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倫理的に問題ありますが、某大家の「失楽園」出来ちゃったバージョンだと思って下さい。
どうしても受け付けない方は一読をご遠慮下さい。
「フィンダリア帝国史」編を知っている方には、あの子の誕生裏話になります。
第24話 心は万里を駆ける(3)
第24話 心は万里を駆ける(3)


………愛しているから側にいたい。
 その温もりを感じたい、その想いを確かめ合い、そして愛の証を残したい。
 それが人の営み…愛の契り。
 例え引き裂かれようとも、私たちは…その心だけは変えられなかったから………



 室内に転がる他国の女の骸を前にして、ラインノールは皇太子がその女をいた真実を結論づけた後、深く息を吐き、そして再び主君に声をかけた。
「そうまでして貴方は、皇后陛下とあの方が身籠る御子・・の事を守りたかったのですね?これ以上あの西の毒婦が、ご懐妊中の皇后陛下に手を出さぬように、見せしめとしてこの女の死体を突き付ける為に……」
 ラインノールは尋ねる―――虚しさ、遣り切れなさ…悲しさと、そして僅かに生まれた殺した女への哀悼…黙したリオンの表情から伺い知れる心情を慮って。
 やがて、度重なる幼なじみにして腹心の言葉に、ようやく皇太子が重き口を開いた。
「……それしか私には出来ない…愛する『妻』と『子』の為に……」
「リオン様…」
 ラインノールの呼びかけは、主君対して何とも言いようのない憐憫さを含んでいた。

 妻と子―――

 皇太子リオンが口にしたその人物は、本来なら彼が持ち得ない存在だ。
独身であり、後宮を構えて愛妾達を持っていない彼にはあるはずがない『愛する家族』。
 だがリオンには―――そう心の中で呼びかける人物がいた。
そうここで間者の女を拐かし、そして遂にはその女を殺害したのも、ひとえにその人物達の為にである。  
 宮廷抗争―――後宮という戦場、軍隊を用いて戦わない、言わば人と人との陰険なる知能戦。
嘘も、中傷も、他者を貶める為ならば、更に排除―――家門の没落、果てはその命を取る為に何でも行われるのだった。
それこそ男も女もからだを使っての淫欲の交わりなど、常套手段と言える。
 相手の弱味を握る為に近づき、あるいは寝返らせる事も然り。
 リオンもまた同じだった。
手段など問わず、如何なる方法を用いても、愛する人を守りたかったのである。

 ラインノールはそんなリオンを痛ましく思う。
 彼はその裏事情を知る数少ない証人故に……

 現フィンダリア皇太子マチス・レオナートには、密かに愛し合う女性がいた。
 決して公には出来ないその女性は、既に人妻である。
だが、いざその気になれば自らの後宮を開き、そして例え人妻だろうと幼妻だろうと、あるいは男妾だろうと、意のままに囲う事が出来る権力を持つこの帝国の皇太子。
 その彼がどんなに望んでも、唯一手に入れる事が出来なくなった女性。
 それこそが『ファナ』、またの名を皇后クラヴィア―――彼の父親の正妃だった。
 かつては彼の花嫁だった王女(・・・・・・・・・)―――しかし今は違う、彼女は歴としたリオンの義母である。
 だが深く愛し合うその想い故に、二人は密かに逢瀬を重ね続けた。
しかしそれは、息子は父親の後妻と通じ、そして皇后は皇帝以外の男との姦通を意味した。
 そう、つまり禁忌と不義の二重背徳を犯したのである。
 こうして互いに分かりきっていた禁断の逢瀬は、数年間は世に出る事はなかった。
 そんな秘密裏に育くまれた愛は、やがて皇后の懐妊の事実によって皇帝を始めとした周囲に知られる事になる。
 何故なら皇帝は、皇后の最初の懐妊発覚以来、手込めにして息子から奪った皇后ではあるが、それ以降一度も肉体的な夫婦関係を持っていなかったからである。
 そんな体裁だけの皇后に、なんと子が出来たという事は、即ち姦通―――浮気以外に他ならない。
だがこの時、妻の不義に怒りに震える夫に対して、皇后クラヴィアは頑としてその相手の名を明かさなかった。
 かつて、皇帝の暴力の前に、震え泣く子猫となって無惨に処女を散らされる事しか出来なかった王女は、母となった事で心を強くした。
 そして今、再びその身に宿した子…掛け替えのない愛し子の為に、彼女は皇帝と堂々と対峙した。
「この腹の子共々、わたくしを処刑なさい!!この子の父の名を口にするくらいなら、妾は貴方の妻でいる事よりも、この子の母として死にます!!さあ、早くその剣で妾の首を刎ねなさい!!そしてこの首をカルドラに送り返すが良い!!盟約の破棄と共に!!」
 そう皇帝に対し啖呵を切ったのである。

―――不倫相手が皇太子である事を隠したのだ。

 一方、皇帝が不義を働いた皇后に対して、怒髪衝天(どはつしょうてん)のあまり、剣をちらつかせて彼女に詰問していると、後宮から流れてきた騒ぎを聞いた皇太子は、同時に初めて我が子の存在を知った。
 その事を耳にするや、居ても立ってもいられずに、リオンは直ぐに父帝に打ち明けようと動く。
 事の全てを、何もかも洗いざらい告白しようと。
 だがこれを止めたのは、他ならぬラインノールだった。
 父帝と愛する女性の元に急行しようとした彼を、身を挺して遮って。

―――「責められるべきは私だ!!そこをどけ!!ラインノール!!」

―――「いけません!!リオン様!!」

 彼はこれ以上、フィンダリア皇太子の醜聞を作りたくなかったのである。
 婚約者を父親に奪われた事による「寝取られ皇太子」という不名誉な過去、そして今回の近親者達による不義の三角関係も。
それに、他にも止めるべき正統な理由があったからだ。

―――「大丈夫です、クラヴィア様は殺されません!!今のフィンダリアはカルドラまで敵に回す事は出来ません!!『北』のシレジアは、セリー様の一件以来ほぼ冷戦状態です!!そして『西』のアグストリア国王はアテには出来ぬ御仁、いくら第二正妃の故国とはいえ、いつこちらに何を仕掛けてくるかは分かりません!!更に『南』のマグールは、前年のトパーズの王位継承の際、親フィンダリア派の王子が王位を継承した事から端を発して、トパーズの親マグール派支持層の者と共に、こちらを警戒し、不穏な気配が流れてきています!!そんな情勢の中、今ここで『東』の同盟が崩れれば、我が国はまさに孤立します!!」

―――「だから名乗り出るなというのか!?皇后が殺される事はないからと言って、私に卑怯者になれと!?彼女一人を矢面に立たせて、その罪をすべて彼女だけに負わせるのか!?」

 不倫は一人では出来ない、そして子供を作る事もまた同じである。
当事者の一方だけが悪いのではない、その相手も同罪だった。
 姦通罪。
 国により色々な刑罰があるこの罪は、教会から免罪符を買わぬ限り刑を受ける。
 クラヴィアと通じ、互いに躰を重ね子を成したのは他ならぬ自分リオン!!
 喩えどんなに道徳的な非難を受けようとも、かつて破綻した元婚約者おんなとの関係を嘲笑されようとも、この時のリオンは真実を伝えるつもりだった。
 このラインノールの制止の台詞を聞くまで。

―――「ここは耐えて下さいリオン様!!そんな事をすれば、ジュリアス様はどうなりますか!?」

―――「!! ジュリアス……?」

―――「そうです、貴方の弟君です!!幸いまだジュリアス様の方には、この話は伏せられています!!ですがもし、貴方がここで皇后陛下の不義相手だと名乗り挙げればどうなります!?実の母親が、実兄である貴方と男女の仲だと知れば、あの聡明な皇子はどう思われますか!?……真実を知れば、きっと傷つくのではないのですか?」

 ジュリアス…ジュリアス・アウグスタス。
リオン自らが名付け親となった『弟』。
実弟セネリオが彼から去りし後、唯一心掛ける…それこそ息子同然の可愛い『弟』。
 ラインノールの言う事は正論だった。
母の不道徳、そして兄のこの愚かな過ちは―――必ずあの幼い少年を傷つけてしまうだろう。

 君ハコノ兄ヲ怨ムカイ?

 辛かった、何よりもあの少年に憎まれる事は……

―――「―――私は…何も出来ないのか…?私は…私が…彼女の子の父親なのに…私こそが……!!」

―――「リオン様…」

 こうして皇后に庇われた形で…リオンは彼女の密通相手だと、周りに知られることなく現在に至っていた。
 最も皇后が不義の子を宿している事を知っているのは、宮廷内でも少数派あり、フィンダリア中の大半の国民達は、皇后の久方ぶりの懐妊を喜んでいた。
公にされた発表による皇后の子供は、無論皇帝との子である。
皇后の不義・・の懐妊は、皇帝にとっても醜聞であったから当然の事と言えるだろう。
 この事件が明るみに出たのは今年の春先の頃だった、そして時はゆっくりと確実に流れ、クラヴィアの中の胎児は順調にすくすくと育ち、今夏を迎えた。 
皇后の産み月は、宮廷医の見立てだと秋の始まりの頃……あと少しだった。
そして声を出して自らの子供だと明らかにする事は出来なくとも、リオンは幸福だった。
 子供を持つ事を―――
 不義によるとは言え、これから生まれてくる子供は、リオンとクラヴィアの二人にとっては、まさに掛け替えのない大切な宝になっていた。
だが、それを踏みにじろうとした者を、皇太子はどうしても許せなかったのである。
 片手で前髪すくい上げ、片顔を隠したリオンは、その心情を感情高ぶらせて吐露した。
「こんな私なのに、子を持てるとは思っていなかったのに…それでも彼女との間に授かったあの小さな命の事が、こんなにも愛おしいよ…だから…許せなかった!!この私から…いや私達から、あの大切な命を奪い去ろうとしたこの女も!!そして今もただ、後宮奥に何食わぬ顔をして居座り続けているあの女も!!」
「……………」
「許せなかった……」
 その皇太子の告白を受けたラインノールは思う。
 公に出来ぬ想いほど、内に篭もり強く激しくなる。
 温厚な気性の持ち主ほど、愛する者に対し危害を加えられれば苛烈な報復をする。
 
(―――この皇太子かたのここまでの怒りを受けし者が愚かなのだ、何故ならそこに常はお持ちの慈悲と寛容さが一切の無いのだからな)

 やがてこの顛末のまとめについて、さも現実的にラインノールは主君に伺う。
「ではこれで終わりですか?」
「確定ではないよ、こういう事はね。だがジュリアスには『ティルフィング』を護りに付けた、皇后には『リーフ』を持たせている。当面はこれで大丈夫だ」
「貴方の護りは?」
「今は不要だ、これでも自分の身ぐらいは守れるよ」
「…そうですね、『光の聖獣(リーフ)』抜きでも本気になった貴方(・・・・・・・・)を確実に殺すには、一個小隊あっても足りませんからね」
 ラインノールは彼にしては珍しいたとえ話を言った。
 皇太子は破顔した。
自惚うぬぼれる気はさらさら無いが、常にそうありたいよ」
 皇太子の自信に頷いてから、再度ラインノールは尋ねた。
「ではこの骸をどうしますか?」
「さて、どうやって丁重に彼女の元に送り届けてやろうかな?」
「そうですね、あの女の離宮の噴水にでも浮かべてやりますか?黒百合・・・付きで」
 黒百合は、フィンダリア国花の裏の花、それは死刑執行通告花。
 ラインノールはあっさりとんでもない事を口にする。
 そして従来の彼(・・・・)に戻りつつある皇太子は、腹心の言葉に同調した。
「いいね、ついでに『ゴールド・シティ』も一輪浮かべておこう」
「牽制にですね」
「そう言う事だ」
 リオンが口端を上げて口にした『ゴールド・シティ』とは、100種類あまりある百合の銘柄の一つである。
 この百合がどんな花かというと、大型で花芯中央が黄色く、そして花弁が内から外に向けて黄色から次第に白色にグラデーションがかった、そう、カサブランカ百合を思い浮かべていただくのが一番分かりやすいだろう。
 現フィンダリア第一皇子が紋章みしるしに使う花であった。
つまりこの花を、黒幕である第2正妃ニュクシーヌ―――リオンらの通称『西の毒婦』―――に送り届ける死体に添えると言う事は、皇太子リオンからの無言の圧力となる。

 これ以上皇后クラヴィアと、その息子である第五皇子ジュリアスに手を出す事なかれと―――
 
 主君の心意を察したこの腹心は、クスリと僅かな笑みを浮かべた。
「分かりました、では直ぐにでも」
「頼むよ」
「畏まりました」
 皇太子の意志を受けたラインノールはそう言うと、片眼鏡に触れた。
「……聞いた通りだ、そのように計らえ」
<はい>
 突如としてかかる第三の声、そして刹那に室内に巻き上がる雪風。
同時に室内の窓が開き、そして雪風は血海に浮かぶ女の躰をくるむと、そのまま窓の外に消えた。
 雪と風が室内から消えた時、最早そこに死体はなく、そして血の海も綺麗さっぱり消えていた。
 そしてこの部屋は、まるで何ごともなかったように整理された。
これこそまさに完全犯罪の成立であろう、もっともまだ凶器が犯人の手元に残っているが。
 さてその後皇太子リオンは、見ていて気分が良くない物が消えた事もあり、腹心と腹心の僕に感謝を述べて、それから苦笑混じりに本音を漏らした。
「君が最初に(・・・)来てくれて助かったよ、ラインノール。実を言うと、リーフがいなくて後片付け(・・・・)に困っていたからね」
「別に貴方がここで人を何人殺そうと、貴方が一言『敵の暗殺者だった』と言えば、そんな輩を返り討ちにした(・・・・・・・)と言う事で終わるはずですが…この件を伏せておきたい理由は、もしや他にもありますね?相手が西の毒婦だったという事の他に?」
「……相変わらず何で君はこう、鋭いのかな…」
「……図星ですか?」
「……済まない」
 問われて鼻の頭をかいた皇太子に、洞察力優れるこの幼なじみは、そんな皇子にため息をついた。

……どうやら間者の女と最後まで、体が欲するままに対舞曲コントルダンスを踊り明かした皇太子のようである。
……証拠隠滅は確実に、その為にかなり今回過激な手段を取ったフィンダリア皇太子である。
いくら敵だったとはいえ、少々女が哀れかも知れない。

(本当に貴方という人は…クラヴィア様に浮気・・を隠す必要があったんですね)

 はぁ、と…ちょっと情けなく思うラインノールだった。
 こうして一件落着(?)した皇太子は、裸体の晒した上半身に衣服を着始める。
だがそこへ突然前触れもなく、予想外の存在が現れて彼等を驚かせる事になる。
 窓を炎爆で破壊し、リオンの元に飛び込んできたのは、何と紅緋色の尾とたてがみそして瞳を持つ天馬。 そこに居合わせた二人は、部屋が突然部分破壊された事よりもその天馬を見て驚いた。
それは、北の大国シレジアにいるはずの、炎の聖獣ヘスペリスだったからだ。
黄昏乙女ヘスペリスなのか?」
<是!!>
 半ば呆然としたフィンダリア皇太子の呟きに、その聖獣は切迫した様子で肯定した。
重ねてリオンは尋ねた。
「何故君が此所に?」
<助けを!!主を助けて欲しい!!>
「助け?」
 北の地の実弟にどんな一大事が?
それも人智を超えた力を持つ聖獣が、それこそ主である実弟の元から離れて、遥々国を越えてやって来るとは?
 彼の兄に緊張が現れた。
「セリーに何があった?」
<毒を盛られた!!我らが知らぬ毒!!シレジアでは完全に解毒出来ぬ毒!!我が主の慣れていない毒!!>
「!!」
「セリー様が!?」
 ヘスペリスの悲鳴のような訴えに、その場の二人は青ざめた。
「セリーが…あの弟に耐性のない毒だと…?……莫迦な…」
 蒼白になったリオンは愕然とする。
 フィンダリア皇族の男子、特に第一正妃の嫡出であるリオンとセネリオ。
そんな彼等は、幼き頃に毒殺の危機に遭い、それからというもの極少量で、且つ幾つかの毒を摂取して体を慣らし、毒への抵抗力を身につけていた。
 こうする事で多少の毒を万が一体に取り入れても、人体に働く毒の作用を遅らせて生存率を高める事が出来るのだ。
 そして解毒薬を飲めば、しばらくの養生の後に全快出来るように。
そんな弟が生命の危機に陥るほどの毒!?
「本当なのか…それは…?」
<是!!是!!主が…主がこのままだと死んでしまう!!>
 心の衝撃で声を失った皇太子に、緊迫した聖獣は訴えた。
 この時、部屋の異常を察知した近衛兵らや女官などが新たに駆けつけ、鍵のかかった扉ごしから「何事だ!!」と騒ぎ出す。
 だがそんな周囲のざわめきすらも、今のリオンには把握出来ていなかった。
この時彼が思うのは、4年も前に別れを告げた筈の実弟の事。

―――セリー!!

 フィンダリア皇太子リオンには、まだ救わなければならない者が存在したのである。


 
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