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な…長くなりましたので前後編で投稿します。
第27話 希望を託す子供達〜上〜
第27話 希望を託す子供達〜上〜


 教母エレインがかつての恋人にして従兄弟の窮命の為、フィンダリア帝城から北国シレジアを目指して飛びだし、それから幾ばくかの時が流れて……
 フィンダリアの帝都パレスの空が、夕暮れから夜空に変わりかけ、そして薄雲かかった下弦の月が、静かに地をほのかな光で照らしはじめる頃になり――― 一人の男が夢の回廊を歩き始めた。



 そうあれは随分と昔の事だった―――。
 口に含んだ料理に違和感を感じて、すぐに食事を止めたあの日―――その夜、私は寝台で不意に起こった体調不良に苦しんだ。
吐き気と異様な息苦しさ、そして苦しむ私の全身から流れる不快な汗……
 それが毒を盛られた結果だと気付いた時、私は初めて目に見えぬ死の恐怖を感じた。 そして同時に思ったのは、弟の事!!
 まさかあの子も!?
自分よりも遥かに幼い弟が、今の自分と同じ境遇であれば、間違いなく死んでしまう!!
 どうか神よ、我を助けて!!
そして弟が…セリーが無事でありますように、神よ!!
 その夜、心身の苦痛に苛まれ、神に祈った私は……一晩中眠る事が出来なかった。
この時ほど…朝日が恋しいと思った事がない。
天蓋の中でうずくまるしか出来ない、こんなに苦しい夜を恐ろしいと思った事はなかった。
 やがて窓から少しずつ茜が差し込み、部屋の中に光が充ちていき、次第に私を包む光を感じて…夜明けの刻が訪れた。
 日の光を確かに感じた所為だろうか、それとも毒の効能が薄れた所為なのであろうか?
私を蝕む苦痛が徐々に和らいでいった。
その苦痛から開放される恍惚感が、ゆっくりと私に広がっていく…けれども、まだ安堵するのはまだ早い。
 そうまだ弟の安否を確認していない!!
 完全には回復していない、重い体を引きずって、どうにか弟の部屋に向かった。
「…セリー!!」
 駆けつけた私は、そこで君の無事な姿を――――――

 だがここで彼の回想は終わる。
「…様、リオン様」
 こう呼びかける若い女性の鈴声が、彼を現実に引き戻したからだ。
 こうしてフィンダリア帝国皇太子マチス・レオナート…リオンは目を覚ました。
 此処は王華殿の一室、どうやらうたた寝をしていたらしい、ひじ掛け椅子に座ってくつろいで少し休息を取る内に…とリオンは今までの自身の時の経過について推測した。
 そんな彼の側には今、そっと寄り添うように、心配した皇后クラヴィアが彼を見詰めていた。
 そのクラヴィアの視線に気付いたリオンは頬を緩ませた。
「済まない、教母を訪ねてここに来て、それからとんだ長居をしてしまったね……」
 クラヴィアは頭を振った。
「いいえ…そんな事はありません、ただそれよりも大丈夫ですか?」
「セリーの事なら心配はいらない、教母…エレインに任せておけばいい。彼女とアリサノスなら、必ず未知の毒を打ち消す特効薬を作ってくれるはずだよ―――」
リオンはそうクラヴィアに説明づけるが、彼女はそうではないと首を振り、彼の言葉を遮った。
「弟君の事ではありません。貴方の事です」
 そうクラヴィアに杞憂されたリオンは、半瞬目を見張り彼女から目を反らした。
「私は特にどうもしないよ、君に心配される必要はない」
 それは穏和なリオンにしては、やや素っ気ない言葉だった。
 しかしその言葉だけでは、彼を深く愛する皇后は引かなかった。
「いいえ、リオン様はそう仰いますが…貴方は酷くお疲れです、すぐにご寝所を用意します、そこでゆっくり休まれた方が…」
「いいから!!私の事は放っておいてくれ!!君にそう優しくされる資格はない!!」
 クラヴィアが言い終わらぬ内に、リオンの方がそんな彼女の気遣いを声を荒げて拒絶した。 不義の罪を、この愛しい皇后たった一人に着せ、自らの身は安泰を図り、そして何度も宮廷抗争の為とはいえ、愛する彼女に顔向け出来ない事を犯す。
 ―――そう、今日殺めた女も含めて……
 だからこそリオンには、クラヴィアが与えてくれるこの慈愛にすがる事は、到底赦されないと言う思いが強くあったのだ。
 しかしクラヴィアは、その皇太子の声に驚くも、尚も彼女はリオンに訴えた。
「ですが…」 そう言いかけて、突如クラヴィアに異変が起こる。
「うっ…!!」
「ファナ!?」
 気鬱な皇太子を気遣っていた皇后が、突然ふくらみ持つ腹部を押さえ込んだので、今度は立場が逆転し、リオンの方が反対にクラヴィアの方を気遣った。
 この時にはもうリオンは、今までの苛立ちを払拭し、ひたすらクラヴィアの身だけを気に掛ける。
 これは当然の事だろう、皇后は今彼の子供(・・・・)を身ごもっているのだから。
 リオンは立ち上がり、床にややうずくまっていたクラヴィアの手を取ると自ら座っていた椅子を譲った。
椅子に腰を掛けて一息を着く身重の皇后は、腹部のふくらみに手を当てたまま微笑した。
 すっかり元の皇太子に戻った事を確認したからだ。 
「ご免なさいませ、ちょっとお腹の子供が元気に動いたものですから…」 
 それを聞き、今クラヴィアのお腹にいる子供の父親である男(・・・・・・)は、我知らずやや赤面した。
 それは男には永遠に解らない感覚―――だから、リオンは躊躇いがちに聞いた。
「あ…そ、そうか…、でも他に何か具合の悪いところは?こう、その、お腹が痛むとか…?」
「ええ、大丈夫です…それに今日はとっても元気何ですよ。だから時々こうして元気に動くとびっくりしてしまって……」
 そう愛おしいそうに腹部を撫でるクラヴィアに、リオンは目を細めた。
「私の方こそご免よ…急に大きな声を荒げてね、君に八つ当たりをしてしまったよ」
「気に為さらないで下さい、リオン様。わたくしの方がかえってさかしい事を言ってしまって……」
「いいや、私の方こそ本当に…」
「いいえ、妾の方こそ……」
 お互い「自分が悪かった」「ご免なさい」問答を何回か繰り返していると、そこへ
「もう止めてね!」と訴えたのは、他ならぬ二人の愛児だった。
皇后クラヴィアのお腹の中の子供が、母の胎内からピョコピョコ動き、その胎動を感じたクラヴィアがはにかみながら、リオンに教えた。
 彼の手を自らの腹部の膨らみに導いて、その胎動する場所に当てると――――程なく感じる小さな波動。
 それは少々赤面気味になりながらも、手を当てていたリオンにも伝わった。
 不思議な……本当に不思議で、そして確かな小さな命が芽吹く波動。

――――大切な命の煌めき。

 愛児の胎動を感じたクラヴィアが、同じように感じたであろう愛しい男性に微笑んで確認した。
「どうですか?分かりました?」
 愛しい我が子の元気な様を、この様な機会で体感して確認することが出来たリオンは、幾つもの嬉しさで微笑んだ。
 元気に育つ子供、父親になる喜びを―――
「本当だね、いつもこうなのかい?」
「ええ、とても元気なんですよ。只……今のは特別ですね、きっと」
「特別?」
「はい、これは母としての感ですが」
「それは……?」
「はい、妾はこう思います……この子はリオン様にこう話しかけたのではないしょうか?『元気を出して!』って」
 リオンはクラヴィアの慰めに胸を打たれた。
 
 赤子には不思議な力が宿っていると言いますから……
 きっと慰めているのでしょうね。

 そうクラヴィアは、まだ見ぬお腹の中の我が子が、遠く離れた実弟を案じ、精気の低下した実父リオンを、まるで励ましているように喩えた。
 無論それは勝手な思い込みに入るだろう。
だがこの時、そう語るクラヴィアも、また彼女の言葉を受けるリオンもそう感じたかった。
 未だ誕生していない、二人の愛児の声を。
 やがてクラヴィアは、自らの意志をリオンに伝える。
「妾……きっと丈夫な子供を産みますね。こんなにも元気に早く生まれたがっているこの子と……そして貴方の為に」
 それはクラヴィアの母としての決意だった。
出産は女にとって生命の危険を伴う出来事、ただ目出度い事で終わるとは限らないのだ。
 無事に出産を終える妊婦の影で、貴賤問わず、一体どれ程の妊婦達がその命を落としてきただろか。
 新しい命を生み出す事と引き替えにして、その命を喪う女性がいれば、時には孕んだ子供と共に命尽きる女性がいる。
 更に無事に子供を産み落としても、産褥熱と言うやっかいなものがある。
 それが悪化すれば―――やはり命を落とすのだ。
 所謂「産後の肥立ちが悪かった」と言われる物である。
 事実、フィンダリアの現皇帝の故第一正妃―――リオンとセネリオの母もまた、その犠牲者であった。
 それでもクラヴィアの強い光彩放つ蒼穹の瞳には、一切の迷いはない。
 それは今度こそはと、愛する人の子供が欲しいと切望する彼女の―――女としての強い思いそのものだった。
「ファナ……」
 リオンは言葉を詰まらせた。
 自分があらゆる手段を講じても護りたいと願う女性からのその言葉が、本当に嬉しかったのだ。
 その言葉だけで、それこそ全てが報われた。
 感激に満たされた皇太子に、皇后はにっこり微笑んだ。
「だからお名前を考えて下さいね」
 リオンも微笑み返して応えた。
 彼女と、そして生まれてくる子供のために。
「そうだね……、でも君は?生まれてくるこの子に、何か名付けたい名はあるのかな?」
「ええ、もしこの子が男の子だったら…是非名付けたい名があります」
「それは、一体どんな名だい?」
「リオン様…もしどうか叶いますならば、この子に貴方の名を頂けますか?」
「!! それは……」
 クラヴィアの思わぬ願いに、リオンは半瞬目を見開いた。
 息子の名―――
 そう、フィンダリアの習わしで、長子はその『父親』と同じ名を一つ名付けなければならないというものがある。
 もしクラヴィアのお腹の子供が男子なら、リオンの―――皇太子マチス・レオナートの歴とした長子だった。
 公式では結婚せずに未だ独身で、愛妾すら持っていないとされる皇太子、そんな彼の子供。
 息子の名―――
 かつてリオンには、ずっと心の中で温めていた特別な『名』があった。
もし自分に男の子が生まれたら、慣習に捕らわれずに自らの思いで決めた名を付けたいと願っていたその名前。
 それは彼が心友・・となった男の国の歴史の書物から発見した、かの国の英雄と名君の名前を合わせた『ジュリアス・アウグスタス』という名前である。

『だって、そうだろう?親は子に願いを託すものだよ、……こうなって欲しいと、親のエゴかも知れないけれど、私は―――もし、自分に息子や娘が生まれたら、絶対に祈願するよ。私以上に元気で優れた人に育って欲しい。みんなから慕われて愛される子になって欲しいと……!!』
 それはとうの昔に我が子に対してリオンが抱いていた事、そしてそのままの思いで幼なじみのラインノールと弟セネリオに語った事。

 しかしその名はもう使えない、それは既に弟に与えているからだ。
『ジュリアス・アウグスタス』という、黒髪と母親譲りの蒼穹の目をした彼の可愛い弟に授けた物。
 名付け親として―――最も、当の弟は長兄であるリオンが名付け親だとは知らないが。
 だが今度は自分の名を名乗らせても良いだろうか?
 決して息子だとは公に出来なくとも。

 感慨深く目を瞑った後、見開いた翠の目を優しく愛しい人に向けて思いを伝えた。
「嬉しいよファナ、もしその子が男子なら私の名を付けてくれるかい?」
「はい」
「なら、男の子なら『獅子の子(レオナート)』は決まりだね。後は、もう一つの名をどうしようかな?エドワード、いや、『レオナート・エドワード』……韻ばかりが何とも、う〜ん、ユスティニアヌス……、レクス(王者)もいいかな?」
 生まれてくる『息子』の名前について、こう頭をひねり始めたリオンにクラヴィアはクスクス笑った。
「それでは、もし女の子だったら…どんな名前にしましょうか?」
 この声に反応して、リオンはすっぱりと考えるのを止めて返事をした。
「あ、それなら君に似た可愛い子の為に、相応しい名前を考えているよ」
「まぁ!」
 と、感歎の声を漏らしたクラヴィアは、本当に嬉しそうに尋ねた。
「どんなお名前なのですか?」
「ファーストネームは君の祖国語の読みにも、フィンダリアの読みにもなるように、そしてセカンドネームはフィンダリア読みになるようにね」
 そう言うとリオンは、室内にあったメモ紙とペンを使ってその決めた名を書き記すと皇后に見せた。
 その名はこう書かれていた。

―――「Thalia・Fine」

 これを読んだクラヴィアは、こうこの名を発音した。
 リオンの言うとおり『Thalia』を故国の言葉で、『Fine』をフィンダリア風に発音して。 
「ええ…と、『タリア(・・・)ファイン(・・・・)』です…か?」
「あ…そうか、済まない」
 クラヴィアが書いてある名をそう読み上げるのを聞いたリオンは、自身のうっかりミスを直ぐに気付いて彼女に謝った。
「そうだった……君の国カルドラ語(※スペイン語系)では、『エッチ』は無音だったね。ご免よ、最初の名……これは『サリア』と読ませたかったんだ。それから、その後の名前…これは、確かに『ファイン』とも呼べるが、古語で『フィーネ』と呼ばせているんだ」
「『サリア』と、それから……『フィーネ』ですか?」
「うん、そうなんだ。名前の由来なんだけれど、君もカルドラ読みでThaliaタリアは分かるだろう?」
「ええ、Thaliaタリアでしたら…確かカリスと呼ばれる優美なる三美神の一人で『豊かさと開花を司どる女神』ですよね?それとも芸術の九女神(ムーサ)の一人でしょうか?確か笑顔を振りまく喜劇の護り手の……」
 そうクラヴィアは記憶にあるタリアについて、言葉に出しながら思い浮かべた。
 女神タリア……あるいはタレイアとも呼ばれるこの女神。
ギリシアの大家ヘシオドスが唱えた三美神のカリス(グレース)が最も有名である。
『開花』『花盛り』から別名花の女神フロリス(フローラ)とも混同される女神で、美と愛の大女神アプロディーテに側仕え、女性の徳目『美・愛・純潔』を表すカリスの一人。
その中でタリアは開花、栄えることから『愛』を司る、時には子孫繁栄が転じ過ぎる余り官能的な愛の象徴とも言われるが……非常に愛されている女神である。
 一方、同じ名で芸術を司る女神もいる。
 こちらは太陽神にして芸術の大神アポロンに仕える九人の姉妹神ムーサ、つまりミューズの事だ。
 こちらの女神タリアは、喜劇、詩の守護者である。
 この女神もまた人に喜びと幸せをもたらす善神として名高い。
 クラヴィアの話を聞き終えたリオンは頷いた。
「そうだよ、どちらも正解。人々に幸福をもたらしてくれる女神。産まれてくる娘にも、三美神カリスの『Thaliaサリア』ように美しく慈愛に満ち、そして芸術の九女神(ミューズ)の『Thaliaサリア』のように、その子が側にいるだけで、皆に幸せを与えてくれる子になって欲しくてね」
「本当ですね」
 そうクラヴィアは『Thaliaサリア』という名前に感慨深く思った後、再び尋ねた。
「では『フィーネ』とは……?一体どのような意味があるのですか?」
「それはねファナ、君がさっき発音した『ファイン』にも関わりがあるんだ」
「そうなのですか?」
「古い言葉でね…こんな言葉がある」
 そう言ってリオンは先ほど書いた紙の後にこう書いた。

―――「fin」

 クラヴィアはそれを見て首を傾げた。

(―――「fin(おわり)」?)

「リオン様、あの、これは……?」
 クラヴィアは「分からない」と言わんばかりにリオンを見つめた。
 リオンの方はクスリと笑って、彼女の誤解を『fin(フィン)』の由来を解説して解いた。
「これにはね、昔の言葉で『美しい』という意味があって、そこから今では『良い』、『素敵な』と言う『fine(ファイン)』という言葉に変わったんだよ」
「まあ、そうだったのですか。妾はてっきり『終わり(フィニッシュ)』の略かと……。フフフ、ご免なさいませリオン様、とんだ誤解をしてしまって。でも本当にその名前のように素敵な、元気で可愛い女の子になれば良いですね」
 クラヴィアのこの感想に、丁度腹の子が時を合わせてピョコンと動いた。
 まるで喜んでいるように。
 その胎動を感じた母クラヴィアと、同じように父リオンは笑い合った。


あの子の名前の秘密は更に続く。英語の「tha」発音は難しい、作者は当初本当にサリアの綴りが「Thalia」だと思っていました。だって
「Thallo」(サロー)発芽の女神、「Thatcher」(サッチャー)「鉄の女」、「女アッティラ」と言われた元英国首相。というのだから……
ああそして後半へと続く。
世界設定集 
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