此処からは、しばらくセリーの「夢」。
過去に遡ります。
第1話 異国から来た家出皇子
第1話 異国から来た家出皇子
シレジア南東の国境地域、夏が訪れ始めた頃のある晴天の空。
一頭の『天馬』がその美しい大空を駆けていた。
白い体躯、鬣と尾は紅緋色の美しい姿。
その背には一人の身なり良い少年を乗せていた。
年の頃なら十代中頃、陽の光のような髪と翡翠の瞳、秀麗なる美貌の少年だった。
国境を越えたばかりの新世界を見た少年は、顔を輝かせて興奮していた。
「へぇーこれが『シレジア』かぁ~、『フィンダリア』より少し風がカラッとしていて気持ちいいね、『黄昏乙女』!!」
天空を天馬に乗って快適に飛ぶ少年は、自身の僕にそうに呼び掛けた。
<本当に、主の申すとおりの清涼な風を受けます>
言語を解するその『天馬』は応えた。
「そうだねー、同じ初夏でもフィンダリアとは違って過ごし易そうだよ。湿気が少ないからかな、良いところだ。あ…そろそろ休もうか?『君』も疲れたろう?」
<我は大事有りませんが…主の方がお疲れでしょう?あちらに川がありますれば…地に降り立ちますか?>
「そうだね頼むよ!」
『天馬』の『主』は喜んで頷いた。
<是>
主の命を承った『天馬』は、その身を地上に翻して向かった。
少年と『天馬』が降り立った川は、一面美しい野の草花があちこちと生い茂る場所だった。
特に目を惹くのは、白詰草。
それが一面に群生していたのだ。
まるで萌葱色をした緑の絨毯であった。
(――来て本当に良かった……ここは本当に綺麗なところですよ『兄上』……)
はるばる国境を越えて、その広がる北方の大地を眺めた少年はそう心の中で呟いた。
これからこの『少年』は、この王国を少し物見遊山してから離れるつもりであった。
顔を覚える前に亡くしてしまった生母の故国、そして彼の『伯父』の治める『国』。
本当に只それだけだったのに、天馬に乗った少年は非常に目立った。
この王国には存在しない生物、『聖獣』を持つ少年。
故に直ぐにこの国の人々には……その『正体』がバレてしまい、あれよあれよという間に『王宮』に招待されて、その少年は思わぬ形で『伯父』と対面する。
「シレジア国王ユーリー二世陛下、並びにイリーナ王后陛下。
シレジア王都ホルムガルド、併せまして高名なる『ニフリート・ドヴァリエーツ(翡翠宮殿)』にお招き下さり有難うございます。フィンダリア帝国皇帝マチス・ガルボ三世が第三皇子、そしてルネス公を兼ねております、セネリオ・レグランド・フィンダリアと申します」
完璧、優雅な礼儀を持って少年は国王夫妻に拝謁した。
そして一度拝謁した顔を上げると破顔して高見に座る国王夫妻を見仰いだ。
「初めまして伯父上、一度ご挨拶をしたく思っておりました」
亡き母親譲りなのか、シレジア王家特有の『翡翠の瞳』を持った甥。
この時セネリオ・レグランド・フィンダリアは16才の少年であった。
その後――
国王ユーリー2世は妻と共にこの皇子を王宮中を上げて歓迎した。
息子のいなかった国王夫妻は、この甥皇子を一目で気に入ったのだ。
☆。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜☆。.
「はぁー」
セネリオはため息をついた。
宮殿に与えられた彼の部屋の窓で両腕で頬杖をついてである。
その理由。
ここシレジアに初めて訪れた初夏の時節も、既に初秋を迎えようとしていたからだ。
ほんの二、三日の滞在予定で寄った『翡翠宮殿』。
にも関わらず彼の王宮生活は既に二月が経とうとしていた。
北国であるので夏は短い、空は澄み切っていて高く秋の様相を醸し出している。
そんな悩めるセネリオの側には白羽の美しい『鷲』が寄り添っていた。
<主……元気を出して下さい>
『鷲』がセネリオに語りかけた。
その『鷲』は『ヘスペリス』と言う。
『ヘスペリス』の正体は『聖獣』である。
フィンダリア帝国にしか存在しないと言われる神秘の生き物。
そして不思議な能力を持つ『神獣』でもある。
言語を話す他にも『姿』を自在に変えたり、そして超常ならざる『力』すら持っていた。
そしてこの聖獣を従える事が出来るのが、フィンダリアの皇族、それもごく一部の
聖獣自身に選ばれた『皇族』だけであった。
故にセネリオはフィンダリア皇族の中の皇族『真の帝室者』とも言われる皇子でもある。
<主…いっその事、もう出発なさったら如何ですか?>
『聖獣』の言葉に軽くセネリオは頭を振った。
「それが出来たら苦労はしないよ……伯父上の為にもここを離れるわけにはいかないよ。
それに『フレデリカ王女』のこともある、あの二人が落ち着くまではここに留まる」
そう言ってセネリオは忠実なる『聖獣』に応えた。
「そう、今は『仮』の『王太子』となってね」
――そう訳があった、彼がシレジアを離れられない理由。
それは滞在して二日目の夜に遡る。
「セネリオ、いや、『セリー』、どうか予を助けておくれ!!」
『セリー』とは彼、セネリオの愛称である。
ガシリと両手を握られたセネリオは、そう伯父であるシレジア王に懇願された。
「な、何ですか伯父上?一体何をですか?私に出来る事でしたら喜んでお手伝い致しましょう」
狼狽えつつも辛うじてセネリオは伯父に訳を訊ねた。
「おお!!聞いてくれるかセリー!!実はな―――」
そう言って伯父である国王ユーリー二世は語り出した、この国の抱える悩みを。
―――それは王位継承問題であった。
一見、それは何処の国でも起こりうる事でもあるし、当然いつも抱えうる問題でもある。
そしてさまざまな理由で起こるもの。
そんなシレジア王国の王位継承問題とは―――『世継ぎの王子』がいない事であった。
現国王ユーリー2世、そしてその実母王弟アレクセイ王子以降、国王夫妻にも、その王弟夫妻にも次期後継者になるべき男子が生まれず、早三十数年ばかりの年月が流れていた。
その中で遂に王弟アレクセイが死去。
シレジアの次期後継者は、現国王のたった一人の王女に委ねられる事になる。
現国王が死ねば自ずと『女王』となる従姉妹王女。
しかし、この国には有史以来女王の慣例がなく、宮廷内では幾つかの議論が上がっていた。
女王を容認する者、女王を認めず新たな男王を迎え入れようと声を上げる者、そして王家の遠縁の血筋に当たる貴族が次期後継を狙い始めているという。
現在そんな国王の一人娘、総領王女に婚約者はいない、いや、決められないのであった。
それは強国故に、もし誰か求婚者の内の一人と安易に婚約を結べば、他国の干渉を受ける由々しき事態を招く恐れがあったのだ、外戚として。
そんな跡取り王女の婿取りは慎重に慎重を重ねなければならなかった。
しかしこの問題は国内だけではなく、既に国外にまで波紋を呼んでいた。
現に従姉妹王女の元には、他の大国を含め様々な王族、中には一国の王自らが『求婚者』として名乗り出て、それぞれが求婚の使者を立て、毎日のようにシレジア国王のご機嫌伺いに精を出しているという。
勿論国外だけでなく、国内の有力諸侯も次期女王の『夫』になろうと野心を出し始めている。
セネリオは昨日初めてあった従姉妹王女を思い浮かべる。
とても綺麗な王女だった、美しい金の髪と若草色の瞳、とても優しい面差しの美しい3歳年上の少女であった。
そして聡明で、話していると楽しかった。
まるで彼の兄や、そして彼の国にいる父方の従姉妹皇女と話しているような錯覚を覚えるほどの。
しかしそんな従姉妹王女は結婚しなければならない。
『政略結婚』―――そこには『恋愛』はない。
国家のために『婚姻』するしかない哀れな従姉妹王女がいたのだ。
可哀想だった。
結婚するしかないとしても、例えそれが『政略結婚』と云われるモノであっても、せめて最もマシな『相手』と結ばれて欲しいと思った。
だから伯父王にセネリオは再度尋ねた。
「伯父上、一体私に何をして欲しいのですか?」
「ほんの少しの間で良い、フレデリカの、娘の良い伴侶たる相手が見つかるまで君に身代わりを頼みたい!!」
「み、身代わりって……?」
「つまりこのシレジアの『王太子』になって欲しい!!」
「はっぁいぃ~~~!?」
そのとんでもない申し出に、セネリオは素っ頓狂な声を上げた。
伯父王は云う。
「セリー、そんなに深く考えなくて良い、あくまで『仮』の『王太子』だよ~♪
まずは『表向き』、予の『養子』となった事を布告にするのだよ~♪
あくまで『国内のみ』だが『発表はする』けれどね、そうする事でまず国内の下心丸見えの求婚者らを黙らせる事が出来る!!」
「はぁ」
気のない返事をセネリオはしてしまうが、ユーリー二世は更に嬉々として力説した。
「それにだ、相手がかの『フィンダリア皇子』じゃ、奴らでは手が出せない♪ そして求婚に来た国々も『大華五ヵ国』の最有力国、『中央』の異名を取る『フィンダリア帝国』が相手じゃ、尻込みするだろう?」
嬉々として妙案を語る伯父国王ユーリー二世に、セネリオは訊き返した。
「た、確かにそうかもしれませんが、他の『大華五ヵ国』はそれで通用しませんよ。ましてや故国にこんな事をしてるなんてバレたら、父、いや皇太子である兄上がどう思うか!!」
そう云って断ろうとした甥セネリオ。
しかし伯父王の見せた『婿志願リスト』もとい『求婚者リスト』に連ねたある名を見た時、仰胆する。
その名とは……
「な…何で…ここに『馬鹿ジョン』と『阿呆トニー』の名があるんだーー!?」
「そうなんだよ~」
とオヨヨと泣く国王ユーリー二世。
「君の『兄弟達』も求婚者にいるんだよ~~!」
(ハレルヤーーー!!)
セネリオは呆気に取られた。
―――『馬鹿ジョン』
それは彼の異母兄にしてフィンダリア帝国の第二皇子、ジョアン・ガルボ・フィンダリアの事である。
『馬鹿ジョン』とは、セネリオが昔から呼ぶ次兄ジョアンへの悪口である。
ジョアンの愛称『ジョン』と、『馬鹿』を足しただけだが。
腹違いで三歳違いのこの二人は非常に仲が悪かったのだ。
―――続いて『阿呆トニー』
同じく彼の異母弟にしてフィンダリア帝国の第四皇子、タナトス・シーベル・フィンダリアの事である。
『阿呆トニー』とは、セネリオが昔から呼ぶ直ぐ下の弟タナトスへの悪口である。
タナトスの愛称『トニー』と、『阿呆』を足しただけだが。
腹違いで四歳違いのこの弟ともセネリオは非常に仲が悪かった。
彼らを良~く知るセネリオは伯父に忠告した。
「伯父上、悪い事は言いません。従姉妹殿の『夫』には、この『二人だけは』選ばないで下さい。『顔』は『並み』でも『中身』は『下の下の下』!!馬鹿この上ないし、我が父帝に似て非常に女癖が悪い!!次兄の『馬鹿ジョン』などはもう既に庶子がいますよ!!余りに従姉妹殿が可哀想です!!」
甥の力説を受けて、ますますオヨヨと泣く国王ユーリー二世。
「そんな事を言われても、相手は大国の皇子達。他にもたくさんこんな『案件』ばっかりで、もう予はどうすればいいか分からないんだよ、セリー!!」
「伯父上………」
困惑したセネリオは、その伯父の願いを断れずにいた。
ちなみにこのセネリオと2兄弟はフィンダリア後宮中を舞台として、日々壮絶な兄弟喧嘩を繰り広げる事で、フィンダリアの宮廷内では有名であった。
そしてそれを毎度毎度仲裁するのが、フィンダリア皇太子である彼らの『長兄』。
セネリオと実母を同じくする兄であった。
セネリオとフィンダリア皇太子の母は、既に故人だがフィンダリア現皇帝の『第一正妃』にあたる。
一方次兄ジョアンの母は妾妃である。
他方弟タナトスの母は、セネリオの母が死んだ後に、父帝が迎えた『第二正妃』である。
そしてフィンダリア現皇帝は漁色家で又子福家として有名であり、セネリオにはまだまだ兄弟だけでなく姉妹もたくさんいた。
フィンダリア皇帝の庶子の多くは、男子なら『公子』、女子なら『公女』と名乗る事が慣例。
正妃の子、あるいは特別に認めた場合のみ『皇子』、『皇女』と名乗るのだ。
そしてセネリオにはもう一人、『皇子』と名乗っている『弟』がいた……
その『弟』が生まれた事が、現在セネリオが故国出奔の大きな要因である。
否、その『弟』の生誕の諸事情こそが全ての元凶であった。
全ては憎むべき『あのクズ』のせいで!!
その事がなければ……セネリオは故国を出ようとはしなかっただろう。
当初のセネリオは、『このお願い』をどうしようかと二の足を踏んだが、結局、彼は伯父であるシレジア国王ユーリー二世のお芝居に乗る事になった。
しかし、彼…セネリオはこの時知らなかった。
伯父王の後ろに、ピョコン♪と黒い尻尾が映えていて、振り振り振られていたことに。
これが彼が心ならずもシレジアに長期滞在する理由であった。
伯父との芝居、『仮の王太子』として振るまう為に。
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