万能薬
「は?まだ起きてないんですか?」
秀秋は信じられない、とでも言うかのように尋ねた。
「えぇ。私も一度病院に連れていった方がいいとは思うんだけど…」
「……………」
思わず言葉をなくす。
力強すぎたか?いやでも、いつも以上の力はこめてないつもりだった。もしくは打ちどころが悪かった?それは…まぁ、否定できないけど……。
秀秋は第5の術を習得している間に、自分の力がましたなどと気付かなかった。
「もったいないわ。できれば私が彼を診てあげたいのだけれど…」
「いえ、それは遠慮します。下手するとトモが一生起きなくなりますから」
保健医もとい魔女の発言をきっぱりと断る秀秋。それに対して保健医は「失礼ね」と頬を膨らませる。
まだ20代前半のそれは、多くの男心を擽るだろうが、今現在、そんなものに心ときめかす人物なんて保健室にはいない。
一樹はそんな二人の様子を見ながらも、トモヤの容態を確かめるべく、ベッドに備え付けられているカーテンをいきおいよく開けた。
「トモヤ〜死んでる〜?」
さも生きてないのが当たり前、という風に一樹はトモヤに話しかけてみるが、当然返事は返ってこない。
「美味しそうよね〜…」
「……………」
ベッドを覗きながら、保健医は独り言なのか同意を求めているのかも分からないように呟く。それを独り言として受け取った秀秋は、同じようにベッドを除きこみ様子をうかがう。
「返事がない。ただの屍のようだ」
「またかよ…」
「トモヤ死んだの〜?」
「まだ生きてるよ」
「死んだら私に死体はちょうだいね♪」
「……聞きたくないですけど、いや聞いても死体はあげませんけど…もらってどうするんですか」
「ホルマリン浸け♪」
「……………」
「ホルマリン♪ホルマリン♪」
「ほるまり〜ん」
トモヤが寝ている隣で、雑談をしてみても起きる様子のないトモヤを見て、秀秋は小さく溜め息をついた。
「しょーがない…か。一樹、道具」
「へ?」
突然の秀秋の振りに、一樹は首を傾げる。
「ほるまり〜ん♪」
「空、うるさい。万能薬だよ、万能薬。絶対トモヤにだけ効き目のある道具」
自作のほるまりんの歌を歌っている空を黙らせて、ニヤリと笑って見せる。それを見た一樹は「あぁ!!」と納得して携帯を取り出した。
いくらかの操作をして、それを耳に近付ける。
「………あ、……っと、ゴホン。コ、コウ君?今学校なんだけど。あのね、落ち着いて聞いてよ?トモヤが大変なんだ!!このままじゃ…このままじゃ…トモヤ死ん」
ブツッ…
「これでよし!!」
見事な一樹の演技力に、秀秋も空も保健医も拍手を送る。
「流石だな」
「ところで今誰に電話したの?」
「「……………」」
そんな空の問いに、一樹と俺は顔を見合わせて、小さく微笑む。
「とっておきの万能薬って言っただろ?ところで空…」
「ん?」
空を観察し、体格をアバウトにはかってみる。よし、大丈夫そうだ。
「お前…今日、体育服もってきてるよな?」
「え…あ、うん…?」
一応確認した上で、俺は空に命じた。
「よし、じゃあ…脱げ」
「………………はい?すいませんお兄さん。それはアンタの趣味?」
「んなワケねぇだろうが!!!!体育服に着替えろって意味だよ!!」
「なーんだ」
なぜか残念そうに呟き、制服の下にすでに常備していたらしい体育服に着替える。正しくは脱いだだけだけどな。
制服をたたんで一応コンパクトにし、持ち運びが楽にできるようにする。
「で?それをどうするワケ?」
制服を持ったまま、俺たちは保健医にトモヤを頼み、移動。
状況が理解できていない空はずっと首をかしげていた。
「そろそろ…かな」
「だね〜。5分経ちそう」
「なぁ、なんのこ「しゅ〜ぜ〜ん!!!!」…と?」
空とヤツの声が重なった。
ぴったり5分だ。
声が聞こえた方向へ目を向けると、ものすごいスピードで砂埃をたてながら近付いてくる人物がひとり。
まぁ、現代で俺のことを『秀前』なんて呼ぶヤツ…アイツしかいないんだけど。
「なんでコウがここに?」
遠くを眺めるように、コウをみている空。こっちはなぜか笑顔だが、向こうは必死の形相だ。
「あぁ、お前はまだ知らないのか」
「なにを?」
聞き返してくる空に、一樹は口許に人指し指をたてながら「秘密だよ」と呟いて空の耳元で何かを囁いた。
『コウ君は、トモ君の、コ・イ・ビ・ト♪』
「………………」
シュバッ!!と急ブレーキをかけたコウはピタリと俺たちの前で立ち止まった。
「トモヤは!!?」
慌てたようなその声音に、俺たちは必死に笑いをこらえる。
「ええぇぇぇ!!!???」
ただ空だけが、初めて知った真実に驚きを隠せていないようだった。
「なぁなぁなぁ!!トモヤは!?大丈夫なのか!?」
慌てた様子のコウに3人とも落ち着かせるように微笑んだ……つもりだ。実際は皆ニヤニヤと笑っていたかもしれない。
「ま、とりあえず落ち着いて。そんでコレ着て」
「…へ?」
いきなり渡された制服に、状況がつかめないコウは目を点にしている。
電話で一樹からは『トモヤが大変!!』と聞いたから、慌てて大した身支度もせずに走ってきたというのに…。しかもHRの真っ最中だったのに、いきなりの電話で教室を飛び出してきたせいでさっきから携帯には学校のヤツからばんばん電話がかかってきている。
なのに、この状況はなんなのだろう?
電話の声のような慌てた様子もないし、むしろニヤニヤとわらっている。
そこまで考えて、コウははっとして渡された制服を叩きつけた。
「もしかして…騙したのか…?」
すでにコウの瞳は怒りで燃え上がっている。それをみた秀秋は慌てて弁解した。
「違うって!!実際連れてかないとまじでヤバそうだし…」
「じゃあ早く連れてけよ!!」
秀秋の言葉を聞いて、コウの瞳は怒りの色から心配の色に変わる。
「だからコレ着ろって!!」
「わかったよ!!」
土をはらって渡された制服を再び受けとると、自分の着ていた制服を脱いで白シャツの上から学ランを着る。
「着替えたぞ!!」
「ハイハイ。じゃ、行きますか」
「コウが仲間になった。チャラッチャチャチャ〜チャ〜」
「まだやってたのかよ!!!」
制服を着替えさせたおかげで、コウが教師などに怪しまれることはなかった。おかげでなんの問題もなく、保健室前に到着。
コンコン、とドアをノックしてからドアを開ける。
以前はノックなどする性格なんかじゃなかったが、一度、魔女の着替えシーンに遭遇してから開ける勇気はなくなった。
ガラッ――…
扉を開けた瞬間、俺たちは目を見張った。
そこにあったのは…。
綺麗に整えられたベッドに横たわるトモヤ。
その顔にかぶせられた白い布。
涙を流してトモヤの手を弱々しく握る保健医。
「トモヤ!!!??」
|