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第9話 たった一つの自由になる『者』達
 第9話 たった一つの自由になる『者』達


 一方その頃、シレジアの使者として派遣されてきた一行は、とあるフィンダリア城内の一室に半ば軟禁状態であった。
 しかし彼らには、何故そのような扱いを受けるのか、その理由が分からなかった。
 これ以上ない『友好関係』となる『話』を持ってきたのに…一体何故か?
 派遣使節団の代表者である男は、その中で言いようのない不安を覚えていた。
 彼の名はモノマフという、フィンダリア帝国に訪れたのは初めてであったが非常に外交手腕に定評のある男であった。
 そんな時、軟禁されていた部屋に訪問者が現れた。
 この国の国務尚書であった。
 フィンダリア帝国国務尚書、その名をフェアファクス侯ローランドという。
 年は初老、国の重鎮として威風と、そして年相応の深みのある男であった。
 今までシレジア国の使者とのやり取りは、全て皇帝ではなくこの国務尚書が仲介していたのだ。

   『フィンダリア帝国国務尚書』と言うこの地位。

 実はこの老練なる閣僚こそが、フィンダリア帝国のいわば最も『最高位の臣下』に該当するのだった。
 元来フィンダリア皇帝の下に組閣される『最高閣僚』の中の最高位は『宰相』である。
そして帝国フィンダリアには『宰相』は勿論存在するが、古き慣習から『宰相』位を就任するのは代々『皇族』となっていた。
 これはかつてある皇子が『宰相』位について国政に参加していたが、その後その宰相皇子が『皇帝』として即位した経緯があり、後世その前例を―――『宰相』の地位に付く事を臣下がはばかり、以来『宰相』の位に付くのは『皇族出身者』となったのだ。
 そのためフィンダリア帝国における『宰相』という役職は、時代が経つに連れて最も権威ある『地位』というよりは『名誉職』と言うものに変遷する。
 時には…名誉職となった『宰相』に付いた皇族が、余りに『役立たず』だった事、そして無論時代によっては敢えて名誉職となった『宰相』を置かない事もあり、フィンダリア帝国では、他の閣僚をまとめる実質的な役割は、歴代の『国務尚書』が代行していたのである。
 ちなみに現在の『帝国宰相』は現皇帝の実弟・・である。
 この時の『宰相』、『彼』は国政には参加していたが、全ての事において兄帝に従い『我のない御仁』と、宮廷ではそう評されていた。
 決して無能という訳ではなかったが……、とにかく皇帝の命には逆らわなかった。
 いうなれば『イエスマン』。
 臣下たる者、敢えて皇帝に注進するのも必要なのだ。
 しかしそれをちっともしない『宰相』に、他の閣僚達は『宰相』たる『彼』よりも国務尚書フェアファクス侯に従う風潮があった。
 所謂いわゆる『派閥』化していたのだ、フェアファクス侯を中心として。
 表立って『宰相』を蔑ろにする事はなかったが―――時には『宰相』を立てる事もあったが―――フィンダリア中枢の意志決定はこの『国務尚書』らが握っていたといえる。
 御前会議の後、不精不精に承認したとは言え、国務尚書は『ある事』を諦めきれずに、内に秘めし策と共に『此所』に来たのであった。 
 そんな訪問者である国務尚書に、モノマフは一行を代表して訊ねた。
「何時まで我らをここに留め置くのですか?既に我が国側の用件は伝えました。後は貴国側の快諾の意を持って帰るのみです。ただ一言…父君たる皇帝陛下からセネリオ様への祝福の言葉を!!何故その言葉を承れないのか!?」
 国務尚書は表情に愛想笑いを浮かべることなく平然としたものだった。
「一方的に要求してきたのは貴殿らだ、我々は第三皇子殿下の『入り婿』など望んではいなかった」
「な…何を言われるか!!」
 確かに一方的かもしれない、何故なら彼らは国王の命でセネリオには『内緒』で来ていたのだから。
そう思う心を内心隠しつつ、モノマフは強気で振る舞っていた。
「す…既にセネリオ殿下は我が国の王女、イリーナ・フレデリカ様とは人も羨むほどの仲睦まじい間柄、ここは両国の友好関係のためにも是非ともこの『養子縁組』と『婚姻』を受け入れて頂きたい!!」
 この時の彼はかなり誇大した物言いで『了承すること』を詰め寄った。

(う、嘘ではないぞ…とっても『仲の睦まじい』というところは、本当に仲の良い『いとこ同士』であったのだから)

 これがこの時の彼の心の声である。 
 何故なら当時のモノマフはまだ、セネリオとフレデリカが『出来ちゃった』事を知らないのだから。
 そんなモノマフの内心など知ってか知らずか、国務尚書はしたり顔で『譲歩提案』を始めた。
「両国の友好関係を望むというのなら…いっそのこと『第三皇子殿下』ではなく『第二皇子殿下』とのご縁組みはいかがかな?確かそのようなはなしを以前持ちかけたことがありましたが……どうですかな?」
「なっ!?」
 モノマフは面食らった。

―――フィンダリア第二皇子ジョアン・ガルボ。

 ★モノマフ氏のマル秘手帳より★

―――シレジア密偵軍の諜報活動によると『容貌』はランク『A(それなりに良いらしい)』、『武術』はランク『AA+(かなり良いらしい)』、『性格』はランク『D (かなりヤバメ)』特に備考には『女グセ悪し、庶子×2(?)いるらしい。書物を読むのが嫌いらしい』ともコメント有り。
(参考 「米格付け会社スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)」と「ムーディーズ社」的考えで ―――閑話休題)

 要するにセネリオよりも遙かに劣る『皇子さま』であった。
 断じて受け入れるわけにはいかなかった。
「―――小国といたしましては…もうセネリオ殿下以外の『王太子殿下』を迎え入れる意志はございませんし、それ以外のお話もお受けする事は出来ません」
「どうしても…ですかな?」
「残念ですが、そうお分かり頂きたく……」
 モノマフがそう言うや、室内に幾人もの近衛兵が乱入してきた。
「!!なっ……!?」
「ヒッ!!」
 蒼白になって驚く一同に、国務尚書は宣告した。

「これが最後通告だ…すぐさまセネリオ殿下を帰国させよ!!そして帰国した皇子の代わりにジョアン殿下との縁組を行う事をシレジア国王に奏上せよ!!今この場でその旨確約せぬのなら、ここで死んでいただこうか!?」
 モノマフ以下シレジアの使者達は全員息を飲んだ。

―――そんな要求など受け入れられる訳がない!!

 ましてや国王が、そんな事を絶対に受け入れるわけがないのだ。
 シレジア国王ユーリー二世自身が、セネリオ皇子を『養子と婿にする』と強く望んでいるのだから!!
 そしてモノマフらもまた受け入れられなかったのだ。
 何故なら彼らは…セネリオ皇子を好ましく思っていたのだ。
たった二ヶ月あまりの出会いの異国の皇子に、『仮』王太子であった彼に何時の間にかに惹かれていた。
 国王が言い出さなくとも…彼らの方が言い出していたことだろう。

―――どうかあの皇子を『王太子ツァーリ』にと。

 だから…断った。
 代表して言ったのはモノマフだった。
「断じて…断じて我らはそんな要求は受け入れられない!!我が国の未来のためにも…あの方は必要なのだ、そうあの方こそ『シレジア新国王』たるに相応しい!!」
 そう言い放ったモノマフの瞳には一点の曇りはない。
 例え上辺だけ取り繕っても、此所でやはり手のひらを返されて殺されるくらいならと言う気持ちもあった。
 そして要求を突っぱねられた国務尚書はというと、涼しげな顔であった。

 そうモノマフの読み通り、彼は最初から目の前の『使者』を生かして帰す気は無かったのだ。
『使者』を殺害する事で、シレジア国王に対して脅迫するのが目的なのだから。

―――セネリオ皇子を帰国させよ、しからざれば更なる報復を与えん。

 それがまず国務尚書の考えであった。
しかし彼フェアファクスは、決してセネリオの不幸を…ましてや『死』を望んでいたわけではないのだ。
 生きて貰いたいからこその『決断』なのだ。
 セネリオ皇子がフィンダリア帝国に素直に帰国し、『皇帝に従えば殺害される事はない』とのあくまでもセネリオ皇子を思いやり国務尚書たる彼が考えた、彼なりの忠節心だったのだ。
 だがそこにセネリオ皇子の意志はない。
 まことに皮肉な事だが、ここにいるどちらの国の者達もセネリオ皇子の事を考えているが、皇子自身の本心こころまでは酌んではいなかった。
 そしてフィンダリア国務尚書は、その非情の命を近衛兵らに命じた。
「全員始末せよ!!」
 その彼の一声の下、近衛兵がシレジア使者に襲いかかろうとした刹那!!
 だがそこに更なる乱入者が現れた。
「何をしているか!!」
 現れたのは若い武官だった。
 印象的なミッドナイトブルー(濃黒灰青色)の瞳、濃い蜂蜜色の髪、男性的な風貌と精悍さを併せ持つなかなかの美形的顔立ちをした偉丈夫の男であった。
 その武官の方も、国務尚書と同様に小隊並みの戦力を引き連れている。
 その顔を――――現れたの見るや国務尚書は、僅かに嗤っただけで構わず近衛兵に再度命じた。
「構わん、さっさと殺せ!!」
「させるか!!」
 抜刀するや直ぐに現れた彼は手近の近衛兵を切り捨てるや、引き連れた小隊と共にシレジアの使者と近衛兵の間に入り込んで両者の『壁』となった。
 割り込んだ一団…特に指揮官たるその『武官』を良く知る近衛兵は怯み、そして国務尚書は舌打ちして叫んだ。
「邪魔をするな、『ガルフォード』!!そこをどけ!!国務尚書たる私の命が聞けんのか!?」
 鼻で嗤ってガルフォードと呼ばれた隊長格の武官は答えた。
「聞けないな〜、俺に唯一命じる事が出来るのはお前じゃない。そして俺は今、主君の『命』のままにここに来たのだからな」
「!!」
 国務尚書は驚き、そして一方のガルフォードは剣を構え不敵に眼前の国務尚書をあしらって、ニヤリと嗤った。
「此所にいるシレジア人は殺させない、速やかに帰国の途に着いていただく、それが我が主君の望み。【要らぬ戦渦を生み出す事なかれ】とな…あんたらシレジアと一戦したいのか?」
「なっ…!?」
 ガルフォードの発言に国務尚書フェアファクスは…いや、その場にいる者達全てを凍り付かせた。
 そう、これは既に宣戦布告・・・・を生み出す事態に成りかねなかったのだ。

  一国の国王を恐喝するという事は――――

 国務尚書フェアファクスはそこまで考えが至らなかったのだ。
その事にようやく気付いた彼は、瞬間自失後に直ぐにその浅慮を振り払うために怒鳴った。
「き、貴様のような青二才に何が分かるか…!!」
「そうだな分からんね、俺は生まれてこのかた…武芸と戦術と陣頭指揮を執る事しか父親にたたき込まれていないモンでね、政治なんか分からんよ」
 フェアファクスの言葉を、ガルフォードはあっさり開き直って突っぱねた。
 だが国務尚書はその言葉を逆手にとって、彼を卑下した。
「フン、流石は【辺境伯】の小僧というところか…蛮族が!!」

――――辺境伯。

 自分の出自―――家門についての【悪口】に、ガルフォードはカチンと来た。
「その蛮族に守られてんのは何処の何奴どいつだ?フィンダリア国境が今まで破られることなくあんたらがのほほ〜んと、帝都で酒を飲み、女を抱き、賭け事に没頭出来たのは誰のお陰か……その平和ボケした頭で少しは考えろ!!」
 彼の事実に沿った指摘に、国務尚書は激怒した。
「――くっ、グルニア公の犬が!!」

――――『グルニア公』

 それは一門を成す貴族ではなく、『グルニア』という『奉領地』を持つ人物である。
 奉領地とは、『皇族』が『皇帝』から与えられた自身が治める領地。
フィンダリアに限らず奉領地を与えられた者は、その与えられた領地に相当する『爵位』で呼ばれることがある。
 つまりフィンダリア皇族の別名称・・・である。
 例えばフィンダリア帝国第三皇子が『ルネス公』であるように、この『グルニア公』もとある皇族を指すのだ。
『奉領地グルニア』を持つ者――――そもそも『グルニア』は特殊な奉領地であった。
 旧フィンダリアの帝都、いわば『古都』にして、歴代皇帝及び一族の繁栄の街、皇帝家の暮陵もある。
 百数十年ほど前に時の皇帝が遷都を行わなければ今もなお『帝都』であった地域。
古くからの大河は肥沃な大地を生み、実り豊かな領地。
故に此所はフィンダリア代々の皇太子・・・、後の皇帝の為の特別な奉領地。
 つまりグルニア公…その人物は―――フィンダリア帝国皇太子マチス・レオナートのことであった。

 そうガルフォードは『皇太子の騎士団』だったのだ。
 そして彼は国務尚書の罵詈ばりなど痛くもかゆくもなかった。
 そんなことで皇太子騎士団グルニアきしだんの矜恃を傷つけられはしないのだ。
「【犬】で結構、俺は…俺たちは忠犬・・なんだ。俺たち【グルニア騎士団】は、ご主人様のご命令一号であんたの体をミンチに出来る【犬】なのさ。……試してやろうか?」
 掲げた血糊の付いた剣を煌めかせ、ガルフォードは不敵に嗤った。
 彼に従う小隊員――グルニア騎士団の兵達も同じように剣を構え臨戦態勢である。
そんな中、程なく再び部屋に乱入者が訪れる。
 それは……
「これはこれは国務尚書閣下、一体何をしておいでですか?随分と取り乱しておいでですが……?」
 そこへ駆け付けたのは『クレンネル』という家名を持つ鉄面皮の若者だった。
「ふ〜ん、何だぁ〜『レイ』、お前も来たのか?」
 そう言うのはガルフォードであった。
 受けた『レイ』ことラインノールは、しれっと応えた。
「お前だけでは安心できないからな…『バーン』」
「よく言うわ…」
 相変わらずの『鉄面皮』に、『バーン』と彼から呼ばれたガルフォードは呆れた。
 しかし、そんな二人の会話の中、他の者はラインノールが現れた事で見る間に動揺を見せた。
「ラ、ラインノール殿!?」
 そう国務尚書が言い、そして彼の引き連れた他の近衛兵も「クレンネル侯爵の坊っちゃん!?」と次々と一驚の声が上がった。
 現れた当のラインノールは、ガルフォードとの会話の後、部屋の周囲を見回してから、片眼鏡をいじり気持ちを切り替えると、氷の矢を思わせる一声を放った。
「そこまでにしておけ馬鹿ども!!【返済額】を【倍】にして欲しいか!?」
 その台詞にガルフォードは口笛を吹き、彼が引き連れた小隊達は失笑した。
シレジア使者団は呆然とし、そして何より彼らに襲いかかろうとした近衛兵は絶句した。
 国務尚書に至っては氷りついている。
 そう、国務尚書は『彼』ラインノールには逆らえない事情があった。
 それは彼が『クレンネル侯爵』の次期当主だからである。

   クレンネル侯爵家―――

 それは帝国最大の富豪貴族、そしてフィンダリア…いやガイア大陸商業ギルドの創始の貴族、『大蔵侯爵』の異名を持つ名家。
 そしてフィンダリア貴族がこの『大蔵侯爵クレンネル』に逆らえない大きな理由。
それこそ『金』だった。
 贅沢と賭博と享楽につぎ込む浪費の為に、一体どれほどのフィンダリア貴族の名家かが、彼の実家に借金をしているのだろうか?
 少なくとも今回仲裁に入った『国務尚書フェアファクス』の家は、負債者がいとうしゃである。
 口笛を吹いたガルフォードはさも愉快げに訊ねた。
「何?やっぱり国務尚書こいつお前んところから【金借りてた】のか?」
「ああ、もうすぐ返済期限・・・・だったからな。母上からきっちり【取り立ててこい】とも言われている」
「へー、で幾ら?」
「500万ゴールド」
 フフフと笑ってライノールは答えた。

――――『フィンダリア通貨』。
 最小単位は銅貨で【1ブロン(日本円にして≒¥10)】といい、それが100枚で銀貨【1アルゲン(日本円にして≒¥1,000)】となり、更に銀貨100枚で金貨【1ゴールド(日本円にして≒¥100,000)】。
 ちなみに物価は焼きたてパン一斤で【20ブロン】、庶民的な酒一瓶で【80ブロン】。
 それ程物価は高くない。

 よって国務尚書の返済額は――――How much?(どんだけ〜?)
「……おい、それ凄くね?」
 目が点のガルフォードの問に、冷ややかに笑ってラインノール『坊ちゃま』は答えた。
「一般官僚の俸給額10年分、国務尚書ならその『6.8年分』に相当するな」
 それを聞いたガルフォードは「ケケケ」と笑いを浮かべて『彼』に向くや呟いた。
「借金尚書」

 グサリ★

 先ほどまでの威厳は何処へやら、フィンダリア帝国国務尚書ことフェアファクス侯ローランドはもう見る影もない。
 一方シレジア人ことモノマフらは、事の成り行きをぽかーんとして観ていた。
国務尚書の変わり果てた姿、そして襲いかかってきた武装兵、そして助けに入った(?)グルニア騎士団とそして、『クレンネル』と呼ばれた白金の髪を持つ片眼鏡かけた青年を。
 
(これがあの『クレンネル侯爵』の跡取りなのか?)
 
 驚きの余りモノマフらは、そう言われた青年―――ラインノールをマジマジと見た。
 モノマフらを含めて他国の者は、例え『フィンダリア皇子の名』を知らなくとも、この侯爵家クレンネルの家門と当主の名は知っている。
それ位クレンネル家の名は有名だった。
 何故ならフィンダリアを中心として興った『商業ギルド』、その承認手形は全て『クレンネル侯爵』のサインを持って許可とされているからだ。

―――国家予算おかねが足りない時は、『大蔵侯爵クレンネル』へ!!

 それが歴代帝国皇帝インペラートル・オブ・フィンダリアの『合い言葉』…であると専ら他国から言われている事であった。
 時の皇帝達ですらも、いざ金の事になると『問答無用』の意見をさせてしまう『一族』。
 そしてフィンダリア帝国の『財務尚書』は決して世襲・・ではないが、気付けば歴代当主は皆この地位にいた。
 ちなみに現当主にして、現在のフィンダリア財務尚書は彼の『祖父』だ。
そして『フィンダリア商業ギルド』の最高責任者は彼の『母親』であった。
そして彼の『父親』は、全く政治には興味なく、ギルドの事は専ら『金流通の女豹』の異名を持つ『妻』に任せ、自身は永遠の命題『この世において有限な資源から、いかに価値を生産し分配していくか』という経済学の根本に魅入られ日々研究し、そして自説の『経済の書』を執筆している。
いうなれば経済学者であった。 
 更に一族の主だった者は、帝国経済に隅々まで蔓延はびこっている。
 一族に生きる者は全て金と数字のスペシャリスト。

―――計算が出来ぬ馬鹿は死ね。

―――金儲けの才無きは一族追放。

 そんな『家訓』まであると言われる恐るべき家なのだ。
だからこそ今日まで『生き残れた』一族とも言えた、『宮廷抗争』に負けずに……。
 そんな名門中の大貴族、名家の御曹司にして跡取り。
 それが彼、ラインノールの正体だった。
 さてそんなラインノールの意表を突いた『恐怖の一喝』に、国務尚書は狼狽えつつも自らの行動の正当性を語った。
「私は…私は間違ってなどいない!!セネリオ殿下こそフィンダリア皇太子殿下に相応しい方なのだ!!」
「………………」
 周囲の者は無言のままでその言葉を聞いていた。
 
(国務尚書の告白は、ある意味『正しい』のかも知れない……)

 彼の言葉を聞いたラインノールはそう思わざるを得ないところがあった。
 世継ぎを作らぬと言い張る現皇太子よりも……同じくらいに優れた皇子がいるのなら、その皇子に次代を託そうとする臣下の言葉に。
 そして……
「それにこのままではセネリオ殿下は殺される!!だから私はそれを止めようと……貴殿らにも分かるだろう!!『聖獣』をこの国より出してはならないんだ!!」
「!!」
「何だって!?」
「そんな馬鹿な!?」
 口々に周囲は驚愕の声を出すや、国務尚書に詰め寄った。

―――そしてその部屋に集まった一同は知る、御前会議で決まったその『裁可』を。

 それを聞いたモノマフらは蒼白になった後、直ぐに怒りに変わり、そして国務尚書に叫んだ。
「貴国らの意志はあい分かった、セネリオ様はもう歴とした『シレジア王太子殿下』と認められたという事がな!!よって我らは直ぐに帰国させて貰う!!セネリオ様は断じて殺させない、我らがお守り致す!!シレジアの名誉の為に…そして『白詰草トリフォリムの誓い』にかけて!!」
 そう言い放つと直ぐに彼は大股で部屋から出ていった。
 後には同じように彼に追随していたシレジアの使節団が続いた。
 告白の後すっかり気脱した国務尚書は、最早シレジア人にそれ以上は何もしようとはしなかった。

 一刻 (1時間後)―――
 出立の準備が整い、深夜にも関わらずに直ちに帰国しようとしたシレジア使節団に、近づく一団があった。
 既に『敵同然』のフィンダリア人に警戒したモノマフらであったが、それが先ほど命を救ってくれた『グルニア騎士団』とクレンネルの御曹司であることに気付くや、モノマフらは表情を緩めた。
「これは先ほどは…忝のうございました」
 謝辞をいうモノマフに、ガルフォードは軽く頭を振った。
「礼を云われるまでの事はしていません。俺たちの方こそ、こんな形でしかあなた方を守れなかった。それに同胞達の無礼もある…一国の使者たるあなた方にこんな仕打ちをしてしまった事を済まなく思います。本当に申し訳ない……」
 そう言ってガルフォードはモノマフらに平伏した。
 慌ててモノマフは止める。
「や、止めて下さい…あの『バーン』殿…?」
 そうまだモノマフらは『彼』の名を聞いていなかった。
 一刻前の国務尚書の会話で出てきた『ガルフォード』と言う名前と『辺境伯』という爵位、そしてクレンネルの御曹司が呼んだ『バーン』と言う名前しか……。
 平伏し終えた『彼』は、少々苦笑混じりに改めて自己紹介をした。
「ああ、正確には『バイロン』です。『バーン』という呼び名は、セリー様がくれた俺の『愛称』でしてね。俺の名は『バイロン・ガルフォード・シアルフィ』と言います」
「『シアルフィ辺境伯』のご子息であったか!!」
 モノマフは驚嘆した。

―――『シアルフィ辺境伯』

 それはフィンダリア帝国にある16の武の名家にして、フィンダリア国境沿いに位置する『地方伯爵』の一つ。
 決して「辺境」イコール「田舎」ではない、それは『国境』の意味に近いのだ。
 所領地が国境区域であるが故に『辺境伯』と言われる。
殊にフィンダリアにおいて『辺境伯』は特別な意味を持つ。
 辺境にある正規軍を丸ごと一つ所有しているのだから。
 そんな『シアルフィ辺境伯』領は『東』にあった。
 故に彼ら一族は『東の防波堤』とも言われているのだ。
 『金のクレンネル』同様に『東の防波堤』の『シアルフィ辺境伯』もまた他国では有名であった。
 本来なら『一小国』ほどの権力を保持し、独立国家として十分成り立つと言われているからである。
 しかしそんな彼らが一国を起こさずにフィンダリア帝室に仕えている。
その彼らの忠誠心は並みのモノではないと言われているのだ。
 そして『彼』、ガルフォードもまた―――唯一の主君に仕える男であった。
 そんな彼はにこやかに笑みを見せた。
「引き留めて済みませんでした、実は一つ『言づて』がありまして此所まで来ました」
 そう言うと、今度はガルフォードに変わってラインノールが応対した。
「これをお持ち下さい、あの方からの心づくしです。『こんな簡易なモノしか用意する事が出来ずに誠に申し訳ない、済まない』と、そう仰っていました」
 そう言ってライノールはモノマフにある小箱を渡す。
 中に入っていたのは『手紙』が2通と、そして見事な金細工の『手形』と『小剣』。
 手紙はそれぞれシレジア国王ユーリー二世と『王太子』セネリオに宛てた物であった。
 それから『手形』は、フィンダリア商業ギルドに持って行けば『金銭』になると伝えた。
急な事、そしてさまざまな諸事情で表だって吉事の『贈り物』を用意出来なかった兄皇太子からの、そしてそれに増額したラインノールから『お祝い品』代わりだった。
 そしてその支払われるという額にモノマフはたまげた。
 先ほどの『借金尚書』の『返済額の3倍』だったのだから。
 そして最後に『小剣』は……
「これはあの方からセリー様への『お祝いの品』ですよ、『守り刀』だそうです。セリー様へお渡し下さい」
 そう説明するラインノールは、彼にしては珍しく表情が軟らかく、声も温かかった。
 そしてラインノールの説明の後にガルフォードが告げた。
「国境沿いまで、俺の騎士団を付けます。ご無事でお帰り下さい…そしてセリー様に宜しく伝えて下さい、お幸せにと」
「―――本当に忝のうございます。出来ればフィンダリア皇太子殿下にも一目お会いしたかったですな、これほどの事をしていただきまして……」
「―――リオン様もそうお思いでしょう、重々宜しく伝えて欲しいと仰っていましたから……。さぁお早くご出立して下さい、あの男以外でもあなた方に危害を加える輩がいないとは限りません!!」
 そう言ってラインノールはモノマフらを促した。
 頷いたシレジア人達はそれぞれの形で礼を取ると一路帝都パレスから遠ざかっていった。
 言葉通りにグルニア騎士団の護衛の一団が彼らに付き従って。

 そしてモノマフら使者団は帰国を急ぐ。
この急報をシレジアに…そしてセネリオに伝えるために。

 フィンダリアが刃を向ける事を―――

 だがこの時シレジアでも大問題が発生していた。
 それは反乱・・である。

―――シレジアの王位継承問題は、まさにその最終局面を迎えようとしていた。

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