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5.

「むぎゃあ! な、なに!?」


 何事!? 私は、音のした方へ振り返る。あ、今の変な叫び声は忘れてくださいお願いします。

 見れば、木製のドアがへしゃげて転がっていた。もうもうとした土埃の中を、男達が乱暴な足音を立てて入ってくる。これは……強盗だ!


「お、お爺ちゃんのお店が! なんですかぁ~!?」


 テュコは情けない声をあげて、カウンターに縋り付いていた。やがて、強盗たちの傍若無人な話し声が響く。


アニさん、めんどくさがってないで! 早くしないと、人が来ちゃいますって!」

「そうっす、アニさん! あそこに変な子供いますから! 早く入ってきてください!」

「あぁ~、鬱いぃ~……めんどくさいぃ……」


 男達は三人組だった。

 三人とも羽根のついた山高帽を被って、ぴしっとした紳士らしい身なりをしている。だが、その挙動は紳士とは程遠い粗野なものだ。

 先行する二人のサングラスをかけた男の後から、痩せぎすの如何にも不健康そうな無精髭の男が、ステッキに縋り付きながらよろよろと入ってくる。全身から脱力オーラを発していて、布団を見つけたら今にも寝込んでしまいそうな勢いだ。いやいや、マジで何なの?


「おい、子供!」

「ひゃ、ひゃいぃぃ! お金は金庫の中にありますぅぅ! 全部持ってっちゃって下さいぃ! 殺さないで下さいぃ!」


 テュコは、サングラスの闖入者に声をかけられるなり、惨めに土下座を始めるのだった。

 ちなみに私はと言うと、横になって死んだフリをしている。勘違いしないで欲しい。これは戦略的偽装と呼ばれるアレだ。決して、怖くて動けないわけじゃない。本当ですってば。


「な、何だと! お金だー! アニさん、お金! お金くれるって!」

「やったねアニさん! 明日はハンバーグだ!」

「あー……悪いけど、子分A君、B君。お金は今は、置いておこう。持って帰るの、めんどくさいからネ……」


 「そんな!」「チーズinハンバーグ!」と悲しそうな抗議の声をあげる二人の間から、リーダー格らしき無気力紳士がぬっと現われる。

 ちょっと待て。今、変なこと言わなかったか? 「お金、置いてく」? 強盗じゃないの?

 私が逡巡していると、やがて脱力男は白い手袋を嵌めた手で、金色に光るステッキを床にとん、と突いた。


「坊や、オスカリウスさんはご在宅かな?」

「ぼ、僕がオスカリウスです」

「鬱いよ、君ィ。……おじさんはね、ハンス・オスカリウスさんに用があるの。めんどくさいから、早くしてもらいたいネ」


 そう言った無気力紳士が、もう一度、とん、と床を突く。即座に、両脇の男達が拳をテュコに向けて突き出した。

 二人の人差し指には指輪が嵌めてある。……いや、それだけじゃない。指輪には小型の銃口がついていた。親指でスイッチを押せば、弾丸が射出される仕掛けなのだろう。


「ギャーッ!! 殺さないで下さいー!」

「もう一回聞くよ。ハンス・オスカリウスさんは、ご在宅?」

「お、お、お爺ちゃんは、先月亡くなりましたーっ!」


 平伏を通り越して、お尻を震わせながら五体倒地めいた体勢になるテュコ。このままでは頭が床を突き破ってしまいそうだ。


「ええっとォ……本当かい?」

「ほ、本当です。先月、病気で亡くなって……村の皆でお葬式もしたんです」

「なんと……それはそれは。哀弔の意を表させて欲しいネ、人が死ぬのはとても悲しいことだ。そうだろう、子分A君、B君?」


 「とっても悲しいです!」「涙、ちょちょ切れます!」と子分達がガヤを入れている。拳銃向けながら何言ってんだこいつら。さっきから調子の良いことしか言ってないぞ。


「それじゃあ、お父さんお母さんは?」

「こ、ここにはいません、僕が一人で、お店を預かっています」

「ふーむ、鬱いねえ。じゃー坊や、君の名前は?」

「テュ……テュコ・オスカリウスです」

「テュコ! 愛らしい名前だ、大切にしなよ。で、だ、テュコ。君にお願いがある。何てことはない、ほーんの1分あれば済んでしまうようなお願いだ」


 男はティコの前にしゃがみ込んで、耳元で囁いた。

 甘ったるい声で、でも抜け目ない口調だ。……悪党の、言葉だ。


「君のお爺様の最高傑作、“コッペリア”。あれを、僕たちに譲ってもらえないかな? あ~ぁ、悪いけど料金は後払いだ、何時になるかは僕にはちょっと分かんないけどネ」

「えっ、コッペリアは……!」

「あー、そうそう。“人が死ぬのはとても悲しいことだ”、そうだろう?」


 無気力紳士は、手に持ったステッキの先端を、テュコの額に突きつけると、意地悪そうにうふふと笑うのだった。

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