古賀流体式術第伍の術【砕破】
「ぅ……っ……!」
目が覚めた途端、腹部に感じる激しい痛みで秀秋は一瞬で眠気を吹き飛ばしていた。一番始めに視界に入ったモノは天井と思われる白い壁。保健室…とも思ったが、そのわりには薬品の香りが漂っていない。
一体此処はどこだ?
と思考を回復するなかで記憶を辿っていく。
そういえば、コウと喫茶店に行って、空が来て、帰って……アレ?
定かではない記憶が秀秋の頭の中でまわる。
記憶を辿るのをあきらめ、重たく感じる自分の体を起こそうとするが、金縛りのように指先でさえ動かない。
「う〜ん…やっぱ力入れすぎだったかなぁ?全然起きねぇよ」
体を何とか動かそうと踏ん張るが、本当にビクとも動かない。仕方がなく(寝たまま目を開けているのは非常に恐いので)目を閉じた。どんどん人の気配は近付いてくる。
「大丈夫じゃない?そんなに時間経ってないし…」
コウ!!?
…っていうか、アレ?空って帰ったんじゃなかったっけ?なんで二人一緒なんだ??
クエスチョンマークを頭の中に何個も何個も浮かべていた秀秋は、金縛りは勢いをつければ抜けることができるとテレビで言っていたことを思い出した。
ゆっくり深呼吸をして、起き上がろうとした時、秀秋はとんでもないことを聞いてしまった。
「あっ、そうだ!!機械みたいに叩いたらなおるんじゃね?そんな名言あったよな!壊れたものは叩いて直せってさ」
嬉々を含んだ空の声が、名案!とでも言わんばかりに叫ぶ。
「あっ、そうだ!」じゃねぇよ!!人間と機械が一緒なわけねぇだろうが!!しかも名言なんかじゃねぇ!!
思わず秀秋は心の中で怒声をあげる。
「グッドアイデア!!」
ちょっと…待て、コラ。
どこがグッド?バッドじゃないの?ねぇ…。
「じゃ、せーので!」
「よっし!!せー…」
「やめろ――っ!!」
生命の危機を感じた秀秋は無意識に体を勢いよく起き上がらせた。
「あ、起きれ…ぐはっ!!!」
起きることはできたが、空とコウの腕は車と一緒で、急には止まれず腹部に見事ヒットした。再び倒れて激しい痛みをこらえる。
あれ?そういえば何で腹が痛いんだ?
秀秋は先程の空の言葉を思い出していた。
『やっぱ力入れすぎだったかなぁ?』
…つまりは何か?叩いて壊れたから叩いて直そうとしたわけか?俺は一度既に叩かれていたと?
秀秋は腹部の痛みに覚えがあった。
それは空の得意技で、代々(?)古賀家に伝わる秘伝技で鈍いじんわりとした痛みがあとに残るのだ。
小柄な空ならではの技で相手の懐に入り、拳に回転を加えて突く。至って地味な技だが、これがかなり…効くのだ…。
我が家では【古賀流体式術砕破】と呼んでいる。
「空…この腹部の痛みはお前かぁ〜…」
恨めしそうに秀秋は唸る。
「あ…いや、それにはワケが」
「問答無用!!!」
秀秋の手刀がふりおろされ、空の体は力なく倒れたのだった――…。
「さて、と…」
秀秋はパンパンと汚れをはらうように手を鳴らすと、先ほどまで空が座っていたと思われる席に座り、コウと向かい合わせとなった。
わずかながら、コウは身を引いて距離をとる。
これでは強さが前世の秀前と空也の立場が逆だ。
「いったい俺は何で此処にいるわけ?」
「え………」
コウは困っていた。再びあの話を持ち出せば秀前がまた出てきてしまうかもしれない。空が気絶しまっている今、コウ自身には対処しようがない。
それに、できれば知らないほうが良いことなので誤魔化すべきなんだろうが、いい言い訳も思いつかない。
「ま、いいや。どーせ俺が途中で気絶かなんかしたんだろ?」
「あ、うん。そうそう…」
案外あっさりと引き下がり、コウは秀秋の言葉に頷く。実際は気絶なんかしていないが、本人の記憶がないなら同じことだろう。
「あ〜…やっぱりな。なんか最近記憶が曖昧なことが多いんだよなぁ」
流石に、この間は気がつけば空を組しいていたなんて言えない。他人に言うことでもないし、第一こんなことを知られたら良からぬ誤解を受けてしまう。
コウは秀秋の言葉にドキリとしていた。きっと秀秋の記憶がない部分は恐らく秀前が表に出てきているのだろう。
「あ!」
秀秋はなにかを思い出したかのように声をあげる。
「な、なに?」
「そーいえば、最後の方の記憶でお前がなにか言おうとしてなかったか?」
「へ?」
あまりに突拍子で、コウの声は裏返る。
コウはその場に応じた言葉を頭フリ回転させて考えた。が、やはりそういうのは苦手分野で頭の中は真っ白。
言葉を探せど探せど何も浮かんでこない。元々、コウは顔に出やすかった。だから嘘が一番苦手なのだ。
もういっそのこと、本当のことを言ってしまおうか…。
“空也を殺したのは俺なんだ”
…と。
「実は…」
「ふっかあぁーーつっ!!」
本当のことを言ってしまおうと決意した途端、コウの言葉を遮るように空が叫ぶ。驚いて空を見てみると、気絶したままの状態で大の字に両手両足を広げていた。
そして勢いをつけて起き上がると、秀秋に指をつきつける。
「このクソヒデ!!さっきはよくも…」
いつもの子供っぽくて人懐こい空の声はガラリ変わり、低く唸るように秀秋を睨む。コウはハラハラしながら二人の様子を見ていた。
秀秋も立ち上がり、対峙して、そして二人同時にファインティングポーズをとった。
「ふーん?珍しくブラックだな、空君は」
「うるさいっ!!これでも喰らえ!!古賀流体式術第伍番…!」
空が言い終わる前に、秀秋は一瞬で空の懐に入り込む。
「お前だけが使えると思うなよ?第伍の術【砕破】!!!」
秀秋は空の言葉に続けて拳を思いきり空に打ち付けた。小さなその体は壁に叩き付けられて、空は
「ぐっ」と短いうめき声と共に再び力尽きた。
空にしか使えなかったハズの第伍の術を、秀秋はこっそりと練習し、習得していたのだ。勝ち誇ったように空を見下している秀秋を置いて、コウは巻き込まれないうちに店を抜け出していたのだった――…。 |