違和感
「どうしたの?ヒデにぃ」
突然、何の前触れもなく空がそんなことを言ってきた。
いつものように空たちが家まで訪ねてきて、しぶしぶ学校へと向かっている途中のことだ。司にも、空が突然言い出したことを理解できないらしく、首をかしげながら空を見ていた。
「は?何が?」
俺は先程まで、普通に歩いていただけだ。
首を傾げている俺たちに対して、空は当然のことでも言うかのように、俺の足元を指差す。
「え、何がって…それ」
秀秋は一旦立ち止まると、空の指差した足元へと目をうつす。しかし、特にこれといった異常は見た限りなかった。
空はじれったいようで、何かを伝えようと沢山の単語を並べては意志疎通を図ろうとしている。が、元々、文法力なんて備わっていない空の言葉は、並以上の頭脳をもつ秀秋と司に伝わるわけもなかった。
「だーかーらー!!!ったく、こういう時こそ三つ子は以心伝心して分かりあうものなんだぞ!!」
「全然伝わってこないよ。空の念力が足りないんじゃないの?」
「つか…餓鬼か、テメェは」
なんとも子供のような空の発想には、呆れてため息も出ない。とりあえず無視して、再び通学路を歩き出す秀秋。
しかし、そんな秀秋を見ていた二人は一向に歩き出そうとはしなかった。
「だろ!!だろ!?司」
「うん…」
妙にはしゃいだ声と、考え込んでいるような声。
秀秋は再び足を止めて、振り返った。そこには、秀秋の足元を注意深く見ている司の姿があった。
「ねぇヒデちゃん、もう一回、向こうに歩いてみて?」
訳の分からぬまま、秀秋は司の言葉に従い、言われた方へと歩いた。
すると司の方から、「ホントだ…」という呟きが聞こえて振り返ってみると、司は空の通訳をするように話始めた。
「秀ちゃん、微妙に足引きずってるよ」
「え?」
「右足だけ浮いてる」
少しだけだけどね、と顔をしかめている司。
確かに、歩いてみると無意識に右足をかばうように左足に体重をのせている自分に気が付く。しかし、意味もなく足をブラブラと振ってみたり、地面を蹴りつけたりしてみるが、痛みを感じたりはしなかった。
それがまた、変な違和感を感じさせる。
「ホントだ…」
「ホントだ、って気付いてなかったのか?」
「あぁ」
だって痛くないし。
無意識にかばっていたのだから、気付いているハズもない。
いったい何時からだ?
「秀ちゃん、どうせ授業サボるでしょ」
突然の肯定混じりの司の問いに、秀秋は隠すこともなく頷いた。
「病院いってこれば?」
一見選択肢のあるように見えるが、拒否権なんて自分にはないだろうと秀秋は悟った。
空はともかく、司は本気で心配しているらしく、その目は至って真面目だ。きっと、力ずくにでも俺を病院へ連れていく気だろう。
「…分かったよ」
秀秋は、司に変なもので脅されないうちに、しぶしぶと頷いた。
はぁ、とため息をつくと、ますます憂鬱になる秀秋だった。
「捻挫です」
医者は言った。
「………は?」
思いもよらない医者の診断結果に、秀秋は思わず聞き返していた。
憂鬱な気分のまま、秀秋は司に従い病院へと来ていた。
数分間待たされた後、診察室に入り、レントゲンらしき写真をとられ、さらにまたされて……と、今に至る。
秀秋の前には、50代くらいのメガネをかけた、いかにも医者という感じの老人がレントゲン写真を見ていた。
「…ワンモアブリーズ」
「捻挫です」
…うん。
どうやら、異常だと思っていた俺の耳は至って正常だったらしい。
なら、おかしいの目の前にいる医師だ。もしくは機械だ。
と思っていた矢先、「機器は最新型を使っていますので正常です」と言われた。
(なんだこの医者…。心読めんのかっ!?)
「私の名前は津崎一郎です。ここの院長です。得意なことは読心術です」
「そりゃ、どうも…ご丁寧に」
「なワケないでしょう。得意なことは診察です」
医者は無表情のまま淡々とはなしている。
てか、さっきの読心術のほうが妙に説得力ありすぎる…。
「んじゃぁ、その得意分野の診察は…」
「捻挫です」
「……………」
このままだと、永遠に終わらなさそうなので、とりあえずあきらめた。
さらには「どうしますか?」と聞かれて、なんと答えればいいかも分からず、秀秋は逆に「どうすればいぃですか」と聞き返していた。
「まぁ、とりあえず……早くなおしてください」
…自分でも思うが、無茶な注文だ。
「分かりました」
分かっちゃったのかよ!!
そんな風に心の中で突っ込みをいれながらも、なぜか目の前で指をパチン、とならす医者を見ていた。
指パッチンを合図に、背中を向けていたドアがガラリとスライドされる。
そこから入ってきたのは、スパルタママのようなメガネをかけた看護師だ。
なんとも慣れたような手つきで、迅速に包帯を足に巻いていく。さらには担ぎ上げられて病院の外に貸し出し用の松葉杖とともに投げ捨てられてしまった。
「運動は控え目に。安静にしとけばきっと1週間くらいでなおるでしょう」
そういい捨て、背中を向けて医師は再び病院の中へと姿を消した。
「なっ…なな……?」
秀秋は理解不能な言葉を発しながらも、松葉杖を手にとり、歩き出した。
その後ろ姿は、妙に暗かったという――…。
「「おっかえり〜」」
病院から帰りついた時にはすでに学校は終わっていた。なぜか二人は今日も勝手に俺のテリトリーへと侵入していた。
「「で、どうだった?」」
二人同時に尋ねてきたので、秀秋は医者のセリフを思い出しながらにっこりと微笑んだ。
「捻挫です」
「「………は?」」
流石兄弟と言うべきか…。反応が全く一緒だ。
秀秋は固まっている二人を無視して、自室に向かい、ベッドにそのまま寝そべった。
頭には、足の怪我に気付いた時からずっとアイツの顔が浮かんでいた。
(この足はオマエのじゃねぇんだぞ……秀前――…)
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