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後半です。
切なさと愛しさと、意外な彼の一面を。
番外編 シレジア恋慕情~揺籃歌(カリビエーリニャ)・下~☆性描写有り
 番外編 シレジア恋慕情~揺籃歌カリビエーリニャ・下~



 貴方に子守歌を歌ってあげる――――
 いつまでも、貴方が欲しいと強請るだけ――――


☆。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜☆


 セネリオとフレデリカが初デートに出かけてから、シレジア国王ユーリー二世は愛しの王妃イリーナとニコニコ昼下がりのお茶を飲んでいた。
「楽しんでいるかのー」
「本当にねー」
 おしどり夫婦の茶の席に上る話題は当然今日の娘達の初デートである。
 ほのぼの夫婦は茶をすすりながら、初デートを楽しんでいるであろう娘と甥について考えていた。
「本当に若いっていいのー」
「ええ、もっと仲良くなって欲しいわねー」
「そうそう、出来れば早く子宝をだな……」
「ま、貴方ったらス・ケ・ベ」
 
 カッカッカー。
 オホホホホー。
 
 会話は弾むし、茶も菓子も進む。
 比翼連理の代名詞、シレジア国王夫婦の昼下がり。
 しかし、夫婦で過ごす和やかな時は終わりを告げた。
 ドタドタという足音によって。

――――!?

 訝しむ国王夫妻に、間もなく飛び込んで来る二人と聖獣があった。
「お父様!!」
「伯父上!!」
「へ?セリー?フレデリカ?」
「あら、もう帰ったの二人とも?」
 射放ったクロスボウのごとく勢いよく入ってきた子供達に、ぽかーんとした国王夫妻。
そして国王の団欒部屋に入室したセネリオは、息を切らしながら伯父王に訴えた。
「きょ…許可を下さい……!!」
「ほえ?何のじゃ?」
 猪突に入るなり呼吸を乱しながら当を得ていない甥のお願いに、ユーリー二世は首を傾げた。
 更にセネリオは許しを請う。
「北の離宮に立ち入る許可を…!!北の離宮には宝物室があるので国王あなたの許可無くば入れない!!だから許可が欲しい、そこにあると聞いたんです!!」
 セネリオの様子を見て、シレジア国王の目の色は変わり、ひょうきんな仮面は取り払われた。
 威厳と鋭さを醸し出した目が光り、呼吸が整い有りつつあるセネリオを見据えて改めて問うた。
「許可は直ぐ出そう、だが一体あそこに何があるというのだ?今はあまり開放していないところだぞ?」
「肖像画です!!私の母の!!」
「!!」
 それはユーリー二世にとって虚を突かれた願いだった。
 その側ではイリーナ妃が、口元に手を押さえてまずセネリオを見た後、ゆっくり夫を見た。
「貴方……」
「…………」
 驚いた目だけをセネリオに向け黙したままの伯父王に、再度セネリオは頭を下げた。
「お願いします、私に…私に一目母上の姿を、私を母上に会わせて下さい!!」

――――母上に合わせて。



 翡翠宮殿ニフリート・ドヴァリエーツ
 その中枢が玉座なら、その四方を取り囲むように離宮がある。
方角によって建てられた離宮の年月と建築様式が異なるのは、それはシレジア国の建国以降、宮殿と離宮がその時代と共に増改築し作られていった事の現れだろう。
 東西南北、それぞれ東の離宮をザリアー宮(黎明宮)、西の離宮をザカート宮(黄昏宮)、南の離宮をディエーニ宮(白昼宮)と人々は方角と時の移り変わる様の名でそう呼んでいた。
 そして今、セネリオが国王夫妻と未来の妻同伴で目指すのは北の離宮、その名をノーチ宮(夜半宮)という。
 そこに向かうやや遠い道のり。
最初の移動は馬車、その後歩きながら、ユーリー二世は次代シレジア国王になる少年に目的地ノーチ宮について話し始めた。
「あそこはな、予の爺さまの爺さまが『ある理由』で作ったのだが……」
「ある理由とは?」
 伯父王の昔語りにセネリオは疑問を切り出す。
 すると、伯父王はちょっぴり鼻の頭を赤くしたように見えた。
「お前の父も持って居ろうに」
 その様子によってフィンダリア出身の皇子は推察し、その答えに侮蔑さを込めて吐いた。
「ああ、情婦の為ですか?」
「まぁ、そう云う事だ」
 情婦…セネリオの言い方はアレだが要するに愛人、愛妾といった立場になる女性達。
 フィンダリアと違いシレジアの翡翠宮殿には、常時愛妾などが住まう後宮ばしょはない。
だが過去の歴代シレジア王の中には、無論漁色家がいなかった訳ではない。
王妃の他に愛妾おんなを何人も持つ事もしばしば。
そう言う時は離宮に囲う……いや、住まわせるのが慣例だった。
 つまり北の離宮・ノーチ宮は、シレジア王家のご先祖様の後宮のようなところであったとさ。
 ちなみに今の国王は愛妻家なので、もちろん愛妾は囲われていない。
 しかし…歩きながら過去の事とはいえ、愛人がらみネタは共に歩く女性陣には甚だ面白くない話題だったらしい。
 男達は咳払いで牽制された。
 それを受けて伯父・甥二人組は、彼女たちのご機嫌を取り、不安を払拭しなければならなくなった。
「予の目の黒い内は、お前に愛人など言語道断だぞセリー」
「ご安心を、貴方が昇天しても持ちませんよ……」
「よーし、言質げんちを取ったぞ!!」
「はいはい……」
 背中に汗を流して男達は確認し合うと、ようやく女達は悋気りんきを引っ込めニッコリした。
こうしてセネリオは伯父一家に案内されて目的地ニーチ宮に辿り着く。
 その離宮は、過去は華やかに開かれていたであろう趣と、装飾美しい建物だった。
しかし時の王の死後閉鎖され、更にシレジア王家縁の宝物室が作られてから、信用のおける掃除と手入れの使用人が許可を持って立ち入る以外は、制限された区域となっていた。
しかし普段は立ち入り制限の為に誰も立ち寄らないだろうその場所、ノーチ宮への入り口は衛兵が左右を脇で固めて詰めていた。
 入り口は重厚な扉造りに塞がれ、錠が掛けられている。 人気がないといえ、厳重な警備をされた入り口。
それはおそらく盗賊垂涎物のお宝が、それこそわんさかある宝物室の入り口でもあるからなのだろう。
 直ぐにセネリオはそう容易に察しがついたので敢えて質問しなかった。
 やがて辿り着いた国王の命で門番係が錠を解き、その今まで厳重に閉じられていた扉は外の光と風を吸い込んだ。
 セネリオとシレジア国王一家は、その中に足を踏み入れる。
ノーチ宮へと。

 彼等が踏み込んだ場所、そこは入ると同時に離宮ではなく最早一大美術館だった。

 廊下の壁には幾つもの見事な絵が飾られている。
 目を見張らせ驚くセネリオ、その甥の顔を見たユーリー二世は目元を和ませた。
「この廊下が全て我がシレジア王家の歴史よ。歴代王とそれを取り巻いた人々の肖像画が年代事に整列しておる。我が父の物はこの奥だ」
 そう甥に告げると彼は先導して歩き始めた。
 セネリオも数拍遅れてついて行く。
 しかし通り過ぎる際に、壁に飾られた絵画を見るので、どうしても歩みが遅くきょろきょろしてしまうのは仕方がない。
 すると不意に、先導して歩いていた伯父王が立ち止まった。
そのままある絵画を見て佇んでいる。
「伯父上?」
 呼びかけたセネリオに、ユーリー二世は微笑した。
「これが予の妹だ」
 そして、セネリオは遂に念願の『母』と対面を果たした。
「これが…母上?」
 初めて目にした『母』の絵で感動で目を見張り呟いた甥に、伯父王は表情を綻ばせて頷いた。
「そうだ、これが与の妹ソフィーだ」
 国王がそう教えた廊下の肖像画。
 そこにひっそりと飾れた、一人の美しい少女の肖像画。
 その肖像画に描かれた王女は、にこやかな微笑みを絵を観る人々に向けていた。
 セネリオに向けていた。
 初めてセネリオは、母親から笑いかけて貰った。
 美しい少女が笑っている。
 祖国の兄と良く似た優しいその笑顔。
 自分と同じ翡翠の瞳を綻ばせて、自分を見ているようにセネリオには感じた。

 ソフィア・アンジェリーカ=リューリク=シグルフ。 
それがセネリオの母の名。
 肖像画に描かれた王女の名。
絵画の副タイトルは『白百合の姫』とある。
 そのタイトルの名の通りに美しく、そして清楚な少女だった。

 その肖像画に目を奪われた少年は、感想の言葉すら言わず、そして食い入るようにその肖像画だけに視線を注いでいた。
「……」
 感激で物言えないセネリオに、伯父王は絵画の説明を始めた。
「年の頃は今のお前と変わらん頃に描いた物だ。今となってはこれが嫁ぐ前に最後に描かれた物でな、亡き父が妹が居なくなってからよう見ておった。本当なら側に置いて置きたいのだが…困った事に臣下の中には、余りに愛らしく美しいこの妹の絵姿を見ただけで『額縁の恋』という病に罹る者もいてな、居ない人間に恋煩い(・・・)という馬鹿馬鹿しい事態になっての――――」
 しみじみとユーリー二世は、絵の飾られた経緯についてため息混じりに話していった。

「……という訳でな、それからは仕方なく此処に置く事にしたのだ。どうじゃ、セネリオ?妹は、お前の母は――――!?」
 こんなにも美人だったんだぞ!と言いかけて、国王は言葉を失った。
「セリー…」
《主……》

 皆が息を飲む。
そこで少年は、泣いていた。

(夢にまで見た母上がいる……)
(会いたいと願った人がいる……)
(永遠に叶う訳がないと思っていたその人を……故人となった我が母を…)
(私は初めて『会う事』が出来た……)

 念願叶って見た母の姿。
しかし人は貪欲だ。
願い叶えば更なる事を願ってしまうのだ。

(母上…貴女に抱きしめて欲しかった……)
(母上…貴女の声で子守唄を歌って欲しかった……)
(貴女は私を愛してくれましたか…母上…?)

 叶わぬ願いを人はみる……。
人は…母を求める。
 それは幼子だけではなく……セネリオだけでもなく……

 自分が頬に涙を伝わせている事。
子供の様に泣いている事をセネリオは自覚していなかった。
 それはフレデリカが、手持ちのハンカチーフで彼の頬に触れるまで。
「ご免…みっともなくて……」
 涙に濡れた頬を拭われたセネリオは、そうフレデリカに謝った。
バツが悪く顔が赤くなる年下の夫内定者に、母性本能の琴線が触れたフレデリカは優しい眼差しを向けた。
「良かったわね、セリー、ようやくお母様に会えて。とっても嬉しかったのでしょう?」
「……うん」
 まだ泣き跡が分かる少年は顔を赤らめながらも頷いた。
 その様子をシレジア国王夫妻はにこやかに見守っていた。 

 着実に娘達には愛の絆が育っている事を喜ばしく思って。


☆。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜☆

 
 シレジアでセネリオが心温まる時を迎えている頃。
 そんな彼の祖国フィンダリア帝国、帝都パレス。
その中枢と言えるフィンダリア帝城には、選ばれた帝室者以外何人も立ち入る事が許されない世界がある。
 その世界の名を禁域という。
 禁域、そこは言うなればフィンダリアの幻想郷を思わせる場所だった。
 国内外、大陸中からの珍しい美しい植物を集めて作られた庭園と人工の池の美の世界。
さらにその見事なまでに美しい一区画に、この国の民が愛するその花種を一堂に集めた世界が広がっていた。
 90種類もの百合の花が季節を忘れて百花斉放ひゃっかせいほう咲く花園。
 その世界はたとえ真冬でも、その花が絶えることなく咲き誇る。
 その場所に今、一人の男が佇んでいた。
その男の名をマチス・ガルボという。
この名を持つ者としては三人目にあたるこの国の支配者、セネリオの実父だった。
フィンダリアでも、そしてそれ以外の国々にも知られた色好き皇帝である。
そんな彼は、眼光は強く、武帝といわれるに相応しい益荒男ぶりだ。
更に女好きを助長させる物を彼は持っていた。
それはズバリ、息子達が美形なら、父親もそれ相応の顔持ちだったのだ。
これが後宮の女達を虜にする要因にもなっているのかも知れない。
 さてそんな皇帝は、幾種類もの百合の花、その中の一種だけを目に留めていた。
何も語らずただ思惟しながら見る一輪の百合。
 そこに、新たなる人影が一つ加わった。
「ここに居ましたか…陛下?」
 それは皇帝から禁域に入った事を見咎められぬ数少ない人物だ。
 現皇帝の実弟にして、現宰相アゼル・レグランドその人である。
 呼びかけられた皇帝は、振り返らずに弟の名を呼んだ。
「アゼルか……」
「花を見ておられたのですか…?」
「……そうさな」
 兄帝が観ていたその百合の花。
 それを見て弟宰相アゼルは、心を痛めた。
「それは『シベリア』ですね……」
 シベリア―――皇帝が見ていたその百合の花の名である。
花は大きく、最も百合らしい花。
特に注目すべくは、その花弁に一点の染みなく純白な様。
それ故にその白き花弁の美しさから、花嫁の純潔さを表すとして、古くからフィンダリアを始め多くの国で、婚礼の花として広く愛されている百合でもある。
 さて弟の声に応じるかのように、皇帝は花を見つめたまま、その花の感想を漏らした。
「相も変わらず見事なものだ…この大輪の白百合は」
 皇帝は目元を僅かに緩ませた。
 まるで在りし日の時を思い出したか様に。
 アゼルもまたその兄の心情に同調した。
「その花は貴方のお好きな花でしたね……『初雪のように淡く、汚れなく、それでいて凛とした花――――まるで雪原の北の大地を思わせる』とかつて義姉あね上をそう比喩した事もありましたね」
 懐かしい話を聞き、皇帝マチス・ガルボ三世は振り返らずに目を瞑った。
「お前は随分と古い話を覚えているな、アゼル」
「私もこの花が好きだからですよ」
「そうか……」
 呟いた後、再び目を開けた皇帝は、その視線を白百合に注いで弟を振り返らなかった。
 アゼルの方もその事に気を止めはしない。
 ただ、表情を伺い知れぬ兄帝の後姿を見つめ心に浮かんだ事を訊ねた。
「義姉上を思い出しましたか?」
「哀れな女よ。フィンダリア以外に嫁いでいれば幸福に…そして今少しは長生き出来たであろうな……」
「兄上……」
 静かな口調で語る皇帝の目線は、未だ一輪の白百合に注がれたままに見えるが、しかしその目は過去を見ていた。
 弟宰相はその兄帝の背から話しかけた。
「覚えていますか兄上?貴方が初めて義姉上に会った時の事を……貴方はその白百合で我が国の流義に乗って求婚したんですよね、『白百合の誓い』を」
 皇弟アゼルが語るのは過去。
 雪の下から目覚めを待つ雪割草のような思い出。
 実父である皇帝を憎む息子達が全く知らぬ出来事だ。
そんな話を聞かされた兄は、ほんの僅かに表情を緩ませた。
「そんな事もあったな……」
 遠い遠いあの頃は。
 皇帝の中に懐かしいと思わせる女性の姿が、白百合に宿っていった。
   
――――「陛下、陛下…お許し下さい……。私はもう…陛下に御子を差し上げられませぬ……」

――――「馬鹿を言うな……、早く良くなり次は娘を産んでくれ……」
 
――――「陛…下……」

――――「ソフィーーー!!」
 ……最期まで詫びていた白百合よ。

 目に映る純白のシベリア百合、やがて回想を止めた皇帝は訪れ人に振り向かずに問うた。
「ところでアゼル何用だ?お前は昔話をしに余を探していた訳でもあるまい?」
 問われた宰相は忠実に報告し始めた。
「はい、皆が動揺しております、セネリオの件について。シレジア側の申し出通り、婿養子の縁組を認めるか否かと…皆の意見を取りまとめる為にも、一度彼等の前にお出で下さいませんか?」
 用件を聞き終えた皇帝は頷いた。
「分かった」
 それから立ち去り際、皇帝マチス・ガルボ三世は腰に帯びた剣を抜く。
「兄上?」
 皇弟が驚いて声を上げる。

 彼の言葉も意に介さずに、マチス・ガルボ三世はそのまま剣を一振りした。
 地に見事な季節ハズレの大輪を咲かせているシベリアに。

 柔らかき白百合の茎は音もなく切断され、地に倒れた。

「兄上……」
 茫然と呟いた皇弟アゼル。
同時にそれが意味するものを帝国宰相は瞬時に浮かぶ。
 『百合』はフィンダリア帝室者を暗喩しているのである。
 そもそも百合はフィンダリア帝室者が持つ固有紋章、そのデザインに使われる自らの所有を示すものでもあった。
 フィンダリア皇太子マチス・レオナートが白と黄色の二色百合『ゴールド・シティ』を使うように、『シベリア』もまたある帝室者が現在御印として使用していた。

 それは―――

 弟宰相はその事を思い憂いを起こさせ、その御印者の人物の名を口にした。
「……その花は『セネリオの御印』でもありましたね……」
 帝国宰相は辛うじてその言葉を出し、兄帝の背を哀しく見遣る。

 母を知らずに育つだろう我が子に、唯一母の面影を伝える物を御印にと兄が考え与えた百合の花。
 その花を一刀両断した兄の心を慮って。
 
 無碍むげな刃で散ったその花は……セネリオの運命を暗示させた。

 それから後背からかかるその弟の声に、皇帝は地に落ちた白き花弁に一瞥し、空を仰ぎ見ると静かにその意を示した。
「―――明日、セネリオの排斥を示す」
「――――!?」 
「もう決めた」
「兄上」
「フィンダリアの脅威は早期に摘む。アレが『北』で力をつける前にな」
「良いのですか?」
 その弟の訪ねに初めて皇帝は振り向いた。
「ほう?余が言い出す前に、お前達が先に言い出すと思っていたがな『あの時』のように―――」
「…………」
 その兄の皮肉に、帝国宰相は視線を落とした。
 事実そうであったからである。
 それが一体何であるかは、今は此処では敢えて語らない―――皇帝と枢密院しか知らぬ密事である。
 それは絶対的な『光』の聖獣を持つフィンダリア皇太子ですら知らない事実だった。
 無論セネリオも知る訳がない。
 やがて皇帝は何かを思い含みながら、僅かな自嘲を伴わせ弟に目線を向けた。
「所詮は血塗られた道よ。今更息子の血が一滴加わったところで大差ない」
皇太子リオンは…納得すると思いますか?」
「そうなるようにし向けるとしよう、まずは明日の閣議からだ。……お前はでなくて良い」
「はい」
 時節は秋に移り変わり始めた宵の世界。
 彼等の側を一風が気まぐれに吹き抜けた。

 北へと―――

 この日、それはセネリオの処遇について皇帝の裁可が下される前夜となったのである。

☆。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜☆


 秋の夜を迎えた翡翠宮殿ニフリート・ドヴァリエーツ
 シレジア王太子セネリオは、夕食の後寝台に突っ伏していた。
男泣きした事を落ち込んでいるのである。
そんな王太子にべったりの忠臣聖獣は主を気遣うのだった。
≪主……≫
「情けないよヘスペリス…いい年をして人前で泣くなんて…しかも伯父上達が居たし……」
 ブツブツブツ。
 モンモンしていると、彼の部屋にノックをして未来の奥方が入室してくるのだった。
「セリー…眠ったの?」
「リーケ!?」
 その声に反応したセネリオは、ガバリと半臥するや寝台の端に座った。
 フレデリカもストンとその隣に座る。
「…………」
「…………」
 最初二人は何となく話せずに赤面し合っていたが、やがてフレデリカの方から会話をし始めた。
「今日はデートに誘ってくれて有難う」
「あ、うん。こっちこそ…母上の肖像画の事を教えてくれて有難う」
 ぎこちなかった雰囲気は次第に変わる。
 時間はそうかからずに二人の会話は弾んでいった。

 そして。

「ねえ、セリー。貴方の聞いた兄君のリュートの子守唄を聞きたい?」
「え?」
 驚くセネリオの側でフレデリカは笑顔を向けてこう歌い始めた。

♪眠れ、眠れ、我が愛しい坊や
この空に輝く月が 
静かに貴方を見守っている
だから母の唄を聞いてお眠りなさい
ゆらゆら ゆらゆら
 揺籃ゆりかごの中で
おやすみなさい 眠れ良い子よ♪

 彼女の唄うその歌は、紛れもなく彼の記憶にある兄のリュートの旋律に一致した。
思い出の優しい曲と…そしてその歌詞が初めて重なった。
 唄うフレデリカのその姿は、まるで時を越えて今は亡き母が歌っているように。
 こうして歌い終えた彼の未来の妻。

 一度聞きたかった母の子守唄。
胸にしみいるその唄を聞き終えたセネリオは礼を云った。
「有難う」
「セリー…また聞きたくなったら何時でも云ってね、歌って上げるから」
 ニッコリ笑う従姉妹姫。
セネリオは照れた後苦笑した。
「……もう私は子守唄が必要な子供ではないよ、リーケ」
「そう?」
「そうさ…でも君は歌が上手いね。聞き惚れた」
 今度はフレデリカが照れた。
 さてこちらもクスリと笑うセネリオだった。
「とっても綺麗な声でさ……」
 セネリオの称賛にドンドン照れていく年上の恋人に、年下君はしたり顔。
「本当に聞いていて心地良くって。ああ違うな…君の声が綺麗なんだ」
 そう云いながらモコモコと起こるのは……彼の中にあるオオカミ心。
 だからこうなった。
「そうだ!今度は別の子守唄が聴きたいな~♪」
「セリー?」
 セネリオの突然の申し出に驚くフレデリカ。
 ムリもない、彼女は子守唄を一つしか知らないのだから。
しかし今、セネリオが求める子守唄…それは全く次元が違うのだ。
 そしてオオカミ少年は、彼が求める新しい子守唄を聞く為に挑む。
 年上ハニーを抱きしめてからセネリオは囁いた。
「ベッドの中で聞かせてよ~♪」
「はい?セっ…セリー、ん!」
 ついに爆発オオカミさん。
年上あかずきんは唇から食べられた。

 デートの〆は愛のスキンシップ。
 キスをしながら触れ合う躰。
 愛され方を知ったばかりのあかずきんは、ゆっくりと恥じらいながらオオカミの全てを受け入れていく。
 
 一つ、一つ受け入れながら。 あかずきんは次第に愛の女神に代わる。

 女神は次第に唄を歌い始めた。

「あ…ああ…はぁ…」

 甘く切なく…艶やかに。
新しい唄を歌うのだった。

「セリー…セリー…ん、ああ!」
「リーケ…もっと…君が欲しいよ…」
 
 喜びの唄、幸せの唄を――― 

 月と星は見守っている、幸せな恋人達を――― 
翡翠宮殿の夜はこうして今日も更け、朝日を迎えるのだった。

 

 貴方に子守歌を歌ってあげる。
 哀しい貴方に出来る事を。

―――母君の温もりを知らない貴方に。

 貴方に子守歌を歌ってあげる。
 いつまでも、貴方が欲しいと強請るだけ。

―――祖国を捨てなければならなかった貴方に、大切な人達と訣別してしまった貴方に。

―――私の所為で……だから私が出来る精一杯。

 貴方に子守歌を歌ってあげる。
 いつまでも、貴方が欲しいと強請るだけ。

身も心も貴方にあげるから…だから、ずっと側にいてくれる?

―――優しい年下の旦那様。


 フレデリカがセネリオに唄った子守歌。
後年その優しい王太子妃の声に乗せて歌われる唄は、何時しかシレジア王宮に毎日流れる事になる。
 生まれた小さな子供をあやす為に、若い母親が歌い始めるからだった。
その母親が子守唄を歌う傍らには、若い父親もまたかつて自身の兄がそうしてくれたように、楽器を奏で子をあやし始める事になる。

 だが今はまだ遠いお話――――


                  <おしまい♪>
次話(シレジア32話)年内に出せるか分かりませんので、ひとまず一年間有難うございました。
また来年もご愛読願います。



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