涙のワケ
「トモヤ!?」
秀秋の呼び声が保健室に響く。
その声に保健医は暗い表情のままゆっくりと振り返った。今にも崩れ落ちてしまいそうな足取りで秀秋にすがり付いてくるその頬にはうっすらと涙の跡。
まさか…まさか…。
本当に俺のせいでトモヤが…?
「ヒデ君…酷いよ…」
涙声混じりの言葉に、ビクッ、と俺の体が震える。
ドクンドクン、と心臓の音が妙に大きく聞こえた。
「トモ…ヤ…?」
ちから抜けたようなコウの声に、俺は思わずうつ向いた。
「こんな…こんな美形を目の前にして食べさせてくれないなんて、私には耐えられないっ!!!」
うわーん、と大人げなく声を上げて泣き出す保険医におれたちは皆、目を点にしていた。
「…へ?」
「あー…」
ワケが分からない、というような声をあげるコウに対して、コウ以外のその場にいた3人は納得したようにうなずく。一樹が代表して、トモヤの顔にかけられた白いハンカチを取る。
「その…つまり今の保険医の言葉を分かりやすく説明すると『こんな美形を見ていると思わず手が出てしまいそうになるわ!!でもヒデくんたちと約束しちゃったし…手を出したら二度と目の保養なんて出来なくなっちゃうし…。よーし、こうなったら最期の手段よ!!トモヤ君の顔にこれをかければ………あぁ〜!!見えない!せっかくダイヤモンド並の原石が目の前にあるっていうのに見えないわ!!見たい!!でも見たら手が勝手に〜…』ってな感じになるのです」
「………トモヤ…」
一樹の何とも分かりやすい説明に、コウはやっと安心したのか、トモヤの手を取り安堵の溜め息をついた。その瞳には微かに涙が見える。
「ところでヒデ君。こんな可愛い子、どこで捕まえてきたの?もしかして私へのご褒美かしら!?でもでも先生は〜ご褒美ヒデ君でも――」
「なわけないでしょう」
ニッコリ爽やかスマイルで保険医を黙らせる。
「だよねぇ〜…」
はぁ、と重苦しい溜め息をつきながらも、さりげなく俺に抱きついてきてんの無意識だろうか?無意識でも許さないけどな。
とりあえず保険医の腕を引き剥がし、その腕をもってズルズルと引きずっていく。
「じゃ、コウ。頼んだからな」
「眠りの王子様、ちゃんと起こしたげてね〜」
「なんか知らんけど…頑張れコウ!」
「や〜ん。せめてお姫様だっこがいいなぁ、ヒデ君」
「えっ!?ちょっ、待っ――…」
ピシャリ
伸ばした腕も虚しく、4人はいそいそと保健室から出ていった。そしてコウはようやく理解…できるワケもなかった。が、今、自分がやるべきことだけは分かった。
「よし!」
とりあえず気合いをいれて、これからどうしようかと、トモヤをじっと見つめていた。
「う〜…せっかくヒデ君たちと遊ぶチャンス…。こんな日に限って職員会議だなんて…」
「いや…別にチャンスってわけじゃ…」
4人はあの2人が終わるまで喫茶店で時間を潰そうと話していた。しかし、門を出ようとした瞬間、校内放送を知らせる鐘がなったのだ。
『香川先生。香川先生。今日は職員会議ですよ』
職員室の窓に目を向けてみれば、見たことのある顔が……いや正しくはメガネをかけたヤツがこちらを見ていた。
「アレって、お前の担任だよな?名前なんだっけ?」
たしかありきたりな名前だったハズだが、思い出せない。仕方なく空に尋ねてみるものの
「え〜知らないよそんなの」と返される始末。
空は関心のないやつの名前を覚えるのをもっとも苦手としていた。
秀秋自身も、今さっきの放送で初めて保険医の名前を知ったばかりで人のことは言えないが。
「田村よタ・ム・ラ!あいついつも私につっかかってくるのよね〜」
田村か。
やっぱりありきたりな名前だ。
嫌そうに保険医もとい香川は言う。
「はいはい。じゃ、センセーは職員会議に行ってください」
「え〜…」
「え〜、じゃない」
しぶしぶと保険医もとい香川は校舎に入っていく。その背中はとてつもなき寂しそうだ。
「パーティーは3人になった」
「ハマったのかよ…」
空は楽しそうに秀秋と一樹のあとをついてくる。なんでも、パーティーというものは整列が義務付けられているらしい。
そして喫茶店へと向かって歩いていると、空が何かの気配を察知したかのように俺の後ろに隠れる。
「ヤバイ…来る!!」
「なにが…」
まだコイツは勇者ごっこがしたいのか…と思っていたがどうやら違うようだ。本気でなにかがやってきている気配を感じたらしい。
めずらしくその表情は緊張感が漂っていた。
「何がって、つか――」
「つかまえたっ!!!」
「ぐはぁっ!!!」
空の言葉を遮り、地面を物凄い力で蹴って走ってきて、空を抱えながら物凄いスピードで遠ざかっていくのは我が妹、司だった。
「またスピードがあがったね、司ちゃん」
「……………」
とりあえず、喫茶店に行った。
そして待つこと数十分。
喫茶店に息を切らせながら入ってきたのはコウ。そしてそれを追い掛けるように入ってきたのはトモヤ。
コウは顔が真っ赤だったが、あの後、保健室でなにがあったのかは、二人は教えてくれなかった。
「実はさ〜♪」
「黙れっ!!!」
…トモヤは教えたいようだった。
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