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第33話 遠い遠い星空の下で
第33話 遠い遠い星空の下で




 再会、そして懐かしい君の話は、あの記憶を昨日のように思い出させる。
遠い、遠いあの花霞の夜を。
 それはわたしと君の初めての出会い。

―――あの頃の朕は、最愛の妻を亡くしたばかりで自暴自棄だった。



☆。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜☆



 花よ、花。
 淡色…濃色…色彩多種な梅の花よ。
 白は雪。
 君の柔肌、温かき手。
 紅は愛、吾が心よ。
 君の唇…紅を差したその綺麗な口元に、朕は何度君に触れただろうか。
 
 春に咲くこの花は……彼女を思い出してしまうのだ。
風が乗せる花の香は……彼女の甘い匂いのようだから。

血縁の幼馴染だった。
元服で初めての相手となってくれた沿い伏しの姫。
初めて触れた君の人肌は、とても心地よかった。
その後、身分も相応な事からそのまま結婚した。
 君の側は温かい…毎日が楽しかった。

 なのに君はもういない―――


 咲き誇る春の花は、この国の国花で梅という。
一枝(たわわ)わに咲く小粒の花は、甘く芳純な香りを持つ。
 その香りが花盛りの庭を包んでいた。
この香り包まれた王宮の梅園の中、ぼんやりと彼は大木の一つによじ登り、花月夜を過ごしていた。
もう何日…何日も。
 行わなければならないある行事をすっぽかして、ただあっちこっち身を隠しては、自堕落に過ごしていた。
 知ったことではないと―――。
 そんな彼の…今夜の所在地たる花園は、見渡す限り人も獣も見受けられない静寂しじまの世界。
 
 喩えこの梅園に護衛の隠密者(とばりがらす)が控えていようとも、その者達は彼がする事を、彼が何をしようとも、彼の行為を絶対に妨げはしなかった。
 する訳もなかった。
 隠密者という者は。

 誰にも妨げられることなく、こうして迎えていた静かな夜。
彼の亡き人に対する偲びは深まるばかりだった。
 

―――『今日は何を作ったの、天藍ティンラン?えっと…“七色猫”の像?』

―――『虹色タヌキ』

―――『クスクス、何それ?』

―――『愉しい事が起きるように、庭において願掛けをするんだ』

―――『それならちゃんと神殿に供えた方が効き目があるのではなくて?』

―――『母様や姉様に駄目と言われた……』

―――『あらまぁ』

―――『……室内に置いたら、女官共がまたガラクタが増えたと小言を云う。だから庭に置いておく……此処で良いんだ』

 
(あの時は我ながら拗ねていたと思う。そして彼女は何時もそんな朕の事を良く見抜いた。
 微笑みながら、何時も……)


―――『馬鹿ね、本当はお爺さまの病快気に作ったのでしょう?お庭においては可哀想よ』

―――『…………』

―――『さぁ、元気を出して。私と一緒におやしろを作りましょう」

―――『お社?』

―――『そうよ、お庭に置くのでしょう?雨風に晒されたら可哀想だから、その“七色猫”」

―――『虹色タヌキ!!』

―――『そうそう、虹色タヌキ。その子の為に作りましょうよ、ね?』

―――『うん……』

(彼女は何時も朕を宥めるのが上手かった。何時も朕の心を解きほぐす……どんな時も。
なのに……!!)

 早すぎる訣別。
病は……あっけなく彼から最初の妻を奪う、思わぬ永遠の別離だった。

(会いたい―――だが君はもう居ない)

(生者たる身の上が、浄土の河を渡った君に会う術を朕は知らないのだから……)

 花霞、悲嘆に暮れた若すぎる鰥夫やもめ
 そんな時、ふと彼の耳に触れたのは音。
梅園の風は花の香だけでなく音を運んできたようだった。
それは決して耳障りな音ではない。
 愛妻を喪失した彼の耳にも、その音はしっかりと届いた。

 (楽の…音か?)

 弦を弾く音に似ているが、その音は琴…耳慣れた雅楽楽器ではない。
 彼は気になった。
これは彼にとって随分と久しい事だった。
何かに興味を持つということは。

 木を降りて歩き、聞こえてくるその先を目指す。
次第に音の色は、確かな旋律となって彼の身に届いた。

 優しく…そしてどこか哀しい。

 それは彼の聞いた事のない音楽だった。
しかしその音楽に馴染みがなくとも、彼の感性の琴線には十分に心地よいものになった。

(知らぬ曲…?一体誰が弾いている?異国の楽師か?ここに立ち入る事が…殿上を許されているのか?)

 そして彼は、その音楽の奏者に出会った。
先ほどまでの自分の様に、その奏者は梅の老大木の一つに背を預け、傍に白いオオカミを侍らせて、琵琶びわに似た楽器を爪弾いているところだった。
 彼はその奏者を観察した。
姿は自分と同年代の少年に見受けられる。
 自身と似たような金の髪の色と、その整った顔。
そしてその容姿は自分とタイを張るいい勝負だろうが、その美貌風情は、この少年の方が『彼』よりずっと男らしかった。
 更に彼は驚かされることになる。
その少年が此処にいること自体が最早驚きなのに、その少年の衣装を見て、彼はますます真顔で驚いた。

(『花薄(はなすすき)』を着ているのか?この季節に?)

 花薄、それは上衣の着付けの色目。
表白おもてしろ裏縹(うらはなだ―――白い表衣に薄い藍色を思わす裏地の色あわせの事である。
 この国では色彩の中に季節感を重んじる。
今は梅の咲く春。
しかし目の前の少年は、『花薄(はなすすき)』―――秋の装いだった。
明らかに季節感を無視した衣を着る少年。
だから彼は少年を見るなり異国人だと断定した。

 楽の音は流れる、彼の耳に心地よく。

 次第にその楽を奏でている異国の少年に彼は興味を持った。
弾いている曲も、彼自身の素性も。
そうしてそろそろと近づく彼、すると少年の傍で休むオオカミの方が一足早く人の気配を察知した。
静かに伏せていたオオカミは、ムクリと顔を上げ彼に注意を払い、そしてその動きは、少年にも伝わる。
 その少年は楽を弾く手を止めて、ゆっくりと顔を上げた。
否がおうにも彼らの視線が合わさる。
目を見張る彼に対して、一方の少年はすぐに優しげな面持ちで傍らの白いオオカミに呟いた。
「纏う衣は黄丹おうに…どうやら待ち人が来たようだよ、リーフ」
 彼が察したように、その少年の言葉は異国語。
だがこの言葉は特別な言葉だった。
 この国の上流貴族なら、誰もが学ぶその言葉。
 フィンダリア語。
 だから『彼』にも理解出来た、フィンダリア語で訊ねる事が可能であったように。
「…お前は誰だ?」
 つっけんどんな物言いだが、問われた少年の方は目元を和ませた。 
「初めまして、つい最近昇殿を許された者です。マチス・レオナートと申します」
 その名を聞いた時、彼は声を出さずに吃驚した。
 それはここに遊学だと称してやって来た、かの国の皇太子の名ではなかったか? 
 言葉を無くして驚く彼に、楽を奏でていた少年―――リオンは笑いかけた。




……それが朕と君との始まりだったね、リオン。

 その出会いが無ければ、きっと朕は空虚な中。
今も彷徨っていたのだろうか。



 エレインが天幕を去り、伯父王らも安心して去ったセネリオの宿営場所。
今一人最後まで頑として去らなかったお姉マンな帝・ピカゾー。
その彼は今、セネリオの寝台の下に持参していた寝袋を引いて横になっていた。
まだピカゾーは眠ってはいない。
 そんなに彼に、セネリオは自分の休む寝台の上から呆れて声をかけた。
「物好きだな、お前。そこ、そんなに寝心地が良いか?」
「悪くないわよ、床には毛皮も轢いてあるし柔らかいから。それに昨日まで宿がない時は、この子と野宿をしていたわよ」
「そうか」
 ピカゾーの側には綺麗な鳥が羽を休めている。
異国では『鳳凰』と呼ばれている幻想上の火の鳥を具現化したと彼から聞いた。

―――聖獣。

 自分達以外で持つ者の存在。
その事実をセネリオが知った時の衝撃は、今回の兄皇太子の一件…いやそれを凌駕した。
 その事を振り返ったセネリオは、その相手に愚痴を零した。
「お前がさ、いつも連れていた鳥が聖獣だったと知った時、正直信じられなかったよ」
「そう…?でも今は何となく分かるんでしょ?」
 静かな問いかけにセネリオは目を瞑り肯定した。
「ああ…お前こそが正当なフィンダリアの血筋だったんだろう?」
 先祖を同じくする者同士、古の血に彼らが気づいたのだろう。
それがかつてセネリオの導き出した答え。
 しかし床下に寝転がる御仁は不敵さを加味して否定した。
「それだけじゃないわよ」
「そうだな」
 そうそれだけで聖獣たちは彼らを選ばない、その事をセネリオ自身が知っていた。
血筋だけで選ばれるのなら、何故彼らの他の異母の兄弟姉妹たちは聖獣の主になり得なかったのだろう?
 薄れ往く故国の守護。
 一方で新しく生まれ守護される者たち。
 その事を考えながら、シレジア王太子はジパング皇帝に訊ねた。
「他には何人居るんだ?フィダリアの姓を名乗っていない聖獣持ちは?」
「秘密」
 はぐらかしたピカゾーに、セネリオは詰め寄った。
「何故だよ?」
「今は君が知るときじゃない。無用な混乱を招くだけだ」
「……」
 一理あった。
 もうこの時既にセネリオは祖国フィンダリアおいて、奉領地ルネスの所有を除き、全ての権利を剥奪されている。
その一方で、彼はかつての祖国の驚異そのものだと見なされていた。

 フィンダリアにはもう、彼の居場所はなかった。
四年前のあの時から。
 それが代償、フィンダリアを離れ聖獣へスペリスと共にシレジアの地で存命する事が許された彼と、忌々しいあのクズと呼ぶ父帝との言わば賭だった。

 今ならば分かる、その架け橋となったのは敬愛なる兄皇太子だったのだと。
自分を生かすために。
 
 
―――「戻らない、戻れないというのなら…そう、賭をしようか、セリー?」

―――「え……?」

―――「何、簡単な賭だよ。私と勝負をしよう。どちらが強いか力比べかな?持てる力を全て出し切って『決闘』という名の賭をしようか」

―――「兄…上…?」

―――「君が勝てばこのままシレジアに残ると良い、この国で自由に暮らしなさい。優しくて綺麗な妻と一緒にね。勿論ヘスペリスも一緒で良いよ」


―――「私が負けたら?」

―――「君はフィンダリアに強制送還、その後シレジアはフィンダリアが併呑する。その証としてシレジアの現国王の王女は、このフィンダリア皇太子が貰い受ける」

―――「兄上!?」

―――「別におかしくはないだろう?君と私はそう母を同じく持つ兄弟だ。シレジアの王位継承権は私にもあるということだよ」


―――「本気で言っているのですか!?」

―――「……私は正気だよ、父上も同じ事を云われたからね」

―――「あのクズの、あのクズの犬に成り下がるのですか!?兄上!!」

―――「私はフィンダリアの皇太子だから」

―――「~~~~~~兄上!!」

 
―――「さぁ、賭を始めようか。君と私、どちらが本当のシレジアの王太子(・・・・・・・)になるか…勝負だ!!」

 
 初めて貴方に殺意を持った瞬間だった。
大切な兄上だったのに。

 あの時の私は何も知らなかったから。
あれが全て仕組まれていたものだったのに。
なのに、私は怒りに目が眩んで取り返しの付かない事をした。


 目を閉じても忘れられない光景がある。


 その光景を。

 
 晩秋の空はその日、炎と鮮血に染まった。

 天空デ、私ハ貴方ヲ殺シカケタ。

 手負いの貴方が落下していく。
受けた傷の痛みで苦しいはずなのに、なのに貴方は笑っていた。

―――「兄上~~~~~!!」

 
……だから気付いた、兄上、貴方は―――。

 
 久しく思い出さなかった過去、しかしその光景を思い出したセネリオは、当時を知る天幕の居候を呼びかけた。
「ピカゾー……」
「ふぁ~あ、な~に?」
 少々眠気が襲って来たピカゾーは、欠伸をしながら答えた。
「兄上は…お体の方、本当に大丈夫なのか?」
 ややトーンの落ちたセネリオの暗い声、その声はピカゾーを睡眠導入の門をくぐる前に佇ませ、更に別の門、記憶を開けさせるのに充分だった。
「ああ、あの時の傷の事ね?」
「……」
 セネリオが黙り込んでしまったので『是』と受け取ったピカゾーは、言葉を選んで語った。
「……私もあの後直ぐに国に戻ったきり、彼に会ってないから分からないけれど、痕は残っているんじゃないかしら?深い傷だったし、でも生活に支障はないはずよ」
「そうか……」
 そのセネリオの一言には、完全に納得していない節の響きがあった。

―――本当は、死んでいても不思議ではないその傷だったのだが。
それを言ってしまえばこのセネリオが傷つくだろう。
 だからそこだけは非公開オフレコにしたピカゾーだった。

 どうやらその判断が正解だったらしい。
ピカゾーはセネリオに憂いの訳を尋ねた。
「セリーちゃん、あの時の事まだ気にしてるの?」
「忘れられる訳ないだろう……」
 ぶっきらぼうに呟く二十才になった弟分に、再会した彼はオネエマンらしく振る舞った。
「もう四年経ったのだし~、リオンはもう気にしてないわよ、寧ろあの結果こそがリオンの本懐だったんじゃないかしら?」
 憂える必要はないのだと、ピカゾーは思う。
 それが彼の心友ともが別れる実弟に望んだこと。

 自由に生きなさい。
 自分の代わりに羽ばたけと。
 翼赴くままに。

 そう思うピカゾーの側でセネリオはぽつりと呟いた。
「……私は、兄上に救われた」
「そうね」
 はっきり当時兄の側にいたピカゾーに言われた事で、やはりとセネリオは確信した。
「否定しないんだな、やっぱり」
「ん、そう。だってあそこでワザと君に勝たせる事がリオンに出来た精一杯だったから」
 そう云ってピカゾーは目を閉じた。
 セネリオはなおも躊躇いがちに口を開いた。
「お前と兄上がリーケに求婚したこともか?」
 随分と昔の事が出たものだ。
 ピカソーは大きな瞬きの後、自身の首を腕枕しつつ横に向けて寝台の上に半身を起こしたセネリオを見上げた。
「う~ん、それはちょっと違うけれど…何?真相を知りたい?」
 そう答えた彼の目は、やや茶目っ気じみたものが伺える。
 一方、その目を見ながらセネリオは頷いた。
「ああ、教えろよ」
 あの時の真相を。
 四年の歳月を経て、まだ本調子でない身の中で、セネリオは真実を求めた。

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