作者からの警告です。
今回は限りなくR−18的要素が濃いと思われます。
ダーク・リオン降臨中。苦手な方はおやめ下さい。
第23話 心は万里を駆ける(2)(☆性描写&★残酷描写有り)
第23話 心は万里を駆ける(2)
―――さぁ、始めようか?
君と私の対舞曲。
甘く漂う旋律に合わせ、夢心地の熱情を奏で、快楽を求めて踊り明かしていく果てに。
それは君が私に屈するか、それとも私が君に捕まり破滅するかの…官能の舞踏。
勝利条件は、最後まで己の理性を保ち続ける事だ―――。
女官の手を取ったリオンは、そのまま彼女を自身の胸に抱き寄せると、体を入れ替えてレカミアの上に組み敷いた。
女官はこれからもたらされる恍惚の時に、僅かな恥じらいを見せた。
「名を―――聞いていなかったね…君に魅了される余り…私はすっかり失念していたよ、君の名は?」
組み敷いた上から女の顔見て、リオンは尋ねた。
「あ…タッカー子爵が娘でベアトリスと言います」
彼女の家門と名前を聞いた後、リオンは優しく彼女を見つめた。
(一つ…証拠を掴んだな。後は誰が【黒幕】か、これから吐いて貰おうか!!)
内に秘めるは謀略が蠢く宮廷抗争。
皇太子リオンを烈火のごとく怒る事態を引き起こした者、それがこのベアトリスと名乗った女官だった。
リオンの表情は…外面は、熱を帯びた官能に誘う男の優しさを見せていた。
しかし、内面はこれほど氷結した心を持つとは到底信じがたいだろう。
フィンダリア帝国皇太子マチス・レオナートの真の恐ろしさは―――ここから始まる。
「『ベアトリス』か…美しい君に相応しい名だね」
「まあ、そんな…あ!」
名を聞いた感想を述べながら、リオンはベアトリスと名乗った女に愛撫を与え始めた。
彼女の身につけていた衣服を、少しずつはだけさせ、耳たぶを啄み、濡らした耳から首筋にかけて息を吹き掛けた。
無造作に、真っ先に胸を掴み始める事はせずに、まるでじっくりと女を支配しようとする動作は―――
ベアトリスの躰に、甘美なる細波が起こり始めた。
処女ではないこの女官は、皇太子のその仕草に意表を突かれた。
手馴れている?
漁色家で知られた現皇帝と違い、この皇太子はそれ程浮いた名を―――『両刀使い』という噂を除いて―――聞いていなかったからである。
だからこそ自らの肉体を持って彼を誘惑し、この国で確固たる地位を築き上げ、そして……このフィンダリアの内部事情を握る役を引き受けていたのに。
しかし、この想定外の甘い感覚に身震いした彼女は、思わず眼をつむり、必死に耐えようとする仕草をしてしまう。
本来はさも感じている事を振る舞うのが『仕事』なのに、そんな事は必要が無いどころか、逆にその甘い麻痺に自己の躰が悦び始めている。
この時―――彼女の視線が、自分から逸れた事を見計らった皇太子は、隠して携帯していた薬包を一服取り出すと、中の丸薬を相手に気づかれないように口に含んだ。
この口に広がる丸薬の苦みが、彼に平常心を保たせるモノであり中和剤である。
―――密かに仕掛けた『罠』に自ら嵌らぬように。
こうして口に含んだ丸薬が、皇太子の口腔の中で溶けて飲み込まれるまで、彼は首筋へのキスとその官能を与えいく手を休めることなく、同時に女の柔肌を露わにする。
彼のその動作に、女は躰を次第に朱に染め始め息づかいも乱れ始めた。
それから程なくドレスの中に隠されていた、豊満な魅惑の乳房が彼の掌に包まれた。
そうして組敷くベアトリスの顔を自らの方に向かせた。
自らの躰下で、既に上気して自分を潤む熱を帯びた瞳で見上げるその相手に、皇太子は問いかけた。
「君が欲しい……だからもう少し…君の父君の家門と爵位に連なる一族について、詳しく聞いてもいいかな…?私は不自由な身の上でね、只の恋愛感情だけでは、君を直ぐに私の愛妾に――ましてや正妃に次ぐ存在にする事は出来ない。君の身分が低すぎれば、色々と裏工作が必要だから……」
「私の事をですか?何なりとお聞き下さいませ……」
うっとりとリオンを見つめ、その問を待つように女は甘い声で了承した。
だがこの女官…ベアトリスは気づいたであろうか?
フィンダリア皇太子マチス・レオナートの持つその翠玉の瞳が、何時しか暗き陰影を帯び始めていた事を。
潤むその女の声に、彼は目を一瞬細め、そして次にその彼から出た問いかけは、このベアトリスなる女官を凍り付かせるのに充分であった。
「では聞こう、君の祖国はどこかな?」
「え…?」
「君はフィンダリア人ではないからね」
「!!」
先ほどまでの彼から与えられていた愛撫で、昂ぶる肉体に宿った彼女の蜜熱が、この時瞬時に冷却した。
息を詰まらせ驚く彼女に、皇太子は先ほどまであれほどこの女官を求めていたとは思えぬ程の、冷めた姿となった。
「なかなかのものだったよ、君のフィンダリア語と此処での立ち振舞いはね。たが君はボロを出したからね」
「で…殿下…?一体何を言って…?」
狼狽える相手に、リオンは彼女の正体を彼に気づかせたその一つを説明する。
「フィンダリア宮廷において、未婚で礼儀作法の為に宮廷に仕えし女官は、普通『家名』を自ら名乗らない。それは他の高級女官達と同じように、言うなれば花嫁修行で宮廷に仕える以上、爵位の上下関係は邪魔になるからだ。よって名前か愛称で呼び合う!!決して『タッカー子爵嬢』とは自分からは名乗らない。爵位を名乗る事が許される女官は、既婚者あるいは未婚でもそれ相応の役目を受けし者だ。この時、既婚者は夫の爵位を名乗るので、つまり夫人であり令嬢ではない。特に歴代皇太子の乳母を務める夫人には、公爵夫人だろうと『マロリー男爵夫人』という名誉爵位が別に与えられている。一方で未婚で爵位を名乗る女性は、専属に請われた家庭教師、そして本宮・皇帝の後宮・皇太子の後宮をそれぞれ監督する三女官長のみだ」
「そんな!!」
「君はそれを知らなかった。このフィンダリア宮廷に高級女官として仕える者が、その勤めを行う前に最も最初に覚えるべき事柄をね」
「…だから私が…フィンダリアの貴族の娘ではないと……?」
「そうだ。他にもあるがね……」
だがリオンの推理に、彼女は口元に手を当て失笑した。
それに対して、リオンはそんな女を組敷きながら黙して見下ろす。
女は笑いを収めると皇太子の疑惑を一蹴した。
「申し訳ありません皇太子殿下、あまりに突拍子のない推理でしたので…」
そう前置きして、ベアトリスは冷たく自身を見据えたままの皇太子に対し、自らの身の潔白を明らかにする為に弁明した。
「…殿下のご指摘の通り、私は帝都に暮らす方々からすれば、このとおり宮廷マナーすら身につけていない田舎者でございます。かのような疑惑を持たれましても当然の事、しかし貴方様をお慕い申し上げている、この事は本当です!ですからどうか…そのような不快な事はお忘れになって……ね?」
「―――君が私にフィンダリア語を話せば話すほど、君のボロが出ているのにまだ気付かないのか?」
「なっ!!?」
冷然と皇太子が重ねてなお疑いの言を切り替えし、女はまた驚きのあまり言葉を詰まらせた。
「君の話すその言葉は…あまりに自然過ぎるのだよ、自ら田舎者だと語りながらね。地方訛りがないその完璧なフィンダリア語!!それこそが証だ!!」
リオンの言う事は当然の事だった。
どんな国にも地方によって方言がある。
発音にも若干の誤差が現れる。
それが訛りと云われるモノであり、そして国内で統一母語、標準語と言われるモノは、主にその国の首都圏で多用される言葉である。
つまりフィンダリアで言うなら帝都パレス、それも宮廷の貴族達が使う言葉。
女はその事を指摘され、無言で先ほどから打って変わって皇太子を見ていた。
黙した女に皇太子は問い糾した。
「さぁ…まずは君の真の正体を明かしてもらおうか?聞きたい事は山ほどある」
「私が…白状するとお思いですか?」
「是非そうして貰いたいが…正攻法では難しいかな?」
「……………」
この会話の中。
ベアトリスは黙したまま、リオンの隙を見て足掻き、彼の体から逃れる方法を考えている。
こう言う時は男の股間を蹴り上げるのが一番だが、現在彼女の体は長椅子で組み敷かれていた。
そして彼女に覆い被さった形のリオンは、長椅子に横たえた彼女の腰の当たりの大きめの座面に腰を下ろしていた。
この状態だと、彼女の体は長椅子の背もたれとリオンの体に挟まれ逃げられない。
無論彼の下半身に強打の一撃は食らわせられない。
暴れるだけ無駄であった。
だが今のところ、皇太子は彼女に暴力は振るってはいない。
これなら、暴れて躰を痛めつけられるよりも別の突破口を作る事を考えた。
それならば今一つの方法、いや、当初の計画通りに―――この皇子を……色仕掛けで!!
間者である彼女は、独特の訓練を女ながらに受けている。
激痛に耐える事は勿論、閨房術―――男を喜ばす事も然り。
性の快楽に溺れさせ、一時を過ごしてから一度手を引く事にすれば良いのではないだろうか…と。
やがてその考えがまとまると、ベアトリスは男を誘う魅惑の淫魔リリスの笑みを浮かべた。
「降参いたします。流石は聞きしにまさるフィンダリアの世継ぎの君、私のような女ごときでは敵いませんでしたわ」
だがそんな笑みごときで女色に堕ちる皇太子ではなかった。
「殊勝な心掛けは良い事だ…だが、先手を打たせて貰ったよ」
「え!?」
ベアトリスの目が予期せぬ事に見開いた。
「この部屋に入り小一時間経った…そろそろ効果が出てくるはずだ」
「何を…!?」
彼が何を言っているのか、その意味を彼女は考え始めた。
「あそこの小テーブルに置いた花瓶に『花』が飾ってあるだろう?」
目線だけで皇太子が指し示した所に、部屋の調度品の一つである見事な花器があり、その花器には確かに見慣れぬ大輪の薄紅を帯びた花が生けられているのを、彼の目線を追ったベアトリスはそれに気づいた。
「あれが…何だと言うの?」
「あれはこの国の…いや、この城のとある皇族が作った特殊な花でね、『催淫花』という。言うなれば媚薬効果のある花だ」
「な…!?」
「君は閨房術には長けているようだから…少々小細工をさせてもらったよ。この部屋に僅かに薫る花の香は…その効果を君にもたらしていくだろう、時機にね」
ベアトリスは表情を凍り付かせた。
彼女がこの部屋に入った時、確かに違和感があった。
そうこの部屋は、他の部屋と違い花の香りが強かったのだ。
不覚だった、彼女自身は過去に近づいた相手に対して、何度か媚薬を使用した事があるが、相手から使われた事は初めてだった。
だが僅かな自失の後、顔を蒼白にしながらも気を取り戻し、フィンダリア皇太子に払う見せかけの敬意すら放棄したベアトリスは、こうリオンを罵った。
「温厚、清廉潔癖な皇太子が優しげな顔に似合わず、父親同様に『好き者』とはね、とんだ食わせ物の皇太子だこと!!」
だが彼は、その言葉に微塵の動揺すら見せずに彼女を見据えたままである。
「別に君を貪りたい訳ではない、誘導尋問にも種類があると言う事だ。まずは君が何処の国の密偵か…それとも刺客か?あるいは後宮に棲むあの愛妾共の手駒か…?―――それを答えて貰うとしようか?」
「そう容易く答えると思っているの!?」
「知っているかい…?生まれ育った言葉と言うのはね、どんなに訓練しても隠し通す事は出来ない」
「!?」
「常に意識して隠していてもだ。ふとした弾みで自然と口から零れ出てしまうもの、そう、反射でね、それが母語というものだ…」
「!!?」
「例えばね、身体に突然の痛みを受けて思わず上げてしまう声。それから我を忘れてしまった時に上げる声だ」
「!!」
「―――私の狙いはそれだよ、こうしてね……」
「あぁ!!」
リオンが会話と共にベアトリスの胸を嬲った。
鷲掴みではなく、あくまで力を加減して、そして彼女の敏感な尖端を捕らえての愛撫に、彼女はその声を上げた。
「そう今君が上げた声だ……」
「あ…」
その声はリオンの推論を裏付けていく、そして最早ここに優しい男の姿は無かった。
霰もなく彼女が上げたのは、嬌声という女の声。
一方その自らの声を聞き、ベアトリス―――おそらくは偽名なのだろうが―――は、絶句する。
こんなはずでは…という考えも、既に遅かった。
何故なら自らの意識と反して、再び躰が熱く身震いし始めたからだ……何もされていないと言うのに。
皇太子リオンの言うとおり、それは彼女に兆しが現れ始めたのだ。
一方今の彼は、組み敷いた女…いや全ての者にすら何ら感情を見せない心を持っていた。
心を氷結して感情を封じなければ出来ぬ事を、これから彼は行うのだ。
彼の心の中にある、たった一人の女性に対して顔向けが出来ぬ事を―――そしてそれは同時に…彼女の為に。
こうして遂に、頃合いと見たフィンダリア皇太子は、彼女に誘いをかけた。
「さぁ…始めようか…」
「な…何を…」
これから起こる事に漠然とした恐怖を感じた女は、その声を失う。
深淵なる暗き樹海の森を漂わせた皇太子の翠の瞳が、頬が熱く上気し始めたそんなベアトリスを見据えていた。
「君に全てを吐かせてみせよう、君の云った甘美なる一時を持って―――」
再び掛けられた皇太子のその言葉は、尋問を主体とした愛無き二人の熱情なる対舞曲への誘いだった。
皇太子と女官の女が、色事の駆け引きをして一時間ほど経った。
白金の髪に片眼鏡をかけた青年文官ことラインノールが、急に何も告げずに姿を消した主君の所在を求めて、色々と探し回っていた。
(……リオン様)
いつも決まって自分に何も告げずに、あの主君が単独行動を取る時は、必ず女が一枚噛んだ奸計を張り巡らした時だ。
宮廷内の只の暗殺なら、皇太子お抱えのグルニア騎士団に任せればよい。
だが、きっと今回はそうではない。
思い当たる節がある、このクレンネル侯爵家の若き当主はその事に重く沈み、やがて今朝方見た懐かしき人の夢を思い出した。
―――「レイ…お前に頼むよ、兄上の事を。私はもう、兄上の側には居られないから、私の代わりに…あの人の側で最後まで付いて居て欲しい……。どんなに兄上が変わられてしまっても……」
―――「―――ご安心下さい、セリー様。菲才の身ではありますが、出来うる限りの補佐をさせて頂きますよ。この身命と家門が続く限り」
―――「有難う…レイ…」
(あの誓いを立ててから、早数年か……)
本宮の廊下を歩き、思い当たる一つの部屋を見たがそこにはいない。
また再びラインノールは別の所へと歩き始めた。
その間…ふと夢の記憶は、再び彼の中に甦る。
―――「…なぁ、レイ。大人になるというのは――国の命運を握ると言うのは、責務を負うというのは辛いな……。昔はあんなにも大きくなりたかったのに、今ではこんなにも…昔に戻りたいよ。あの頃のように、何も知らずに笑い合っていたあの頃に…還りたい…」
―――「セリー様……」
(あの頃に還りたい…か…)
そう思うや普段表情を余り変えないこの貴公子に、我知らず僅かな笑みが表れてしまうのは…それはきっと彼も同じなのだろう。
だが、時は前方にしか流れゆかない。
立ち止まり、振り返り遡りたくとも…その術を人は持ち合わせてはいないのだから。
そんな感慨に浸り歩く彼に、突然告げる声がある。
<主、近くで人血の流れを感じます!>
「!!」
歩行を停止したラインノールは、片眼鏡に触れて簡潔に呟いた。
「何処だ?」
<此所から三隣の奥部屋です…>
「…………」
どこからともなく聞こえる声は女のようだが、彼の側には誰もいない。
その声を聞いたラインノールは、緊張を趨らせた。
嫌な予感がした、何故ならそこは次の彼の目的地であったからだ。
そうして辿り着いた本宮内のとある一室。
人が居るかどうかの確認をすると、案の定、室内から探していた皇太子の声が聞こえたので部屋に足を踏み入れた。
「!!」
その時、扉を開けた彼を最初に歓迎したのは血臭!!
そして次に目に入ったのは―――!!
もし彼が一般的な男なら、悲鳴の一つでもあげたっておかしくはない。
だが鉄面皮の若者は目を見開いただけで、直ぐに室内の中に完全に入るやドアに鍵を内側からかけた。
その光景を隠すためにである。
そして室内を見渡し、しっかり窓がカーテンで覆われている事も確認し息を吐くと、完全に密室になった室内でようやく主君に話しかけた。
「一体何があったのですか…リオン様?」
言うなれば予想通りで、その目線の先、ラインノールが見る部屋の状況はまさに殺人現場だった。
被害者:裸の若い女、死因は咽喉部の刃物による切創、恐らく即死。
加害者:半裸のフィンダリア皇太子マチス・レオナート。手に凶器と思われる、短剣を所持。血糊べったり、犯行時刻は恐らく今し方と思われる。
だが彼は理由なく人殺しをする…ましてや女を惨殺する人物ではない。
だから必ず理由がある!!
その状況をしっかり押さえて、再度皇太子に尋ねるラインノールだった。
「この女は一体どんな愚かな事をして、貴方の逆鱗に触れたのですか?」
「…君は何だと思う?」
「そうですね…大方、皇后陛下に危害を為したのか、あるいは弟君のジュリアス様の方に危害を為したか…というところでしょうか?」
「『フルーツバスケット』…」
皇太子が口にした言葉は、‘Fruit Basket Turnover’という子供の遊びからの喩えである。
この遊びの中でオニがこの言葉を口にする時は、則ち「全員」である。
よってこの場合は……ラインノールはこう解釈した。
「……お二方共にですか?それはこの女は、貴方に瞬殺されても当然ですね。しかしそれなら…何も貴方自らの死の制裁を与えなくとも、…通常のように、グルニア騎士団の『黒百合隊』にお任せになっても良かったのでは?」
ラインノールが平然と口にした、グルニア騎士団の『黒百合隊』とは、言わずもがな皇太子リオン直属の暗殺専門の部隊だ。
最も表向きは違うが。
このラインノールの問に対して、しかしリオンの殺害の動機はまだ続いた。
「それだけじゃないよ……」
「……では言い方を変えましょう。この女は具体的にどんな危害をあの方々に犯したのですか?それこそ臣下に報復させず、皇太子たる貴方自身が成さなければ気がすまない程の怒りなど、そうなった理由をお伺いしてもよろしいですか?」
「もう少しで私は…全てを失うところだったからだよ……セリーだけでなく」
「リオン様、ではこの骸になった女が、例のぼやの一件の真犯人だった訳ですか……?」
「そうだ、王華殿に火を放った女だ」
リオンは目の前に転がった女の亡骸をぼんやり見ながら告白し、その姿のリオンを見てラインノールは得心した。
思い当たる節、それが的中したからである。
一月ほど前、フィンダリア皇后とその息子の住まう後宮内の離宮・王華殿でぼや騒ぎがあった。
普段それも火の手が上がるわけはない、その離宮内の一室でである。
故に放火の見方が強く、ずっと捜査されていたのだ。
放火―――意図的に起こされた火事。
そして一度起こった炎は全てを焼き尽くし、たとえ消火方法というものがあっても、その規模が広がれば人の手には余る災害になる。
それから時が経ち炎の猛威が鎮火しても、富貴問わずに焼き尽くされた人命と財産は二度とは戻らない。
故に放火は…フィンダリアだけではなく、多くの国において最も重い大罪である。
リオンはその時の事を振り返った。
「あの時ぼやで済んだのは、君が…君と君の側にいる聖獣が助けてくれたからだよ」
「………大したことはしていませんよ。私も彼女も」
「『水』では消せないギリシャ火の火災だよ…?彼女が炎を瞬間凍結してくれたからこそ、周りはぼやで済んだと思っているんだ」
「只の火種ではないと、風の匂いで先に気付いたのはティルフィングです。……思えばあれは、貴方が度重なる御前会議で直ぐに来られないと見越しての犯行でしたからね、悪辣だった事に…この女もよく考えたものですよ」
だがそれを聞いたリオンは頭を振って答えた。
「いや、真犯人ではなく実行犯だ」
「!!それは……?」
「この女はアグストリア人だった。事の直前に全て吐かせた、この女は『西の毒婦』の手駒だったよ」
「『西の毒婦』!?つまり第2正妃の刺客だったという訳ですか!?」
鉄面皮の若者もこの時ばかりは、声を高めて皇太子に聞き返した。
第2正妃。
フィンダリア帝国の現皇帝マチス・ガルボ三世の、皇后クラヴィア以外に存在するもう一人の正妻、その名はニュクシーヌ・アグストリッド=フィンダリア。
『西』と方角のみで言い表される、フィンダリア、シレジア同様のガイア大陸の『大華五ヵ国』の一つ、アグストリア諸国連合国の宗主国アグストリア国出身の正妃。
そして第四皇子の実母である。
皇太子マチス・レオナートは、この第二正妃を『西の毒婦』と暗号化して呼んでいる。
言うなれば仲間内での隠語…別名悪口ともいうが。
毒婦という暗号の意味は、皇帝の寵愛薄い彼女が、他の後宮の愛妾達を妬み、そして特に皇帝のお気に入りの女、更に皇帝の寵の末に見事懐妊した女達をかつて何人か密かに毒殺した事に由来する。
最も彼女が殺したという証拠はない。
祖国の者を人知れず呼んで此所で暗躍させているのだ…今回のこの女のように。
一方で当の皇帝はと言うと、同盟のために婚姻している彼女に迂闊に手が出せない現状であった。
だから彼、皇太子リオンも又密かに動かざるをえないのだ。
分かっているのに真の災厄の権化を排除できない。
その憤りが彼の口の端から表れた。
「……その前から、この女は西の毒婦の言われるまま、皇后には毒を盛り、一方で西の毒婦はジュリアスへ刺客を放ち、更にその悉くが失敗すると、遂に業を煮やしたあの女はこの女に命じて、今度は放火という最も卑劣な手段を講じた」
殺害する前に吐かせた事実をそうリオンは語り、ラインノールは冷徹なる分析を持って肯定した。
「あの女のやりそうな事ですね、おそらくジュリアス様を狙ったのは、この前成人式に失敗して聖獣を持てなかった第四皇子の事があったのでしょう。毒も刺客もいつもの事とはいえ……」
「違う!!」
ラインノールの言葉を遮り、突然リオンは声を荒げた。
常には出さぬ皇太子のその声に、ラインノールは目を見開いた。
「リオン様!?」
「いつもの…いつもの毒ではなかった!!あの女が用いた毒は…撚りにもよってファナに水銀を使った!!」
「水銀…」
ラインノールは鉄面皮の顔を蒼白にした。
水銀毒…それは太古より、人を暗殺するよりも別の使い方をされた薬物である。
主にターゲットは女性、時には女性自ら飲むその薬物の使用方法は『堕胎薬』である。
フィンダリア帝国皇后クラヴィア…皇太子リオンがファナと呼ぶその女性は今、第2子を懐妊中であった。
そうフィンダリアの第2正妃は、この皇后の宿す新たなる子を、暗殺――つまり流産させたかったのである。
ラインノールはやっと主君の真実の怒り、その訳を悟った。
(ああそうだった……。もう一人の命も又、危険に晒されていたのか、だから貴方は…、その怒りを抑えきれなかったのか……もうすぐ生まれる貴方の―――)
やがてラインノールは、彼が悟りし皇太子のその檄高の心情を口にした。
「……皇后陛下と御子の為に、その二人の『命』を危険な目に遭わせたこの女を、貴方は何より許せなかったのですね…?」
皇太子は黙したままだったが、彼の推察は間違ってはいなかった。
皇后クラヴィア…彼女が身ごもる赤子の父親は――――皇帝マチス・ガルボ三世ではなく、その息子・皇太子リオンの子であった。
本編「星祭り」であれほどほんわかしていた「パパ」リオンとのギャップがある今回の話。(-_-;)
ダーク・リオンは言うなれば、ジュリアスの精神形成の元に通ず。兄弟は似る。
次回でやっと軌道修正してセリーの方へと話が繋がるのであった。
つたない小説を最後まで読んでいただき有難うございました。何か表現等でアドバイスがありましたらお待ちしております。
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