謹賀新年~ノーヴィ・ゴッド~
謹賀新年
行く年来る年というものがある。
それはこの世界もまた同じだった。
北の大国シレジアは、現在雪と氷に覆われた冬景色だった。
今年最後を飾るこの日『大晦日』もまた、朝からちらつく粉雪がシレジア王都ホルムガルドを雪化粧させて、その純白さがまるで新年を迎える準備をしているように映る。
最もこれが大雪ならば、除雪という重労働をその土地に暮らす民に強いるのだが、この今年最後に降る雪は、どうやらそこまで必要ないようだった。
さてそんなシレジアにも新年を迎える行事がある。
新年が慶事なのは万国共通なのだ。
――――「また一歩死亡フラグに近づいた」とネガティブに考えてはいけない。
さてさて。
大晦日となるこの日、シレジアの民は新年を迎える支度でとても忙しかった。
まず人々は家中を綺麗に片付けた後、家の中にもみの木を置いて小リンゴとリボン等でキラキラと飾り付ける。
これはヨールカと呼ばれ、それは傍目から見れば『クリスマスツリー』のような飾りにみえるだろう。
それから日が暮れて迎える夕餉の時には、シレジアの風習では豪華な饗宴を家族でするのだ。
その準備の為、シレジアの母親達は朝から料理の支度に大わらわ、一家の主は子供達と掃除やヨーリカの飾り付けでてんてこ舞いになる。
しかしシレジアの民にとっては、新年を迎える事が最も大きな祭典で、何処の家庭も嬉しく思いながら大忙しに準備をしていた。
そうして全ての準備が完了する頃には、短い日の時間も終わる。
日が暮れれば待ちに待った家族の晩餐。
家族みんなでご馳走を食べて笑い、今年の悲しい出来事を笑い飛ばして翌年に幸あらん事を皆で願うのだ。
これは夜遅くまで騒ぐ為、明ける新年一月一日はみんなでお寝坊、寝正月……がシレジア流の過ごし方。
だがそれが楽しいのだった。
それはここ、翡翠宮殿もまた同じ。
宮殿は新年を迎えるにあたって大層煌びやかに飾り付けられていた。
そして宮殿の外門の両側には特大ヨールカが置かれ、その美しさは毎年冬のシレジア王都名物。
訪れた旅人達が必ず立ち寄るほど見事なものである。
さて旅人同様、この飾り付けの類を見た一六才の王太子は曰く。
「ヘー、綺麗なものだな」
これが今年までの故国フィンダリアとの飾り付けの違いを体感するセネリオの感想だった。
そうこの日は、正式に婿入りしたセネリオにとっての初シレジアの大晦日でもあったのだ。
そんな今日、大晦日のセネリオ。
公務で国王ユーリー二世の側で彼の補助をした後は、新年準備で忙しい人々の傍ら手持ちぶさたになった。
小雪舞う中、王宮外へと遠出に出ても良いが、何となくそんな気になれず、室内で本を広げても直ぐに閉じてしまったセネリオは、不意に惹かれるかのように南東の窓を見た。
未だ雪はしんしんと降る。
外は一面の白銀の世界だった。
――――月日というものは瞬く間に過ぎる。
セネリオが天馬姿の聖獣ヘスペリスに跨って、初めてシレジアに足を踏み入れたのは、まだ夏が訪れ始めた頃の事である。
野の草花が生き生きと生い茂り、殊にシレジア国花でもある白詰草が群生し、緑に覆われた大地だった。
それが今は雪景色…白の世界。
半年余りの季節の移り変わりが、これほどまでに色濃く分かる国シレジア。
この国に暮らしまだ日が浅い故、望郷という感慨がセネリオの胸を満たすのは、未だ仕方がないだろう。
彼が抱く心残りは…今となっては……
(何れは消えゆくものだろうか?)
南東の雪雲に覆われた空を見つめ、セネリオは白鷲ヘスペリスを肩に乗せただ一人今年最後の日を感傷で過ごした。
しかし何時までもそのような心情を抱き続ける彼ではない。
頭を振って憂いを打ち払ったセネリオは、気分を切り替えて妻の所に顔を出す事にした。
この時彼の新妻フレデリカは、母后と共に新年のドレス合わせをしていたのである。
その艶姿を拝見することにしたのだった。
☆。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜☆。.
それから時間が流れやっと日没となり、シレジア王宮の住人者達もまた風習に従い大晦日の大晩餐を行った。
そんなの彼等の大晦日の饗宴は、如何にも国王一家らしいものだった。
国王一家全員で料理を食べ、その後お抱えの楽団を呼んで楽曲を演奏させて、新年を告げる教会の鐘を待つ。
大晦日の晩餐は家族で過ごすのが慣わしなので、この日王宮は家族以外の招待客はいない。
とても家庭的な過ごし方と言える。
最も宮廷勤めをしている者はそうはいかないから、必要最低限の当番を決めてそれ以外の非番達は、真っ先に王都内にある自宅に帰ったり、あるいは長期の休暇を貰って郷里に帰ったり、そして城内に住み込みの者は王宮内の詰め寝所などで早々に休んでいるのだった。
さてそんな大晦日の除夜の鐘ならぬ、新年を告げる鐘の音を待つシレジア国王一家。
まさに今カウントダウン状態である。
ワクワクしながら待つシレジア国王夫婦は、二人蜜酒で乾杯中。
一方そんな彼等から離れて、窓際で鐘を待つセネリオとフレデリカ。
側に白鷲パタパタ中。
夫婦仲も極めて良好な二人は、にこやかに談笑して年が替わる時を待っていた。
「もうすぐ新年だね」
オオカミ系年下夫の呼びかけに、乙女系お姉さん妻は微笑んだ。
「本当…雪も降っているけれど、月が薄曇りの空からちょっぴり見えてほんのり周りは明るいわ」
「そうだね…とても綺麗だ」
セネリオは窓から景色を眺めて頷いた。
雪夜の世界は闇夜ではない。
白き大地は仄かな明かりで照らされて、とても明るく美しい。
幻想的な世界だと思う。
それをシレジアに来て初めて知ったセネリオだった。
生まれ育ったフィンダリアでは、此処まで白く大地が覆われる事は少なかった。
だから知らなかったのだ。
雪と云うものを。
そう雪は人と大地を凍えさせるだけのものでなく、春が来ればその雪は水となってシレジアの大地を潤す物。
だからシレジアには干ばつが無いのだと、シレジアの地理学者から教えられて初めて知ったセネリオ。
恵まれた大地。
それはこれから彼自身が護っていく大地だ。
――――何時の日か国王として。
『王太子』
与えられたその地位は、重大な使命と責任でもある。
『ただの跡取り王女の伴侶』という立場で終わってはならないのだ。
それを教えてくれたのは――――彼の兄とその心友。
行く年とは過去ばかり思い出すのだろうか。
しんみりしたセネリオを、気付いて心配したフレデリカが声をかけようとした時。
ガーンゴーンガーン。
鐘の音が鳴り響いた。
王宮の中からでも聞こえる鐘の音。
それは新年を告げる音である。
この音が耳に届いたセネリオは、切なさを吹き飛ばし笑顔になる。
「新しい年の始まりだ!!」
「ええ!!」
そう喜び合うセネリオとフレデリカに、直ぐにシレジア国王夫妻が挨拶の声をかけてきた。
「ス・ノーヴィム・ゴーダム(訳:明けましておめでとう)二人とも!!」
「ス・ノーヴィム・ゴーダム、今年も宜しくね!!」
すかさず娘夫婦も笑顔で新年の挨拶を返した。
「ス・ノーヴィム・ゴーダム!!伯父上、伯母上!!」
「ス・ノーヴィム・ゴーダム、お父様、お母様!!」
「セリーよ、いい加減『父上』と呼ばんかい!!父は悲しいぞ~~」
新年五分(?)で伯父王で舅王にそうつっこまれた王太子は、ぎこちなくこう答えるのだった。
「か…考えておきます」
それを受けてユーリー二世は満足した。
その後国王は愛妻に向かって新年最初のノロケタイムである。
「ザ・ズダローヴィエ!!(訳:健康のために)」
「ザ・ナース!!(訳:私たちのために)」
そう夫婦で乾杯し合ったシレジア国王夫妻は、それから愛の熟年夫婦らしく寝室で過ごす為に娘夫婦に別れた。
そんな親夫婦を見送った娘夫婦。
ほどなく娘であるフレデリカは、夫に声をかけた。
「セリー」
「何、リーケ?」
「今年も宜しくね」
はにかみながら新年の挨拶を言う新妻に、セネリオはクスリと笑った。
「それをいうならね、リーケ、今年だけでなく『これから』も…だろう?」
「あら、本当にそうね」
つられて笑うフレデリカに、セネリオはそんな彼女の頤に手を添えた。
ドキリとする乙女系年上妻に、オオカミ系年下は微笑と共にこちらも新年最初の挨拶とする。
「ス・ノーヴィム・ゴーダム、愛しのハニー!」
「ええ、旦那様……」
照れながらもフレデリカはそう告げて、そのまま二人はキスをした。
それは今年最初のキス。
何時までも替わらぬ愛を君にと込めて。
これから次第に明け始めようとするシレジアの夜は、それは新年を告げる刻。
シレジアで生きると決めたセネリオの新しい一年が始まるのだ。
そう王太子として。
そしてそんな彼の側には終生連れ添ってくれる、慈愛に満ちた美しい妻フレデリカがいてくれた。
一方……
<今年も事無く過ごせれば良いな……>
白鷲ヘスペリスは、主達のチューを見ながらそう呟いた。
С Новым годом《ス・ノーヴィム・ゴーダム》!!
――――今年一年宜しくお願いいたします。(ねおばーど)
今年も宜しくお願い致します。
(2009/12/30 人名・地名一部変更しています。序章「ファリナ国」→「ファレイナ国」、5話登場「シャガール王」→「ジャン・カーレル王」に改訂しています。話の流れにはほぼ変わりません、ご迷惑を掛けます)
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