産むという事を―――
再度伯父王は甥皇子に促した。
「了承してくれるな」
「はい……」
その事が分かったセネリオも、それ以上の事は云わずに返事をした。
この一件はこれで済んだのだ。
さて、その後のこと。
セネリオは明日この国を『出立する事』を国王一家に告げた。
「今までお世話になりました」
しばし無言の国王夫妻、そして―――
「本当に…明日此処を離れてしまうのですか、セリー?」
従姉妹姫は、躊躇いがちにそうセネリオに訊ねた。
せっかく仲良くなった従姉妹姫、けれども仕方がない。
「うん、ごめんねリーケ。でもね、もうこれ以上は此処にはいられないからね」
別れは惜しまれるが、セネリオはそう伝えた。
そんな従兄弟皇子の言葉を聞いたフレデリカの表情は、微妙に困惑していた。
その『理由』故に。
そこでようやく国王夫妻がセネリオに話しかけた。
「そうかセリーや、今まで済まなかったの。有難う」
「ええ、本当に貴方が居なくなると寂しくなるわ…セリー」
伯父国王夫妻は本当に残念そうに、甥との別れを惜しんだのであった。
し・か・し―――
国王ユーリー二世は遂に今までの『作戦』を口にしたのだ。
「だが、駄目だよ〜ん。今は国外から出さぬ、ちゃんと『結婚式をしてから』だよ、セリーや」
(へ?)
「お…伯父上?」
セネリオは目をぱちくりさせて問いかけた。
そして遂に国王ユーリー二世はその黒き尻尾をひらひらちらつかせて、セネリオに宣言した。
「もう既に布告を出したぞ。君は…いや『お前』は【もう既に】我が王国の『正式な王太子』だ」
(ええ!?)
「あ…あの伯父上…い今なんて……?」
わなわなと驚きで震えつつ、セネリオは尋ねようとした。
伯父王の持つ雰囲気も次第に変化していく、ひょうきん国王から、真のシレジア国王へと……まさに仮の姿を脱ぎ去るかごとくであった。
それもまたセネリオを驚かせるのに一役買う事にもなった。
そしてもう一度、驚愕中の甥、いや『息子』に国王ユーリー二世はニヤリと聞こえるように云った。
今度は『二人称』を敬語たる『君』から『お前』に完全に切り替えてである。
「お前はもう【既に】我が国の『正式な王太子』なのだよ、セリー。我が【養子】よ」
「はっぁいぃ〜〜〜!?」
そのとんでもない再・大発言に、セネリオは素っ頓狂な声を上げた。
伯父王は笑いを浮かべて云う。
「布告を出しただろう?忘れたのかセリーや?仕方のないヤツだのう……ほれ、あー侍従長や、この前の【布告】の全文を見せてやれ、此処にいる甥にして『息子』にの」
その笑いは…まさに、腹芸極めた『シレジア国王』の笑いであった。
(何だって!?)
驚きで目を見開いたセネリオは、直ぐに侍従長に視線を向けた。
侍従長は国王に云われた通り、厚い立派な巻紙を持って来てセネリオに渡した。
直ぐさま彼はその巻紙を開いて一読した。
肩に留まっていた『聖獣』も一緒にである。
―――シレジア国王ユーリー・コンスタンチン・リューリク=シグルフ(ユーリー二世)は、我が甥にしてフィンダリア帝国第三皇子、セネリオ・レグランド・フィンダリアを『王太子』として迎え入れ、また我が一人娘の『最有力婿候補』に『決意』した。異議ある者は訴えよ、そしてかの者より武勇に優れていれば、改めてその者を我が一人娘の『婿候補』とする―――
セネリオは一言一句その布告を熟読した、母国語ではないのでややタイムラグを生じたが……やがて、脳内翻訳が完了するや顔がみるみる蒼白になった。
<主……ハメられましたね>
この時ぼそりと『聖獣』は呟いた。
(しまった、やられた〜〜!!)
そうこの公文章の一節こそが『罠』だった。
【我が甥にしてフィンダリア帝国第三皇子、セネリオ・レグランド・フィンダリアを『王太子』として迎え入れ―――】
伯父王の策略にまんまとはまった甥皇子は、既に我が身に起きた事態に真っ白中。
「フフフ、だからちゃんと【布告済み】であろう?【甥を『王太子』として迎え入れる】と云ってあるのだからな」
会心の笑みを浮かべるシレジア国王ユーリー二世。
そうなのだ、この布告により、すでにセネリオは『王太子』だったのだ。
但しあくまで『王太子』、つまり国王が『養子』にしますと位置づけただけ。
だから後半部分が重要になる。
『最有力婿候補』。
この時点においてセネリオは、まだシレジア王女の正式な婚姻相手とはなっていなかったのだ。
だから『御前試合』なるものが開催されたのだ。
次期国王は『王太子』でも、王女の『婿』は別だったのだから。
―――王女と結婚したかったら、『王太子』セネリオに挑めと。
彼より優れた者がいないのなら、王女は自ずと『王太子』と結婚します。
そう言う『布告』だったのだ。
未だ立ち直れないセネリオに、更なる追い打ちを国王ユーリー二世は与えた。
「ふはっはっはっ、心配せずとも良い。ちゃんとフィンダリア帝国には正式な使者を予め立ててもう知らせてある。今頃、お前の実父帝にはこの事を連絡済みだ。【貴殿の三男坊を貰い受ける】とな。しっかりと【婚約の貢ぎ物】をたっぷり付けて届けたぞ。何せこちらが婿を貰うのだからなー。ついでにお前の大好きな皇太子にも伝わった事だろうて」
国王ユーリー二世はそう言うやおおいに呵々大笑した。
『はめられちゃった』そんな彼を、同じように黒い尻尾が生えていた王后イリーナが夫たる国王のその笑いに追従し、その二人の王女にして、セネリオの『花嫁』になることが強制的に打診されているフレデリカが苦笑していた。
(何だって!?)
度重なる青天の霹靂に、呆然とするフィンダリア帝国第三皇子、セネリオ・レグランド殿下。
これがシレジア『婿養子包囲網』の全貌が明らかになった瞬間だった。
「ハレルヤ〜〜〜!!」
ある初秋の夕闇時の『翡翠宮殿』。
国王一家の笑い声と共に、フィンダリア帝国第三皇子の驚声が、『翡翠宮殿』中に反響した出来事だった。
―――かくてしばしの時が流れた。
そして再びシレジアの王宮、『翡翠宮殿』の『彼』の部屋。
部屋の前には、『彼』が逃げ出さないように護衛という名の見張りが居た。
そんな部屋の中では…度重なる心労で、すっかりボロボロのセネリオ皇子がいた。
既に夜は更けて、かなり遅い時刻である。
寝台に突っ伏し、セネリオはこれからの事を思案中。
側には『鷲』が心配そうに見守っていた。
(……くっそ〜伯父上めー!!どうしてくれるんだよー!!この私の人生を……!! ―――これでは本当に故国には…フィンダリアには帰れないです……うう、兄上……)
伯父王の言葉が蘇る。
『国王になれるんだから良いじゃないか、セリー』
(そんな問題じゃない!!)
『どうせ、あっち(フィンダリア帝国)にいても、今のところ皇帝にはなれないだろう?君は三男坊なんだし〜、あんなに優秀な皇太子がいちゃ出番無しだろう?』
(皇帝になんかなりたくないやい!!そんな事を考えた事もない!!兄上以上の後継者なんかいるか!!兄上以上の後継者なんか……!!)
だが、この伯父王の言葉だけはセネリオの心を離さなかった。
『―――でも、お前はあそこ(フィンダリア帝国)に居づらかったのだろう?』
(…………)
―――あそこ(フィンダリア帝国)に居づらかったのだろう?
(…………)
「【あそこに居づらかったのだろう?】か……、見透かされていたな……」
突っ伏していた体を寝台に仰向けにして、セネリオは呟いた。
<主?>
気遣って、彼の僕が主を呼ぶ。
セネリオは寝転がったまま、破顔して『鷲』の方に片手を伸ばした。
『鷲』はその手の方に寄っていく。
やって来た『僕』を撫でながら、セネリオは呟いた。
「流石は【『北』の居眠り獅子】と例えられる御仁だね、普段はおとぼけておいでだが、肝心寛容の処は抜かりなしと云うところか……。やられたよ、私の負けさ……」
力なく笑うセネリオに、『鷲』は意見した。
<主、お望みでしたら『翡翠宮殿』など我の『力』で焼き払い、ここからすぐに抜け出しましょうか?>
「―――そういう事は軽々しく云っては駄目だよ、『ヘスペリス』。ここはフィンダリアじゃない。それに恩を仇で返してどうする?」
<しかし、このままだと…主はこの国に一生縛られます>
「そうだね………」
ぽつりとセネリオは呟いた。
<主……?>
「……故国フィンダリアには居場所が無く、そして遙か『北』…シレジアで囚われるか……複雑だね……」
<主……>
自嘲さを含む静かな呟きの、なんともの悲しい事か。
彼に仕える『聖獣』は、そんな主の身の上を想い切なくなった。
そんな時だった。
コンコン★
「!!」
彼の部屋をノックする者がいた。
セネリオはその身に緊張を走らせた。
こんな時刻に貴人の(今は半軟禁状態)部屋に来る者など、ロクな者ではない。
色々と『苦い』過去を持っているフィンダリア帝国の第三皇子。
警戒は怠りないのである。
それは彼の『聖獣』とて同じ事だった。
しかし、この部屋に入ってきたのは……
その人物を視界に捕らえたセネリオは目を疑った。
「リ…リーケ?」
そう、入って来たのは彼の従姉妹姫であった。
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