両者の対面。小国の武王ペリノア、そしてセネリオ。
彼が成長する上でも重要な出会い、そして哀しい出会いとなるのです。
第20話 レルカー会戦前(6)和平への道
第20話 レルカー会戦前(6)和平への道
――――我らの国は小さき国。
されどそんな国の中で、我ら民は…何とすがすがしく互いの気持ちが通い合い、命の尊きを語り…愛を育んでいる。
此所はこんなにも、穏やかな平和な国で有るのに。
ああ…弱い事は悲しき事……
小国とは、かくも大国の食い物にされるのか?
我らは…その為にあるのか?
小国には…ただ自由に生きる術は与えられぬのか?
「愁嘆の世界」 詠み人知らず――――
彗星のごとく現れたその存在の登場は、リーヴェ軍にとって信じられない衝撃だった。
天空より現れたのは、伝説上の獣、その名は竜。
そしてその竜の背に乗った人物は、敵国シレジアの王太子と名乗った若者。
更にリーヴェ兵を驚愕させたのはその若者の発言だった。
――――停戦要求!?
――――しかも敵の総大将御自ら使者に!?
この騒ぎは一刹那の内にリーヴェ連合軍に波及した。
そして彼もまた驚かされた内の一人。
それはリーヴェ連合軍の総指揮官を務めるペリノア王である。
この話を聞きつけた暫時にこそ、その驚きを隠せなかったペリノア王だったが、すぐに陣を構えていた天幕より出るや、彼は使者セネリオと相対した。
こうして初めて両軍の総大将が顔を合わせた。
それはどちらか一方の捕虜謁見ではなく、互いに対等の立場の者として。
しばし彼らは互いに言葉を発せずに、そのお互いの姿を見ていた。
ペリノア王の方は、その現れたシレジア王太子の際立った容姿ではなく、そんな彼の人物像を考思した。
一方のセネリオも、敵とは言え苦戦を強いられる采配をした男について洞察しつつ、こう話を切り出した。
「私はシレジア王国の王太子でセネリオ・レグランドと言う、貴殿がこの軍の最高司令官か?」
「そうだ、リーヴェ連合軍の第一陣を預かる者にして、ノーサンバランドの王ペリノアと言う」
シレジア語で話す王太子に、同じく――やや訛りが有るが――シレジア語でしっかりとペリノア王はその問を返した。
――――ノーサンバランド
それは先刻、此所に来る前にセネリオが謁見した捕虜の青年が明かした祖国名だった。
捕虜の謁見の後から、昨日の敵に対して複雑な心情を抱え込んだセネリオは、頭上からその『敵』司令官たる小国の王を見つめた。
「…………そうか、貴殿がノーサンバランド王であったか。これは失礼した、一国の王たる方がこの戦場におられたとは知らなかった」
嘘である。
それは挨拶の前置きのような物だ。
何故ならセネリオは捕らえた捕虜から聞き出して、敵の総司令が誰かという情報を得ていたのだから。
一方のペリノア王も敢えてそれ程気にも留めなかった。
「……構わんよ、して何用で参ったのか?若きこの国の王太子よ……?」
セネリオが訪れたその理由を知っているのにも関わらずに、ペリノア王は態とそう聞き返した。
外交の手法である。
どうやら此所からは武力ではなく腹芸対決のようだった。
だが余り手を煩わせたくないシレジア王太子は、単刀直入に話を切り出した。
「私がここに来たのは他でもない、貴殿らに停戦を要求する!!速やかに軍をまとめて此所から撤退して欲しい!!」
それが彼、セネリオのこの戦いの終止符を打つ為の答えだった。
その為に彼は単身、聖獣のみを従えて敵陣に飛来したのである。
話は遡る。
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捕虜の青年が…その後尋問無しにぽつりぽつりと語るリーヴェ軍の真実の姿。
その真実を知ったシレジア軍は愕然とする。
今まで彼らが戦ってきたのは真のリーヴェ軍ではなかった事―――。
国を護る為に命をかけたシレジア軍は、本来立ち向かわなければならなかった国―――リーヴェ共和国―――とは刃を合わせていなかったという事に。
この事を知ったセネリオは決意する。
――――これ以上の戦闘は望まない。
それは彼の中で芽生えた厭戦感だった。
その為には……
今セネリオの側にいる武将達、そして周囲に負傷してうずくまる多くの兵達。
その彼らに対し王太子はその決断を宣言した。
「あのリーヴェ軍側と一度協議の場を設けたい。停戦を求める使者をリーヴェに送る。向こうもこちらと変わらぬ損害が出ていれば、きっと受け入れるだろう」
停戦だと!?
その王太子の発した言葉は、諸将には寝耳に水だった。
「な…何を言われるますか、王太子殿下!!」
「まさかリーヴェごときに臆するとでも!?」
「そうですとも!!我らはまだ戦えます!!」
直ぐに彼らは反論した。
だがセネリオはそんな彼らを説き伏せた。
「しかし…このままだと我々も長くは戦えない、味方の損害が広がるばかりだ。それに我々が真に戦わなければならない相手は『彼ら』では無い事が判明した以上、これ以上の戦闘は無用だ。早急に兵を再編して、陸戦本部隊の到着後にレルカーに転進した方が良い」
この王太子の意見に対して、武将達の中にはセネリオに同意する者もいた。
しかし列強国と知られる彼らの中の矜恃が、この停戦案を受け入れがたいものとして存在するのも事実だった。
大なり小なり、それは変わらない。
分かってはいても――――
そんな戦闘継続を熱望する武将達と、戦闘中断を求めるセネリオとの間で今後の軍方針をどうするか議論となりかけた時、王太子の元に伝令兵がやって来た。
「報告します!!我がシレジア軍主力たるアルミーヤ(陸戦部隊)が合流を果たす為、マニエプル河の東方対岸沿いまで進軍中との事!!間もなく肉眼で確認できます!!」
それはシレジア軍にとっては吉報だった。
合流するためにこの土地で待っていた軍の到来。
戦端を開いた今となっては、まさに心強い援軍そのものだった。
王太子セネリオは安堵の表情を浮かべ、そしてその事を聞いた武将達、それから周囲の兵達から歓声が上がる。
「味方だ!!味方がもうすぐ来るぞ!!」
「援軍だ!!」
「助かったー!!」
その声がシレジア陣営を瞬く間に包んだ。
シレジア軍に明るい…そして活気が蘇った事を見て取ったセネリオは、その様子を率直に喜びながらも、やはり自らの意志を貫く事にした。
この時、『鷲』として自分の肩に留まる聖獣にセネリオは訊ねて。
「ヘスペリス…私の頼みを聞いてくれるかい?」
<是、主…>
「君を…昨日は拒絶したのに、私は勝手な事を言うね。だがそうしなければならないようだ」
目を一瞑りした後、その表情には祖国フィンダリアにいたあの頃と、決して変わらぬ悪戯皇子めいて見えるその笑みを浮かべて。
無論この僕に否やはない。
<是…我は主の望みのままに>
「では『竜』に!!リーヴェ軍の陣営に行く!!」
主命のままに、聖獣ヘスペリスが光源発し転ずるその姿は『白銀竜』!!
すぐさま身を変えた己の聖獣に跨るや、セネリオは空を高く駆け上がった。
王太子が竜に跨り飛び立った事を、今まで味方の到来で浮かれていた将兵が直ぐに気付いて叫び訊ねた。
「王太子殿下!?何処に行かれますか!?」
上空よりセネリオはその問いに答えた。
「リーヴェ軍を撤退させてくる!!」
そう叫ぶや瞬く間にその姿は、シレジア陣営の天空より遠ざかり、そして見えなくなっていた。
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頼む、受け入れろ。
これ以上無駄死にするな。
我々が戦う理由は、本当は無いはずなのだから……
だからセネリオは自ら赴いて此所に来た。
そんなセネリオの両国の停戦提案に、ペリノア王は「ほう…?」と声を漏らした。
それは内心を見せぬように、あるいははぐらかしているかのように。
一方の彼の人生の半分も生きていないシレジア王太子は、そこまで深くペリノア王を洞察する時間も、またそれ以上にこの王に干渉する気もなかった。
たとえ不運なお国事情を知ったとは言え、シレジア王国を侵略したのは事実である。
そのためさっさと必要最低限の用件だけを再び伝えた。
「もう一度言う、停戦を要求する。このままロストフポーリから去れ!!」
だがこの提案をペリノア王は軽く一蹴した。
「……そう言うわけにはゆかぬ。我らにも成すべき事がある」
提案を拒否されても、セネリオは表情を変えることはなかった。
交渉という思惑の冷静さを保ったままだった。
そしてそのままの態度を崩さずに、彼が思考した停戦への妥当性を、この相打った司令官に伝えた。
「またこれからわが軍と一戦交えるか?時間が経てば不利なのは貴殿らの方だ。何故ならもうすぐ、ここで合流する予定であったわが軍の陸戦部隊がやって来る…この意味が分からぬ貴殿ではないだろう?そうなれば……私は全面攻勢に出なければならない!!」
「それが本当なら、確かにわが軍は一大事の事よ……」
そう言ってペリノア王は動揺を見せることなく落ち着き払って応じた。
しかし司令官は平気でも、この話に二人の大将のやり取りを聞いていた周囲のリーヴェ兵達の方が、敵増援の脅威の為にどよめきだした。
何も派手に宣伝しなくとも、この周囲の騒乱はたちまち大きく、そしてリーヴェ陣営内に広がり始めた。
―――兵達の動揺が広がれば、それは軍隊の規律を維持する事が難しくなる。
リーヴェ軍は今まさに、五事の中の一つ『法』が乱れつつあった。
五事の『法』とは、軍隊の行動レベルを意味する『軍律』と、軍隊の法を意味する『軍規』の事。
まず軍律とは、軍隊が如何に命令正しく、整然と動けるかという事。
どんなに優秀な軍隊も、統一行動が執れなければ、烏合の集になるからだ。
やがて命令が届かぬ軍の末路は、悲惨なものとなる。
そしてそんな軍隊の状態を維持する役割を担うのが軍規だ。
これは所謂軍隊法。
軍の行動、役目等を定めた規律。
何故そんなものが有るのかというと、それは軍の命令を聞けない者はしっかりとした行動を取れないからだ。
人に命じて行動させる事。
そして軍隊としてやってはいけない事を違反した兵士に対して、しっかりとした厳粛なる処罰を与えられなければ、誰も上官の命令など聞かない。
必要以上の暴行、麻薬中毒、アル中兵などをしっかりと取り締まれているかなども重要なのだ。
人の皮を被った『けもの』の軍隊は凶悪ではあるが、武力としては強くはない。
だからこそ軍規が存在する。
存在するのだ……個々の軍隊に厳正に守られるかは別にして。
時にはそれが…人形のような兵を作る事に至ろうとも。
そして軍隊が各種様々な状態に陥った時、その軍の上に立つ指導者としてしっかり束ねる事が出来るかという事が、五事の一つ『将』。
指揮官の統率力を意味するものである。
これは指揮統率者たる指揮官が、何か行動を起こす時、その行動に対して迅速に的確な命令を出せなければ、将兵はしっかりと動けないからだ。
つまりリーダーシップの優劣の事である。
最もこれは何も戦争だけとは限らない。
上に立つ物は、何事も的確な指示を求められるのだから。
(だから現在のビジネス書で今、『兵法』が取り上げられるのである。 閑話休題)
そんな五事の中の「和」(人の和)と「法」、更には「将」まで周囲のリーヴェ兵に揺さぶりをかけ、相対して話すセネリオは、なおもペリノア王に説得を試みた。
「だから軍を退け。互いにこれ以上争っても無意味だ、わが軍もそうだが…見たところ貴殿の軍は…負傷者だけではあるまい?」
「!?……」
これには眉をビクつかせ、ペリノア王は反応した。
そうしてセネリオは…自身がこれまで捕虜より聞いた事、そして此所に来て実際に肌で感じ取った敵情を語り始めた。
「……良くこれまでわが軍と互角に戦えたものだな、病人を山ほど抱えて。おそらく遠征の弊害だろう?シレジアは今が一番過ごしやすい季節だが、貴殿らには違うからな。昼は夏らしい気温に達しても、夜になると一転して昼との寒冷の差が出る時もある。重篤な感冒患者は勿論、風土病が大量発生してもなんら不思議ではない」
「…………」
ペリノア王は黙したまま答えなかった、否、答えぬ事こそが肯定だったと言える。
戦争による遠征、それが長期に渡れば体調を崩す者は必ず出るし、多くは慢性化していく。
ましてや寒暖の差が激しい地域などに行けば当然の事だろう。
夏期だと簡易に考え、防寒を怠った軍隊は後で痛いしっぺ返しを喰らうのだ。
(かの有名なナポレオンが、シベリア遠征に失敗した最大の理由である。 閑話休題)
そしてこの時、ペリノア王が率いるリーヴェ軍もまた多くの病人を抱えていた。
そう戦死者という者は必ずしも実戦だけではない。
戦病死、遠征中の事故死も含まれる。
無論、重篤な病人は戦えないが体を動かせる者は自ずと戦わされる事になる。
そしてリーヴェ軍は、昨日の戦闘により発生した負傷者、そしてずっと抱え込んでいた傷病兵で――――本当はもう…これ以上戦い抜く力などありはしなかったのだ。
相手方、ペリノア王が黙したまま考え込んだのを見遣り、セネリオは待つ。
彼らの答えを。
向こうもこちらと変わらぬ損害が出ていれば、きっと受け入れるだろう――――。
それがセネリオの考えだった。
しかし。
「はははっ、甘い!!甘いぞ小僧!!」
突然、その嘲りの言葉が、セネリオと交渉をするペリノア王の間に割り込んだ。
セネリオはその声のする方を、表情を不快さに引き締め見定めた。
そしてペリノア王も同じように、だが彼はゆっくりとその忌々しい男を見遣った。
そこにいたのは…いかにも狡猾そうな、武装した中年男だった。
鎧の造りからはかなりの身分有る武将の様、そう彼こそがリーヴェ正規軍の長たる司令官だった。
そんな彼に第一印象を「下種」と認識したシレジア王太子は、竜の背から冷瞥の視線を落とす。
その視線を受けるリーヴェ正規軍の司令官はフフンと嗤った。
「そんな話を我らが聞くと思うか?このシレジアの小僧め、否、フィンダリアの小僧と言った方がいいか!?」
「黙れ!!お前には聞いていない、私が話しているのはあくまでもここの総司令官だ。後から出しゃばるな、下種!!」
セネリオの一喝にこの将軍はせせら笑った。
「ここの総司令官だと?ククク、何も分かっていないのは貴様だ小僧!!いいか?此所にいる輩は全員が粉骨玉砕の覚悟持つ者よ!!我が偉大なるリーヴェの御為に尽くすと盟約した『同盟国』の集まり!!停戦などと、そんな臆病者がするような事、コヤツ等がするわけがないわ!!」
そうシレジア語で言うや、セネリオ認定『下種将軍』は「わははー」と大笑した。
この男がシレジア語を使う理由。
それはリーヴェ共和国の言葉が、ガイア大陸では公用語ではないからだ。
この時代、北方の海を縄張りとする海洋国の者が、まずガイア大陸と交易をするために覚える最も妥当な言葉こそが、このシレジア語だったのである。
その時、このセネリオとリーヴェ将軍のやり取りを見ていたペリノア王は思った。
(……同盟か)
彼は自嘲した。
国家的脅迫を持って参戦せざるを得なかった自らに。
それは果たして真の同盟というのであろうか?と
そして此所に単身乗り込んで来たシレジア王太子の申し出。
本当ならばそれは…彼にとって、否、彼と共に戦った全ての同盟兵―――リーヴェ正規軍を除く―――の望外なるシレジア側の要求だった。
出来る事なら…受諾したいと考える『リーヴェ連合軍』総司令官だった。
だがそんな心を隠して、彼は沈黙する事で決断できずにいるように見せねばならない。
たった一割のリーヴェ正規軍という名の監視部隊が有る故に。
一方のセネリオは、大笑いする『下種将軍』を冷淡に見つめていたが、ややして思い至らす。
(ああ…そう言えば、『彼ら』は戦わされているのであったな)
(だったらその呪縛を解いてやろうか!!)
そう心定めたシレジア王太子は、僕に命じる。
「ヘスペリス、私をこの下に降ろしてくれ。それから…『剣』だ!!」
<是!!>
了承するやヘスペリスは大きく一羽ばたきして、その体躯…白銀竜のまま地に降り立つ。
降下する竜に恐れをなしたリーヴェ兵は、たちまち蜘蛛の子を散らすがごとくその場から逃げまどった。
こうして人が去った、さっきまで飛んでいたその場所の真下に降り立った竜は、主がその背から降りるや変化する。
生み出されるは『炎』!!
それはシレジア王太子の手に集約してやがて『剣』となった。
その光景に周りにいた者が驚かぬ訳はない。
このフィンダリア帝家の古の力の発動を!!
ペリノア王ですら目を見開き「なっ!?」と、声を出すほどに。
だがこの時、ほぼ同時に。
恐懼するもこれこそ好機と考えた、リーヴェ共和国の『下種将軍』は声を張り上げて直轄兵達に命じた。
「今だ!!あのシレジア王太子と名乗る小僧を捕らえよ!!見事捕らえた者には金貨百枚と騎士爵を授与するぞ!!」
このご褒美付きの命令に、我に返ったリーヴェ兵達が次々と単身のセネリオを四方に取り囲んだ。
次回はあの愉快な王様、やって来ます。
そしてセネリオピンチ編の予定。
つたない小説を最後まで読んでいただき有難うございました。何か表現等でアドバイスがありましたらお待ちしております。
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