第32話 懐古、情実の中で
シレジア国王ユーリー二世、北の居眠り獅子と称される国王が、為政者として暗躍奮起の頃。
生還したシレジア王太子の天幕では―――瞬間120
dBが発生した。
「ハレルヤ!!!」
この騒音レベルが『間近でラッパ』とおんなじ声を上げたのは、セネリオとピカゾー。
いわゆる大きな大きな驚嘆声である。
そんな声を彼らが上げてしまった原因、それはフィンダリアから文字通り聖獣に乗って飛んで来た皇女に所以した。
―――「冗談じゃないわよ!誰があんな間男!ちゃっかり子供まで作っちゃうし!!」の発言である。
ではその理由を解き明かそう。
☆。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜☆
さて数年ぶりの再会は、積もる話で盛り上がる。
酒を飲まずともお互いの近況を語り合えば、同じ記憶を共有する者が皆で笑い、話に花が咲く。
特にセネリオもピカゾーも、自分の事を話すよりエレインからフィンダリアの事を聞きたがり、またエレインも嬉々として話した。
しかしこの楽しい語らいの時、エレインにしてみれば哀しい面もある、セネリオの事で……。
有耶無耶に終わってしまった自分達の恋の事実。
あれから数年、取り留めぬままに時は過ぎた。
連絡を取る事も躊躇われて、手紙の一つも出せなかった。
忘れられぬ想い。
今でも愛している。
けれども、エレインは心から笑っていた。
今、この時の垣根を飛び越えて、こうして再会できた事の方が何倍も嬉しかったから。
そんな幸せ一杯、気持ちは有頂天のエレインは、あ~んな事やこ~んな事まで男達に聞かれるままに教えるのだった。
途中父アゼルの死についてはしんみりとした時が流れたり、あの小さかった皇子の話題、特に兄皇太子が熱心に剣術稽古をしているという話が出ると、兄大好きセネリオが焼きもちを焼いてプンスカふて腐れ、それを見た二人が「こういうところは本当に変わっていないのね」と笑うのだった。
やがて尽きる事ないエレインの故国の話は、遂にこの話題を発表させる。
しかしこれまたその話題が出る切っ掛けは、ドタバタで始まる。
それはまず、こんなピカゾーの前振りからはじまった。
「ねぇ、エレインちゃん。そろそろ結婚しないの~?」
能天気気味なこのピカゾーの発言、それは言ってはならない地雷発言。
セネリオはドッキーン、片や当然エレインはムカッとしながら言い切った。
「しないわよ!!」
さもあろう、結婚禁止を皇帝より言い渡された皇女様に対して。
それにもし結婚するのなら、皇帝が列挙した特定人物のみだ、例外は許されない。
その事をエレインはため息交じりに打ち明けた。
「いいこと?伯父様が出した
私の夫候補はね、フィンダリア皇太子以外はあの第二皇子に第四皇子、そして第五皇子しかもういないのよ。はぁー」
「哀れね……」
その告白に、ピカゾーは過去の記憶と照らし合わせてつくづく同情した。
そしてある意味、そんな事まったく意図していなかったのに、彼女の不幸の元凶となったセネリオも呆然と呟いた。
「嘘だろう……?」
「~~~本当よ、だから結婚なんてしないし出来ないの!!馬鹿ジョン!?阿呆トニー!?なにそれ、絶対にお断りよ!!それに第五皇子ジュリアスは年下過ぎるし無理でしょ?それから皇太子、第一皇子のリオンなんだけれど、彼は私にとって問題外。絶対に嫌よ!!」
エレインのプルプルさせた告白に、男達はアレレと思った。
―――
皇太子と何かあったのか?(byセネリオ)
―――
皇太子と仲悪かったかしらん?(byピカゾー)
リオンを毛嫌いする理由が『はてな?』な二人は、首をかしげてエレインに訊ねた。
「何で?あの馬鹿
兄弟や餓鬼の第五皇子よりもずっとまし。いや兄上なら最高だろう?」
「そうよ、リオンはかなりお買い得だと思うけれど……」
しかしエレインはムカムカ、プンプン。
―――この時エレインはまだ二人に言っていなかった、過去に自分からリオンに提案した結婚の話を断れらた事。
そして気の迷いの一夜の事も。
だから苦虫噛み潰した顔をさせて絶叫した。
「冗談じゃないわよ!誰があんな間男!ちゃっかり子供まで作っちゃうし!!」
「へ?」
「へ?」
ここで男二人はお目々パチクリ。
瞬き
三連荘。
咄嗟に出たエレインの発言が分からなかったからである。
だが直ぐにエレインから言われた言葉を解読していき……
「ええ!?」
「嘘!?」
やがて反応。
それは逐次言葉の内容が順序立てて脳内で整理されていくからだ。
だから…こうなった。
「ハレルヤ!!!」
異口同音の男の驚嘆声が、天幕内でビリビリ響く。
それから暫しの後、男達は気を取り直してエレインに詰め寄る。
「あ…あのエリー?今何って言った?ちゃっかり『子供』って…何だよ?」
「エ…エレインちゃん……、それ私の聞き間違えたかしらん?今『子供』って…?」
一驚のあまり口をパクパクしたセネリオが再度従姉皇女に再確認し、ピカゾーもまた同じようにワナワナ震えて訊ねた。
そして男達の問いに暴露したエレインは興奮して大肯定した。
「本当よ、そう子供よ、こ・ど・も!!今フィンダリア皇后、ファナは懐妊中なの!その皇后の子供の父親がリオンよ!もうすぐで産まれるからパパよ、パパ!!」
ハ…ハレルヤ!
ああ、驚愕よもう一度。
―――これが後年の所謂セネリオの『風の便り』の真相。
敬愛する兄リオンが『隠し子作っちゃたよ事件』を最初に知った瞬間だった。
無論この時のセネリオは驚くばかりだ。
呆然。
開いた口が塞がらない。
頭真っ白。
驚き状態エトセトラ……の皇子様と同じように身分隠した美女系の男王様は、頭の中がパニックで飽和状態になった。
「兄上に子供…兄上に子供…あの兄上が姉上と浮気して子供……嘘だ…あの兄上に限って……」
衝撃の事実を知った毒から生還のセネリオはブツブツ呟いた。
一方のフィンダリア皇太子の親友は、諸手で頭を抱えて叫んだ。
「うっそーん!!リオンってば大胆!!それとも大失敗!?隠れてLOVEしていても、子供が出来ちゃったら浮気が明るみになるでしょうがぁ~~~!!もう間抜け~~~!!あんただって充分
真髄の大馬鹿じゃないかぁ~~~~!!」
このピカゾーの叫び、最早後半は男丸出しだった。
今度はエレインの方が、男達に同情しつつしみじみぼやいた。
「そうでしょ?そうでしょ?解る?もの凄く複雑なのよ…あの一家。本当にこれからどうなる事やら……」
縁戚である皇女の口から、この言葉と共に重い息が零れるのは致し方なかった。
するとこのエレインのぼやきを耳にした男二人は、急に現実の中に引き戻された。
ぱたりと驚く事を止めて、神妙に黙り込んだ。
不義を犯したセネリオの兄、そしてピカゾー事ヴァレリーの友。
このままで済むわけはない。
彼らは兄や友の味方になりたかった。
―――出来る事なら手助けしたい。
―――けれども何が出来る?
しかし考えても堂々巡りだった。
フィンダリア帝室の御家事情、異国の王族が容易に介入する事も、ましてや倫理的にも安直に立ち入る事が出来ない問題。
―――不可能だった。
部屋の場が暗く沈んだ。
それぞれの聖獣達が、主たちの気鬱な状態を心配して声を掛け始めた。
それ対して「大丈夫」笑って答える三人の表情と声も、ややぎこちない。
どんな話題を出して切り替えようとしても、つい話題は『不倫・子供出来ちゃった事件』に遡及する。
ため息ばかりが出る天幕内。
だがその場の雰囲気を一吹きで変えたのは、新たなる来訪者の登場、シレジア王ユーリー二世だった。
「おうおう、積もる話は済んだかの?」
国王としての
影仕事を終えた彼が、セネリオと側にいる二人の様子を気にして再び足を運んだのである。
その姿はすっかりぽよよん系、冷酷面は微塵も見せていなかった……むしろ獅子というよりタヌキである。
しかし兎にも角にも、彼のお陰で天幕内の雰囲気は明るく持ち直した。セネリオたちが内心ほっとしたのは言うまでもない。
さてそんなムードメイカー役を気づかぬうちにしていたユーリー二世は、婿養子と彼の天幕にいた客人と一緒になって少々話し込み、そして。
「マルクス・ヴァレリアヌス殿、それからエレイン皇女、此度は本当に世話になった。お二人が居られなければ、この国は大切な時期国王を失うところだった。シレジア国を代表して礼を言わせてくれの」
深々と頭を下げた。
「お…伯父上」
セネリオがそんな義父にして伯父王の姿に動揺した。
さもありなん。
一国の国王、それも一大陸に名を馳せる大国の王が直に頭を下げているのだ。
それも自分の為に―――心苦しく、済まなさで胸が詰まるも、だが同時に嬉しくもあった。
セネリオにとってこの伯父王は本当に『父』だった。
そう思った瞬間でもある。
実の父より、育ての父から受ける愛だった。
(愛されてるじゃない)
(本当ね、良かったわ。すっごく幸せそうで…彼だけでも……)
かくてシレジア王に頭を下げられた二人。
ピカゾーがエレインにくすくす囁くと、彼女も複雑さがあるもそう微笑した。
しかし何時までも、この年配の国王に頭を下げ続けられてはかなわない。
二人は謝辞の終了を告げた。
「もう良いですよ、顔を上げてください。弟同然の皇子様を助けるのは当然です」
明るくヒラヒラ手を振って笑うピカゾー。
これに対してエレインは……。
「そうですわ、オホホホホ。た~いせつな、だ~い好きな従兄弟の一大事ですし~。こうして駆けつけるのは当然ですわ。ええもう何をおいても最優先で飛んできましてよー。また何かあれば直ぐに呼んでくださいませね」
彼女の言い草は少々トゲがある。
それを天幕内にいる皆が全員で感じた取ったが、敢えてそこに誰も突っ込みはしなかった。
藪を突くととんでもない事になりそうだったから…である。
暴走皇女にご注意を。
さてそれから、暫しの間の後にピカゾーは、親しみを込めて目上の御仁にこう伝えた。
「王様、これからは『マルクス・ヴァレリアヌス』というその呼び名は堅苦しいので『ヴァレリー』とでも…あるいはセリーのように『ピカゾー』とでも呼んで下さいね」
そうピカゾーは笑って愛称での呼びかけをシレジア王に求めた。
そんな彼に、ユーリー二世は少々呆気にとられた。
「ほ…本当にそれで良いのかの?仮にも貴殿はのー」
「気にしないで~しばらくお世話になりますし、ネ☆」
拍子抜けしたシレジア国王に、再度と彼はウインク付きでお願いした。
そして。
「あ!そうそう」
突然何か思い出したピカゾーは、天幕の隅っこに置いてあった、よく無事だったなと周りに思わせる私物ぎっしりの
背嚢を開け始め、なにやらごそごそ漁りだす。
程なく愉快度を挙げて、彼は中身を取り出した。
「これは手土産で~す!」
ピカゾーが背負っていた
背嚢から取り出した『あるもの』。
それを見たユーリー二世は目を輝かせた。
「おー!『スッポン・一本』!」
それはユーリー二世が気に入り、婿養子セネリオを通じて彼の国から求めていた酒だった。
ピカゾーは笑顔で酒瓶をユーリー二世に渡す。
「とりあえずこの一本をお納め下さい。後で国から向かわせているウチの
戦艦が沢山積んで来ますから」
「おお!!忝い!!」
国王が礼と共にウハウハ受け取った。
今ではシレジア国王のご愛飲酒『スッポン・一本』。
セネリオには「
腰痛に効く~!!」と褒めちぎっていたが実はこの酒、強力なスタミナ酒。
―――何時までも現役でいたい
漢ゴコロ。
セネリオにはまだ必要ないが、国王ユーリー二世にとっては切実な問題であったとさ。
やがてしばらく歓談が続き、王太子の天幕に客人の宿営場所の設置が出来た事を伝える従卒兵がやってくると、シレジア国王は歓談で盛り上がる息子達に向かって閉会の音頭を取った。
「ほれほれ、幾ら若人とはいえもう夜は遅いぞ!お客人達には近くに寝床を用意させた、早よう休むといい」
「あら!!私はここで良いわ、セリーと一緒で。広いし大丈夫よ」
そうピカゾーがニコニコ言うや、すぐさまエレインもにっこり答えた。
「ええ、私も此処で休ませていただきますわ。セリーと一緒に」
……セネリオを除き一同目が点々TEN。
下心…ありませんか、皇女様。
いけませんよ皇女様。
アビリティ・地の聖獣アリサノスを所持していても許しませんよ皇女様。
その心の声がエレインに向けられていた。
けれどもちっとも堪えずにっこりエレインを動かしたのは、彼の従兄弟だった。
「それは駄目だよエリー」
「セリー!?」
一驚するエレインに尚も彼は真顔で言った。
「もう私達は子供じゃないし、昔のように一緒に寝るなんて出来ないよ。それにここは戦地なんだ。男と女が一つの天幕で休むと兵の指揮に係る。だから別の天幕で休んで欲しい」
向けられたセネリオの言葉と目。
エレインは切なく目を伏せた、しかし直ぐにエレインは美しい瞳を開けると明るく振舞った。
「もう当たり前でしょ、冗談よ!!可愛い奥様いるんでしょ、オホホホ。さあ私も眠たくなったわ、ではその場所に案内してくださらない?」
伝言できた従卒兵にそうニコっと微笑むエレイン。
その美しい皇女の微笑みに兵はドキ。
「こ…こちらです」
フィンダリア語が話せる彼は、ときめきながら彼女を案内を所定位置まで案内する役を仰せつかう。
「では皆様おやすみなさい」
「お…お休み」
夜の挨拶と共にエレインは案内兵と共に天幕を出て行った。
その側には獅子に姿を転じている地の聖獣アリサノスを引き連れて。
―――己の立場、今の現状。
本当は冗談だったのかもしれない。
君の言葉は…でもそうはいかないんだよエレイン。
そう大好きな目で訴えられると、エレインも従うしかなかったのだ。
その全てを鑑みての言葉に。
全ては過去、時は戻らない。
人生は遡上ってやり直せない。
悲しい事に。
―――でもセリー、私はもう一度だけ確かめたいの。
―――私は……貴方に愛されているの?
このシレジアを去る前に、どうしてもエレインは知りたかった。
中途半端に終わってしまった自分達の関係について。
この時空の星々は、今夜の宿営場所に向かう彼女をそっと見守っていた。
<あとがきがわり>
★ただ今「人物相関図」なるものをチマチマ作っております。
シレジア篇はまもなく公開します。
完成しましたら、こちらにも訪ねてくださる事を楽しみにしています。
今回挿絵がわりいれた物はコラム用です。
(仮題名「遺伝子で見よう!真の王朝の終わりと始まりと」な~んちゃって)
余談ですが、現在世界において『エンペラー(=皇帝)』と共通訳される人物は、日本にしかおりません。
イギリスもデンマークもスペインも皆『キング』『クイーン』なのだった。
つたない小説を最後まで読んでいただき有難うございました。何か表現等でアドバイスがありましたらお待ちしております。