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停戦とは意外に難しいものです。
作者からの警告です。残酷表現あります。
苦手な方はご遠慮下さいませ。
閑話休題をゼロにして一から書き直しました。皆様にはどう感じるのでしょうか?
第21話 レルカー会戦前(7)水烟の刻 ★残酷な描写有り
第21話 レルカー会戦前(7)水烟すいえんの刻


 多勢に無勢。
 単身で敵陣まっただ中に降り立ったセネリオを、これ幸いと彼らリーヴェ軍の方が、シレジア王太子を捕虜として捕らえるために行動に移した。
 つまり敵シレジア王太子という最高の捕虜・・にして、人質・・にもなる要人の確保をである。
 
 捕虜と人質――――。

 まず捕虜とは戦争などで敵に捕らえられた者、主に実戦兵を指す。
(後年…近代以降は戦禍に巻き込まれ、拿捕だほされた一般民間人も含まれるようになる)
 これに対して人質とは、同盟・降伏・和親などの交渉を有利にするために、特定の人の身柄を拘束することをいう。
あるいは先方に対して、此方から差し出す特定の人物の事を言う。
この時差し出される人物も、主にその交渉等を求める上で価値ある貴人、要人である事が多い。
 そして歴史上の『人質』には、他の側面もあるがここではその説明を割愛する。

 ――――明らかに意味合いが違うのでご注意を。


 …さて話は戻る。
 多くのリーヴェ兵に武器を構えられて囲まれたセネリオは、普通なら圧倒的な不利の状況に見えるだろう。
しかし。

――――やはり、無血交渉とはいかないか……。頭を潰さなければ……!!

 そんな状況にも関わらずに不敵にセネリオは嗤った。
「やれやれ、全員の相手は疲れるよ。だが面白い、止めて…みるが良い!!」
 セネリオがそう言い終えるや、最初の勇気ある兵が、気合いを込めた声と共に彼に剣で斬りかかった。
 斬りかけられた一合を受けたセネリオの『剣』、刹那にその剣は相手方の剣の刃を分断し、折れた刃を瞬時に消滅させる。
セネリオに斬りかかった兵は、それが眼前で行われた事に驚愕した。
 剣が消えた!?
 直前に起きたその信じられない光景に、この驚きの為に腰を抜かした兵は、その場に尻餅をついた。
 一方のセネリオは、戦闘意欲と武器を無くしたその兵にそれ以上は構う事はせず、次に備えて身構える。
 更にすぐさま、斬撃を行って尻餅をついた兵に続いて、他の兵たちもセネリオに武器を掲げて襲いかかった。
「かかれ!!」
「捕らえろ!!」
 そう叫び、気合いを入れた兵達が一斉に彼に飛びかかる。
 それに対して迎え撃つセネリオは叫ぶ。
黄昏乙女ヘスペリス!!『力』を!!」

 刹那。

 シレジア王太子が次に一振りした剣は、燃えさかる緋炎を生み出した。
それは弧を描いて巻き上がり、セネリオの周囲を炎の円陣となって取り囲む。
「ヒっ!?」
 その巻き上がる炎は、飛びかかった兵達を怯ませ、そして後退させた。
 しかし後方から指図するだけのこの男、リーヴェ正規軍司令官こと『下種将軍』にはそんな状況は関係無い。
「怯むな!討ち取って名を上げろ!!」
「し…しかし閣下……!」
「そうです、あれではあの王太子に近づけません…!!」
「何を言うか!!あんな火ごときになどに怖じけづきおって!!多少の火傷など我慢いたせ!!」
「そ…そんな、殺生な!」
 その傲慢極める命令を受けた兵―――同盟国の兵だけでなく、正規軍のリーヴェ兵も皆一様に狼狽うろえた。
 たとえ叱咤激励を受けようとも、我が身の人生を薔薇色に変えるような富と名誉が与えられると解っていても、何事も命あっての物種である。
 よってそんな無慈悲な命令に、炎を怖れた兵達はセネリオに突撃しなかった。
どの兵も剣や槍といった直接攻撃武器を構えるだけで、ジリジリと二の足を踏んだのである。 
 しかし直ぐ様、命令で少し遅れて駆け付けた別の兵――――弓手兵らが、先制攻撃をした味方が後退しつつも、炎の円陣内にいるセネリオに対して遠方よりクロスボウを構えた。
 この時、瞬時にセネリオより先に気付いたのは、力を解放中の、剣に姿を変えた聖獣ヘスペリス。
<させぬ!>
 『彼女』の声が響くや、クロスボウを構えていた兵達の手にあったクロスボウが、見る間に着火し、炎を上げた。
 これはヘスペリスの威嚇いかくである。
 主が手加減・・・している以上、謂わば彼女も同じように手加減・・・した攻撃だった。
「わー!?」
「ギャ!!」
「アチー!!」
 すぐさま燃えるクロスボウを手放す事で、手に軽度の火傷を負うも…どうにかこうにか焼死・・を免れた兵達は、這々の体でセネリオから遠ざかった。
 
 その部下の撃退される様子を見ていた『下種将軍』はいきり立った。

 たった一人を捕らえる事が出来ずに、なんたる態か!!
 
「お…おのれ〜〜」
 目を血ばらせ、悔しさのあまりに握る拳も白くなる。
 そんな男を見遣りつつも、セネリオは周囲を取り囲む兵に向けて叫んだ。
「停戦を要求する!!これ以上まだ私と戦うのか!?いいか、良く聞け!!命とは…最後まで使ってこそ【生き様】と言い、悔い無しと笑って【死に様】なんだ。さぁ、汝らに問う!!此所で只無意味に果てる事に悔いはないのか!?本当に…汝等は此所で果てる事を潔しとするのか!?」
 その言葉は彼の声が聞こえた多くのリーヴェ兵の心に訴えた。
 ペリノア王とて例外ではない。
 彼は瞳を見開き、今まで事の成り行きを傍観していた自身を、いや従わざるを得なかったこの半年について振り返る切っ掛けとなる。
 その発言の後。
 次第に周囲の兵の殺気が静まりつつあるのを見て取ったセネリオは、今度は厳かにだがはっきりと言い放った。
「……これが最後通告だ、停戦を受け入れろ!!シレジア国境より去れ!!」
 この言葉にリーヴェ兵は硬直し、やがて構えていた武器を一人、又一人と降ろし始めた。
それは戦う兵達の方が、セネリオの説得を受け入れた瞬間でもあった。
 しかし、彼だけは違った。
 セネリオの言葉で、彼の思う「そんな腑抜けになった兵」を見た『下種将軍』は激高した。
「何をしているか!!まんまと敵の策に乗りおってからに!!さぁ、早くあの生意気な小僧を捕らえよ!!いや、殺せ…!!」
 そう怒号を放った刹那だった。
「停戦を受け入れよう…この首級を持て!!」
「!!」
 背後から『下種将軍』に近づいたペリノア王が、その言と共に自らの腰に帯剣していた剣を引き抜き、彼の…『下種将軍』のその頸部目掛けて剣を一閃させた。
 悲鳴を上げる事も出来ずに、後背から首切られた男は目だけを見開いたままの表情が死に様になった。
 その首は手入れ行き届いた剣のお陰で、鮮やかに飛びそして胴体の近場に転がった。
 血を噴出した胴体は、程なく残りの体も頭部に倣い地にひれ伏した。
 この顛末にセネリオも含め周囲はその事態に愕然とした。
 
 総指揮官…同盟国の王が、同じく同盟国側の味方の将軍の首を刎ねたという事実に。

 リーヴェ兵がどよめき青ざめる中、自らの手で血海に沈ませた男を静かに見ていたペリノア王は、まるで冥福を祈るように一瞑目した後セネリオの方を向いた。
「…この首級を持って貴殿の申し出を受ける。我らは此所より後退し一度国境沿いまで手を引く、リーヴェ王エゼルレッド十二世陛下の心が変わらぬ限り、残念ながら完全な停戦とは言い難いが…此度の事はこれで良いか?」
 その強い高潔なる瞳、真摯な王者の視線を受けたセネリオは頷いた。
 今までまとわせた緋色の炎を収め、警戒を解く。
「解った、申し入れを聞き入れてくれた事に感謝する」
 シレジア王太子に自軍の停戦を承諾する意志を無事伝えたペリノア王は、表情を初めて和らげた。
「何の、こちらも助かった…正直なところはな」
 瞳を僅かに細め、ペリノア王はそう言った。
 その瞳を見たセネリオは躊躇いがちに聞いた。
「良いのか?その男をあやめて?」
「戦えば戦死・・することもあろう……。それにこの男は、かの王にとっては厄介者であった。死んだ方がかえって『忠義者よ』と故国で言われる事だろうて」
 セネリオ認定『下種将軍』…要するにみんなの嫌われ者の男であったようだ。
 さもありなん。
 自分は安全なところで無理難題のような命令ばかりする傲慢な男は、とても良い指揮官とは言えないだろう。
 それに和平には『敵将の首』と言うものは付き物である。
 彼の死にも意義が生まれたのだから。
 そう考えたセネリオは、口の端を上げた。
「確かにな、これで両国の停戦はなったとしよう。最も私はそんな首を持ち帰る気はない、この後貴殿側で篤く弔ってやるが良いさ」
 今となってはリーヴェ正規軍の長が死んだ事で、名実共に此所にいるリーヴェ兵の総指揮官となったペリノア王も又、セネリオの言葉に了承した。
 この時、実を言うとペリノア王はセネリオに対し当初の印象を変えている。
 やれ大国の皇子だの、王太子だのと…セネリオにいわば偏見を持っていた節のあるペリノア王。
 だがそれを変えたのは、そして彼が「停戦をする」という大英断に至ったのは、セネリオのこの台詞だった。

――――命とは…最後まで使ってこそ生き様と言い、悔い無しと笑って死に様だ。さぁ、汝らに問う!!ここで只無意味に果てる事に悔いはないのか!?

――――本当に…汝等は此所で果てる事を潔しとするのか!?

(本当にな……)

 そうペリノア王は、こんな説得をしたその若き王子に感心し、そして初めて素のままで彼はシレジア王太子に話しかけた。
「先ほどは中々に心に訴える事を聞いた、シレジアの王太子よ。あれは貴殿の持論か?」
 ペリノア王の問に、セネリオは首を振ってそれを否定した。
「あれは私の言葉ではないのさ……あれはかつて我が兄が言った言葉だ。私の初陣の時に、その時の戦で捕らえた捕虜が自決しようとしたのを、兄上はそう言って捕虜の自決を思いとどまらせた…」
「そうか…。良くできた御仁だな、貴殿の兄君は」
 ペリノア王の兄の賛辞を聞いたセネリオは、少し哀しげな微笑を浮かべた。
「そうだな、今でも私はあの人には敵わないよ。我が兄は、私がずっと追い求めた理想の人であり、そして私を…救ってくれた恩人だから」
「!?」
 ペリノア王は訝しんだ。
 その表情に気付いたセネリオは、そんな哀しげな笑みを浮かべたまま告白した。
「私は既に祖国から…フィンダリア帝国からは、一度死刑を言い渡された皇族でね、おかげさまで…もう今ではかの国に足を踏み入れる事を許されない存在となった。だから現在、このシレジアと故国フィンダリアの国交は、必要最低限のギルドを介してのみとなっている。かつて結んだ2ヵ国同盟がほとんど破綻した状態なのさ……」
 それを聞いたペリノア王が、いや周囲のシレジア語が解る兵達も絶句した。

――――死刑を言い渡されたフィンダリア皇子!?

―――― いったいどうして!?

――――この皇子は咎人とがびとなのか!?

 思わずペリノア王がまるで兵達の代表者として、その訳を聞こうと訊ねようとした時。
 突然ロストフポーリの野に、高らかな雄叫びのごとく、そのラッパ音が響き渡った。
 そのラッパ音を聞くや、たちまちリーヴェ陣営に緊張がはしる。
 一方のセネリオは彼らとは異なり、特にそれほど動揺することなく呟いた。
「どうやら着いたようだな……」
 セネリオの予測通りで、これは今しがた駆け付けたシレジア軍の到着ラッパだったのである。


 この時。
 一方マニエプル河対岸沿い、丘陵なる大地より両軍を見渡した将軍の一人が主君に話しかけた。
「どうやらわが軍は健在でありますな、陛下」
「おおーー、倍する敵と対峙していると聞いて案じておったが…無事なようで安心したわい、流石は息子!!天晴れだのうー!!」
 そう、会話を交わし合うのは鷲戦車部隊アリオールタンクの統括総司令官ネデリン将軍と、今一人はシレジア国王ユーリー二世その人であった。
 なんとシレジア軍の援軍とは、『北の居眠り獅子』の異名で知られるその国王自らの出陣部隊、つまり親征部隊である。
 これはユーリー二世の作戦でもあったのだ。
 王太子セネリオを敵の渦中たるレルカーへ先行させ、その間国王たるユーリー二世は有る事をしていた。
 まずユーリー二世は、義理の息子である王太子を先発として出陣させる傍ら、自身の親征準備をしつつ密偵を放ち、そしてレルカーとその周辺の情報収集をしていたのである。
 これには訳があり、リーヴェの宣戦布告より少し前の事、シレジア国王の耳に有る噂が入っていたからであった。
 その噂の…事の真偽を確かめるために。

 『北の居眠り獅子』――――
 それは密かに気付かれずに暗躍するシレジア国王に対して、各国の者達が評した姿。
 道化の仮面を被り、真の目的を遂行し遂げる男の異名。
 だが一度具現したその本性は、決して獰猛な獣ではなく、誇り高き百獣の王。
 それは事を起こす時に、敵に対しても正々堂々と不羈なる威厳を漂わせていたからだ。

――――そして一度目覚めた獅子は、その異名を払拭してける!!

 かくて歩兵を中核にしつつ、騎士団とアリオール・タンクを増強して、万全の準備が整ったシレジア軍本隊は、国王ユーリー二世に率いられて遙々このロストフポーリの野、向日葵見事に咲き誇ったパトソールニチニクグラードにやって来たのであった。
 こうして王太子軍の無事を確認した――――伯父にして、舅にして、義父は、満足げに顔を綻ばせた。
「さて、河を渡りきったら…全軍にあちらの軍に向けて突撃アターカさせるかのー…ん?」
 一人事のように思案していた国王は、ふと対岸彼方の天空よりやって来るそれに気付いて言葉を止めた。
「国王陛下ーー!!」
「おおー、セリー!!」
王太子殿下ツァーリ!!」
 既にシレジア名物となった、天かける天馬に乗り、シレジア王太子が親征軍に飛来した時、国王だけでなく他の将兵も歓声を上げた。
 大歓迎を受けたセネリオ。
 天馬ヘスペリスより降り立ったセネリオは、直ぐに国王に臣下の礼を取ると再会と無事を喜ぶ国王に報告した。

 ……自軍の損害、敵への戦果とそして――――停戦成立を。

 王太子セネリオの報告と、停戦へと至る行動に対してどよめく将兵を、国王ユーリー二世は制止した。
「……それがお前の結論か、王太子よ?」
 その声は高く荒げるものでなく、しかし厳粛さ漂う腹の底から出す王の声。
 威厳持つその声で訊ねる国王に、セネリオは深く跪き許しを請うた。
「はい…国王陛下の勅命を待たずして停戦に及んだ事…これは全て私の判断です。たとえどのような叱責であろうと受けましょう、しかし…この場の停戦だけは陛下に切にお願いしたく」
 更に深く頭を下げた王太子に、国王ユーリー二世は声をかけた。
「まずは顔を上げよ」
「はい…」
 王命のままに顔を上げたセネリオは、その国王の顔を見てはっとした。
「陛下…?」
 その表情は憤怒など微塵もなく、目を細め…むしろ誇らしげのようだった。
 同じようにセネリオにかけるその声は、怒気を含ませた罵声ではなく、嬉しさがにじみ出ていた。
「叱責などせぬよ……本当にようやってくれた。仮初めとは言え、しばしの平和が訪れたのは事実だ。傷ついた兵にとっても養生する時が与えられた、それでこそ予の自慢の息子だ」
「伯父上…!」
 喜色を浮かべたセネリオ。
 しかし国王が再びかけた言葉はこれだった。
「セリーよ、ちゃんと『父上』と呼べとあれほど言っているのに〜、父上は悲しいぞ〜」
 そう言って馬上でオヨヨと泣く真似までする始末である。
 
(やれやれ、またこれか……)

 そう思いため息をつくセネリオ。
一方で、こんな事は日常茶飯事…慣れっこ(?)のシレジア将兵達の中から笑いが起こった。
 それは死に逝った同胞達を悼む悲しみを吹き飛ばすかのように……
 初夏の風は爽やかに、そしてこのシレジアの大地グラードにまたいつもの静かなる時が訪れる事になる。
 
 かくてロストフポーリの戦いは終結した。
 王太子セネリオの提案を是としたシレジア国王ユーリー二世は、なおも実戦に挑もうとする将兵達を説得して無謀な攻撃を止めさせ、もう十分敵に損害を与えたとして停戦する事を改めて王命・・として伝達した。
 一方のリーヴェ連合軍は、その当初は…停戦を受諾しながらもシレジア軍の動向を警戒して見ていたが、やがて彼らの総指揮官たるペリノア王は、全軍を率いて本拠地のあるシレジア・ファレナの国境沿いに引き上げて行った。
 この戦闘では双方合わせて約9万1千名の兵士が戦い、そしてシレジア兵約7千、リーヴェ兵約1万6千、約2万3千余名がこの戦いで戦死したと云われた。
 これは強兵と謳われたシレジア兵が一人戦死する時、同時に2.2人の敵リーヴェ兵をたおした計算に該当する。

 ロストフポーリの戦い。

 後年のガイア大陸の戦史に名を残す戦い。
 それは采配を振るったシレジア王太子セネリオとリーヴェ連合軍ペリノア王の両者の戦術においては議論され、そして鷲戦車部隊…アリオール・タンクの新改造デビューが特記される事になるが、戦略的においては何ら意味を成さない『痛み分け』の戦いであった。
 そしてこれは後に起こる両陣営の最終決戦、レルカー会戦へと続く前哨戦と位置づけられる事になる。
 そう、このロストフポーリの戦いが終わってもまだリーヴェ軍はレルカー侵攻を諦めた訳ではない。
 そしてセネリオが…レルカーの真実に驚愕するのは、これからである。
 それは国王ユーリー二世の親征軍と、今までセネリオが率いていた軍を合流させての初の軍議の場においてであった。
 新たに張られた天幕は大本営に。
 シレジア軍の総指揮権は、王太子から国王へつつがなく移行した後。
 国王ユーリー二世を中心とし、王太子以下の諸将が一堂に集まったその場で。
 そこで国王は改まって告げた。
 王太子を筆頭とする者達に――――そして。

「ば…莫迦な…それは本当なのですか伯父上…いえ国王陛下!?」
 顔色を変えた義理の息子に「ちゃんと父上と呼ばんかい」と前置きで突っ込む事を忘れずに、ユーリー二世は断言した。
「本当の事だ。レルカーはシレジアを裏切る腹だ、リーヴェと結託しての」
 そう語る国王の表情は、厳しさこそあれ動揺はない。
 だがそれこそが国王ユーリー二世の密偵がもたらした事実だったのだ。 

――――富める繁栄の海上貿易都市レルカー。

 そんなレルカーより流れ来る噂。
 それは今を遡る事数年前より、レルカーとその周辺地域では、ある動きが起こり始めたという。
 レルカーに住まう主に富豪商人達らからなる有力者。
 そこに住む彼らは、シレジアの地方自治だけでは飽きたらず、豊かな財源と海上貿易によってレルカーだけでの自治政府を作ろうと云うものであった。
 即ち、シレジア王国からの独立。
 『都市国家レルカー政府』の樹立。
 そう…セネリオがレルカーを牛耳る有力者達から、あの明らさまな嫌味と反発を受けたのも、この真意が有ればこそであった。
 そして彼らの急先鋒派は、既に独立の為にリーヴェ軍と密約を交わしているという。
「そんな事をさせるわけにはいかない!!」
 その話を聞いたセネリオは直ぐに叫んだ。
 無論彼だけではない。
 初めてその事実を聞いた、シューイスキーを始めとした、セネリオと前日の戦いを終えたばかりの将官達も同様の反応を示した。
 そして再びセネリオが、今の事実を突きつけられた事で、レルカーに対して今後の対策を国王に意見を述べようとしたその時。
「お待ち下さい…」
 そう言って突然、軍議の場に列していた一人の武将が、王太子の側に近づいた。
 セネリオは「ハテ?」と彼が誰であったかと、名を思い出そうとした次の瞬間。
 その武将はセネリオに向けて斬りかかった。
「!!」
 咄嗟にセネリオは躱し、帯剣していた剣を引き抜いた。
「おのれ何奴!?」
「暗殺者か!?」
「陛下を守れ!!
「王太子殿下!!」
 口々に周りの鷲戦車部隊アリオールタンクスィーニー隊』のビリュコフ将軍といった武将達が叫ぶや、それぞれ行動を移す。
 ある者は国王を守るために側に駆け寄り壁となり、ある者は兵を呼び、そしてシューイスキー等は王太子に助太刀しようと抜刀した。
 ところが、王太子に斬りかかった男は非常に卓越した剣技術を披露し、この国の剣豪で知られる王太子と互角の斬り合いを見せたのだ。
 一合は互いに刃を合わせ、次の一合は男が攻めるやセネリオは躱すと見せかけて突く!!
 男も躱し、更にセネリオは前に踏み込んで払う!!
 その剣を打ち払いで受けて男は躱し、その受けた剣で手首を切り返して突く。
 間一髪躱したセネリオの隙を見た男は、素早く片袖から隠し持ていた物をセネリオに投げつけた。
「ちっ!!」
 反射で動いたセネリオの体は、『それ』を剣でたたき落とす仕草を選んだ。
 たたき落とした『それ』は、一見ただの手のひらサイズの亜麻あま袋。
 人を殺傷させる事が出来るとは思えないもの。
 セネリオが難なく剣でたたき落とした事により、袋は刃に当たり見事に切り裂けた。
 刹那、その切り裂いた袋から現れたのは白い粉末。
 それは勢いよく飛散し、たちまちセネリオを咳き込ませ、そして彼の視界を一瞬奪った。

――――もし、この時。

 彼が自らの聖獣を変化させた剣を持っていたのなら、この勝負は一瞬で着いただろう。
あらゆる物を切り、切った物を瞬時に消滅させるその『塵灰じんかい剣』があれば。
 だがこの時、セネリオが握る剣はそれでなく、そして同時に聖獣ヘスペリスは側にいなかった。
 軍議の間、『鷲』の姿の彼女を自身の天幕に待たせていた為である。

 そして。
「!!」
「殿下ーー!!」
「セリー!!」 
 国王と他の武将の絶叫が、シレジア軍大本営の天幕内に響き渡る。
 巻き散る粉による奪われた視覚、それは剣豪と謳われた王太子に一太刀浴びせるには十二分な効果。
 暗殺者はにやりと嗤うや斬りかかる。
だがセネリオは苦しく咳きこみながらも、その斬撃を右腕をかすめてはしたものの、辛うじて避ける事が出来た。
 しかし、それが限界のように彼は体を崩して膝を付いてしまう。
「ゲホ…!!な…何だこれは……!?体が…」
 動けない!!
 咳きこみはやや収まりつつあったが、反比例して体の自由が利かない!!
 暗殺者の攻撃が迫る!!
 しかしその次の敵刃は、セネリオに迫らなかった。
 鷲戦車部隊アリオールタンククラースヌイ隊』の武将スヴャトスラフ将軍や、シューイスキー将軍らが暗殺者に挑み、見事剣戟の後一太刀浴びせて引っ捕らえたからだ。
「セリー!!」
 咳きこみが収まるも、しかし遂に体の不自由に耐えきれず、両手もろてを地面に着けたセネリオに国王等が駆け寄る。

―――これほどセネリオを苦しめる白き粉末。

 それは恐らくただの粉末ではないのだろう。
 国王等がセネリオを案じ青ざめたその時、血まみれになりながら取り押さえられた暗殺者が叫んだ。
「アハハハ、死んでしまえ!!憎きあのフィンダリアの皇子めが!!その毒でな!!」

―――毒だと!?

 彼らの悪い予想は的中した。
「何だと!?貴様〜、今何と言った!?」
 その暗殺者を取り押さえている若きビリュコフ将軍が、押さえつける力を強めすぐさま詰問した。
 一国の王太子の暗殺未遂者で有る以上、極刑は免れない。
 死を目前とした狂喜の中の暗殺者はその嗤いを極め、そして言い放った。
「はっはっは、そいつがまき散らした粉は毒、そして俺の剣刃にも毒をたっぷりと塗り込めてある。のたうち苦しめ!!」
「えーい、そやつを引っ立て解毒法を吐かせろ!!それから軍医を呼べ!!」
 国王の大声なる命が出るや、直ぐにその場に居合わせる者達は早急に動く。
 
 セリー、貴方の居場所は私が作ってあげる。貴方が帰る場所は『此処』よ……
此処が貴方の帰る場所よ、私が居るところ。
だから何時でも帰っていらっしゃい……私の側に……
だから…もう泣かないで―――

  帰るよリーケ…君の元に…ちゃんと……

 …君の声が心地良いから……君の側は温かい…から……

 ……だから…
 
 君に出逢えて…私は――――

「セリー!!セネリオ!!しっかり致せ!!」
王太子殿下ツァーリ!?」
「セネリオ様ーー!!」

 セネリオの視界は狭まってゆく、意識もまた薄れ途切れゆく中――――
 必死に声をかける伯父…義父王の声、そして周りの武将達の声、それすらも霞がかって次第に遠のいていく。

 そしてセネリオは完全に意識を失った――――

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