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第10話 『愛の追憶』そして……(☆性描写有り)
 第10話 『愛の追憶』そして……


―――人の世界、ある者が喜びの中の時、一方で別な者は悲しみのどん底にいる。
またある老人がその長い生涯を閉じようとしている時に、また別の所では新しい命が生まれる。 ―――

 フィンダリアが美しい夏の夜空であるのとは対照的に、ここシレジア王都ホルムガルドの今宵の空は、秋の長雨の中だった。
 そんな『翡翠宮殿ニフリート・ドヴァリエーツ』の『彼』の部屋。
 祖国フィンダリアでは既に『死刑宣告』された事など露も知らぬフィンダリア皇子…現在はシレジア王太子セネリオ。
 そんな彼の部屋は今、雨音さえも気付かぬほどに熱烈な世界であった。
 そう僅かな明かりの中で……室内に響き渡るのは美しい乙女の『声』だった。
「んっ…はぁっや…ああ…!!」
 ……つまり部屋の『主』ことセネリオは、(今夜も?)もうすぐ『新妻』の美しい従姉妹姫フレデリカと寝台の中だったのだ。
 国王夫妻おや公認の為か、宮廷中の誰もがこの『婚前交渉らぶえっち』を温かく(?)見守っていた。

 そして―――
「あっ…あ、や…だ…駄目セリー、もう出来ない…ああ!」
 年下の『婚約者』の『責め』に、止めどなく乱れ続けるフレデリカは、遂に耐えられなくて自分を翻弄する『男』に頼んだ。
 クスリと笑いながら、そんな彼女に上から覆い被さった部屋の主たる『男』は、呼吸を乱して耳元で囁いた。
「止めていいの…?本当に…?君の『ここ』は…こんなに私を捕らえて離さないのに?」
 躰を繋げたまま、豊満な彼女の胸を愛撫して訊ねるオオカミ・セネリオ。
「あっ、はっ、ああぁ!」
 フレデリカが思わず上げてしまう嬌声こえは、全て『彼』から教えられた事。
 官能に染め上がった肌で、寝台に広がる髪を乱れさせ、そして求めてしまうその快楽。
 その気持ちよさは最初の時よりも、それは躰を合わせる事に強く大きくなるのだった。
 だけど彼女は怖かった、その全てに…快楽に身を任せてしまうのが―――だから聡明な王女は、潤ませた瞳のままでセネリオに頼む。

―――もう止めて……

 その瞳を受けてセネリオは上がる息で微笑んだ。
「大丈夫だよ…リーケ…」
「セ…セリー…」
 フレデリカの上気した顔は、羞恥のあまり涙を浮かべ始めた。
 それを見て取ったセネリオは、彼女の涙を拭ってやる。
「怖がらなくていい……」
「あっ…」
 『彼』が少し動いただけで、伝わる『振動』は甘い狂おしい痺れとなってフレデリカの全身に駆けめぐる。
 だがその彼女の反応は、そのままセネリオにも伝わるのだ。
  
―――『愛の交歓』と云うものは、本来はこころと躰で感じる事。

 その事を身に染みて感じるのは、純血を捧げて間もない王女よりも、年下の一六才の『男』の方だった。
 理由は以前フレデリカに問われた事。

―――「『こんな事』いつから覚えたの?」

 正直に答えられなかったのは、余り思い出したくないからだった。
どうして言えるだろう?
 あんな『後宮せかい』で知った『女』達の事を。
 十才を迎え、自身の離宮を持つようになって、初めて知ったのは『女』だった。

―――『沿い伏し』

 その相手としてやって来た『女』…それはかつての『皇帝ちちおや寵姫おんな』だった。
漁色家で移り気の父帝にすっかり相手にされなくなった当時の『妾妃』。
その女が彼に教え込んだ事だった。
 それは今の『彼』からみれば、只の性欲を満たすだけの行為。
到底『愛の交歓』と言えるモノではなかった。
 しかし『性欲処理それ』と『愛の交歓』とをはっきりと違うモノだと教えてくれたのが、幼なじみにして初恋の『エリー』。
彼女がいなければ、きっと『彼』は―――『女』という存在ものを軽蔑していたかも知れない。 
 そう昔からの幼なじみである従姉妹皇女エレイン・アレクサンドラを除いては、彼は女嫌いになった事があったのだ。
 もともと異母姉妹は他人同然、宮廷では表面上はにこやかに貴婦人達と付き合えても。 
そう内心は女性蔑視者だったのだ。
 そのため十代前半にも関わらず、『性欲処理これ』以外で女を必要としない皇子にまでなっていたのだ。
 といってもそれ程頻繁に『性欲処理それ』を欲しがった訳ではない。
 すぐ上の異母兄ジョアンと違い、『彼』は節度を保っていた。
 それからしばらく経ち、セネリオは再び『女』の偏見を軌道修正することになる。
それは、『兄の婚約者』との出会いだった。
 政略結婚で現れた『王女おんな』なんて、きっと『性格の悪い嫌な女・異母姉妹同様に見かけばかりの馬鹿女』そう決めつけていた第三皇子セネリオ・レグランドは、苛めてやろうと考えていた。
 従姉妹皇女とダッグを組み、この時は『泥団子作戦』を決行しようと『兄の婚約者』の離宮にやって来て……そして初めて会った。
 フィンダリア皇太子の婚約者、『東の大国』カルドラの第一王女クラヴィア・ファナ・カルドラーム。
 セネリオは出で立ちだけで、よくその王女の顔を見ずに、出会い頭に彼女に向かって『泥団子』をぶつけた。
 ……しかし泥団子を彼女にぶつけてしまってから、セネリオは後悔した。
 改めて見た泥に汚れてしまった異国から来た兄の花嫁は、蒼穹の瞳と豪奢なやや朱金の髪の持ち主で、自分と年の頃が変わらない、とても可憐な王女だったのだ。
 そのことに気づいて思わず罪悪感が生まれる。
直ぐに「ごめんなさい」と言ったが、ちょうどやってきた兄に現場を見られ、問答無用の『お仕置き』を受けた。
『お仕置き』―――『聖獣』の『力』(手加減あり)で『雷撃ビリビリ』である。
 この時の兄リオンの立腹は並々ならぬものだった。
「何て酷い事をするんだ!!エレイン、君も何故止めない!?」
 その後、兄からセネリオは『エリー』と二人で懇々とお説教を受けた。
 だが最も胸を突いた説教文句はこの言葉だった。
「いいかい、セリー彼女…ファナはね、故国から離れ、家族とも別れていわばもう二度と祖国に戻れないんよ。まだここに来たばかりで、言葉も風習も何もかも不慣れなのに、更に辛い仕打ちをして彼女を傷つけるのか!?君はそんなに思いやりのない人間なのか!?」

 異国で不慣れな生活―――それは今のセネリオと同じだった。
 そして今のセネリオにならつくづく分かる事だった。

―――何故あの時あんな酷い事を出来たのだろうか?
 
 後年セネリオは、『姉』と慕うフィンダリア皇后と敬愛する兄以上にこまめに文通することになるのは、同じ思いを抱いているからだった。
  もう祖国には戻れない―――という望郷おもいを。

 この時、うな垂れ反省する彼に、泥だらけのドレスを纏ったままのクラヴィア王女は笑顔を向けた。
「気にしないで下さいね、わたくしもよく国の弟と喧嘩をしましたから。
でも…いつも喧嘩をしても直ぐに仲直りしましたわ、だって姉弟きょうだいですもの。……だから貴方ともそんな姉弟になりましょうね。これから宜しくお願いしますね、セネリオ殿下」
 その清楚で美しい笑顔と特にその蒼穹の瞳の優しさに思わずどきどきしてしまう、セネリオ。
「―――『セリー』です…本当にごめんなさい、その、あ…『姉上』…」
「はい、では宜しくお願いしますね、『セリー』」
 顔を赤らめそう云う『弟』に、未来の皇太子妃はニッコリ微笑んだ。

 『姉上』―――それが、セネリオが初めて心からそう言えた言葉だった。
 
 ますます照れたセネリオに、『姉上』は満面の笑みを見せた。
そんな二人の様子を『エリー』は少しプリプリして、そして苦笑混じりに嬉しそうに皇太子は見ていたが、ある事を彼はひらめいて、自分の婚約者に話す。
「ファナ、どうせ『姉弟喧嘩』をするのならもっと派手にするかい?丁度ここにまだ手つかずになっている『泥団子』がある事だし…?」
「まぁ、素敵ですわリオンさま!『ハムラビ法典』ですね?」
「そう目には目を、歯には歯を…!!」
「フフフ…受けた分は『倍返し』で!!」
 この時未来の『皇太子夫婦』はニッコリ笑って頷き合うと、ニィ〜とセネリオと『エリー』にその顔を向けた。
 手には泥団子という『武器』を持って。
 この展開に加害者であった二人は飛び上がった。
「それは違うわ、クラヴィア王女!!『ハムラビ法典』は、対等な『復讐刑法』よ!!『報復合戦』を拡大させるものじゃ…倍返しじゃないわ!!」
「わー謝ったじゃないですかーーー!!姉上止めて下さいーーーー!!兄上も何するんですか!?」
 
 問答無用!!

 かくてこの後…兄チームVS弟チームの『泥団子合戦』がフィンダリア後宮で繰り広げられた。
 それからは幸福な毎日だった。
幸せそうな『兄夫婦』を見るのが本当に嬉しかったセネリオ。
まだ結婚はしていない二人だけれども、本当にお似合いだったから。
『兄夫婦』と『エリー』がいて、時にはそれに幼なじみの『レイ』が加わり、そしてこの頃に宮廷に出仕し始めた『シアルフィ家』の嫡男とも意気投合して過ごす日々。
 それは兄が遊学するまで続いた。
 遊学から帰れば今度は『華燭之典けっこんしき』!!
 正式に『兄夫婦』の誕生だった。
 そう、また兄が帰ってくれば再び始まるはずだった、幸福な…毎日が……―――。

 だが、遂に訪れた運命の日。
始めセネリオは気付かなかった。
だが、訝しんだ事がある。
 ある時を境に、姉が笑わなくなったのだ。
それは当初遊学中の兄と離れているせいかとも思ったが―――
 その内姉は病になったのか、具合が悪くなり寝台に伏せるようになり―――
 そして程なく知った…いや、知れ渡った!!
 姉が……【懐妊した事】を――― 

―――何故?

 だが姉の【懐妊】と同時に広まったのはその【相手】―――事もあろうに【父】だった。
女漁りの極みであった。
 よりにもよって息子の『花嫁つま』に手を出すとは!!
 怒りの咆吼を直ぐにセネリオは父帝にぶつけた。
 だが父帝の答えは―――
「なに、夫がいなくて寂しかろうと少し相手・・をしただけの事よ。まさかリオン奴がまだ正妃つまになる女に『手を出してはいなかった』とは思わなんだがな―――」
「!!」

――――手を出してはいなかった?

――――つまり姉上は…『処女』だった?

 セネリオは兄が既に姉と『同衾する間柄』であるのは知っていた。
後宮の者達がそうさせていたからだ。
 だけど兄は姉に何もしてはいなかった?
いや違う、優しい兄はきっと待っていたのだ。

――――真実の『愛の交歓』をするために!!

――――しっかりと共に結ばれるその時を!!

 フィンダリアでは十六が『成人』、セネリオと同年である『成人ではない』姉にはまだ早いと考えて。
 だから結婚式をしてからと…そう大事にしていた姉に!!

 兄の気持ちが手に取るように分かる兄思いの弟は、その心を踏みにじった男への憎しみに、遂にその『言葉』を初めて言い放った。
「【クズ】…貴方のような【クズ】など…私はもう貴方を父とは思わない!!」
 息子の怒声を父帝は鼻であしらった。
「そのような言葉を吐くのは一人前になってから云え、殻のついた雛鳥めが」
「うるさい!!」
 そう言ってセネリオが抜き放つは護身剣、真剣である。
 それを構える間も惜しみ、憎き【クズ】めがけて斬りかかった。
 一流の剣士並みと評される息子の渾身の斬撃を、同じように剣で受けた皇帝は、そのまま息子と打ち合った。
「陛下!!セネリオ殿下!!」
 周囲が止めに入ろうとするが、如何せん一流の剣劇を繰り広げる親子に並みの剣士では止めに入れなかった。
 だが、止めに入るまでもなく勝敗は決した。
 皇帝ちち息子セネリオを倒したのだ。
 息子の右腕を負傷させた後に出来た隙を突いて、剣の柄で息子の後頭部を殴って。
「所詮はまだその程度の『力』よ…『聖獣』すら持っていないお前など、この父に勝てるわけが無かろう。良く覚えておけ!!」
 皇帝は脳しんとうを起こした第三皇子に、そう冷たく言い放った。
 ぼやける意識の中で、セネリオはその声を聞く。
 やがて周囲に介抱されながら、悔しさで目に涙を滲ませ誓う事になる。

―――必ず貴様を超えてやる!!

 その誓い通りにセネリオは更に剣技に磨きをかけ、遂には大陸に名を馳せる剣士となる。
 
 そして時は流れ―――兄の帰国、そして投獄事件が起こる。
 セネリオが『エリー』と男女の関係で結ばれたのはこの時だった。
 そうあの頃のセリーはボロボロだったのだ。
 父帝が犯したたった『一時わずかの』の間の過ちが、取り返しの付かない【悲劇】を呼び、そして兄皇太子リオンの不幸の元となった。
 父への憎しみと投獄された兄に会えない悲しさと辛さ、そして彼女の所為ではないのに泣き崩れる『姉』を見るのが忍びなくて、何も出来ない事が悔しくて……
 そんな時に慰めてれた唯一の理解者こそが『エリー』。

―――「良いの…良いのよセリー、何もかも忘れて…私の中で…ね?」

 それが彼にとっての『初めての契り』。
女は何人も抱いたけれども、初めて心から求めたのは彼女が初めてだったのだ。 
 それからは『エリー』だけがセネリオの相手。
 他の女何ヤツなんか要らなくなった。

 しかし状況が変わる、『彼』を取り巻く環境が。
セネリオと『エリー』を取り巻く宮廷内せかいが……
 何時しかセネリオは『エリー』と会うことが負い目になった、辛くなった。
兄の次期皇太子妃候補あたらしいはなよめと云われるようになった『エリー』に。
 そして…だから…逃げたのかもしれない、祖国フィンダリアから。
二人の為に。

 だがこれは過ちだった。
セネリオが気を利かして兄と従姉妹皇女をくっつけようとしたのだが、当の本人達からしてみれば余計なお世話であった。
 つまり『嫌がった』のだから。
 その後、彼はその事で責められる。
 まずは『エリー』―――
「セリー、貴方はねぇー、はぁ。何処をどう考えたらわたくしが貴方の御兄様リオンを愛すると思ったのかしら?あーんな、未練たらたらの意気地なし。両刀遣いだなんて自分から噂を流すし、いい加減に諦めれば良いのに手放した皇后おんなの間男君になるし、顔と『あっち』は良いと思うけど…絶対に嫌よ!!オマケに腹立たしい事に向こうの方から『お断り』ですって!?酷いわ〜、あのすっとこどっこい、見かけよらずにすっごい腹黒男なのよねぇー」
 そして兄リオンは……後年こんな会話をセネリオとすることになる。
「あのねセリー…世の中にはねえ、どうしてもウマが合わない女性がいるんだよ。私とエレインがまさにそれだよ。付け加えるなら…私はもう血縁・・で『一人の女』と肉体関係を持つのは本当にご免だよ……」
「そうですね『●●兄弟』も『●●親子』にもなりましたからね」
「その言葉を口にしないでくれーーー!!」
「何を今更、事実です」
「~~~~~~」
  …………これはかなり先の話である。


 そしてセネリオは祖国を出て、新しい国で―――今では…この腕の中にいる『婚約者』の事を愛しいと思う。

 だから―――

「もっと…感じ合おうリーケ、一緒にね…!」
「あ、はぁ…あ…セリー…んっ……!!」
 そう言って唇を塞いだセネリオは、長いキスを交わしていく。
 その内フレデリカは覚えたての仕草で、セネリオに自身の手と足を絡ませ、次第に可憐な姿で彼にねだるように快感を求めていく。
 何もかも分からなくなるほどの恍惚感を感じながら―――それは何時しか恐怖と不安さえかき消すほどのもの。
 そしてセネリオも感じる、新しい『愛の交歓』を。
 この自身之花嫁フレデリカによって。
 やがて、若い互いの熱情も程なく最高潮を迎えるのだった―――。


★*:..。★*:..。★*:..。★*:..。★*:..。

 一方…異国にいる弟が新しい恋人にして花嫁と『婚前交渉らぶえっち』に励む頃。
 フィンダリア帝城は夏の終わりの深夜。
後宮内の人気のない寂れた『離宮』の阿舎あずまやから美しい楽の音が流れていた。
 それは不幸と苦労が絶えないフィンダリア皇太子が奏でしもの。
演奏される楽器の名は『リュート』という。
フィンダリア貴族のたしなみとして良く演奏される撥弦(はつげん)楽器であった。
撥弦楽器とは、何らかの方法で弦をはじく(撥)ことによって音を出す楽器の事ある。
例を出すなら竪琴・ウード・琵琶・胡弓などが該当し、後世改良されて『ギター』と云われるものに発展する『弦楽器』の祖先のひとつである。

 さて夜遅いのにも関わらず、彼が部屋で休まずリュートを弾くその訳は、未だ『待ち人』が来ないからである。
 謂わば暇潰しにリュートを弾いていたのだ。
 だがその『待ち人』は、決して忍び恋をする愛しい皇后ファナではなく、むしろ『招かれざる客』といえる。

 (どうやら長い夜になりそうだな……)

 そう思い皇太子リオンが弾くは『リュート組曲第1番』、『プレリュード』・『アルマンド』が終わり、丁度『クーラント』に入っているのであった。

 そう彼は待っていたのだ、『彼ら』が来るのを……
 そしてやはり、皇太子は待っていた甲斐があったらしい。
 それは♪クーラント♪からそして次の♪サラバンド♪、更に♪ブーレ♪を弾き始めた時にやって来た。
大袈裟なまでの近衛兵…一個中隊はいるだろうか?
そんな近衛兵部隊を引き連れた『彼ら』が来た。
 率いる長―――それは軍務尚書ゴルバーンだった。
 彼の姿を視認した皇太子は、ようやく演奏を止めると不敵に嗤った。
「―――物騒な事だね、何か…あったのかな?」
「我々が何故貴方を探していたかはお分かりでしょう、皇太子殿下。シレジアの使者を逃がしたのは貴方ですね?」
「彼らはね…もう用件は我々に伝え終えたのだよ、これ以上此処に滞在してもらう理由がない。だから速やかに帰国してもらっただけなのだがね、いけない事だったかな?」
 皇太子の物言いはあくまで静かで穏和な物腰だが、瞳だけは違った。
 しかし長きに渡る皇帝の武の腹心は、それを受けても表面上は何も変わらない。
「―――左様でございましたか、臣らの考えが至らずに申し訳有りませんでした」
「用はそれだけか?」
「はいわれらは…しかし、あちらの【お歴々の方々】はそうではありませんな…」
「―――その様だね」
 ゴルバーンらの一派の奥にいる人物達を見て、皇太子リオンは薄笑いを浮かべた。
「【枢密院】を司るあなた方が…このような夜分遅くに、ましてや私ごときに面会・・に来るとは……一体どういう風の吹き回しですか?ご長老の方々…?」
 そう皮肉を込めて訊ねた。

―――【枢密院】

 フィンダリア帝国の中央官庁の一つである。
フィンダリア皇帝の諮問しもん機関の一つであり、議長・副議長・幾人かの顧問官により組織され、フィンダリア内閣とは独立した機関でもある。
そして枢密院議長は通常、内閣の『閣僚』の一員・・として名を連ねる。
よって議長は『枢相すうしょう閣下』とも呼ばれるのだ。

―――別名『裏の帝室』。

 特に現在では、表立ってその姿を顕さないが、決してその存在を無視できない『機関』であった。
 何故ならその諮問機関構成員は『全員【聖獣持ち】の皇族』であったのだ。
そうフィンダリア帝室に生きる者達からなる『ご意見番』といっていい。
 つまり皇太子にとってはまさに『身内』であった。 その現在の枢密院の構成員は全員が先帝、あるいは先々帝の縁の皇族。
 つまり大叔父や大叔母等にあたり、誰一人彼と同年代…いや彼の【父帝】より若輩者はいなかった。
 唯一人を除いて。
 皇太子リオンはやって来た『人数』を数えた。
 それは集まった数だけの『聖獣』がいるからである。
 議長、副議長、書記、顧問官が2人、そして『お局様』―――計六名。
 しかし一人だけいなかった人物がいた、最年少の枢密院議員(・・・・・)が。
 その事を敢えて先に皇太子は話題にした、彼らが来た『理由』を言い当てると共に。
「お一人足りませんね…てっきり【全員】で来られると思っていたのですが?私を止めにね(・・・・・・)……!!」
 その言葉に最長老たる議長にして【枢相】…彼にとっては大叔父が応えた。
「皇太子よ……」
「何ですか?」
「フィンダリアを…この国を真に思い憂えるのであれば、セネリオの事はもう忘れよ」
「………………」
「あの皇子は既に我らの脅威だ、生かしておくわけには如何ん。次代を担うのなら解る(・・)な」
 その言いぐさに『春風』と宮廷で評されている皇太子は、『烈風』と化した。
「勝手な事を……!!つい二週間程前までは…そんな事を言い出すとは露程も思いませんでしたよ、大叔父上!!」
「これも慣わしよ…他国に『聖獣』を渡す事などあってはならん!!」
「過去に『前例』が無かった訳ではないでしょう?『聖獣』を持ちながらも、他国で暮らす事を選びその生涯を終えた方々が…!」
「あのような【異端者】どもなど口にするな!!」
 大叔父が皇太子に一喝した。
 皇太子は一呼吸置いた後、全ての者達を翠の瞳で見据える。
「……異端者ですか、『あの方々』が……?」
「それ以外の何者でもない、この帝国フィンダリアを捨てし者どもだ。一族の風上にも置けん輩よ」
「本当にそうでしょうか?ただ愛に生きただけでしょう?一族以外の者と恋に落ちて結ばれようとしただけ、それこそ『命がけ』でね」
 嘲りを持って、今度は別の【枢密院】の大叔父、副議長が答えた。
「―――あ奴らは上手く逃げおおせただけよ。一族からな……」
「そうですね、だが『聖獣』を『暗殺者おって』として向かわせも、『あの方々』を殺せなかった……。それは『あの方々』の『聖獣』が守ったからだけではない、『あの方々』を守ろうとする者が多くいたからだ」
「――――――」
「私は…私には『あの方々』こそが『真の帝室者』だと思いますよ……」
「何だと!?」
「何故なら既に死してもなお、時には『英雄伝』に上がり、時には『聖女』として崇められ、そして彼らのそれぞれの『恋』が恋愛叙事詩、戯曲、そして物語として人々の口から伝えられている。それはフィンダリアの民だけではない…そうこのガイア大陸中で語りぐさのように慕われる『あの方々』が―――『聖獣』だけでなく『人々』に愛されている『あの方々』こそが『真の帝室者』だ。それこそが『創始の乙女ミラ』のように!!」
「だからセネリオを見逃せというのかえ、皇太子!?」
 これは紅一点の大叔母が発言した。
「それだけではありませんよ、最早あなた方とて気付いているはずだ。『聖獣』だけで国は…フィンダリアは成り立たなくなると―――」
 皇太子の発言に、周囲は愕然とした。
「ご覧なさい、今この場にいるあなた方は後この先何年フィンダリアの将来さきを見てゆけるのですか?どれくらいあなた方は生きられるのですか?これほどまでに我々は…“帝室は弱体化・・・”しているのに!!」
 この時、この廃屋同然の離宮に居合わせる者は絶句した。
 皇太子が予測した恐るべき未来のために。

―――枢密院の構成する人物達、その誰彼もが老齢だった。
遅かれ早かれそう長くない年数ときに、皆天寿を全うしよう。
 だが彼ら以降、正確に言うと現皇帝の即位から『聖獣』を持つ事が出来たのは、皇太子マチス・レオナートとその実弟にして第三皇子セネリオ・レグランド、そして彼らの従姉妹皇女エレイン・アレクサンドラ、この三名のみであった。

―――そう最早この三人の皇族しか、『聖獣』と共にフィンダリアの行く末を見てゆける者がいなかったのだ。

 そして皇太子は断言した。
「だから『彼』は決断した!!『聖獣』に頼らない国を作る事を!!【現皇帝マチス・ガルボ三世】が…!!」
 そう言い切った皇太子リオンは目を瞑った。

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