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少し原点回帰。明るく楽しくが……シリアス陰謀篇です。
第34話 忍び寄るもの
第34話 忍び寄るもの 



 時は等しく、また平行に進む。
セネリオが毒を受けた身から無事に生還を果たすまで、他の場所も同じように事件は起こっていた。
人知れずゆっくりと。
それはシレジアの目に見えぬ陰から忍び寄る――――。

 
 シレジア大運河都市レルカー。
ガイア大陸北方の海カレリア海とシレジアの大河オロフ河を結ぶその地区は、北の大国シレジアの海上門、別名『北方の扉』として知られる一大貿易港であり、またその繁栄は王都ホルムガルドの次に匹敵する大都市でもある。
しかし今でこそ大都市として、このように豊かに栄えているレルカーだが、かつては土壌が痩せている為に満足に農作が出来ず、それ故に海と河口付近で漁業をして成り立つほそぼそとした寒村だった。

 ここで少しレルカーの歴史を紐解こう。

 今を遡ること遙か昔。
慧眼なるシレジアの建国王は、巡察で訪れたこのレルカー村の地理条件に着目し、ここを新王国の要所として定め、それからこの一帯を貿易港にするべく開拓事業に着手した。
残念ながらこの開拓事業は、彼の代では完成しなかったが、その後、彼の後を継いだ長子イリヤ・チマフィエヴィチ国王がレルカー開拓事業を引き継ぎ、亡父の夢見た都市開発を完成させる為に着実にその力を注いでいった。
ところが、次第に開拓されていったレルカー港が貿易を始めると、そこは同時に他国も羨む重要な港湾都市となる。

 「レルカーを手に入れよ!!」

 侵略、シレジアと沿岸諸国とのレルカーを巡る縄張り争いの歴史はこうして始まった。
それに当時参加するのは、海上国リーヴェの他、レルカーに近い沿岸諸国、そしてシレジア王国と国境近い大国中央フィンダリアや西の大国アグストリアなどの幾つもの大国家だった。
 それから何年も相手を変えて、シレジアは各国と戦争をしていくことになる。
 その戦いの最中、第二代シレジア王イリヤ・チマフィエヴィチは、レルカー開拓事業に新たなる最重要項目を加えなければならなくなった。
 それは『鉄の門』と言われる河港大要塞の建設と屈強な海軍の新設である。
国土防衛、その名の下に多くの囚人を初め、近隣の民を動員して人賦とし、このレルカーの貿易港兼大要塞の建造が始まった。
 それは後年、『血と嘆きの事業』と評される程の工事となる。
それからも幾度も起こる戦い、そして過酷を極めた重労働による犠牲の果て、更に国王シレジア王イリヤ・チマフィエヴィチが勇戦の末に戦死し、その後彼の子グリゴリーがグリゴリー一世として即位する。
 このシレジア王としては三代目となったグリゴリー一世の御代になって、ようやく大運河都市レルカーは開基した。
シレジア王国の最大の貿易港にして、また第二の都市として、かつての貧しい村は生まれ変わったのだ。
 かくてそれからは富める都レルカー。
財と人とモノが様々に集まり発展を遂げる大都市となった

 しかし、そんな華々しい大都市レルカーにも弱点がある。
それは同時にシレジア王国貿易の重大な難点でもあり、長年この国が抱えている問題でもあった。
 その不満が端を発して遂に今、この栄光なるレルカーに昏迷をもたらそうとしていた。


☆。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜☆


 大運河都市レルカー、無論此処には常に多くの人が集まる。
多くの船乗りを始め旅人、商人、傭兵。
料理屋も宿屋も多く店を構える中、一際華やかに彼らが求める街区がある。
 享楽の街エリダラーダである。
 エリダラーダ、それはこの夜の浮き世を忘れさせ、あるいは戯れの一夜を求める者達のオアシス。
金さえ払えば、娼婦も男娼も喜んで彼らを楽しませてくれるだろう。
しかしこのエリダラーダの中には、『フィアールカ』と呼ばれる高級娼館がある。
この『フィアールカ』は只の娼妓館と違って、格式を重んじる。
『フィアールカ』に訪れる客は、主にレルカーの上流階級者達。
レルカーの実力者達の裏の社交場でもあるのだ。
 そんな選ばれた客をもてなすのは、同じように選りすぐられた女達。
 美しさ、“技事”だけでなく、高い教養・芸事を身につけた娼婦おんな達、それが高級娼婦だ。
金をただ積むだけでは遊べない。
「一見様、お断り」で門前払いを食らうのが高級娼館という所だった。
 だがこういった高級娼館に訪れる客は、何も色事だけが目的とは限らない。
その他の用途でも利用される事が多かった。
 所謂『密会場所』としてである。
そう…店側で判断した選ばれた客しか入れないことから、普段話せぬ秘事を話し合う会合の場として、専らその筋の者達は使う。
 今宵もまた『フィアールカ』では、そんな密談を行う為にレルカーの有力者が集まっていた。
会場となったのは、『フィアールカ』でも特に豪華な大きな酒宴を開く為に使われる広間。そこで集まった彼らは、酒と酒肴、高級娼婦に楽器を演奏させて一通り楽しみながら、本題に入っていった。
「……予定では、もうそろそろ戦いの結果が入る頃ですかな?」
然様さよう、ほぼ二倍の敵と遭遇との事…流石に苦戦を強いられましょう」
「そうですな、是非、そこで見事に戦死して欲しいものよ!!」
「まったくあの王太子さえ出しゃばり出てこなければ、今頃は我らの推した御方が王太子となられていたでしょうに」
「最も、あの方はもう故人となってしまいましたが……」
 どっと男達の中に笑いが起こった。
「いやはや、早世とは誠にツキのない御仁でしたな。しかし直ぐに新王が即位なされたので問題は無いでしょう……」
「いかさま、早くあのフィンダリア皇子の死の吉報が入りませんかな?」
「訃報の間違いでしょう?」
「おや、失言しましたか?」
 また男達の中に大笑いが起こった。

 ここに集まるものは、皆反王太子派なのは疑いない。
誰もがセネリオの死を望んでいた。
無論それだけではない、敬意を払うべき国王一家すらも軽んじる節もある。
彼らが願うのは、何も異国出身の王太子の待望死だけではなかった。
 再び集まる男の一人がこう発言した。
「懸念すべきはあの獣ですが……?」
「おそらく出しては来ないだろう。あの反乱の後…あの聖獣と崇められている獣が、王太子の為に一肌脱いだという話は聞かないからな」
「そうなれば、戦場での勝利は“数”がものをいうだろう……」
「まあ、上手く引き分けても…後から仕込んだ者もおりますしな」
「ククク、戦死・・ではなく暗殺死・・・か…どちらも吉報・・には違いない。無論我らの(・・・)だが」
「しかしこれであの方がやっとお亡くなりになれば……」
「おお、ようやく次の計画を、国王陛下に進言出来ますな」
寡婦かふとなったフレデリカ姫様に、我らが望みし御方と御再婚なさっていただきましょう」
「そう、お相手はリーヴェのエゼルレッド十二世陛下……」
「いやしかし、またも姫様はお若い御伴侶を得られて大変ですな」
「毎日お盛んだろうて」
 酒が入り下碑な男のわらい声が辺りを包む。
 酌をするエリダラーダに名だたる高級娼婦達は、内心青ざめながらそれでも玄人心を持って会場に座っていた。
彼らはもう充分に大逆罪にあたるのだ。
王太子の死を望み、且つ、王太子に刺客を放ったことを暗喩し、更に国王一家を愚弄しているのだから。
密告出来れば直ぐに此処にいる者は全員極刑になるだろう。
 だがそれは出来ない。
 此処にいる者は全員がレルカーの実力者達なのだ。
このレルカーで暮らしている以上、彼らに逆らえない。
 もし密告しようものならば、即座に捕まり殺されるだろう。

 これが現実である。

 また一方で、どれほど此処にいる者達は、残酷なのだろうか?
 この酒宴を兼ねた密談では、自国の姫すらも道具に等しい。
それはこの男の会話で良く分かる。
「……そして今度こそは“お早いご懐妊を”と、ここにいる一同皆で姫様に願いますかな?」
 その言葉に一同は大爆笑となった。
 知らない事とは言え、此処にいる者達は、子供をいないことを気に病む王太子夫妻の気持ちも、そして国王夫妻の心をもあざわらっていた。
 しかしこれもまた現実である。
国王夫妻が躍起になって初孫を望んでいた真の理由でもある。
一日も早いフレデリカの懐妊とそれに続く赤子の誕生は、シレジア国内の安寧にも繋がるのだった。
 少なくとも、子供を作れない王太子を廃嫡しようと試みる輩なら、子を…孫を設ける事で表向きは黙らせることが出来るのだ。
 その分不穏分子は、深く潜り込んでしまうだろうが、それでも幾分かは悩みの種は減るだろうからと。

 密談は最早“密談”ではなく、彼ら自身の欲と野心の暴露の場となった。
「ああ、早くこれが現実にならないかのー?」
「確かにリーヴェとレルカーにいる我らが組めば、カレリア海の海上貿易は意のままになりますからな!!」
「まさにその方が願ったりよ!!」
「そうとも、あのフィンダリアよりも遙かにな!!」
「我らをギルドという古い体制で縛るフィンダリア、それに対し、我らを新しい体制を持って受け入れて下さろうとするリーヴェ!!そうなれば、我らの積年の悩みも解決できる!!」
 その言に皆が頷いた。

 レルカーの悩み。
それは自分たちに富をもたらすカレリア海、そのものだった。
 その理由は気候である。
北の大国シレジア、その地理があまりに北方に位置する故に、冬期間シレジアの大部分の沿岸部が氷に覆われてしまい、海上路が閉鎖されてしまうのである。
つまり一切の海上貿易の遮断。
勿論レルカーも例外に漏れることなく、この時期は港中が氷に覆われ船が出せない。
自然の驚異とはいえ、貿易を行う都市、そして国としてもこれは致命的だった。
 だが、だからといってシレジア人が貿易を中断する訳にはいかない。
生きる為にも交易は不可欠である。
その為シレジアの冬季の貿易は、少々変わった手段で行っていた。
彼らは凍った海域を調べ、氷の厚さを想定して独自の安全な『氷の道』を作り、寒さに強い大型の犬やカモシカでソリを引いて移動し物資を遣り取りするのだ。
 残念ながら船よりも多く交易品は運べないが、それでも行き交うソリの数を増やして貿易を行っている。
 これは今でも行われているシレジアの貿易。
無論これだけではない。
交易とは海だけではない、陸でも行うものだ。
寧ろ冬は陸路に頼らざる終えない実情となるのだ。
 そんなシレジアの陸の貿易は、王都ホルムガルドを中心とした四方の国を結ぶ大陸道路で行っている。
 気候に関していえば、雪のない時期は特に問題はない。
天候は穏やかなもので、大きな台風に襲われることもなく、日照りや大雨に悩まされない。降雪量はやや少ない国だが、その分冬、シレジアの山岳部に積もった雪がゆっくり解けて平地を潤すので、水不足にはならないのだった。
雪と氷はシレジアに苦しみだけを与えない、ちゃんとシレジアの大地とそこに息づく生物に恵みを与えているのだ。
また夏は過ごしやすいので、国々を渡り歩く人々も楽に旅をしている事だろう。
 最も盗賊などの危険は時期を問わずにつきまとうのは仕方がない。
 一方、問題の冬の貿易。
やはり雪害が起こる。
大雪が大陸道路を覆ってしまえば、移動できない。
しかし、半日もかからぬ内にシレジアの大陸道路は直ぐに通れる様になる。
除雪されるからだった。
そうシレジアの大陸道路は降雪があっても、馬車が行き交う為に綺麗に除雪される。
この除雪はそこに暮らす人々が行っているのだ。
勿論無償ではなく、国がちゃんと除雪した後に賃金を支払う。
国庫の負担にもなるが、経済基盤をしっかりさせるためにも、お金を支払って地元の民に道路を除雪して貰った方が有益なのだった。
それに民の側からしても、この駄賃仕事は重要だった。
道路が雪で通れなければ、自分たちもまた孤立するのだ。
だから必然的に行う。
それに仕事の無い冬期は、これが農民の貴重な収入源にもなるので一挙両得だった。
 まさに良くできた円滑な事業システムといえるだろう。
それが長きに渡って続けられている理由でもある。
またその他にも、王都ホルムガルドには大きな凍らない運河(・・・・・・)も流れているので、ホルムガルドから物資がシレジア中に行き渡る事もできる。
 だから流通にも困らない。
 そう困らない。

 しかし、シレジアの民はあるものをずっと望んでいた。

 不凍港が欲しい。
 冬の間も凍りつかない港が欲しい。

 その望みを如実に求めたのが、彼らレルカーの者だった。
だから、彼らは密約を交わしたのである。
自分たちに彼らが奪った隣国の港を、直接航路で結び第二のレルカーとして使わせて貰う為に。

 この時、賑やかな場の最上座において酒肴を摘み、酒杯を傾けていた一人が発言した。
「――――皆さんの仰る通りです。どちらが進歩的かはもう明確に分かりましょうに」
 歳は四〇代半ば、白髪がかいま見える黒の髪をしたやや細めの男だった。
瞳も同様に黒い。
 だが、彼の発言は他の一同の注目を集めた。
 その彼の次の言葉を待つように。
 やがて、期待に答えるかのように彼が口を開いた。
いかにも親しみやすそうな微笑を浮かべて。
「皆さんにお力をお貸ししましょう、我が主君エゼルレッド十二世陛下の御名において――――」
 彼の姓名はヤーデルード。
レルカーの実力者達が密かに招き入れた、敵国リーヴェ共和国の特使だった。


そういう訳でレルカー史…これからどうなる??
でした。
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