やっぱり伏線話になりました。
本編と違い、人の心情を出してきた作品です。
本編3章は8/7にアップします。(序章は出来てますが)
これは「砂漠の蝶」「雪待ちの花」Akkaさまに企画を頂きまして、七夕話を書いてます。旧暦七夕にちなんでの挿入話ですので、これと同時のアップ予定です。
本編も宜しくお願い致します。
第22話 心は万里を駆ける(1)
第22話 心は万里を駆ける~1~
『白詰草』…誓いの花よ。
私たちは祈ります 貴方が無事である事を。
還る貴方を 今か今かと日々待ちわびて。
私たちは願います 貴方が戻ってくれる事を。
唯貴方に 戦争の勝利よりも 今一度の再会の事を。
愛しています 愛しい人よ。
貴方のくれた白詰草が。
その名の通りにきっと果たされる事を願って。
『白詰草』…誓いの花よ。
(シレジアの防人歌~詠み人知らず)
シレジア軍がロストフポーリの戦いを経て、新たなる混乱を迎えている頃。
シレジアの王都ホルムガルドは、今日も賑やかで夏の活気に満ちていた。
美しく晴れ渡った空、ここ数日は暑さが続き、王都では遂に「夏本番真っ盛り!!」と、王都に暮らす人々は、このシレジアにもようやく北の短い夏が来たのだと歓迎していた。
北の大国と云われる広大なシレジア国土、たとえ戦渦に見舞われているとはいえ、今はまだ王都にまでその影響は出ていない。
現に国王等が出征しても、シレジアと交易する商人も、各地を廻る旅芸人、そして旅行者の人の群れが途切れる事は無かった。
王都の繁栄は揺るぎなく、そしてまだ平穏を保っていたのである。
そんな王都ホルムガルド。
その中心にある翡翠宮殿、ニフリート・ドヴァリエーツ。
シレジアの民が王宮をこう呼ぶのは、この建物の円形屋根が、翡翠のような色を使って装飾されている事からである。
緑はこの国の色、かつてこの国の建国者が緑一色の草原である祖国を愛し、その緑の象徴だった白詰草~三つ葉~を国旗に掲げて国作りをしたのである。
それ故にこの白詰草はシレジア国花となった。
そしてこの植物の葉の形状を喩えて、シレジア建国王はこう民に誓った。
「この花は我らを結ぶもの、国王たる予と民である汝等を。そして我らが共に手を取り合い、この母なるシレジアの大地を愛すために。しかし国王だけでは国は作れん、汝等の力も必要なり。そして我らだけでは国には成らず、この祖国の国土があってこそ国家なり。『王』と『国』と『民』と、我らが『トロイツェ(三位一体)』となってシレジアを作らん」と。
こうしてシレジア王国では、白詰草は王と民と国家の三つを結ぶもの―――三位一体の具現した姿とされた。
後年、この健国王の民への誓いこそが『白詰草の誓い』と云われ、シレジア国民は必ず何か事を起こす時に宣誓したり、仲間同士で掛け合ったりする言葉となった。
これにより白詰草は別名『誓い』の花とされる。
だがこの白詰草には、まだもう一つある言葉も隠されていた。
それは彼らの誇り高き愛国心故から生まれたものだった。
誓いを破りし者、国土を侵す敵、それらに対してシレジア王国の民は絶対に許さない。
報復を望むのだ。
―――セネリオが停戦を提唱した時に、戦う力が残っていなくとも尚も戦闘を望む声が多かったのは、矜恃だけでなくこの強い愛国心の為である。―――
故に白詰草は別名『復讐』の花とも呼ばれている。
シレジアの『国花』―――それは誓いと復讐の花。
まるでフィンダリア国花の『白百合』、そして対極する『黒百合』のようであった。
さてこのシレジア王宮において、ただ今国権を預かるのは『北の居眠り獅子』の王妃イリーナ・アナスタシア=リューリク=シグルフ、つまり王妃イリーナである。
王宮の中、国王の留守を堅実に守る彼女。
夫から「また適当に押しても良いよ~ん」「分かったわ~」と言う睦言気味の合い言葉と一緒に、毎度国王が留守の度に預かるシレジア王国の玉璽。
法律や政令などの公布文や認証文に押される国王認可の証の国印。
イリーナ王妃は、夫にして国王ユーリー二世の不在間は、国王の代行者として彼の代わりに書類決裁をするのだ。
そんな彼女の玉璽押しは、「あら、これは良い考えね!」と言ってポン!
「何か変ねー、私には分からないわ~」と呟いて、『押しません箱』にポイ!
次の書類にはふむふむ頷いてポン!
この繰り返し。
如何にも簡単に決めて玉璽を押しているが、彼女が判断を誤って留守から帰った夫の手を煩わせた事はない。
国王同様なかなかに底知れぬ賢妻だった。
こうして本日の玉璽押しの日課も終えた王妃イリーナは、宮宰チェブーニン侯爵リュドミールに尋ねた。
「フレデリカの様子は?」
「夏の暑さも有るとはいえ、顔色が優れず、皆で口当たりの良い物を勧めてはおりますが…何分食も細いようで、苦しまれているようです」
心配そうな表情を見せたその宮宰の報告に、王妃イリーナはため息をついた。
「仕方のない事とはいえ、このままではあの子の方が参ってしまうわね……」
「左様でございます、せっかくの吉事。ようやく我らが待ち望んでいた事でございますれば……。皇太子妃殿下…姫様のお体の方が心配です」
「本当にこんな時に男共と来たら、さっさと戦に征ってしまうのだから…!!」
プリプリと怒る王妃に宮宰は宥め役に廻った。
「王妃様、これは国王陛下や皇太子殿下が悪いわけではございません。元はと言えばすべてリーヴェ共和国が我が国に対し―――」
「そーんな事は分かっていますよ!!」
バーンと机の上を勢いよく叩いた。
その拍子に卓上のインク瓶が倒れて零れた、叩いた手に同じく卓上に置かれていた紅茶カップソーサーが当たり、衝撃でカップが宙返りして床に着地し木っ端微塵に砕けた。
宮宰はビクついて姿勢を正した。
このように彼女が何時になくヒステリックになるのは無理無い事だった。
王妃イリーナのこの時の背景。
それは頼りになる夫が不在、同じく義理の息子も不在、そして大事な一人娘は今、体調を崩していた。
この時彼女の愛娘フレデリカは病で具合が悪いのではない、なんと懐妊中だったのである。
特に今のフレデリカは…妊娠初期によく見られるように、悪阻が酷く、ここのところの王都の天候――猛暑により母体が著しく弱っていた。
妻として、母としてそして何より王妃として、全ての重圧が彼女に重くのし掛かる。
ましてや今、悪阻に苦しむ娘の腹の子は、このシレジア王国の運命を握る子。
男子であれば約四十年ぶりの待望の世継ぎ、女子でも少なくとも王家の血統を存続出来る。
それは王妃イリーナがやっと待ち望んだ孫だった。
だがこの事をまだ国王もそして父親になる王太子―――セネリオは知らない。
何故なら娘の懐妊が判ったのは、国王が親征した翌日の事だったのだから。
留守を預かる王妃イリーナは、王権だけでなく国の行く末を担う次代まで預かっていたのである。
やがて国権代行の政務を終えた王妃は、娘のいる部屋を訪ねた。
部屋に訪れた時、皇太子妃にして愛娘は寝台の中で横になっていた。
詰める側仕えの女官や、宮廷医に容態を尋ねて娘が食事を摂った事を聞くと、ひとまず安堵した。
そうして娘の横たわる寝台の横に、座り心地の良い椅子を用意させて王妃イリーナは腰を下ろした。
(疲れたわね…)
この部屋に入り、娘の側に座ってやっと王妃イリーナは…只のイリーナになった。
そうして思惟に耽る。
彼女が思うのは――――。
(早く…早く無事に帰ってきて頂戴な、二人とも……)
そう、思うのは…願うのは愛する人々の安否。
王妃だろうと、そして一介の名も無き兵士の妻であろうと――――。
人は、女は、老若を問わず誰しも同じなのだ。
不安と重圧と心細さと、そして会えない切なさと。
――――戦争に赴いた夫や息子を案じ、そして『家』を守るという事は。
ましてやイリーナは只の女に非ず、シレジア王妃なのだから。
守る『家』も家庭だけではない、シレジアという国家そのものだ。
王妃とはそれだけの責務を背負うのだ。
国民に敬われ、傅かれると言う事は、本来はそう言う事だ。
享楽、放蕩、贅沢……そんな生活を送る事ではない。
自己を律する徳は人々の敬愛に通じる。
それを忘れずにいなければ、きっとシレジア王家は続くだろう。
先祖よりそしてその子孫へと、例え世代交代し…血は少しずつ変わり、家名が替わろうとも。
シレジア王家は、現国王ユーリー二世を持って現王家リューリクの家名は消える。
だが、その血だけは未来へ託したい!!
この寝台に横たわる娘とそして…新しい風をもたらした甥に!!
そしてこの国に新しい風をもたらした、甥の側にいる聖獣は『炎』。
(これもきっと何かの因果なのだろう……)
初めて甥に会った時にそうイリーナは直感した。
あの時、あの甥を婿養子にすると決めた時に。
そう、炎とは死と再生の力―――。
何れ…そう遠くない未来に、古い王家は消え去り、新しい王家が生まれるだろう。
その聖獣の力のように―――。
やがて…娘の側で彼女もまた一時の休息を取る事にした。
娘が目を覚ますその時まで―――
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ところ変わりここはフィンダリア帝国、帝都パレス。
陽光が強く照りつけるその空は蒼穹で、ポツポツと大きな白雲が浮かび、まさに夏日和であった。
そんな帝都パレスの昼下がり、フィンダリア帝城の後宮で元気に走り回る少年がいた。
年の頃は7才、見目麗しい容貌と黒き髪、今日の帝都の空を思わせる美しい蒼穹の瞳には、幼いながらも高貴さと強き意志を秘めていた。
その走る少年の傍らには同じように駆ける犬がいる。
犬はしなやかで飄々(ひょうひょう)とした体躯の猟犬のように見えた。
少年は振り返って側で共に駆ける犬を呼ぶ。
「こっちだ『ティルフィング』!!」
少年に呼ばれた犬は、すぐさまその方向に走る。
後宮から抜けるとそこはもう本宮、彼の目当ての人物がいるはずなのだ。
そうして本宮に辿り着いた少年は、流石に本宮を走り回るのは憚られるので、切らした息を整えながら、それでも早足で歩き出した。
犬の方も静かに彼の後ろを大人しく付いていく、余程躾けられているのだろう。
そして少年が本宮に現れると、宮廷に仕える者達は皆一様に礼儀を取った。
だが少年の方はそんな大人たちに目もくれず、さっさと目的地に急ぐ。
やがて少年がやって来たのは、荘厳なる一室の扉の前。
詰める衛司に少年はその扉を開けさせた。
開かれた扉に少年は入っていくと、直ぐに少年は一声をかけた。
「長兄上!!」
しかし、少年の求め人は室内にいなかった。
代わりに室内にいたのは、別の男である。
少年の兄の腹心の部下、グルニア騎士団長ガルフォードだった。
彼は入ってきた小さな貴人に対してにこやかに話しかけた。
「これは『ジュリアス』様、ようこそお出で下さいました」
ガルフォードに名を呼ばれた少年。
彼こそがフィンダリア帝国の第五皇子、ジュリアス・アウグスタス。
現皇帝マチス・ガルボ三世と皇后クラヴィアから誕生した、まごう事なきフィンダリアの皇子であった。
セネリオを含めて、様々な人々の命の歩みを変えたの運命の子でもある。
さてそんなジュリアス皇子は、ガルフォードに出迎えられた室内に、長兄リオンが居ない事について彼に訊ねた。
「バイロン、長兄上は?今日これから…俺の剣術指南をお願いしていたのだが?」
「申し訳ありません、ジュリアス殿下。皇太子殿下はその、急用が入りまして……」
「何かあったのか?」
昨今、国政を担う比率が父帝より多くなってきている兄皇太子。
その事を既に聡い皇子は知っていた。
けれどもガルフォードはいやいやと笑いながら否定した。
「なぁーに、反乱や大それた事件等ではありませんよ。私も詳しくは聞いていませんが…『只少し席を外す』と仰られましてね。もしかしたら陛下から内密にご相談を受けられたのかも知れませんし……」
室内に入るなり、彼の側に寄ってきた犬を撫でて、そうガルフォードはジュリアスに説明した。
「そうか、それは残念だったな」
その説明を受けたジュリアスは顔を曇らせた。
長兄の剣術指南を、少しでも早く受けたくて急いできたからである。
すると、がっかりした末の皇子に、ガルフォードが彼らしい提案をした。
「何でしたら…俺が代わりにジュリアス様のお相手をしますよ?」
「お前が?それは俺にとっては願ってもない事だが…良いのか?」
グルニア騎士団を預かる剣豪にして、既にフィンダリア中央正規軍の第一副師団長をも兼ねる(当時)ガルフォードの手習いを受けられると聞いて、向上心旺盛な少年皇子は素直に喜んだが、内心躊躇いもある。
彼にも公務があるはずだからだ。
ガルフォードはそんな皇子の気遣いを感謝して応えた。
「はい、大丈夫ですよ。今丁度手持ちぶさたですし、それにジュリアス様にはこの『猟犬』の世話をして貰ってますし…」
「ああ…そう言えば、その犬はお前の犬だったな。長兄上が『しばらく一緒に暮らしなさい』と云って俺に寄越したんだが、結構気に入っているぞ」
「それは何よりです」
ガルフォードは顔を綻ばせた。
(よしよし、ジュリアス様と上手くやってるな相棒!!)
<大したことはしてないぞ相棒、皇太子の『命令通り』にしているだけだ。犬らしく……>
ぼそぼそとジュリアスには聞こえない秘密の会話をする二人。
一方、ジュリアスは、共に暮らすようになった猟犬についての感想を、飼い主(?)ガルフォードに伝えた。
「ああ、そのティルフィングはむやみやたらにギャンギャン吠えないしな。騒々しくないのが良い。それに中々獲物を見つけるのが上手いし、弓の訓練には最高の猟犬だな。おまけによく俺の言う事を聞くし、それこそ俺のしたい事が全て分かっているかのように、例えば置いてあった剣を咥えて持ってきたり、本も何冊も運んで持ってきてくれたぞ。
あっ、そういえば、この前なんか、母上の宝石を掠め取ろうとした不届きな下働きの侍女を引っ捕らえたし、王華殿のぼやも防いだし、只の躾が行き届いた犬ではなく名犬だぞ!!」
そうジュリアスは側の猟犬を絶賛した。
これを聞いてガルフォードは内心ひやりとする。
(おい…余りやり過ぎるなよ、正体ばれるぞ!!)
<案ずるな相棒、我はそれ程間抜けではない>
再び…ぼそぼそと、ジュリアスには聞こえない秘密の会話をする二人。
しかし今度は勘の鋭いジュリアスに気づかれた。
「何か話したか?」
内心ドッキーンとさせたガルフォードだったが、表面上は何もないように振る舞った。
「いえ何も、ジュリアス様。それより本宮外堀にある騎士団の稽古場で訓練を行いましょうか?」
「ああ…そうだな、相手を頼む」
「はいはい、こちらこそお手柔らかに。では参りましょうか?」
そう言ってガルフォードは、ジュリアスを自身の軍の訓練場に案内した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
同じ頃。
フィンダリア城本宮のとある一室、薄布の内カーテンを閉めた部屋の中で。
淡く作られた人工的な闇の中、そこに二人の若い男女がいた。
昼間だというのに横長椅子にゆったり寛ぐ男に、女は垂れかかるようにして床に跪き、男の高価な夏上着をその白魚の手を滑らせて、意味深に触れた。
この女は、面立ちはなかなか美しい見事な黒髪の『高級女官』と言われる身分である。
高級女官とは、多くは礼儀作法の為に、城に上がって貴人の側近くに仕える貴族出身の女性たちの事をいう。
そんな彼女たちの日常は、仕える主…皇族の側でいつも身近にいて世話をするのが仕事である。
しかしその世話というのは、仕える貴人の話し相手をしたり、主に一緒に遊ぶ事である。
時には勉強を見たり、女主なら一緒に手芸をしたり教えたり、手紙を代筆したり、または書いた手紙を後宮内の宛先人に届けたり等々。
要するに料理・掃除・洗濯などの肉体労働は一切しない、それは下女と言われるまだ下の下級女官たちが行う事だった。
(中には自ら進んで懇意の貴人の身支度や入浴を手伝う者がいるが、本来は違う)
そして此所にいる高級女官である彼女の瞳は今、目の前の男を淫夢へと誘うことしか考えていない。
瞳を上気させて、若い男を紅を差した赤い唇でこう呼んだ。
「皇太子殿下…」
それは艶めかせた甘き囁き、同時に触れた手は怪しく次第に男…フィンダリア皇太子マチス・レオナートの上着を怪しく蠢くように擦り始めた。
「どうか私の願いを叶えて下さいませ」
女のさせるがままにして、フィンダリア皇太子ことリオンは内心ほくそ笑みながら聞いた。
「…君の願いとは?」
女は口の端を少し上げ、妖艶さを加味して求める男に答えた。
「どうか貴方様と甘美な一時を過ごす名誉を…私の身が殿下への慰めになるのなら、これ以上の幸せはございません」
「慰めか……」
我知らずに、誰に向けてか昏い嗤いを浮かべた。
望まぬ女を抱く事に?
虚しい快楽に溺れる事に?
目を瞑り、リオンは自らの胸元で媚びを売る女に訊ねた。
「…君には婚約者はいないのかい?」
「そのような方など…もしおりましても、今…私の目の前にいらっしゃいます方と到底比べようがございません。この国に生まれた女である以上、未来の皇帝陛下のお側で生きる事程の至福はありませんから」
彼の胸に手を添えたまま、そう言う女の目には嘘はないのだろう。
名誉と権力を打算している、野心に取り憑かれたこの女の目には。
今の自分はさぞ食い応えがあるご馳走なのだろう。
この国の次代の最高権力者―――皇帝となる自分なのだから。
女の方も笑みを浮かべ、裏を潜ませて皇太子を見上げた。
「それにお声をかけてくれたのは…他でもない皇太子殿下、貴方様の方」
「……君が余りに魅力的だったからね」
目を瞑ったまま…皇太子リオンは表面上はあくまで穏やかに、だが心にもない事を云った。
一方の女は…内心事が上手く運んだと思っただろうが「まぁ」と、さも感歎した。
(もう《一押し》か……)
意図して近づいた女に、ここでリオンは皇太子にしか用いることが出来ない最強なる女の口説き文句を告げた。
「私はもう結婚をする気はさらさら無いが……」
「殿下?」
「そうだね…君のような貴婦人が側にいてくれるのなら―――」
「え?」
「後宮くらいは持っても良いかな」
この皇太子の言葉に、女は驚きのあまり彼の胸を擦る手を止めて目を見開いた。
つまり私を寵姫にすると!?
未だ独身のフィンダリア皇太子、しかも後宮すら持っていない希有なる世継ぎ。
そんな彼は、女だけでなく実は男もいける口…『両刀使い』だと取りざたされて早数年。
更に彼女にとっては幸運なのは、現在皇太子にはこれといった特定の寵愛者は居ない、それ故に実質的な正妃同然!!
後は彼の子さえ孕めば、揺るぎない権力を得られる!!
この僥倖なる皇太子の発言に、女はこれ以上ないほどの喜色を浮かべた。
「皇太子殿下…!!」
女の声が変わった事―――それは打算を張り巡らしていた彼女の理性が飛んで、感情にのみに彼女の心が動き始めたのだと察知した皇太子は、更に女を完全に陥落させる為に行動する。
今まで彼はそれ程熱を帯びて積極的に女を口説いてはいない。
ただ上辺だけ優しい言葉をかけているだけ。
女が望んでいるであろう言葉を与えてやっただけ。
だからフェイクをかけた。
「勿論、君が嫌じゃないのならの話だけれどね。私は無理強いはしたくない」
この言葉に直ぐに女は血相を変えて訴えた。
「拒むなんて、そんな事は有り得ません!!ああ、こんなに嬉しい事が有りましょうか!!皇太子殿下、御自らに望まれての後宮入り!!そして一生涯貴方様の側でお仕えできる喜びは、何物にも代えられないほどの我が身の名誉!!」
その女の声を聞いて、リオンは心の内に会心の笑みを浮かべた。
(では《最後の仕上げ》をしようか……)
そう決心すると目を開けたリオンは女に微笑んだ。
「では…」
内心とは裏腹に、半身を起こし優しく手を差し伸べて、これから女を密事に誘う笑みを見せた。
優しい際立った容貌を持ち、そして二十代の半ばを迎えたこの時の彼は、その容姿に男の艶を増している。
そんな皇太子のこの笑みは、此所にいる女を魅了するのに充分であった。
「君の云う甘美な一時を…私に与えて欲しい―――」
無論女に否やは無かった。
遂に登場しちゃった本編主人公(幼少時代)。
しかもセリーが名前だけ。リオンは女口説いてるし〜。弟のピンチに何してんだよ〜!!
次話はかなりやばいでしょう。R−15ぎりぎりでしょうか?
つたない小説を最後まで読んでいただき有難うございました。何か表現等でアドバイスがありましたらお待ちしております。
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